衝動・優しさ・嗚咽




広瀬村に到着した浩之一行は、なにか異様な雰囲気を感じていた。
 それは形容しがたい、独特の禍々しさをまとっていて、空気が僅かに湿っているようにも感じた。
「……なんだ?」
 怪訝にあたりを見渡し、探るように街中を歩いていく。
 
 いとも簡単に――それは姿を現した。
 二人の女の血濡れと、その一方を抱える一人の眼鏡の男を。
 あの惨事から、既に一時間以上が経過して尚、柳川はその場を動くことが出来なかった。
 それは、なんとも言いがたい、特別な感情だったのかもしれない。
 あるいは貴之に向けたような愛、あるいは長瀬警部補への憧憬……
 しかし、同質であるはずの『それ』は、なぜか楓への『それ』とは異形であるような気もする。
 それがなんなのか……ずっとそればかりを考え、時間が過ぎていた。


「てめぇっ!!」
 皆が異様な光景に息を呑む中、真っ先に飛び出したのは春原陽平だった。
 無用心だ、とは思う。 だが、そんな理性より先に身体が動いていた。
 それは春原が持つ正義感だったのかもしれないし、単純な無鉄砲さだったかもしれない。 とにかく、『衝動』だった。
 死を認めたくない……という衝動。それは、死に対する忌避の裏面でもあった。
 死を恐れる春原はだからこそ、真っ先に死の現場へと勇んだ。
 一方の浩之たちは、一歩踏み出すこと、息を呑むことさえ忘れていた。
 初めて見た死体に――ただ、立ちすくむしかなかった。
 春原に胸ぐらを掴まれた柳川は力なく、だらりと首をもたげ視線だけを春原に向けた。
 その瞳に、生気はない。
「……」
「お前がやったのかよ!?」
「……」
「……何とか言えよ!」
「……放っておいてくれ」
 それだけを柳川は搾り出すと春原の手を払い、また楓の亡骸に手を添えた。
 真っ赤に塗れた少女。その両手は、胸の当たりで組まされていた。
 柳川は楓の頬を、優しくなでる。
 微動だにしない楓の死顔――それはまるで嘘っぽく、別人のように感じられた。
 先刻までのひと時が、永遠のようにさえ思えた。


「……かえで」
 柳川は(彼女の名前なのであろうその名前を言った)それっきり、何も言わなくなった。
「……お前」
 ――それを見て事情を察した春原はそれ以上なにも出来ず、ただ、柳川とそこにいる楓の亡骸を見下ろすことしかできなかった。
 危険の無いことを確認した浩之たちが、ゆっくりと歩み寄る。
 少し離れたところに横たわる死体。
――それは人気アイドルの森川由綺。
 浩之は一瞬驚嘆したが、それでも彼女を仰向けにさせ、両手を組ませ、瞼に手を添えた。  
 それが、この島で出来る、精一杯の死者への弔いだった。
 同時に、彼女の装備していた89式小銃とデイバッグを回収する。
 そんな、強かでゲームに迎合している自分がいることに、浩之自身驚嘆し、嫌悪した。
(でも、しかたないよな……)
 一連の動作を終えた浩之が視線を戻すと、ルーシーが男にIMIマイクロUZIを構えているところだった。 
 ルーシーは真っ直ぐに、柳川を捉える。
「……お前が二人を殺したのか?」
「ちょ、ちょっとっ!」
 いつもの調子で言いのけるルーシーに、雪見が慌てふためく。
 みさきに至っては、まだよく状況が飲み込めていなかった。
「…………」
 柳川はやはり、なにも言わない。ずっと、視線を落としたままだ。
「どうにか言ったらどうだ?」
「やめなよ」
 ルーシーを春原が小さく制止した。


「……うーへい?」
「こいつ…泣いてるよ。 そんなやつが殺すわけ無いよ。……少なくとも、こっちの女の子は」
「…………」
 ルーシーは、ゆっくりと構えを解いた。 
(……泣いている? 俺が?)
 一方の柳川は、後ろで響いた春原の声を反芻させた。
(俺が、泣いているだと……?)
「……っ、……くっ」
 力なく、柳川は嗤った。 その声は不思議と涙混じりで、鼻はつんと痛んだ。
(俺が泣く? なぜ? 俺は……狩猟者だぞ? 涙なんて……流すわけがないだろうが)
「………っ…ぅ……」
 思いとは裏腹に自分の口から零れるのは――震えた嗚咽。
 眼窩からはなぜか、熱を帯びた潤いが生じていく。
 その潤いが零れるのを恐れ、柳川は顔を上げた。 
 まず飛び込んできたのは、真っ赤な夕日と、それに染まる茜空だった。 
 そしてそれさえも、潤いの前に霞んでゆく。
(あぁ……俺は……俺は)
 柳川は肩を震わせ、大きく息を吐いた。唇がわなわなと緩む。
 そんな折、
「…………悲しいときは、泣いてもいいんだよ」
 みさきがそう、小さく呟いた。
 それを発端に、柳川は声を出して泣いた。
 ただただ……泣き続けた。 ――姪の死を偲んで。
 その光景を5人はただ――茫洋と見つめていた。

――夜の訪れは、もうすぐそこまできていた。




 【時間:16:46】
 【場所G-02広瀬村】

柳川祐也
 【所持品@:出刃包丁/ハンガー/楓の武器であるコルト・ディテクティブスペシャル(弾数10内装弾4)】
 【所持品A自分と楓の支給品一式】
 【状況:号泣】
藤田浩之
 【所持品:折りたたみ式自転車/89式小銃(弾数22)と予備弾(30×2)&89式小銃用銃剣/自分と由綺の支給品一式】
 【状況:呆然】
春原陽平
 【所持品:スタンガン/支給品一式】
 【状況:呆然】
ルーシー・マリア・ミソラ
 【所持品:IMIマイクロUZI(弾数30)&予備カートリッジ(30×5)/支給品一式】
 【状況:呆然】
川名みさき
 【所持品:スタングレネード(×3)/支給品一式】
 【状況:呆然】
深山雪見
 【所持品:SIG P232(残7)/支給品一式】
 【状況:呆然】
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