(ホンマに……ホンマにやるんか、うちは……) 撃つべきか、撃たざるべきか。 「―――瑠璃様ぁーっ、珊瑚様ぁーっ、逃げてくださ……」 姫百合瑠璃の葛藤は、突然の闖入者によって、 「はい遅い、どーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」 胸郭ごと打ち破られた。 「ひ……がっ……!?」 悲鳴を上げることも叶わず、瑠璃の身体が盛大に鮮血を撒き散らしながら 数メートルの距離を転がっていく。 綾香に遅れること数秒、芹香とイルファを抱えたままのセリオが轟音と共に着地する。 追加装甲により更に表面露出の少なくなった綾香とセリオは、まるでどこかのSF映画から 抜け出してきたかのようだった。 驚愕のあまり声も出せない珊瑚。 転がったままぴくりとも動かない瑠璃を観察し、セリオが口を開く。 「綾香様、そちらはおそらく姫百合瑠璃です」 「え、間違えた? ……しょうがないじゃんそっくりなんだもん双子ってー」 っていうかおそらくって何だよファジー機能かよ、と思いながら言い訳をする綾香。 その間に、セリオから降りた芹香がぽてぽてと歩いていく。 瑠璃の傍らにしゃがみ込むと、なにやら真剣そうな目つきでつつき回し始める芹香。 自分も慌てて駆け寄り、だいじょぶですかるりさまーなどと声を掛けるイルファ。 どこからどう見たって大丈夫そうではなかったが、何しろ末期癌患者にも大丈夫ですよー、と 優しい笑顔つきで言わせておけばいいだろうというのがメイドロボの開発思想である。 珊瑚謹製のHMX最新型といえども社会通念の呪縛からは逃れられなかったらしい。 そうこうする内に、青いを通り越して白くなってきた瑠璃の顔をつねったり、 胸に大きく開いた裂傷へ直に手を突っ込んだりしていた芹香が、不意にその手を放した。 不満そうなその目が、何だまだ死んでないじゃんつまんねえの、と雄弁に語っている。 それを見てイルファがよかっただいじょぶですってるりさまー、と嬉しそうな声を上げる。 表情から感情を類推することはできても、それを応用して考えることはできないらしい。 現代におけるメイドロボの限界をみる思いの綾香。 「る……瑠璃、ちゃん……?」 ようやく硬直が解けた珊瑚が、小さな声を上げた。 腰が抜けているらしく、四つん這いのままよろよろと瑠璃に近づこうとする。 あーそういえばこっちが本命だったっけ、と思いながらその背を踏む綾香。 瑠璃に向かって伸ばされた珊瑚の手が、空しく宙を掻き毟る。 るりちゃんるりちゃん、と掠れた声で呼びかけ続けている。 死にかけの蝉みたいで気持ち悪いなあ、と眉をひそめる綾香の背に、セリオが声を掛けた。 なにようっさいわねえ、とぞんざいに聞き返す綾香。 るりちゃんるりちゃん。 「そういえば先刻、対地攻撃の要請信号を確認していました」 「は?」 るりちゃんるりちゃん。 「データによれば、姫百合瑠璃への支給品はレーザー誘導装置です」 「で?」 「要請に応じてベースから小型のミサイルが発射されます」 「だから?」 「そのスイッチが押されました」 「大変じゃん」 「さあ」 「さあじゃねえよガラクタ」 想像の中でセリオをきっちり50通りの方法でスクラップにしてから、 綾香は本部へと通信を繋ぐ。 るりちゃんるりちゃん。 「あー、久瀬君? 今のナシ。間違い。 るりちゃんるりちゃん。 ……は? もう発射しちゃった? 誘導が無いから信号位置に着弾する? るりちゃんるりちゃんるりちゃん。 それ欠陥品じゃない! ……あ、来栖川が防衛庁に無理やり売りつけた。 るりちゃんるりちゃんるりちゃん。 ははは、そうだっけ……? っかー、じゃしょうがないわねえ……。」 るりちゃんるりちゃんるりちゃんるりちゃん。 「あー、うるさいなあもう!!」 思わず特殊合金で装甲された足を踏み抜く綾香。 るりちゃんるりちゃんる 「あ」 妙な感触を感じたときには遅い。 珊瑚の胸の、双子の妹と同じような位置に大穴が開いていた。 呪言のように瑠璃瑠璃と繰り返していた声もぴたりと止んでいる。 少し嫌な汗をかいた綾香、いったん通信を切って芹香に声を掛けた。 「あー……姉さん、これでもまだ使えるんだよね……?」 蟻を潰してピラミッドを作っていた芹香が顔を上げる。 ちなみにイルファは蒼白を通り越して土気色になった瑠璃の顔に頬擦りしながら るりさまだいじょぶでよかったー、と包帯をぐるぐる巻いて遊んでいる。 芹香はぽてぽてと珊瑚に近づくと、痙攣するその身体を一瞥して綾香に耳打ちした。 「え? まだ生きてるからダメ。状態はどうでもいい? そ、そうだよね!」 それだけ聞くと、綾香は晴れ晴れとした顔で再び久瀬との通信回線を開く。 「ああいやちょっとこっちの話で、ゴメンねー。 で、ミサイルが来るまでどのくらいだっけ? ……は? 着弾まで90秒?」 電光石火で振り向いた綾香が、大声で指示を出す。 「セリオ! 姉さんとガラクタ抱えてダッシュ! ついでにその物騒な装置も拾って! ほら急ぐ! ああもう、ガラクタってもお前じゃない! お前もガラクタだけど! いやだからスネるな、畜生うぜえなもう! いいから走れ!」 パワードスーツを着込んだ自分や装甲を強化したセリオはともかく、怪しげなローブを 纏っただけの芹香や民生品のイルファ、厳密にはその中身のパーツがミサイルの直撃を 受けてはたまらない。 脱兎の如く駆け出す綾香一行。 途中、ちらりと見えた人影に、時間無いんだからあんたちょっと黙ってなさいよ、と 目配せして、綾香がその場を後にする。 後に残されたのは、もはや意識すらなく死を待つのみの姉妹。 血と臓物を撒き散らしたその肢体に、一人の少年が歩み寄っていく。 破壊の使者が目前に迫り来る天空を悠然と見上げ、死を待つ贄の横たわる大地を 見下ろして、少年は嘆息する。 「君はもう少し命の大切さを勉強した方がいいと思うよ」 呟いた直後、周辺は爆炎に包まれた。 【時間:16時過ぎ】 【場所:神塚山の山頂 F−05】 【85 姫百合珊瑚】【支給品:焼失】【状態:死亡】 【86 姫百合瑠璃】【支給品:焼失】【状態:死亡】 【37 来栖川綾香】 【持ち物:パワードスーツKPS−U1改、各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ】 【状態:健康】 【60 セリオ】【持ち物:なし】【状態:正常】 【38 来栖川芹香】 【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐、珊瑚&瑠璃】 【状態:健康】 【9 イルファ】 【持ち物:支給品一式】 【状態:割腹はガムテープ補修】 【55 少年】 【状態:異常なし】 - BACK