そこには、明るさが満ちていた。 用意された朝食を摂りながら、改めて少女は自己紹介をする。 「水瀬名雪です。昨日はお世話になりました」 笑顔を浮かべながらぺこりと頭を下げる水瀬名雪の動作は、年頃の子に比べるとややゆったりしたものだった。 彼女のおっとりとした性格と、負った深い怪我がその原因だろう。 可愛らしさに定評のある名雪が身に着けている学園の制服、その肩部分は裂かれていて、真っ白な包帯が覗き見えてしまっている。 「お話しました通り、名雪は私の娘です。仲良くしてあげてください」 名雪の隣では、彼女の母親である水瀬秋子が全開の笑顔を浮かべている。 それだけ、最愛の娘と再会できたのが嬉しかったのだろう。 「僕は春原陽平、よろしく。これ、秋子さん経由で借りてたんだ。返しとくね」 「あ、うん……何か、凄い格好ですね」 無くなっていなかったことに気づきもしなかった自身への支給品である携帯電話を受け取りながら、名雪は正面に座っている春原陽平をまじまじと見た。 彼が身につけているのは給食のおばさんの定番アイテム、割烹着である。 色も清潔感溢れる白。正に定番だ。 「いいだろ。友情の証さ」 「一晩明けたら随分料理が上手そうになったな、うーへい」 「よしてくれよ、るーこ。照れるじゃないか」 「……それは、昨晩いたあいつが身に着けていたものだろう? 何故うーへいの物になっている」 頭に手を置きくねくねとする陽平の横、首を傾げながらルーシー・マリアミソラは疑問をぶつけた。 るーこ同様、事情を知らない名雪も不思議そうに二人を見やる。 そんな名雪の耳元に口を寄せると、秋子はこっそり北川潤が現れたことを伝えた。 「えぇ?! そうだったんだ、わたしも会いたかったよ〜」 名雪にとっても潤は、馴染み深い友人の一人だ。 このような状況では再会できる確立も決して高くないことから、機会を逃したのは名雪も手痛かっただろう。 「ちょうど、わたしも離れていた時だったのよ。残念ね」 「まぁまぁ、あいつなら大丈夫ですって。うん」 「うーへいのその自信は、一体何処から来るんだ……」 呆れながら一息つき、そうしてるーこは改めて名雪と視線を合わせた。 愛らしい少女だった。よく秋子にも似ている。 「るーこ・きれいなそらだ。るーこでいい。その代わりこちらも、うーなゆと呼ばせて貰おう」 「うん。よろしくね、るーこさん」 「そしてこっちが、うーみおだ」 『上月澪です。よろしくなの』 「よろしくね、澪ちゃん」 察しの早い名雪は、挨拶が書かれたスケッチブックで澪のことをすぐに把握できたらしい。 優しく澪の頭を撫で笑む名雪の様子に、周囲にも暖かな空気が広がった。 そのまま食事を摂りながら、五人は今後のことを話し合いだした。 まず問題としたのは、食料のことである。 今彼等が摂っている朝食を用意したのは秋子と、他の子供達より少し先に目を覚ました澪だった。 材料はこの家の中にあった物で賄えたが、それで見つけられた備蓄は使い果たしてしまっている。 この人数だ。消費が多くなるのは仕方ない。 「食料探しかぁ。こんなことまで考えなくちゃいけないとはな〜」 「お腹が減るのはつらいぞ、うーへい。」 「それはそうなんだけどね」 いつまでこの島に閉じ込められ続けるか分からない現状で、この問題は大きい。 配給されたパンだけで凌げると楽観するのは、危険だ。 「さっさとこんなことが終われば、悩まなくていいこと何だろうけどさ」 『ご飯、大事なの』 「うーん、でも何十人もいるんだろ? この島に。それこそどれだけ食べられる物が残ってるかって……ん? あれ?」 はた、と。 そこで陽平は、ふと気づいた。 「え。今、何時」 「うーへい、時計ならそこにあるではないか。まだ八時になったばかりだ」 「八時?」 「そうだ、八時だ」 「るーこ、あの放送って六時間毎って言ってなかったっけ。前の放送、0時とかだよね」 「む?」 腕を組み、首を傾げ、そして閃いたと。 るーこは大きく頷いた。 「む。寝過ぎたか」 「あはは、僕達どれだけ暢気なんだか……」 「休めるうちに休んだ方がいいんだから、それはいいのよ」 「秋子さんは気づいていたんですか?」 「えぇ。それに、ちゃんと聞いていたから……澪ちゃんと、一緒にね」 寂しそうに視線を下げた澪が、ぎゅっと自身のスケッチブックを抱きしめる。 物言わぬ少女が物語るその動作、食卓から笑いが消えた。 「……詳しくは、お皿を片付けてからにしましょうか」 食べ終わった後の食器を集めると、秋子はそのままキッチンへと姿を消す。 準備が整えられるまで、口を開く者は誰もいなかった。 「気を落とさないでね」 改めて席に着いた秋子の第一声に、緊張が走る。 秋子は自分のデイバッグから支給品である名簿を取り出すと、席に着いた皆が見えるよう机の真ん中にそれを広げた。 自身がつけた書き込みをなぞりながら、秋子は静かに放送で伝えられたことを話し出す。 亡くなった人数は膨大で、彼等の想像をはるかに超えていただろう。 「こんな、ことって……」 かたかたと震えながら、名雪が言葉を零す。 誰もがショックを受けていた。 誰もが現実を、すぐには受け止められなかった。 「優勝したら何でも願いを叶える、か。金銭で解決できることならともかく、少々幻想的過ぎるな」 「そこまでして、僕達を焚き付けたいのかよ……っ」 打ち付けられた陽平の拳が、テーブルを大きく震わせる。 そんなことで何かが発散できるはずもなく、陽平の中の憤りも結局は燻り続けるしかなかった。 「ねえ、お母さん。私、北川君を探しに行きたいよ」 「名雪……」 「だって香里が!」 椅子から立ち上がり掴みかかってきそうな勢いの名雪の目を、秋子は諭すようにじっと見つめる。 錯乱しかけた名雪の心も、それでやっと落ち着きを取り戻した。 泣き崩れそうになる自分を、名雪はぐっと堪える。 悲しいのは自分だけじゃないということ。 視線を秋子の奥に移した名雪の目に、秋子の隣に座っていた澪の姿が映りこむ。 先に秋子と共に放送を聞いていたらしい澪の目は、よく見ると真っ赤に充血していた。 きっとたくさん泣いたのだろう。 それでも彼女は、拳をぎゅっと握り締め、今は自分の感情を堪えている。 最年少の彼女が我慢をしているのだ。 他のメンバーが、弱音を吐く訳もない。 「ねえ、名雪ちゃん。香里っていう子、もしかして北川の彼女だった?」 「彼女とは、違いますけど……でも特別だったと思います」 いつも一緒にいたが、潤の好意の欠片がどうなっていたかを名雪は知らない。 美坂香里の態度からして、名雪は二人の仲が恋仲に進んでいるようには見えなかった。 その上で、何だかんだで親しい二人を見ているのが名雪も好きだった。 「北川君……絶対、つらいよ」 「そうだよな。あん時電話が繋がったってことは、香里って子もまだ生きてたってことだもんな……北川も、悔やみきれないだろうな……」 「え……?」 腕を組み、一人しみじみとしている陽平の物言いに、名雪の動きが止まる。 名雪だけじゃない。 陽平の言葉の意味を理解できていたのは、この場には誰もいなかった。 疑問をぶつけるために、るーこが口を開く。 「何のことだ、うーへい」 「あいつ名雪ちゃんの電話使って、その香里って子と連絡取ってたんだよ」 固まる。 動きは止まっていた。 その上で、固定される。 まるで陽平だけ別次元に迷い込んでいるようだった。 彼にとっては、何気ない部類に入る出来事である。 思わず陽平がたじろいだと同時、降って沸いた鋭い視線の集中砲火と詰問が、彼に襲い掛かった。 「北川君と香里が?! どういうことなんですか!」 「電話は通じなかったはずですが……」 「電波が通じる場所を見つけたのか、うーへい」 『それは一体いつぐらいの時なの』 「わー! ちょっと待って、待って!! ちゃんと答えるから!」 押し寄せる女性陣を押さえつけ、陽平は潤と二人で見張りをしていた時のことを説明しだす。 「えっとだな、まず時間か? えっと……深夜!」 「もっと具体的には覚えていないのか」 「時計とか、そんなちゃんと見てなかったんだよ」 曖昧過ぎる陽平の記憶に顔をしかめながら、先を促すように皆揃って口を閉じる。 「ほら、秋子さんから借りていた携帯電話……って、名雪ちゃんのなのか。とにかくな、それ、手が空いてたら調べようってことで持ってたんだけど……僕、すっかり忘れててさ」 「前置きはいらん、さっさと話せ」 「だーもう、せかさないでよ! その携帯思い出したのが、北川が自分の携帯持ってたからなんだよ」 「それは北川君が没収されずに、自分のを持ち込めていたってことですか?」 頷く陽平。 衣服以外の身包みは剥がされて当然と考えていた面々にとっては、それは驚愕の事実だった。 「ちなみに僕は、そういうのは特にない。稀なことには変わりないと思うよ」 「いや、うーへいそれは早計だ。るー達の目の前には、立派な証拠があるじゃないか」 るーこの視線の先では、澪がきょとんと瞳を瞬かせている。 その、彼女の胸元。抱えられている物。 気づいた名雪が言葉を零した。 「スケッチブック……」 「そういうことだ。うーみお、それは支給品とは別の、お前が持ち込めた物じゃないのか」 筆談するまでもない。 こくこくと、澪はすぐに肯定を表した。 「うーん、これは改めて持ち物を確認しといた方が良さそうだね」 「そうだな。でもまずは、うーへいの話の方が大事だ」 「はいはいそうですね、せかさないでってば。えーっと、それでとりあえず番号交換したんだよ。北川が通話はできないけど機能は生きてるって言ってたからさ、一応ね。そしたらメッセージが出た」 「メッセージ?」 「この電話と通話できる、みたいな。そんなの。で、実際北川の電話にかけられるようになった」 一端名雪に返した携帯電話を再び受け取り、春原は軽い動作でアドレス帳を開く。 そこには彼の登録した、北川潤という項目が映っていた。 「その後この携帯を使って、北川は待ち合わせを取り付けてたんだ。多分その相手が、香里って子じゃないですかね。あの態度、明らかに女の子に対してっぽかったし。履歴は……あれ、載ってない」 「発信記録は残らないのか」 「いや、その前に試したのは残ってるんだけど。北川の家電とか。何でだろ」 「北川君が何処に行ったとかは、聞いてないかな」 「うっ……ご、ごめん、スルーしてた。夜中のテンションって怖いなぁ」 「かけてみませんか。今、電話を」 それまで黙っていた秋子がおもむろに口を開く。 「電話が通じるなら、無事も確かめられます。早い方がいいでしょう」 「うん、わたしもお母さんの言う通りだと思う」 「事実確認がすぐ取れるな」 『どきどきなの』 「せ、せかしてきますね本当に……」 追い立てられるように北川の番号を呼び出すと、春原は携帯電話に耳をつけた。 聞き覚えのあるコール音が続く。北川が出る、気配はない。 「どうだ、うーへい」 「駄目だ、留守番電話になる」 それから何回か繰り返したが、北川が電話越しに答えてくることはなかった。 不安が解消されることは無く、結局名雪がメッセージを残し、今後も定期的に連絡を試みようということで話はまとまった。 「固定電話に繋げられるかは、まだ分からないんですよね」 「そうなんですよ。ここの家、電話線は繋がっているみたいなんですけど番号が分からなかったもんで……」 「電話番号が分かりそうな建物……ここからなら、分校跡っていうのかな」 地図を取り出した名雪が指を差す。 距離もそこまで離れていないため、簡単に辿り着けるだろう。 「そうだな、まずそこに行って見るのがいいだろう。食料も見つかるかもしれない」 「あ、そういえば北川が最初にいた消防署なら、電話帳あるかもしれないねって話したよ」 「おい馬鹿うーへい、それを先に言え」 「へ?」 がたっと一斉に立ち上がった面々が、すぐに荷物をまとめだす。 一人座ったままの陽平は、おろおろと素早い彼女達の動きに翻弄されるだけだった。 「うーへい。それはあいつに何かあったら、そこに向かうかもしれないってことだ」 「え?」 「勿論、絶対ではないと思います。でもわたし達が消防署に向かうかもれないと知っていたら、どうでしょう」 「え??」 『香里さんという方が亡くなったなら、一緒にいたかもしれない北川さんにも何かあったかもしれないの』 「え???」 「北川君と香里が本当に会えたかは分かりません。でも可能性は、一つだって見過ごせないんです」 一人座ったままの陽平を除き、彼女達はすぐに部屋から出て行った。 すれ違いざまに掠め取られた携帯電話、その持ち主である名雪の髪が陽平の前でさらりと舞う。 「え、え、え、えぇぇ……?」 「遅れるな、馬鹿へい。うーなゆ達を思えば、正直一分一秒でも早い方が好ましいだろう」 「だって分校跡は……」 「後回しだ」 「い、言うの忘れてたけど、消防署って電話線切れてるって北川言って……」 「電話帳というものがあればいいのだろう? グダグダするな、いいから来い」 「わ! ひ、引っ張らないでよ、る〜こ〜〜〜」 これからどうするかを話し合うのは、ここまでだ。 指針ができたら後は早い。 一晩過ごした民家を背に、振り返ることなく目的地へと歩を進める。 陽平以外。 「る、るーこ! もう自分で歩けるから!!」 掴まれた首根っこが解放されるまで、陽平の視界から民家が消えることは無かった。 【時間:2日目午前8時過ぎ】 【場所:F−02】 春原陽平 【所持品:防弾性割烹着&頭巾・スタンガン・GPSレーダー&MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)・支給品一式】 【状態:鎌石村消防署に向かう】 ルーシー・マリア・ミソラ 【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×5)・支給品一式】 【状態:鎌石村消防署に向かう・疲労回復・服の着替え完了(パーカーにジーンズ)】 水瀬秋子 【所持品:IMI ジェリコ941(残弾14/14)、木彫りのヒトデ、包丁、スペツナズナイフ、殺虫剤、 支給品一式×2】 【状態・状況:鎌石村消防署に向かう 健康。主催者を倒す。ゲームに参加させられている子供たちを1人でも多く助けて守る。 ゲームに乗った者を苦痛を味あわせた上で殺す】 水瀬名雪 【持ち物:GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り) 赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア】 【状態:鎌石村消防署に向かう・肩に刺し傷(治療済み)】 【備考:名雪の携帯電話に入っていたリモコンの存在を示すボイスメッセージは削除されている・時限爆弾のメモは残っている】 上月澪 【所持品:フライパン、スケッチブック、ほか支給品一式】 【状態・状況:鎌石村消防署に向かう・浩平を探す】 - BACK