助けたい人がいた。 否、いる。 助けられる可能性が、あった。 だったらそれに賭ける。 その覚悟が、柏木初音にはあった。 「てやぁー!!」 空けた草原で、初音は奇襲を受けた。 茂みから現れた人物にそのまま覆いかぶさられ、初音は地面に押さえつけられる。 「いたた……」 「やっと見つけました! ずっとずっと探してたんです、もうこの島には風子しかいないのかと思ったくらいです!」 初音に馬乗りになっていたのは、彼女と同じくらいの背格好の少女だった。 柔らかそうな頬をぱんぱんに膨らませる少女は、そんな初音からしても幼く見える。 同世代の友人と比べても細身である初音だが、この少女はあらゆる意味で幼稚だった。 体つきだけでなく、表情、物言い、どれをとっても可愛らしい。 「ねえ。私を、どうするの?」 「倒します! 風子は決めたんです、優勝してお姉ちゃんを生き返らせて貰うんです」 (そっか。私と一緒だ) 必死な形相で捲くし立てる少女の様子は、初音から見てやはり愛らしかった。 可愛らしいと。言えるものだった。 「お姉さん、死んじゃったの? ここで? それとも、もっと昔に?」 「ここでです! 放送で呼ばれました!」 「……本当に、何処までも私と一緒なんだ」 まさかこのような形で自分と同じ境遇の人間に出会えるとは、初音も思ってもみなかった。 悲しいという気持ちは一緒だ。 この少女も、初音と同じ絶望を味わっている。 「私やあなたと同じように思っている人、ここにはあと何人いるんだろうね」 「何を言ってるのかさっぱり分かりません、最悪です! さっさと負けを認めてください」 少女の指が、初音の首を覆う。 柔らかかった。 まるで赤ちゃんの手のような温もりが、初音の中へと流れていく。 「ほら、このままですと寝首をかかれてしまいます。危ないですよ、赤信号です」 「これは寝首って言わないよ」 「風子も仁義ってもんは知ってます。ここは穏便に、ぜひ負けを認めるのを推薦しちゃいます」 「私の話、聞いてる?」 初音の首にかけられた少女の手には、一切の力がこもっていない。 ただ、そこに添えられているだけだった。 初音は、少女に対する自分の第一印象がそのまま当たっていたことを自覚する。 少女はただただ「可愛く」、ただただ「幼い」だけだ。 「ねえ。負けって、何?」 「敗北を認めることです。それで風子は、勝ち星を手に入れるのです」 「ねえ。あなたの言う勝ち星って、何?」 「そのままの意味、優勝への第一歩です。風子のお願いを聞いて貰うためのロードです」 そっと、初音が両手を上げた。 何をするのかと、警戒の視線で少女が初音の動きを追う。 初音の手が、自身の首をに触れている少女の腕を掴み、止まった。 初音の右手は、少女の左腕に。 初音の左手は、少女の右腕に。それぞれ添えられる。 「分かってるの? あなたが私を負かすってこと」 「わ、分かってます」 「分かってないよ……だって殺さないと、駄目なんだよ。私を」 少女の瞳が、見開かれる。 その隙を、初音が見過ごすことは無かった。 首への負担が緩められた初音は、その瞬間掴んでいた両腕に精一杯の力を込め、少女を自分と同じように地面へと振り落とす。 「あうっ!」 問答に集中していた少女は、初音の為すがままだった。 肩から落ちた少女に抵抗する間を与えぬまま、今度は初音が馬乗りになる。 二人の立ち位置が、先程とは真逆になった。 「あなた、馬鹿だよ」 少女の行動をコピーするように、初音は彼女の首に手を回した。 そして、渾身の力を込め。それを、握りつぶそうとする。 「もっと大きくなってから、浚われれば良かったね」 少女の顔色が、文字通り変わる。 真っ赤に膨れ上がった風船のようになりながら、少女はじたばたともがいた。 少女の爪が食い込み、初音の両腕にはいくつもの蚯蚓腫れができる。 痛みを感じていない訳ではない。それでも初音は、加える力を決して弱めようとはしなかった。 「ごめんね」 赤から青へ。 少女の唾液が溢れる。痙攣。 少女の身動きが完全に止まるまで、初音そのままでいた。 「負けっていうのはね、ここでは終わりってことだよ。私、まだ終わる訳にはいかない」 両腕に受けた引っ掻き傷を隠すために、初音は遺体から少女の長袖だった制服を剥ぎ取る。 サイズは小柄な初音にも、ぴったりなものだった。 荷物を漁り、役立つ物がないと分かると初音はさっさとその場を後にする。 まず、一人。 柏木初音 【時間:2日目午前10時過ぎ】 【場所:H-4】 【持ち物:コルト・パイソン(6/6) 残弾数(19/25)・支給品一式・包帯・消毒液】 【状態:殺し合いに乗ることを決意、優勝し姉達を生き返らせる・風子の制服の上着を着ている】 伊吹風子 死亡 BACK