小牧愛佳は一歩一歩、怯えるように森の中を歩いていた。 「だ、誰も、いないよね」 がくがくとひざを震わせながら歩く。彼女は両手で支給品の包丁を持って時折あたりを確認するようにきょろきょろしてから、ゆっくりと歩き回っていた。既に目じりには涙が浮かんでいる。 ガサガサ! 「ひっ!」 何かが動く音がして慌てて飛び退る。 (な、なんなの!) 心の中では恐怖で張り裂けそうだったが、それを極力外に出さないようにして威圧的に叫ぶ。 「だ、誰かいるんですか!」 だが、その声はやはり、若干震えていた 「で、で、出てください!」 そういうと意外なことに隠れていたと思われる人物はあっさりと茂みから姿を現した。 「ん、何?」 女性だった。年のころは、二十台半ばだろうか。どちらかといえば大柄で、気だるそうな目が印象的だった。年寄りじみた猫のような雰囲気をかもし出している。 その女性は愛佳の顔と彼女が持っている包丁をかわるがわる見て、 「はぁ」 とため息をついた。 「なに、やるの?」 「いえっ、あのっ、そういうわけではなくてでしてね、ええと、これはなんというか、その、いろいろと動転していまして」 愛佳は慌ててワタワタと腕を上下に振る。包丁を持ったままなので危なっかしいことこの上ない。 「ふぅん」 と美佐江は興味なさそうに呟く。 「まぁ、やる気がないなら別にかまわないんだけどね」 と言うと、またのんびりした様子でディパックを担ぎなおす。 「あ、ど、どうもすいません」 「いやなに、確かにこんな状況なら神経過敏になるのも当然だわな。こっちこそ驚かせて悪かったよ」 気にするな、というジェスチャーを付け加えながら言う。 「ねえ、ところでさ、あんた、どっちから来たの」 「え、えっとあっちからですけど」 「ふぅん、ねぇそっち何があった?」 「え? えっと廃校になった小学校がありましたけど……」 「ふぅん、小学校ねぇ」 ふむ、と美佐江は考え込むしぐさをする。 「で、参考までにあなたはどっちに行くの」 「えっとまだ決めてませんけど、とりあえず、知り合いを探そうと思ってるんです。このまま、北に行けば、一番大きな町があるらしいんで、日暮れまでにはそっちに着きたいなっって……」 「……そう。でもあんまし、お勧めしないわ。あっちにいくのは」 「え?」 女性の言葉に愛佳が固まる。 「確かに、そこは人が集まるところだけど、それはゲームに乗った人も同じくらい集まるってことよ。何人かで固まってるならともかく一人でいくのはよしなさい」 「………」 「お友達が心配なのはわかるわ。でも命あってのものだねよ。安易に自分を危険にさらすようなまねは感心しないわ」 「……あ、えっとえへへ、そうですよね、うん」 「……わたしは人のいなそうな山のほうに行くわ。あなたも来る?」 「え、いや、私はいいです」 「そ。じゃあ、お互い健闘を祈りましょ。私は相良美佐枝。あなたは?」 「あ、小牧です。小牧愛佳」 そうして、名前だけ聞くと相良美佐枝はさっさと別れの言葉を告げて、足早に去っていった。 (あんなこと言われちゃったけど、だからってとめられないよね) ぐっとこぶしを握り締める。 (みんなを助けなきゃ) そうして、進路を変更することなく愛佳は駆け出そうとしたそのとき、 「………」 目の前に人の顔が合った。 「………」 「………」 一瞬見つめあった後、 「ぎょえ〜〜〜〜っ!!」 森に愛佳の絶叫が響き渡った 「ああもう、バカか、あたしは!!」 直後に後ろでそんな声、震えながら振り返ると美佐江がそこにいた。 「ああ、まったく見捨てて逃げちゃえばいいのに、なんでそれができないかしら。挙句の果てにこっそり後ろから着いてくなんてこれじゃまるっきり変態じゃないか」 「え、相良さん?」 「ええ、そうですよ。どうせこんな役回りの私だよ。ったく、で何が起こった……ってまあ聞かなくても大体わかるわね」 しりもちをついた愛佳とそれから同じようにしりもちをついた少女を見て美佐枝はそういう。 「ほら、たって。あんたもほら、大丈夫?」 美佐江は二人の腕を強引に引っつかむと立ち上がらせた。少女はありがとうございます、と小さな声で礼を述べた。 「怪我はなさそうね、あんた名前は?」 「………」 来栖川芹香と申します、とその少女は答えた。 その後、愛佳が大慌てで謝罪の言葉をのべたり、その途中で舌をかんでさらに大騒ぎになったりした後、三人は互いの目的や今まで自分が得た情報、今後の活動方針について話し合っていた。 「じゃあ、芹香さんも知り合いの方を探してるんですね」 愛佳が確認するように言うと芹香がこくりと頷いた。 「そうですか、私、これからこの島で一番大きな町に行くんですけど、けど、えと……どうしましょう。相良さん」 「え? あたしが決めるの?」 「ええと、とりあえず意見は聞きたくって」 「……さっきと一緒だよ。女の子二人で殺人鬼のいる場所へと飛び込むというのは賛意しかねるわ。せめて、もう二、三人くらい増えないと、あぶないよ」 「はぁ……」 今度は太鼓判を教えてくれるという期待でもあったのか、愛佳は傍目から見てもわかるほど、落胆していた。 「………」 「………」 「………」 「………」 「………」 「………」 しばらく無言が続いた後、最初に言葉を切り出したのは美佐枝だった。 「ああもう、わかったわよ。私がついてってあげる」 「え?」 「………」 二人が同時に美佐枝の顔を見る。 「そ、そんな、いいんですか!?」 そして愛佳がそう叫んだ。 「言いも悪いも何も、話の流れから言って当然そうなるでしょ」 何をいまさら、と言わんばかりの様子でディパックからウージーを取り出す。 「でも、あの、そんな、ご、ご迷惑では」 「全然迷惑なんかじゃないって言ったら嘘になるだろうけど、でもここで見捨てて死なれたら夢見も悪いし」 「で、でも相良さんも知り合いとかいらっしゃらないんですか、ほら、おきれいですし、恋人とか!」 「……残念ながら、いないのよ」 「あ……っとそうでしたか、それじゃあ、家族とか兄弟とか」 「この島には着てないわ。もともと一人っ子でもあるけど」 「あ、はあ。でも」 「あのさ」 と尚も反論を続けようとする愛佳を美佐枝はさえぎった。 「仮にあたしに死ぬほど探したい人がいるとしてもね、別にあなたに同行することは、マイナスにはならないわ。闇雲に探すか、あなたに随行するかなの、その二つに違いなんかないんだから、気にしないの」 「……わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」 その横で芹香もぺこりと頭を下げた。 目指すは鎌石村。 来栖川芹香 【時間:午後一時】 【場所:E-03】 【持ち物:不明】 【状態:異常なし】 小牧愛佳 【時間:午後一時】 【場所:E-03】 【持ち物:包丁】 【状態:異常なし。やや疲労】 相良美佐枝 【時間:午後一時】 【場所:E-03】 【持ち物:ウージー】 【状態:異常なし】 【それぞれのスタート地点は芹香がホテル跡、愛佳が小学校跡、美佐江が菅原神社】 - BACK