終焉憧憬(4)







 
 †  †  †  †  † 





制服は、鎧だ。
纏って踏み出せば、そこを戦場に変える。
私にとって、誰かにとって、誰もにとって、日常なんてものは制服の分厚くて野暮ったい生地の
遥か向こう側にしかなかった。

戦い抜いて、生き抜いて。
その日、一日を駆け抜ける。
私も、私でない誰かも、誰もがそれだけを追い求めていた。

剣も、槍も、鉄砲も大砲もなかったけれど、それは確かに、戦場だったのだ。
噂や約束や陰口だって人を殺すことくらいはできたけれど、そういうことじゃない。
それはもっと即物的で、もっと刹那的で、もっともっと切実に、戦場だった。

私は、私たちは生きていて。
生きることは今よりももっとずっと、大変だった。
息をするのも、難しかった。
歩くことも、両足で立つだけのことだって、怖くて、苦しかった。
命がけだった。

気を抜けば死んでしまうと、私たちは信じていた。
誰にでもない、世界に殺されるのだと、正しい意味で理解していた。
信じることで、私たちは生きていた。

制服を着て、世界を戦場に変えて。
そうして戦い抜くことで、自分はまだ生きていると、誇っていた。
誇れて、いた。

辛くて、苦しくて、棘だらけの宝石みたいな毎日を、そうやって私は、私たちは生きていたのだ。

だから私は思い出す。
その制服を見るたびに、全身で思い出すのだ。

重くて分厚い生地の塊から解放された日の、体の軽さと。
トイレの隅に置かれた汚物入れの腥さとの、両方を。

 
「―――あなた、西園寺女子?」

唐突にそう切り出した私に、相手は一瞬だけ戸惑った表情を浮かべる。
それは、そうだろう。
あまりにも状況に似つかわしくない、それは第一声だった。

「……ええ」

怪訝な顔で答えたその子を包むのは深緑のスカートに、やわらかいイエローのサマーベスト。
襟元の細いリボンがシンプルなワンポイント。
私立西園寺女子高等学校。
通称・寺女の、それは制服だった。

「そう。……懐かしいわ」

懐かしい、と。
抱き締めたくなるような切なさと、胃の中の物を全部戻したくなる衝動との混じり合った感情を、
私はそう言い表す。
それはただの一言で片付けられるほどに遠く、ただの一言でしか口に出せないほどに、重い。
私の心の真中に刻まれた、それは罅割れた硝子の彫像だ。
眺めれば貴く、美しい。
触れれば砕け、欠片は私を傷つける。

「それで? ……同窓の誼で手加減してくれっていうのは、聞けませんけど、先輩」

そんな私の心中を知る由もなく、目の前に立つ子は眉を吊り上げる。
仕方のないことかとほんの少し笑って、それを笑ってしまえる自分の磨耗に、苦笑する。

生きることは戦いで、制服を着込めばそこは戦場で。
今、私の前に立つ子はそうやって毎日を駆け抜けている。
私はそれをずっと遠くから、あるいはずっと低いところから、ぼんやりと眺めているに過ぎなかった。
速さ。密度。輝きと言い換えてもよかった。
何もかもが、違いすぎた。
そこにいるのは、重い鎧から解き放たれて軽い身体に舞い上がって、広い空の中に
止め処なく拡散していくより前の、私や、私たちだった。

「―――」

沸き上がる情動を、笑みと共に噛み殺す。
と、それをどう受け取ったのか、相手は元々少しきつめなのだろう目つきに、素直な怒りの熱を乗せて
こちらを睨みつける。

「とぼけないで。ここにいる以上、あなたも選ばれているのでしょう―――『カード』に」

言って懐から取り出したのは、片手に収まるサイズの長方形。
きらきらとそれ自体が淡い光を放つのは、彼女が口にしたように、正しく一枚のカードだった。

「西園寺女子、三年七組―――緒方理奈。カードの盟約を履行する!」

名乗りを上げて見せたのは、騎士道精神の表れだろうか。
その真っ直ぐな眼差しに正面から見据えられて、私はほんの少しだけ、背筋を伸ばす。

「……梶原。梶原夕菜よ」

答えてスカートのポケットから抜き出した、手の指に挟むのは硬い感触。
緒方という子の持つものと寸分違わぬ、ただ放つ光の色だけが違う、一枚のカード。
指先から光と共に溢れる、ざわざわと皮膚を擦るような力の脈動を、声帯が形にするように。

「―――盟約を履行する」

その言葉を、口にする。

瞬間、私の持つカードと、彼女の持つそれと。
二枚のカードから、光が、溢れた。






そして、私たちは夢をみる。







  ―――つづく





 †  †  †  †  †

 


 
「つづく……、と」
「うわっ、何やってんですか先生!?」

驚いたような声が、狭い室内に響き渡る。
先生と呼ばれた男はその声に顔を上げると、椅子ごとくるりと振り返る。
暗い部屋の中である。
モニタの光に薄ぼんやりと照らされた男の顔には、怪訝そうな表情が浮かんでいた。

「ん? 何かね滝沢君。これからがいいところなのだが」
「なのだが、じゃありませんよ先生! 何しれっとムチャクチャ書いてるんですか!」
「ムチャクチャとは失敬な」
「梶原夕菜はいつから寺女の卒業生になったんです!? 緒方理奈だってもう高校卒業してますし!
 あとカードって何ですかカードって! またワケの分からないものを―――」
「大丈夫だ滝沢君。多少辻褄が合わなくても、私のRRなら現実のほうを改変する」
「それが駄目だって言ってるんです!」

滝沢と呼ばれた少年が、ぴ、とデスクの上に置かれた原稿用紙を奪い取る。

「ああ何をする滝沢君」
「まったく、ちょっと目を離すとこれなんだから……。
 だいたい、どうして急にこんなものを書こうと思ったんですか」

嘆息しながら、原稿用紙で器用に紙飛行機を折り始める滝沢。

「いやなに、めでたい第1111話に花を添えてやろうと思ってな。
 最近の流行語でいうとキリ番ゲトズザー、というやつだよ。
 ところでその原稿をどうする気かねああやめたまえ私の渾身の作品が」
「語彙が古いです先生。それ以前に、もう1111話は投下されてます」

完成した紙飛行機をつい、と指先から飛ばしながら滝沢少年が何気なく口にした一言を
男が理解したのは、こつんと壁にぶつかった紙飛行機を、必死にスライディングして
床に落ちる前に拾い上げた、その後のことである。
ぎぎぎ、と床に滑り込んだ姿勢のまま、男の首が回り、少年の方を見る。

「……今、何と言ったかね」
「第1111話は既に投下されています。これ、第1113話ですよ、先生」
「何だと……」

男の顔に、みるみる絶望感が広がっていく。
すっかり青ざめた男が、わなわなと震えながら口を開こうとする。

「ど……、 ど う す れ ば い い ん だ」

そんな男を見下ろして、滝沢少年がこの一日で何度めになるか分からない溜息をつく。

「とりあえず、諦めて大人しくしててください」
「む……」

言い切られた男が、力なく立ち上がると自らの椅子に腰を下ろす。
肩を落とし背中を丸めたその姿は、心なしか小さく見えた。
そんな傷心の男の背に、静かな声がかけられる。

「―――お話はお済みでしょうか、先生?」

少年のものではない。
妙齢の女性の声だった。
この狭い室内に存在する、三人目の人物。
男と少年の繰り広げる掛け合いをじっと微笑みながらやり過ごしていた女性が、口を開いていた。

「……ああ、すまないね、あだ……石原君。見苦しいところを」
「いえ。それより……」

腕を組んだ女が、男に向けて小さく頷く。
黒のスーツに身を包んだその美貌はひどく艶めいている。

「わかっている。次の操作だろう?」
「ええ、お願い致します、青紫先生」

薄暗い部屋の中、深い色に塗られた唇が照り光り、女が声を発するたびに妖しく蠢く。
ごくりと唾を飲んだ滝沢少年の脇で、男は表情を動かさずにくるりと椅子ごとモニタの方へと向き直ると、
お安い御用とでもいうように、ひらひらと手を振ってみせた。




******


 
 
 
「またあるときは一人の少女が生き残った」

「その子は……強くはなかった。少なくとも、その頃は。
 ただ護られて、助けられて、生き延びた。
 そうして、世界の最後の一人になる資格を、手にした」

「考えてみれば、残酷な話さ」
「力も覚悟もない子が、その無惨にも、孤独にも、耐えられるはずがないのに」

「だけど、その子は気づくんだ」
「自分の命をあっさり絶った、そのすぐ後に」
「もう、死は終わりなんかじゃないってことに」

「どんな気分だろうね?」
「死んでも死んでも終わらない」
「そんな永劫の罪過を、実の母親の手で与えられるっていうのは」

「護られて、助けられて、生き延びさせられて」
「生まれさせられて、罪を負わされて」
「そこに幸福は、あったのかな」



「ねえ―――教えてよ」




******


 
浮かんでいる。
落ちるでも、飛ぶでもなく。
それは正しく、ただ浮かんでいた。

蒼穹の、只中である。
ただ一歩、扉の向こうの闇を抜けたそこが遥か天空の高みであるという怪異を、
しかし水瀬名雪は特に感慨なく受け止める。

新鮮な芸当であるとは思った。
大規模で、これまでにあまり類を見ない仕掛けだった。
そして同時に、それだけでしかなかった。
何かに驚愕を覚えるような初々しさは、とうの昔に磨り減って、もうどこにもありはしない。
ただ、知らぬことが知っていることに置き換わったという、それだけが水瀬名雪の感じ方である。

真実。事実。現実。
知っていることは多すぎて、知らされたことは更に倍して、水瀬名雪は病んでいる。
老いという名の、それは病だった。
多くの先人がそうであったように、己の先が長くないことは、理解していた。
幾星霜を風雨に曝された心は老いさらばえて、続き続ける歩みには、もう堪えられない。
生きることに、倦んでいた。
生まれることが、怖かった。
しわがれた脚は自らを支えることもかなわず、杖に縋って、ようやく歩を進めている。
そんな生が、疎ましかった。
水瀬名雪の依って立つ杖を、終焉という。

終焉。
この世の終わり。
もう幾度も見つめてきた、仮初めの終幕などではなく。
本当の、終わり。
生に続かぬ死。
最早二度とは繰り返されぬ、三千世界の千秋楽。
そんなものが、もしもどこかにあるのなら。
それこそが水瀬名雪の追い求める、ただひとつ。
知りたいとは、思わなかった。
ただ、終わりたかった。
終わることを、赦されたかった。

水瀬名雪の見渡す空に、それはない。
だから、どこまでも広がる蒼穹など、ただそれだけのものでしかなく。
見晴るかす眼下に陸もなく海もなく、ただ点々と浮かぶ雲と、蒼天と、澄み渡る大気だけがある
その奇異も怪異も、水瀬名雪の精神に、ただ一筋の波紋をすら呼び起こすことはできなかった。

広い空には、己の他に誰もいない。
出迎える者も、待ち受ける敵もいない。
その空には、真に唯一人、水瀬名雪だけがあった。

青と白とが混じり合う、その蒼穹には、悲しみもなく。
身を切られるような辛さも、煮え滾るような怨嗟も、そこにはもう、ない。
その透き通るような大気にはもう、誰もいない。

「―――」

空を往く翼もなく、さりとて引き返す術も持たず、ただ浮かぶ水瀬名雪にとって、
それは無限の牢獄に等しい。
しかしその表情には焦燥も落胆もなく、水瀬名雪はただ、ゆっくりと目を閉じる。

「やがて終わる、どうせ終わる、今生も」

呟かれる声はぼそぼそとしわがれて、ひどく聞き取りづらい。

「終わって生まれて、繰り返す」

数え歌のような奇妙な節回しをつけて、言葉が漏れる。
それは壊れた糸車の、からからと紡ぐ糸もなく回り続けるような、薄暗い、独り言だった。

「終わって終わって、終われない―――」

どろどろと、大気を穢すように謡う水瀬名雪の声が、途切れた。
薄く閉じられていた瞼が、開く。
澱み、異臭を放つ沼の水面のような瞳が、空の一点を映す。

そこに、黒があった。
蒼穹に涌いた黴のような、一粒の染み。
染みは次第に拡がると、やがて渦を巻くように廻り出した。
廻りながら漆黒は蒼穹の青を溶かし、取り込んでいく。

「……」

瞬く間に大きさを増した漆黒の渦が、やがてふるりふるりと揺れながら近づいてくるのを、
水瀬名雪はじっと眺めていた。
他に動くものとてない空に、時を計る術はない。
一秒か、一時間か、一日か。
ひどく曖昧な時間をかけて、漆黒の渦は名雪の眼前にまで迫っていた。
手を伸ばせば、渦はその指先を嘗め回すように漆黒の先端を絡みつかせる。
ひんやりと冷たい感触は、渦自身の持つ温度であったものか。

「誰が……招く」

自らの身体にまとわりつく、ぞろりと濁った渦を見つめながら呟いた名雪の手足が、
ゆっくりと渦に呑み込まれていく。
呑み込まれたそれが、既にここにはないと、名雪は感じていた。
手先が、脚が、膝が、腿が、今この瞬間、脳髄と心臓の接続される先に、存在しない。
渦の中は、ここではない、どこかに繋がっている。
そんな奇妙な実感。

腹が、胸が、肩が、喉までが渦に呑まれ、消えた。
顎が、舌が、鼻が、耳が、それから最後に瞳が渦の中に呑まれ、




【四層 開放】




***




次の瞬間、水瀬名雪は、自らの足が大地を踏み締めているのを感じた。
そこはもう、空の中ではない。

咲き乱れる白い花が、名雪を囲んでいた。
見上げれば、夜空。

漆黒の空を統べる王の如く悠然と浮かぶ、ぼってりと朱い月を背に。
一人の少年が、そこには、いた。




******

 
 
「……こんなものかな」

薄暗い部屋の中、男が椅子ごと振り返る。

「ええ、お見事な手際でした。流石です、青紫先生」
「よせやい」

女、石原麗子の賛辞に思わず口の端を上げた男が、照れ隠しにもう半回転。
くるりとモニタの方へ向き直ったその背に向けて、石原の言葉は続く。

「RR……リアルリアリティ。因と果、本来不可分の二者を繋ぐ縁を歪め、事象を改変する力。
 あらゆる法則を超越し秩序を再構築する、神域の異能―――」
「おいおい、あまり持ち上げんでくれよ。ふう、ここは暑いな」
「……それって、単に脈絡のない話を押し通すってことなんじゃ……」

シャツの襟をはだけ、扇いだ手で風を送るような仕草をみせる男に、
傍らの少年が口の中でぼそりと呟いた。

「何か言ったかね?」
「いえ、別に」

耳聡く聞きつけた男の横目で睨むのを、少年はさらりと受け流す。
そんな二人を見て、石原が口元に手を当ててころころと笑う。

「あらあら、お弟子さんなら先生のお力を疑ったりしてはいけないわ」
「で、弟子……?」

少年の驚いたような表情を気に留めた風もなく、石原は笑みを含んで続ける。

「私が今、お願いしたことだって、先生でなければ成し得ないことだったの。
 無限の時、無限の空間、無限の世界……あの『塔』の中に広がるのは、そういうもの。
 その中から正しい道筋を選び出すのは、砂漠に一粒の金を探し出すよりも難しいわ。
 無量の可能性を一点に収束させて正解を描き出せるのは、青紫先生しかおられないのよ」
「は、はあ……そういうもんですか」

石原の饒舌な擁護に、少年はただ頷くより他にない。
そんな少年の脇で、きぃ、と椅子が鳴る。
再び振り返った男が、じっと石原を見据えていた。

「あら、何か?」
「正解……、かね」

何かを考え込むような、真剣な表情。

「私は君の依頼通りに彼女らを導いただけだよ、石原君」
「……ええ、ありがとうございます」
「彼女らの内の誰を、何処に差し向けるか……何をもって正しいとするのか。
 私には分からないそれが……君にはまるで、初めから見えていたかのようだ。
 君は、一体―――、」
「―――女には」

男の言葉を遮るように、石原の唇が動く。

「女には、色々な秘密があるものですわ、先生」
「……むぅ」

言い切った石原の瞳に宿る光に、男が口を噤む。
モニタの光を反射しているに過ぎないはずのそれは、ゆらゆらと妖しく揺らめいて、
見つめればその仄暗い水面に吸い込まれそうで、男は目を逸らすのが精一杯だった。

「……君も、大変なのだな」
「それほどでもありません」

言って笑んだ石原の、

「母とは皆、そういうものですわ」

静かな言葉が、狭い室内に反響して、不思議な韻律を帯びる。
その奇妙な余韻が、壁に、床に、天井に、耳朶に染み渡るように消えようとした、刹那。


『―――母なるは仙命樹』


暗がりから響く、聲があった。

「……ッ!?」
「な、なんだ……!?」

文字通り飛び上がって辺りを見回す男と少年の視界には、しかし聲の主は映らない。
狭い室内の中、人影は三つ。
男と少年、石原麗子の他に立つ影は、なかった。
しかし。


『この星に足掻く、すべての種を誘うもの―――』


聲は、響く。
囁くように、呟くように、低く、低く、響く。

「せ、先生……?」
「お、おおお落ち着きたまえ滝沢君、君の感じている感情は、せ、精神的疾患の一種だ」
「し、しずめる方法は?」
「私が知りたいくらいだ!」

震え上がる二人をよそに、部屋の隅に立つ石原は眉筋一つ動かさない。
表情に浮かぶ微かな笑みも、消えることはなかった。


『時の輪廻、既になく―――来し方より足掻き足掻く命の行く末、決するは近く』


響く聲に、石原の笑みが深くなる。
ほんの僅かに頷いて、濃密に彩られた唇が、ゆっくりと開く。
紡ぐは、一言。

「……望みは?」

ほんの僅かな間も置かず、聲が応える。


『この世の赤の、最果てを―――まだ見ぬ青の、最果てに』


すう、と。
弓の形に吊り上がったのは、石原の口の端だった。
微笑でも、嘲笑でもない、今にも哄笑へと変じそうな、深く、昏い笑み。
笑んだ石原が、歩を進める。
打ち放しのコンクリートに高いヒールは、しかし硬い音を立てることもない。
水面を滑るように、狭い室内をただ一歩踏み出して、

「―――」

おもむろに、身を屈める。
見つめた床の、何の変哲もないはずのコンクリートが、ぞろりと蠢いた。

「う、うわっ……!」
「せ、先生……! あ、あれ……!」

そこに浮かんだのは、貌である。
身を屈めた石原と向かい合うように床に浮き出しているのは、人の貌だった。
蜂蜜色の、髪が見えた。

雨に打たれたように濡れそぼる豊かな髪が貌に絡み付いて、表情は判然としない。
しかしそれは、少女の貌である。
青白い肌に、纏わりついた髪の束。
おぞましくも美しいその貌の中心には、爛々と光る、瞳があった。
眼窩に宿る色は、赤。
鮮血とも、紅玉とも、葡萄酒とも違う、混じり気のない、赤の一色。

この世ならざる異形を思わせる少女の貌を、しかし石原は笑みを浮かべたままじっと見据えると、
ゆっくりと手を伸ばす。
そこへ、

「た、たたた滝沢君、滝沢君! 手が! 手が!」
「痛い、痛いしがみつかないでください先生痛い!」

ずるりと、石造りの水面から、伸びるものがあった。
細くたおやかな、腕である。
纏った薄い茶色の毛織物は、やはり袖まで濡れている。
ぽたぽたと、雫をすら垂らしながら伸びたその手に、掴まれる何かがあった。

真紅と桃色と、乳白色と薄黄色が混じり合ったような、奇妙な色合い。
ぬらりぬらりと照り光るそれは、よく見れば、小さく震えている。
否。震えているのではない。

それは―――小さく、脈打っていた。

幽かに、微かに、しかし力強く鼓動を打つ、それは。
紛れもない、人間の、心臓だった。




【時間:すでに終わっている】
【場所:???】

水瀬名雪
 【所持品:くろいあくま】
 【状態:過去優勝者】

少年
 【状態:???】



【時間:???】
【場所:沖木島地下の超先生神社】

超先生
 【所持品:12個の光の玉】
 【状態:私は知らない、私に任せるのはやめたまえ!】

滝沢諒助
 【状態:せせせ先生そんな無責任な】

石原麗子
 【状態:???】

里村茜
 【状態:???】
-


BACK