最後の放送







 時間だ。

 電波時計を眺めて、デイビッド・サリンジャーはなにひとつ変わりもしないモニタに向かって舌打ちした。
 結局死者は出ず仕舞い。件の動物も幽霊のように現れてはまた姿を眩ます始末で、
 そのことも神経質なサリンジャーに苛立ちの波を立たせる理由になっていた。
 物理的な被害は糧秣以外皆無に近いものの、侵入されたという一事がサリンジャーの精神に屈辱を与えた。

 自分と『神の軍隊』以外何人も立ち入れないはずの聖地を、たかが動物に荒らされたという屈辱。
 無遠慮に押し入り、そればかりかサリンジャーの不明をも曝け出されたことへの腹立ちもあった。

 いつもそうだ。いつも肝心なところで誰かが邪魔をする――

 学会で受けた、自分を拒否する目。妥協と懐柔しか知らないはずの日本人が一致団結の意思を持って自分を否定した目を思い出し、
 サリンジャーは『ふざけるな』と胸中に吐き捨てた。
 だから自分は支配する。そのために一度は転落した舞台からここまで這い上がってきたのだ。
 篁総帥が死亡し、指揮権が移ったのもたまたまではなく、天が与えてくれた好機に他ならない。
 ここを逃せば自分は一生敗北者だ。みじめでしがない生活から抜け出すために、己が力を思い知らせてやらなければならなかった。
 所詮この世は誰もかもが独りで、他人を追い落として栄華を手に入れるようにしか出来ていないのだから。

 サリンジャーは椅子から立つと、自ら沖木島の全域に通じるマイクを手に取った。
 傍らのアハトノインがちらりと目を寄越すのを見て「今回は私が放送をやる」と伝えると、すぐに元の作業に没頭する。
 そう、これが上に立つ者だ。言葉一つで屈服させる。その対象が世界規模になるまで、もう少し。
 最終段階だと胸中に呟いて、サリンジャーはマイクの送信釦に手をかけた。

「はじめまして皆さん。私はデイビッド・サリンジャーと申します。
 この殺し合い……バトル・ロワイアルの運営を任されている者です。どうぞお見知りおきを。
 最初にあなた方にルールの説明をしたウサギさんがいたでしょう? あれは実は私でしてね。
 よく出来た変声機でしょう? 急場で作ったにしては中々いい出来だったと思いますよ。
 さて、無駄話を続けるのもあなた方は望んでいないでしょうから、本題に入りましょうか。
 何故私が、本来の声で、放送を始めたのか。それはですね、こちらにとっては喜ばしくないことに、
 今回の放送では死者が一人も出なかった……つまり、殺し合いが全く進行しなかったということでしてね。
 私としてはこれは大変困ることなんですよ。せっかく最後の二人まで生き延びられると言ってあげたのに、
 ピタリと止んでしまったのですからね。しかもですよ、私が優勝者の願いを叶えるというご褒美まであげようというのに、です。
 全て本当のことなのですがね……勿体無いことをしますね、日本人という連中は。
 ああ、失敬。日本人以外も何人かいましたね。まあそれはそれとして、殺し合いが立ち行かなくなるのはこちらには不都合なのですよ。
 まだこれから殺し合いを続ける……というのなら別に文句は言いませんが、
 この期に及んでこれが殺し合いなんだ、ってことを理解していない方もいらっしゃるようですしね。
 ですから、タイムリミットを設けることにしました。
 この放送から六時間後……次の放送までに死者が一人も出ていなかった場合、私の部下が『処理』しに行きます。
 首輪を爆破させれば早いことなのですがね。それでは部下の教育にもよろしくないわけなんですよ。
 ご心配なく。我が部下は優秀でしてね。あなた方のような普通の人間だって表情一つ変えずに殺せる優れものなんですよ。
 歯向かおうだなんて思わないで欲しいですね。まあこちらとしてはある程度抵抗してくれたほうが好ましいわけですが。
 殺し合いを続けるというのならば是非どうぞ。それはそれでこちらの目的は果たせるわけですから。
 どのように死ぬかはあなた方に選ばせてあげましょう。ここで全滅するか、自分だけ生き残ってみせるか。
 博愛主義を貫くのもいいでしょう。私は寛大です。好きなようになさるといいですよ。
 ああ、一つ付け足しておくと……あなた方に逃げ場はない。
 どこにいても、私の部下は必ず追い詰める。そのことをよく理解しておいてくださいね。
 それでは――神のご加護があらんことを」




【場所:高天原内部】
【時間:三日目:06:00】

デイビッド・サリンジャー
【状態:昼になればアハトノインを送り込んで殲滅する】
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