晴れのちVサイン




「琴音さん、藤田先輩、みんな一体どこにいっちゃったんだろう…?」
海岸沿いの街道を所在なげに歩くのは、松原葵(097)。彼女は離れ離れになった仲間を探して、まずは海沿いに歩いてみることにした。
今のところ葵は誰にも接触しておらず、本当に120人もの人間が殺し合いをしているのだろうかとさえ思ったが、時折聞こえる銃声や爆発音を聞くと、やはりこの悪夢のようなゲームが行われているのだと痛感する。
葵は怖くて仕方がなかった。一人というのももちろんあるが、それ以上に殺されるという感覚が、何か得体の知れない、決して追い払うことのできない怪物のようで。
格闘技の心得はあるつもりだが、そんなものは銃の前では無力に等しい。たとえ自分が持っていたとしても、人に当てられるだけの技量があるわけがない、と思っていた。
やがて、葵は海岸にある奇妙な建物を発見した。この殺戮ゲームには、あまりにも似つかわしくない代物だった。
「…海の家?」
夏の海水浴場ならばどこにでもある建物だが、さすがにこんな場所にあると場違い極まりない。ある意味では、それは『日常』をよく表しているものなのだから。
「休憩するには、いい場所かも」
他に人がいるかもしれないと思ったが、砂浜には足跡が見られない。どうやら自分が最初の客人のようだった。
中に入ると、『日常』の色はますます濃さを増した。ビーチボールに、パラソル。ビニールボートに、貸し水着まである。
「…どうせなら、藤田先輩や琴音さんと一緒だったら良かったのに」
嘆息してみても始まらない。海の家ならば、多少の食料があるに違いない。奥の方を物色してみると、そこには様々な材料があった。野菜に、麺や、調味料。よりどりみどりだ。当然キッチンもあった。


「けど、おかしいなぁ。どれもこれも全部新品…」
食料も、キッチンも、いや建物そのものが新築の匂いがしていた。新設されたばかりなのだろうか。
「取り敢えず、持っていけるものは持っていこうっと」
食材一式や、偶然置いてあった携帯用ガスコンロを持って行くことにする。
「…そう言えば、まだ荷物開けてなかったな。何が入っているんだろう?」
もし銃とか危険なものだったらどうしよう、と思いながらも中身を確認する。
「銃じゃ…ないようだけど…でも、これって…」
出てきたものは薄っぺらいステンレス製のモノ。
「どこからどう見てもお鍋のフタ、だよね…」
愕然するのを通り越して笑みさえ浮かんでくる。
「あ、あはは…これで、敵の攻撃を防御しろ、ってことかな?」
用途がそれ以上考えられない。どうせならフライパンの方が良かった。料理できるし。
だが、人を傷つけるものよりかはマシだ。葵は何かの役には立つだろうと思い持っておこうと思った。
他に支給されているものを確認する。と、葵はデイパックの底に見なれた物を見つけた。
「これって、私の体操服!?」


てっきり没収されたものだと思っていたが、こんなところにあったとは。葵はそれを取り出して、しげしげと見つめた。学校での全ての思い出が、この服一枚に詰まっている。
『勝った…私が、好恵さんに…勝った…?』
『葵ちゃんは強いっ!』
体操服を見ていると、しぼんでいた勇気の炎が再び燃え盛ってきた。
「そうだよね…私は、私は、こんなところで落ちこんでいるような人間じゃないですよね、藤田先輩」
制服を脱ぎ捨て、愛用の体操服に着替える。葵の目が、鋭く凛としたものへと変わった。
「藤田先輩、琴音さん! 今行きます! こんな殺し合い、私が止めてみせますから!」




『松原葵(097)』
【時間:1日目午後12時半ごろ】
【場所:G−9、海の家】
【持ち物:お鍋のフタ、支給品一式、野菜など食料複数、携帯用ガスコンロ】
【状態:体操服に着替える。浩之や琴音の捜索開始】

【備考:葵の出発地点はS3、制服は放置。一応全ルート】
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