(パルチさん、行動中)/Theme of WLO







 自由行動、と言われて放り出されたのはいいが、果たして始めに何をするべきなのだろう、
 という疑問はここにいる全員が持つ考えのようだった。

 言葉少なく廊下に立ち尽くす十人からの集団を眺めながら、朝霧麻亜子は廊下の薄暗い天井を見渡していた。
 材質は古そうだが、年代を感じさせない、どこか光沢を残している塗料の色。
 汚れていない蛍光灯、曇りの一片もないガラス窓、埃の少ないサッシを見て思うことは、
 老朽化した部分はほぼないのだろうということだった。

 以前やってきたときには半ば通り過ぎるような形であるがために、
 細かくは目を配っていなかったが、こうして確認してみると簡単に確信が持てた。

 学校という施設は案外何だってできる。人が集団で暮らせる程度には衣食住の要素が揃っているからだ。
 なるほど、ここを拠点に選んだのも頷ける。立て篭もるにも便利だから、万が一誰かが攻撃してきてもあっさり撃退できる。
 守る分には最適な施設というところだろう。

 そこまで考え、いつの間にか殺しあうことを前提とした考えに辿り着いている自分がいることに気付き、
 麻亜子は胸が暗くなる感覚を味わった。こんなことを考えさせないために自由に行動していいと言ってくれたはずなのに。

 学校にいると、無条件に身構えてしまう。
 自分の唯一の居場所でしかなかった昔がそうさせているのだろうか。
 これまで度々感じてきた寂寥感がまたはっきりとした形になって現れるのを感じた麻亜子は、無闇に明るい声を出すことで追い払った。

「せっかくの自由時間なんだしさ、やること済ませて後はぱーっとやっちゃわない? とりあえず、上の教室とかでさ」
「そうだな。種類を分けて選別した方がいいだろう。銃器、刃物、医療品などにな」

 隣にいたルーシー・マリア・ミソラが同調して、話を進めてくれた。
 夜明けまではそれほど時間はない。これだけの人数がいたとしても、一朝一夕に終わる物量ではなかった。
 何をするかはともかく、さっさと終わらせておきたいというのは皆が同じ気持ちだったようで、
 近場にいる人同士で組んで、何を集めるかを決める形となった。

 グループは四つ。一つは麻亜子・ルーシー。一つは古河渚・藤林杏・伊吹風子の同じ学校組。一つは国崎往人・川澄舞の気付いてない同士。
 一つは藤田浩之と姫百合瑠璃のどう見ても以下略同士。そして……一人、いや一体が余った。
 特に何もせず眺めていたがために取り残されたほしのゆめみというロボットである。

「……ゆめみさん、あたし達のところに入る?」
「ロボットさんですか。風子とても興味がありますっ」
「わたしもお話してみたいです」

 言われると、ゆめみは頷いてとことこと入っていった。つまりは声をかけられなかったのではなく、かけなかったのだろう。
 高槻についているときの彼女はいかにも人間らしく、拳を振り上げたのを抑えたときの彼女の視線には、
 自律した意思すら感じられる鮮やかな虹彩にドキリとした感覚を味わったものだが、
 命じられて動く彼女にはロボットである、という感想以外のものを持ち得なかった。

 逆を言えば、高槻にだけは心を開くロボットなのかもしれない。まさかという反論がすぐに浮かび上がったが、
 自分が変質したように、ゆめみというロボットのプログラムにも何らかの変質が起こっているのかもしれなかった。

 とにかく、グループが決まり、次に何を整理するかもトントン拍子で決まる。
 ある程度銃知識(とは言っても俄かの素人程度だが)のある麻亜子が銃器担当。
 一番その手の種類が多そうな刃物、鈍器などの直接攻撃系の武器を渚達が。
 用途不明の品、及び医療品や生理用品などを残りが担当することになった。

 とは言ってもまずデイパックの中身を全部ひっくり返さなければならないことから、結局は全員同じ部屋で作業をすることになるので、
 特に分かれることにもならず、皆で固まって一階上の教室に赴くことになった。

「るーの字よ」
「ん?」

 ひそひそ話の要領で、麻亜子はルーシーに耳打ちする。内容は大体分かっていたのだろう、「アレか?」と言うのに「うむ」と続けた。

「オペレーション・ラブラブハンターズの件でおじゃるが」
「……作戦名が変わってないか」
「細かいことは気にするない」
「まあいい。それで」
「やっぱりね、男女の仲を深めるには裸の付き合いというのがいいと思うのだらよ」
「親父臭い」
「んがっ」

 何が悪い、と全力で反論したくなった麻亜子だったが、ここで顔を真っ赤にしてマジレスしたところで、
 クールビューティーを絵に描いたような外人顔負け、クレオパトラも裸足で逃げ出す……とまではいかなくても、
 そこいらの美人よりは美人なルーシーにはダイヤモンドを握りつぶす努力をするが如く無意味であろうし、
 真っ赤な茹蛸るーるーを想像することはどうしても麻亜子にはできなかった。失恋を経験した彼女には陰がよく似合う。

「で、でも正論でしょ?」
「分からなくもないが……古典に頼るのはな……」

 古典というほど古臭いのだろうか。一応、漫画やアニメにも手は出している麻亜子だが、最近のアニメ漫画事情には疎かったりする。
 理由? 就職活動と学校の成績維持と先生へのおべっかに時間を使ったからに決まっておろうが。
 真面目にやるときゃやるからね、あたしは。……不安だらけで、できるだけ引き伸ばしにかかってたけど。

 とにかく時代の移り変わりは速いのだとしみじみ思いつつ、
 さりとて今さら脳内で三十秒を使って練り上げた計画をひっくり返すわけにもいかず、
 「これでいいのだ」と無理矢理判を押したのだった。

「……場所は? ここは学校だが」
「実はだね、ある場所にはあるのさ。いいかね? 学校は職員が寝泊りできるように、ごく一部にそういう部屋があったりする」
「ほう」
「整理が終わったらさ、そこにあの二人を呼び出すんだよ。あとはごゆっくりぃ〜」
「で、あるのか? その部屋とやらは」
「……さぁ?」
「おい」
「な、なかったらなかったで何とかするよ。例えばプールに突き落とすとか」

 どうやって、という類の目がルーシーから発せられたが、そんなこと知るかと麻亜子は思うしかなかった。
 麻亜子のアイデアは常に行き当たりばったりなのであった。
 こういう癖も治っていないらしいということに思い至り、あははと苦笑いするしかなく、ルーシーも苦笑して首を振った。

 そうこうしているうちに目的の場所に辿り着いた麻亜子は、全員に荷物整理の旨を伝えると部屋の中央にデイパックを積み、
 さっさと中身を漁り始めた。浴場があるかどうか調べるためにも、早いうちに済ませておかなければならなかったからなのだが、
 周囲の面々は麻亜子に意外な真面目さに感心しつつ、それぞれ雑談しつつも整理に取り掛かるのだった。

     *     *     *

 久しぶりに会ってみても元気そうな渚の姿を目にして、杏は良かったという感想を素直に抱いた。
 それどころか以前より明るくなり、俯いていることの多かった渚は今でははっきりと面を上げ、自分から話題を振ってくることもあった。

 過酷な環境を生き延びてきただけではこうはならない。誰かに守られ、自らは殺しに加担していなかったのだとしても同じことだ。
 何かが渚の中で化学変化を起こし、不確かで先の見えない未来でも、恐れずに一歩を踏み出せる切欠を与えたのかもしれなかった。
 同時に杏自身の不甲斐なさ、真実を知ろうと決めてなお最初の一歩を踏み出せずにいることがより鮮明となり、
 あたしは何をやっているんだろうという気持ちが焦りとなって知覚されるのを感じた。

 ここには十人からの人間がいて、妹の死に関わった人だっているかもしれない。いや、いるはずだった。
 声を出して確かめられないのは、きっと怖いからだ。
 楽に逝けたのか。満足に逝けたのか。それとも想像さえ出来ないくらいに恐ろしい死に方をしてしまったのか。
 またそれを知ったときの自分が、本当に納得することができるのだろうか。
 もし知ってしまえば、自分でも制御できない負の情念、敵を追い求める本能とが渾然一体となって、
 安定したこの場を崩してしまうのではないか。いらぬ諍い、いらぬわだかまりを生み出してしまうことにはならないか。
 それらに対する恐怖、また自らへの自信を喪失していたことが、杏の決意を少しずつ鈍らせていた。

「杏ちゃん。これって、武器……でいいんでしょうか」
「え?」

 物思いに耽っていたからか、渚の声を聞き取ることができずに、杏は聞き返してしまっていた。

「えっと、ですから、これ」

 とんとんとフライパンを指差され、杏はようやく何を尋ねていたのかを理解した。

「あ、ああ。もうそれ、武器にしなくてもいいんじゃない? 元々、調理器具なんだし」

 そうですよね、と微笑した渚の言葉尻には、こういうものを武器として使いたくはなかったのだろうという意思が汲み取れた。
 隣の組にフライパンを渡す渚の表情は、共同作業をしているという嬉しさがあるのかてきぱきとしていて、自分とは大違いだった。
 再び、何をしているんだろうという感想が溜息となって吐き出され、以前より逞しくなったように見える渚の横顔をぼんやりと眺めた。

 しっかりしなければいけないのに。

 今は余計なことを考えている場合じゃないと理性が言い聞かせても、それは逃げではないのかと訴える部分もある。
 どちらの言い分も正しいだけに、結局はどちらにも引っ張られ、
 わずかなりとも体の機能を停止させてしまっているのが杏の現状だった。

「……大丈夫ですか?」

 戻ってきた渚が、そんな自分の様子に気付いたのだろう、ぱっちりとした鳶色の瞳を向けていた。
 やさしさの中にも自分の意思を忘れない、渚の性質を如実にしたような目が杏を射竦め、
 隠していても仕方がないかという諦めにも似た感情を生み出させていた。

 確かに怖い。真実を知ってしまうのは時として知らない以上の恐怖と絶望を喚起させることもある。
 柊勝平を、自らの手で殺害してしまったことを自覚したときのように。
 けれども知らずにいるということは、自分に対して嘘をつき続けていることに他ならない。

 嘘を、突き通したくはない。
 杏は周囲を見回し、今の自分の近くにいるひと達の姿を確認した。
 ここには渚も、ゆめみも、今しがた友達になった(というか認定された)風子もいる。
 もしも自分の感情を制御できずに壊れそうになったとしても。
 彼女達が止めてくれる。そうだと信じたかった。

「ずっと、気になってたことがあって」

 ただならぬ気配に気付いたのか、それまでゆめみを質問攻めにしていた風子と、
 それに追従するようにゆめみも耳をそばだてて話を窺っていた。

「あたしの妹……ひょっとしたら、この中に、死ぬのを見届けた人がいるんじゃないかって」

 渚の顔が一瞬硬直し、風子も顔色を変えるのが分かった。あらかじめ内容を知っているゆめみだけ顔色を変えなかった。

「でも、聞くに聞けなくってね。怖くて、言い出せなかった」
「……杏ちゃん」

 戸惑いの色を持った渚に、この子は嘘をついていないんだ、と素直に思うことが出来た。
 きっとこの人達なら見ず知らずのふりをしないだろうという確信が生まれ、それに安心している自分を俗物だと感じる一方、
 恐怖に慄く気持ちも薄れてきている感覚に、これが仲間意識なのだろうと直感した。

 自分は今だって不甲斐ない。こうして誰かに背中を預けなければ問題を解決しようとする意識だって持てない。
 けれども、それは『借り』だ。時間をかけて返すことの出来る『借り』なのだ。
 それを受け入れてくれるだけのものが、目の前にはある。
 ようやく一歩を踏み出せそうだという気持ちが波のように広がり、微笑の形を取って表せることが出来た。

「ごめん、おんぶに抱っこさせるかもしんないけど……もし壊れそうになったら……」
「分かってます。ね、ふぅちゃんも、ゆめみさんも」

 渚の声は小さかった。自分に合わせて小さくしてくれていたのだと気付けた瞬間、
 無条件の感謝が生まれ、また一も二もなく頷いてくれた二人に、
 もう頭が上がらないなという結論に達した杏は、困ったような笑いを浮かべるしかなかった。
 この『借り』を返せるのは、遠い未来になりそうだった。

「……ありがとう。とりあえず、聞く人は絞れたから。後は自分で確かめてみる」

 杏は顔を横に向け、浩之と瑠璃の顔を窺った。
 渚達の一団が知らなかったことを踏まえると、確率的には残りの組が知っている可能性は高い。
 もちろん黙っている可能性もないではなかったが、そのときはそのとき。確かめに行けばいいだけだった。

 そこまで考えたとき、例の二人と目が合った。
 表情が僅かに揺れ動き、何らかの意思疎通を果たしたのだろう、浩之の方が立ち上がる。
 どうやら、自分の憶測は外れてはいなかったらしいと確信した杏は、
 同時にこれから起こりうることに体が強張り、唾が石となってゆくのも知覚していた。
 体に力が入らず、立ち上がったときには殆ど自分に接近していた浩之が、ゆっくりと、酸を飲み下すようにしながら言った。

「……後で、話があります。時間をくれませんか」
「あたしも、そう言おうと思ってたところでした」

 互いに丁寧語であったのは、自分も浩之も、本当の現実に直面することを分かっていたからなのかもしれなかった。
 杏が踵を返し、元の作業に戻ったときには、もう作業工程の殆どが終わろうとしていた。




【時間:3日目午前03時50分ごろ】
【場所:D−6 鎌石小中学校】

『自由行動組』何を、誰とするかは自由。小中学校近辺まで移動可

川澄舞
【所持品:日本刀・投げナイフ(残:2本)・支給品一式】
【状態:往人に付き従って行動。強く生きていたいと考えている。額から出血。両手に多少怪我(治療済み。支障は全くない)、肩に浅い切り傷】
【その他:往人に対して強い親近感を抱いている。剣道着を着ている】
その他:舞の持ち物(支給品に携帯食が十数個追加されています。)

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン(32/36)、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:鎖骨にひびが入っている可能性あり。往人・舞に同行】
【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、パン人形、38口径ダブルアクション式拳銃(コルトガバメントカスタム)(残弾4/10) 予備弾薬35発ホローポイント弾11発、スペツナズナイフの柄、支給品一式(少年、皐月のものを統合)】
【状況:強く生きることを決意。人形劇で誰かを笑わせてあげたいと考えている。全身にかすり傷】
【その他:左腕に文字を刻んだ。舞に対して親近感を抱いている(本人に自覚なし)】

古河渚
【持ち物:おにぎりなど食料品(結構減った)、支給品一式×2(秋生と佳乃のもの)、S&W M29 1/6、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱】
【状態:心機一転。健康】
【目的:人と距離を取らず付き合っていく。最優先目標は宗一を手伝う事】

伊吹風子
【所持品:サバイバルナイフ、三角帽子、青い宝石(光四個)、グロック19(0/15)、イングラムM10(0/30)、イングラムの予備マガジン×1、M79グレネードランチャー、炸裂弾×2、火炎弾×9、Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×17、スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、SIG(P232)残弾数(2/7)、仕込み鉄扇、ワルサー P38(0/8)、フライパン】
支給品一式】
【状態:泣かないと決意する。全身に細かい傷】

ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(20/30)・予備カートリッジ(30発入×4)、支給品一式×2】
【状態:生き残ることを決意。髪飾りに美凪の制服の十字架をつけている】
【目的:とりあえず渚にくっついていく】 

姫百合瑠璃
【所持品:MP5K(18/30、予備マガジン×8)、デイパック、水、食料、レーダー、携帯型レーザー式誘導装置 弾数2、包丁、救急箱、診療所のメモ、支給品一式、缶詰など】
【状態:浩之と絶対に離れない。浩之とずっと生きる。珊瑚の血が服に付着している】
【備考:HDD内にはワームと説明書(txt)、選択して情報を送れるプログラムがある】

藤田浩之
【所持品:珊瑚メモ、包丁、レミントン(M700)装弾数(3/5)・予備弾丸(7/15)、HDD、工具箱】
【所持品2:フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、折りたたみ傘、鋸、支給品一式】
【状態:絶望、でも進む。瑠璃とずっと生きる】

ほしのゆめみ
【所持品:忍者刀、忍者セット(手裏剣・他)、おたま、S&W 500マグナム(5/5、予備弾2発)、ドラグノフ(0/10)、はんだごて、ほか支給品一式】
【状態:左腕が動くようになった。運動能力向上。パートナーの高槻に従って行動】

藤林杏
【所持品1:ロケット花火たくさん、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
【所持品2:日本刀、包丁(浩平のもの)、スコップ、救急箱、ニューナンブM60(5/5)、ニューナンブの予備弾薬2発】
【状態:軽症(ただし激しく運動すると傷口が開く可能性がある)】
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