へっぽこマーチ







 デウス・エクス・マキナというものがある。
 機械仕掛けの神という意味で、脈絡もなく現れて物事を一気に解決してしまう。
 いわゆるご都合主義のことを指す。本来、そういうものは現実にありえるわけがないのだし、信じられるものでもなかったが――
 今、機械仕掛けの神は目の前に存在していた。

「……本当にありましたね」

 半ば唖然としている皆の先陣を切って、古河渚はぽつりとだが漏らした。
 学校裏側の駐車場。車が一台とバイクが二台。さあ使ってくださいと言わんばかりに暗闇の中で鈍色の光沢を放っている。
 流石に鍵はかかっていたが、あまりにも早く見つかりすぎたので拍子抜けする思いの方が強かった。
 何故廃校になっていたはずの場所に車とバイクがあるのだろうか。渚はその旨の質問を重ねてみたが、宗一からすぐに返答があった。

「ここ、人工島かもしれないって言ったぜ」
「そうでしたね……」

 言われて、渚はようやく納得を抱えた。機械仕掛けの神が舞い降りたのではなく、この舞台そのものが神に作られていたのだ。
 言ってしまえば殺し合いご都合主義に即したものの配置になっているということだ。
 多分、鍵だって探せばすぐ見つかるのかもしれない。
 だが利用できるのなら何も問題はない。今の自分達がやるべきことは生きて帰ること。それだけだ。

 ここまで来たという感慨が実を結び、渚の中にようやくひとつの光景が見えるようになった。
 霞がかかっていて一歩先までしか見えなかったはずの坂道が、もう坂の上まで見通せるようになっている。
 ひとりで歩いていたはずの坂にはいつの間にか人が増えており、自分はその人達と肩を並べて歩いている。
 ようやく立たなければならない場所まで戻ってこれた、いや進んでこれたのだと自覚する。

 まだ終わりではない。道はまだ続いていて、登りきった先にどうするかも決めてはいない。
 空白のページはたくさんある。一つ一つ丁寧に埋めていけばいい。
 急く必要はない。横からアドバイスしてくれるひとも、アドバイスを求められるひともここにはいるのだから。

「やほほーい♪ さー動かすぞー!」

 いつの間にかドライバーやら何やらを手に持って飛び出していたのは朝霧麻亜子だった。
 どうやら鍵を探す気は皆無らしく、早速バイクに取り付いてがちゃがちゃと弄繰り回していた。
 相変わらず凄まじいバイタリティだなあ、と感心しながら渚は他のメンバーの顔を見回した。

「どうします? 鍵、探してきたほうがいいでしょうか」
「いや、それには及ばん」

 ニヤと笑った宗一の手にあったのはツールセットだった。どうやら宗一も鍵を探す気はないらしい。

「まあ任せとけ。数分もあれば終わるさ」

 ぐっ、と指を立てて宗一は車へと突進していった。
 車には鍵がかかっているようだったが、それも開ける気まんまんのようだった。
 バイクに張り付いて作業していた麻亜子が「勝負じゃ若造がー!」と言うのに合わせて「格の違いを思い知らせてやる!」と息巻いていた。
 渚だけでなく全員が苦笑していた。出番が全くなくなってしまったので待つしかなく、必然的に立ち話に移行した。

「で、振り分けはどうする?」

 国崎往人がバイクと車を見ながら言う。そういえば結局あの時……移動手段について話し合っていたときはうやむやになってしまっていた。
 現在の人員は七人。車には四人、バイクにはそれぞれ二人は乗れる。
 車には若干余裕があるようだったが、ルーシー・マリア・ミソラが「車には荷物を載せるべきだろう」という意見に全員が一致の意を得たので、
 車に三人、バイクに二人ずつということに落ち着いた。勿論麻亜子にも宗一にも相談はしていない。
 麻亜子の方は後々文句を言ってきそうな気がしなくもなかったのだが、楽しそうに勝負していたので邪魔するのも憚られた。

「というか、あいつが混ざるとグダグダになるからこのまま進める」

 それは先の一件でも明らかだったので、これにも全員が頷いた。
 あまりこういうことはしないのが渚の信条だったが、往人の言葉もまた頷けるものだったので今回は何も言わないことにしたのだった。
 それに、ちょっとした仕返しです。さっきからかわれましたから。
 こんなことを考える自分は、少し遠慮がなくなったのかもしれないと渚は思った。

「とりあえず、那須とまーりゃんと川澄はそれぞれ別だな?」
「だな。それは確定事項だ」

 ルーシーの言葉に往人が首肯する。付け加えるなら宗一が車で、他の二人がバイク。
 となれば、後は基本ここの面子の希望で配置が決定されることになる。
 なんだか修学旅行みたいだ、と渚は場違いだと思いながらもそんな感想を抱いた。

 いつもこういうときはひとりで、気がつけばバス席も部屋割りも決まっていた。
 小学校や中学校ではそんな感じで、高校に至っては病欠という有様だった。
 ひとりじゃないという感慨が浮かび上がり、渚は気持ちが落ち着いてゆくのを感じていた。

「はいっ。風子バイクがいいです」

 元気に手を上げて発言したのは伊吹風子だった。
 期待に目を輝かせ、しゃきっとした表情になってピンと手を伸ばす風子には、滅多にできない経験への興味があるようだった。
 こういう部分は変わっていないのだなと渚は苦笑する。

 久々に再会した風子はどこか様変わりしていて、ぼんやりしたところがなくなり、代わりに鋭さを備えたように見えた。
 くりくりとした大きな薄茶色の瞳の奥に見える、決然とした堅い意思。
 幼さを残す風貌と不釣合いになっていることが可笑しく、また危うさを含んでいるようにも感じられた。

 今にも己自身を壊してしまいそうな、どこまでも真っ直ぐに過ぎるひとつの決意――
 衝動的に抱きしめてしまったのはそれらの脆さを感じてしまったからなのかもしれない。
 ふぅちゃんは、ふぅちゃんのままいてくれれば、それでいいんです。
 口に出せなかったのは想像はできても確信には至れなかったことがあるかもしれない。
 また、止められるものではないと分かっているからなのかもしれなかった。

 知り合ったときから変わらない一種の頑固さ、意固地さは更に強くなっているように思えた。
 そんな風子だからこそ、尚更生き続けて欲しいと、渚は切に願ったのだった。

「よし。ならまーりゃんの後ろだな」
「ええっ」

 風子が途端に嫌そうな……とまではいかないが、不満を滲ませた声を出した。
 頭を撫でられるたびにふーっ! と反発していた風子からすると、子供扱いする麻亜子とは性が合わないのかもしれない。
 実際二人の外見年齢はほぼ同じだったし、納得いかないものがあるのだろう。
 ……実年齢もほぼ同じだというのもあるのかもしれないが。

「身長的に考えてお前が適任だろう?」

 ルーシーの理路整然とした言葉に「それはそうでしょうけど……」と憮然とした態度で答えた風子は、
 麻亜子の方をちらりと見て、「やっぱりヤです」と言った。

「どうして」
「セクハラされますっ」

 往人の目とルーシーの目が風子の胸に注がれた。風子は胸に手をやり、持ち上げる仕草をした。
 二人は顔を見合わせ、深く頷きあった。

「「いっぺん出直して来い」」
「がーん!?」

 大仰にショックを受けたリアクションをとって、風子はよよよと泣き崩れた。
 渚は自分の認識を訂正しようと思った。麻亜子と風子は似ている。間違いなく。

「そ、そんな……風子の貞操はこうして奪われてしまうのですね」
「伊吹。川澄の胸を見てみろ。ぼいんぼいんだ」

 微妙にセクハラ発言をしているルーシーだが、顔が極めて真顔かつ真面目なので突っ込めない。
 風子の目が舞に移る。胴衣の上からでも分かる大きな盛り上がりに「ふーっ!」と敵愾心に満ちた声を上げた。

「……嫌われた?」
「たぶん、ただのライバル意識なんじゃないかと……」

 しゅんと落ちこんだ舞に渚がフォローする。何故胸の話になったのだろうと思いながらも。

「いいんです! おっぱいの大きさなんて些細な問題なんです! おっぱいは形! 風子は美乳だからセクハラされると大問題なんです!」
「美乳じゃなくて微乳の間違いだろう」
「というか、お前が胸を語れる立場か」
「大顰蹙ですっ!?」

 往人とルーシーに一蹴され、そんな馬鹿なとくず折れる風子。
 いつからここは胸を議論する集団になったのだろうという認識が持ち上がりながらも、勝手に話が捻れていくのでどうしようもなかった。

「まーりゃんとそっくり……あっちは意図的だけど、こっちは天然」

 的を的確に射ていた舞の言葉に、渚はただ頷くしかなかった。

「あのー……それで、結局ふぅちゃんはどこになるのでしょうか」
「まーりゃんと一緒。もう確定だ」
「そ、そんな! 数の暴力ですっ!」
「わっはっは、何がそんなに嬉しいのかね?」

 尚も反論しようとしていた風子の肩をがしっと掴んだのはいつの間にか背後に忍び寄っていた麻亜子だった。
 わーっ! と抵抗するが麻亜子は器用に風子を羽交い絞めにすると頬を摺り寄せてうりうりとし始める。
 自分達がおっぱい議論をしている間に向こうは決着がついてしまったらしく、宗一は車に寄りかかってこちらを眺めていた。
 勝負の行方はどうなったのだろう、などと渚は思いながら、隣で聞こえる喧騒を半ば聞き流していた。

「さて、一組目は決まった。後は誰が舞と同乗するかなんだが」

 うーっ! とか ふーっ! とか風子の貞操がー、などと聞こえてくる声は誰も気にしていないようだった。
 というよりは触れてしまったらまた話がややこしくなると誰もが認識しているからなのだろう。
 渚も別に喧嘩しているわけでもなさそうなので口は挟まなかった。「風子、お嫁にいけません……」なんて聞こえたような気がしたが、
 それでも気にしないことにした。仲良きことは美しきかな。
 ……ですよね?

「まあぶっちゃけた話、私か渚が適当だろう」
「なんでですか?」

 渚は首を傾げた。普通に考えればそれまで行動を共にしてきた往人が一番適当だと思っていたからだ。
 疑問を挟まれたことそのものが意外だったらしいルーシーは目をしばたかせたが、すぐに合点のいった様子になった。

「いや、いい。気にするな。渚は渚の信じる道を行くがいい」
「……なんで話が大きくなってるんですか?」

 ルーシーは薄く笑っただけで、ぽんぽんと渚の肩を叩いた。ちんぷんかんぷんだった。

「……で、どうするの?」
「そこで俺に振るか」

 話の流れを読んだ舞が往人に聞いていた。

「私は別に構わない」
「いや……それでいいのか?」
「あーっ! 往人ちんめ、ここぞとばかりにおっぱへぶっ!」

 敏感に会話の内容を察知したらしい麻亜子が割り込もうとしたが、風子の頭突きによって阻まれる。
 たぶん、みんな心の中で親指立ててるんだろうなあと思いながら、渚はようやくルーシーが言おうとしたことの意味を察していた。

 よくよく考えればすぐ分かることだった。バイクに二人乗りするということは、必然、体が密着するわけである。
 それまでよく分からないおっぱい議論の渦中にいたせいで感覚が麻痺していたのかもしれない。
 自分は案外空気に毒されやすいのだと渚は認識せざるを得なかった。
 内省をしている間に、麻亜子と風子はキャットファイトの様相を呈していた。なぜ頭突きしたし! とか、ふかーっ! とか聞こえていたが、
 殴り合いでも引っかき合いでもなさそうだったので大丈夫そうだと理解して、渚は放っておくことにする。

「……いや、遠慮する。身長差があるし、見た目にも格好がつかん」
「そう……」

 無表情に頷いた舞の言葉は落胆しているようでもあり、最初から分かっていたと納得しているようでもあった。
 往人もなんとなく目を合わせ辛くなったのか、「……荷物、運ぶぞ」と言って舞や渚達の荷物を持ち、車の方へと歩いていってしまった。
 残された三人の間には微妙な空気の流れが漂い、口が開きにくい状況になってしまった。

 発端は自分だ。そう思い返した渚はおずおずと手を上げて「じゃあ、わたしが舞さんと一緒でいいですか?」と提案していた。
 気付いていなかったとはいえ、やや後ろめたいものがあるのは事実だったし、それに……
 自分に話せるだけの余裕も知識も、器の大きさもあるのだろうかと逡巡したが、やろうと思い立っている自分がいることは事実だった。
 もっと、知りたいから。

 その気持ちがあればいいと断じて、渚はもう一度「どうでしょうか」と尋ねていた。
 舞はこくりと頷き、ルーシーも「なら、私もそれでいい」と言っていた。

「じゃあ、よろしくお願いしますね、舞さん」

 はにかんだ笑顔を向けると、舞はうん、と再度頷きかけて……ぴたりとその動きを止めた。

「どうしたんですか?」
「……私、スクーターしか乗ったことがない」

 え、と渚の顔が強張る。
 つまり、それは。

「バイクに乗ったことはない……ってことですか?」

 ん、と申し訳なさげに舞は頷いた。よくよく考えてみれば学生という身分でバイクに乗れるなんてことは金銭面的に難しいところがある。
 一応免許を取る過程で運転はしているかもしれない。が、ペーパードライバー同然だという事実は覆しようもあるはずがない。

「だ、大丈夫ですっ。安全運転なら大丈夫ですよ……ね?」

 思わず確認してしまったのは失敗だったかもしれない、と渚は後悔した。
 舞は少し目を泳がせ、「多分」といくらか細い声で言った。
 ルーシーは既に車に乗り込もうとしていた。またもや漂い始めた微妙な空気を察知したらしい。
 どうする術もなくした渚は「えへへ」と笑うしかなかった。

「大丈夫……私が守る」

 交通安全か、渚の身か。どちらにしてもこの場では滑稽以上の意味を持たない言葉であることは、間違いがなかった。




【時間:3日目午前2時00分頃】
【場所:F−3】

川澄舞
【所持品:日本刀・投げナイフ(残:2本)・支給品一式】
【状態:同志を探す。往人に付き従って行動。強く生きていたいと考えている。額から出血。両手に多少怪我(治療済み。支障は全くない)、肩に浅い切り傷】
【その他:往人に対して強い親近感を抱いている。剣道着を着ている。バイクに乗って移動(相棒は渚)】
その他:舞の持ち物(支給品に携帯食が十数個追加されています。)

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン(32/36)、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:鎖骨にひびが入っている可能性あり。軽い打ち身。往人・舞に同行】
【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている。バイクに乗って移動(相棒は風子)】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、パン人形、38口径ダブルアクション式拳銃(コルトガバメントカスタム)(残弾4/10) 予備弾薬35発ホローポイント弾11発、スペツナズナイフの柄、支給品一式(少年、皐月のものを統合)】
【状況:強く生きることを決意。人形劇で誰かを笑わせてあげたいと考えている。全身にかすり傷。椋の捜索をする】
【その他:左腕に文字を刻んだ。舞に対して親近感を抱いている(本人に自覚なし)】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数0/20)、防弾チョッキ、SPAS12ショットガン8/8発、投げナイフ1本、鉈、H&K SMGU(30/30)、ほか水・食料以外の支給品一式】
【所持品2:S&W M1076 残弾数(6/6)とその予備弾丸9発・トカレフ(TT30)銃弾数(0/8)、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾4/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、S&W、M10(4インチモデル)5/6】
【持ち物3:ノートパソコン×2、支給品一式×3(水は全て空)、腕時計、ただの双眼鏡、カップめんいくつか、セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、何かの充電機】
【状態:全身にかすり傷】
【目的:渚を何が何でも守る。鎌石村小学校に移動し、脱出の計画を練る。車に乗って移動(同乗者は往人・ルーシー)】 

古河渚
【持ち物:おにぎりなど食料品(結構減った)、支給品一式×2(秋生と佳乃のもの)、S&W M29 1/6、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱】
【状態:心機一転。健康】
【目的:人と距離を取らず付き合っていく。最優先目標は宗一を手伝う事】

伊吹風子
【所持品:サバイバルナイフ、三角帽子、青い宝石(光四個)、グロック19(0/15)、イングラムM10(0/30)、イングラムの予備マガジン×1、M79グレネードランチャー、炸裂弾×2、火炎弾×9、Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×17、スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、SIG(P232)残弾数(2/7)、仕込み鉄扇、ワルサー P38(0/8)、フライパン】
支給品一式】
【状態:泣かないと決意する。全身に細かい傷、及び鈍痛。民家に残る】

ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(20/30)・予備カートリッジ(30発入×4)、支給品一式×2】
【状態:生き残ることを決意。髪飾りに美凪の制服の十字架をつけている】
【目的:とりあえず渚にくっついていく】 
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