ほほえんでいこ







「ご苦労様」

 へとへとになって戻ってきた藤田浩之と姫百合珊瑚の二人が、
 部屋の隅に荷物を置いたのを確認してリサ=ヴィクセンはゆっくりと微笑を浮かべた。
 僅か一回でこれだけの荷物を運びきれたことに感心する。

 そしてそれ以上に一人で荷物をどこかに持っていこうとしていた一ノ瀬ことみの根性にも呆れる。
 彼女は既に目覚め、ベッドの上で半身を起こしていた。麻酔の効き目が薄かったのか、耐性があったのかは分からない。
 体の半分は包帯にくるまれ、塞がりきっていない傷口からは黄ばんだ体液が染み付いているのが確認できる。
 しかしボロボロの様相を呈している彼女からは、無表情の中にも決然とした意思を秘め、常に先を見通しているかのような透明さがあった。
 この瞳から窺える真っ直ぐさは、節を貫き通そうとした英二や栞に似ている。

 放送では宮沢有紀寧の名前があった。逃げた後、ことみと遭遇して彼女の仲間を道連れに死んでいったのだという。
 一度も遭遇したことも会話したことさえなかったが、何故だか納得するものがあった。
 きっとそれは藤林椋のこと、柳川祐也のことがあるからなのかもしれない。
 悲しみを撒き散らすだけ散らして、自分勝手に死んでいった人間。

 自分勝手という面ではリサだって責めることはできなかった。
 それでも、なぜという思いが込み上げてきてやるせない気分になることを抑えることはできなかった。
 だが顔にだけは出さなかった。ことみが淡々と語るのに、そうするわけにもいかなかった。
 内面は察するに余りある。ことみは感情を発露させるよりも内面に押し込め、また別の方向へと向ける結論を選んだようだった。

 いいとも、悪いとも断じない。ことみの結論に自分も従おうとだけ思った。
 そう考えている間に、今まで生硬かったことみの表情が変わった。

「ありがとう。運んでくれて」

 床に腰を下ろし、弛緩している二人にことみが声をかけた。おう、と軽く手を上げて浩之が応じ、続いて瑠璃も一礼した。

「自己紹介でもしたら?」

 リサの言葉に頷いて、ことみ達がそれぞれ自己紹介をし合う。リサは起きたときにやっているので加わることはしない。
 一ノ瀬ことみ。脱出計画を企てている人物で、自らの立てたプランに沿って行動を続けている少女。
 自分でさえ具体的な行動は何もしてこなかったというのに、ことみはやるべきことを見出し、行動を続けていた。

 そんな自分を情けないと思う一方、彼女の持つ希望の火が己を照らし、導いてくれる感触もあった。
 生きて帰って、医者になりたい。そう言った彼女の顔からは澱むことのない意思、未来を信じられる力強さがあった。
 リサはそれに応えたいと思った。今一度、一人の人間として、恥じることのないように行動したいと思いを定めた。
 義務ではなく、自らが望む、自らの願いとして。

 自分のやりたいこと。それがようやく理解できて、己の内奥に染み渡ってゆく感覚が嬉しかった。
 今度は失くさない。
 新しい自分がようやく歩き出したのを知覚しながら、リサは三人の交わす会話に耳を傾けた。

「それで、一ノ瀬さん、怪我は平気なん?」
「痛いけど、多分大丈夫なの。ひどいのは見た目だけだから」
「でも、その、完全に目が……」

 瑠璃は先を続けるのを躊躇った。リサも現場にいたので、ことみの左目がどうなっているのかは知悉している。
 鋭利な物体が突き刺さっていたと思われる眼球は潰れ、二度と物を見ることが出来なくなっているのは明らかだった。
 包帯が取れても、きっと直視できるようなものではないに違いない。ことみが抱える傷は深い。女であるならば、尚更。

「どっこい、生きてる」

 けれどもことみは笑った。生きてさえいるなら、どんなことだって苦にならない。
 そう思わせるような柔らかい笑みに、リサは余計な心配だったかと考えを改めた。
 この少女はそれだけのものを潜り抜けている。
 絶望を知りながらも、絶望を乗り越える術を身につけた人間の顔を、ただ素敵だとリサは思った。

「目が潰れてても医者にはなれるの。厳しい道かもしれない。けど、そんなこと分からないの。
 やりたいことをやりたい。……それが今の、私だから」
「……やりたいこと」

 ことみの言ったことを確かめるように瑠璃は反芻した。
 真剣な表情になった彼女は、内面に何かしらの化学変化を起こさせたようだった。

「そうだ、横からで悪いがリサさんに報告だ。あの車、まだ使えるみたいだぜ。バンパーボコボコだけど」

 ああ、とリサは思い出したように言った。ことみに関心が向いていたのでそちらのことはすっかり蚊帳の外だった。
 あの時瑠璃と一緒にいなかったのはそれを調査していたからなのか、と思い、リサは内心に苦笑した。
 やるべきことを自ら見出していたのは浩之と瑠璃もだったらしい。

 負けてはいられないと負けん気を覚えながら、「それはいい知らせね」と応じる。
 実際車の一台があるだけで移動は相当に楽だ。荷物を運ぶにもこれ以上の代物はない。
 こちらには怪我人もいるから、いっそうありがたい。

「ことみ、体は動かせる?」
「根性でなんとか」
「いい答えね」
「どこかに行くの?」
「まあ、待ち合わせしててね。大遅刻して怒られそうなんだけど」

 肩を竦めつつそう答える。実際は遅刻どころの話ではないのだが、連絡がつけようもない以上どうしようもなかった。
 ことみは少し考える素振りを見せ、「そこって、電話が通じる?」と尋ねた。
 リサが頷くと、ことみは「だったら」と言って続けた。

「私、携帯電話持ってるの。島の中だけにしか通じないけど、主要施設の番号は登録してあるから、いつでも連絡できる」
「……そんな便利なものが?」
「うん。支給品。だからそれで連絡してくれて構わないの。ううん、寧ろ連絡して欲しい。それでこちらからもお願いがあるの」
「お願い?」
「待ち合わせの場所がどこか知らないけど、行く場所を学校……鎌石村小学校にして欲しいの」

 リサは目を細める。要はことみをそちらに運んで欲しいということだったが、何故そこに向かうのか。
 聞いてみたが、ことみはそっちに用事を残している、というだけで深くを伝えようとしない。
 浩之と瑠璃もよく分からないというように首を傾けている。

「うーん、できるなら待ち合わせしてる人も小学校まで来て欲しいところなの」

 言葉は柔らかいものだったが、表情からは譲れない決意が見える。恐らく、こちらが納得するまで説得を続ける気だろう。
 それだけ重要なものが鎌石村小学校にはあるということなのだろうか。ことみが答えようとしない以上、想像するしかない。

「ひとつ聞きたいんだけど」
「なに?」
「ことみはどこから来たの?」
「鎌石村小学校」

 浩之と瑠璃はますますわけが分からないというように顔を見合わせた。リサは腕を組んでその真意を探ろうとする。
 ことみが言っていることが正しいなら、わざわざこちらに足を運んで、それからまた戻ろうとしていたことになる。
 あれだけの大荷物を抱えて、あの酷い怪我で。

 ……つまり、それは。
 ことみの荷物の中に極めて重要なものがあるということだ。
 そしてそれを使うためには小学校に戻らなくてはならない。或いは、それを使える者が学校で待っている。
 口外しようとしないのはこちらを疑ってのことではない。知られてまずいことが含まれているからだ。
 そう。ことみは、既に脱出の鍵を握っている。

 脱出のために動いているとは言ったが、まさかそこまでとは。
 慎重でありながらここまで事を進められた大胆さには流石のリサも舌を巻いた。そんな表現を使ったのは那須宗一と出会って以来だ。
 ならばそこから先は自分の仕事だ。活路を切り拓いてくれたであろう彼女に対してリサが思ったのは、
 借りは返すというアメリカ的な思想の入り混じった感情だった。

 申し訳ないと思うのではなく、よくやった、先は任せろという同調する意思を見せるべきなのであり、
 またそうすることこそが信頼を築き上げるために必要なものだった。
 何をしてきたか、ではなくこれから何が出来るか。
 無力を嘆じて思考を放棄するのではなく、愚直でだって構わない。力を使えるのならば使うという考えがあった。

 ただし、力を用いるにはまた考えることが必要なのも分かっている。
 意思のない力。目的を達するためだけに為される力にも、また意味はない。
 痛いほどの経験を通して自分が学んできたことだ。その自覚を胸に染み渡らせたリサは、浩之たちが持ってきた荷物の側まで歩いてゆく。

「とにかく、連絡してみるわ。もし繋がればあなたの言うとおりにする」
「繋がらなかったら?」
「悪いけど、探しに行かさせてもらうわ。約束した時間なのにそこにいなかったら、何かあったってことでしょう?
 それを見過ごせるほど私は薄情じゃない。いいかしら?」

 リサが出した結論がそれだった。力を用いるには、人の存在も必要なのだ。
 切り捨てて行動できるほどリサは任務遂行の機械にはなりきれないし、人間としての今を知っているから、尚更だった。

「うん、そっちの方がいいと思う。私も、誰にもいなくなって欲しくないから……」

 ことみの言葉には痛みを知った、臆病なまでに優しいひとの心があった。
 それは恐らく、ことみの怪我に起因しているのだろう。自分たちと同じく……
 誰も彼もが深い傷を負っている。この傷は、いつか癒える日が来るのだろうか。

 そんな疑問を持ちながら、リサは探し当てた携帯電話を取り出し、施設の番号を確認する。
 ことみの言葉通り、電話帳には殆ど全ての施設の番号が記録されていた。
 宗一と待ち合わせを予定していた廃校の番号を選択し、ゆっくりとプッシュする。
 無機質な電子音が一定の間隔を刻みながら流れる。十秒ほどが経過したが、繋がる気配はない。
 まさか、という想像が浮かんだその瞬間、『よう』と息せき切った気配と一緒に懐かしく思える声が届けられた。

『悪いな、遅刻した』
「遅いわよ。……三時間の遅刻」
『そっちは』
「三時間の遅刻」

 くくっ、と向こう側から含んだ笑い声が聞こえてきた。さらにその遠くでは何やら宗一を揶揄するような声も聞こえる。
 どうやら宗一もひとりではないらしい。この数時間の間にたくさんのことが変わった。
 きっと全員がそうなのだろうという殆ど予感に近い確信を抱いて、リサは話を続ける。

「悪いわね、そっちにいけなくて」
『いや、こっちこそ。それで、どうして電話なんか? 今どこだ?』
「氷川村。だけど、これから鎌石村にある小学校に向かうところ。車でね」

 鎌石村、と聞き返す声が聞こえ、仲間に確認を取っている様子が伝わる。数秒の後、どこか理解した宗一が『それで』と先を促す。

「宗一たちもそっちに来て欲しいのだけど」
『おいおい、随分遠くないか』
「いいものがあるのよ。奇跡のマジックショーを見せてあげる」
『へえ、なにか、イリュージョンでも見せてくれるのかよ』

 失笑交じりの声は実に演技臭い。減点一だという思いを口の中で溶かしつつ、実直な同業者に「ええ」と言い返した。

「とにかく早くに来て欲しいのよ。お願いね」

 電話の内容は主催者に聞き取られている可能性も考慮して、リサはわざと焦りを含ませた声を出す。
 下手に冷静でいると何かを企んだのではないかと気取られる恐れもあったからだ。そういう意味では宗一の落第点な演技にも意味はある。
 幸いにして人の真意を汲み取ることには長けている宗一だ。言葉を額面通りに受け取るはずはないだろう。
 人を上手くコントロールして自分の望む方向に持って行くのは交渉の極意でもある。

 他者を屈服させるための技術を会得することを強いられた、その事実はこんな状況でもその力を発揮している。
 結局は人を支配するための術に取り付かれている我が身を眺めてリサは恥じ入るような気持ちになるが、宗一の声がそれを霧散させた。

『……いい声だ。ちょっと、変わったみたいだな』
「え?」

 予想外の言葉が頭を突き、思わず声を出してしまったリサの声を最後に通話は途切れた。
 ぽかんとしたままの頭が宗一の言葉を飲み込むまでにいくらかの時間を要し、やがて理解したらしい脳から可笑しさが込み上げ、
 そのまま温かな波紋となって体に染み渡ってゆく。気がつけば、リサは携帯を抱えたまま笑っていた。
 ことみや浩之、瑠璃がお互いに顔を見合わせ、怪訝な表情になっているのも気に咎めず、ひたすら笑っていた。
 きっと、自分の顔は間抜け面なのだろうとリサは思った。

     *     *     *

 はいどうも皆さんお久しぶりです。伊吹風子です。ちょっぴり大人になりました。
 無論風子は肉体的に大人です。ですが心の方はまだまだ甘えがあると気付かされたのでランクダウンです。

 そういうことで風子たちは今学校にいます。深夜の学校は暗くて不気味です。
 別に怖くなんてないんですが、渚さんが不安なので側についててあげることにしました。
 ……それに、久しぶりに会ったような気がしますし。

 渚さんの喜びようは尋常じゃなかったです。風子を見るなり抱きついてきましたから。
 それに泣いてました。泣くほど嬉しかったのでしょうか。無力じゃなくても、弱いままの風子でも、
 そんなことをされると切なくて、けどあったかくなります。やっぱり渚さんは渚さんだって思いました。

 違っている部分もあります。失礼な話ですが、会ったばかりのときはもっとおどおどとしてて、自信なさげでした。
 今は、うーん、謙虚になったと言いましょうか、後ろめたさがなくなったというか……明るくなった気がします。
 はっ。風子、なんか偉そうです。こういうのを慢心っていうのですよね。いけません。謙虚になるべきは風子です。
 でもグラマラスなのは譲りません。風子はせくしぃなナイスバディなのです。

 ところで風子と愉快な仲間たちは全部で七人です。大所帯です。
 えーっと、まず風子です。
 それから電話でなんやかんやとヘンなことを話しているのが那須宗一って人です。
 その那須さんに横から茶々を入れているのがまーりゃんって人だそうです。風子のこともチビ助とか呼びやがりました。最悪です。
 教室の窓から外をぼんやりと眺めているのがルーシーさんです。どことなく居辛そうです。
 ぼーっとした顔の人が川澄舞さんです。隣で腕を組んでいるのが最悪に目が怖い国崎往人さんです。
 そして渚さん。これで七人です。七って数はちょっと縁起がいいです。

 ああ、そうです。なんでこんなところにいるかというと、ぶっちゃけた話那須さんの意向です。
 ルーシーさん曰く「渚に合わせる」
 国崎さん&川澄さん曰く「那須に合わせる」
 まーりゃんさん曰く「上に同じく」

 なんて自主性のない意見でしょうか。
 もっとあれです、ヒトデ祭りをしたいとかヒトデ音頭をしたいとか、そういう建設的な意見はないのでしょうか。
 風子ですか? ……ノーコメントです。

 ま、まあそういうことで那須さんがまだ用事があるみたいだったので、しぶしぶついてきたってことです。
 そしたら丁度いい具合に職員室に電話がかかってきて、それで今に至っているというわけです。
 もっとも、那須さんが電話が鳴っていたのをダッシュで取りに行っていたのですが風子たちは悠々自適。
 のんびりと歩いてきましたので電話が終わるちょっと前くらいに着きました。

 まーりゃんさんだけは那須さんにくっついていったようですけど、単に冷やかしたかっただけでしょう。
 まーりゃんさんはよく分かりません。時々すごく寂しそうな顔をしているかと思えば、こうしてけらけら笑ってたりします。
 躁鬱の激しい人です。まあ嫌いではありませんが。

 別に「チビ助はちっちゃくてかわええのう」とか言われたことが嬉しかったわけじゃないです。
 というか、ほっぺた引っ張られました。ぷち最悪です。

「そういうわけで、予定変更だ。俺達はこれから鎌石村にある学校に行くことになった」
「はいはいー、場所はここねー、よく覚えておくんだぞー」

 などと考えている間に那須さんのブリーフィングが始まりました。まーりゃんさんが勝手にアシスタントしてます。
 散り散りになっていた皆はいつの間にか集まってきていました。

 寄り合い所帯に近い風子たちですけど、こうして協調するべきときは協調するのを見るとそうでもないように思えるから不思議です。
 お互いにバラバラでも、こうして一つに固まれる共通意識がある。そう思いました。
 そのあたりは渚さんやまーりゃんさんがパイプ役になっているようでもありますけど。

 渚さんが「るーちゃん、行きましょう」と声をかけていましたし、
 まーりゃんさんが「おら集まれいそこな美女と野獣」って言ってましたし。
 ちなみにまーりゃんさんの頭にたんこぶができているのは言うまでもありません。
 涙目になっていました。ぷちかわいそうでした。

「質問がある」

 手を上げたのはルーシーさんでした。「発言を許可しよう」とまーりゃんさんが何故か偉そうに言っているのを受け流しつつ、
 ルーシーさんは那須さんへと続けます。

「移動手段はどうする。歩いていくにはいささか遠いぞ」
「確かにな。……正直に言うと、俺も舞も……いや、全員が疲れてる」

 同調するように国崎さんが言います。話に聞く限りでも皆が連戦で限界にきているようなのは事実みたいです。
 まあ風子もヘトヘトです。ぷはーっとジュースの一杯でも飲んでベッドに潜り込みたい気分ではあります。
 川澄さんが頷くのに合わせて風子も頷きました。那須さんも「それは承知だ」と返します。

「だから別の移動手段が欲しいところだ。車かバイクか……探せばあるはずだと思う。それを使って向こうまで行く」
「あるという保障はあるのか」
「リサ……電話してた仲間も車があるそうだ。だからあるはずだ。キーはなくてもなんとかなる」
「なるんですか?」
「ふっふっふ、世界一のエージェントを舐めてもらっては困るぜ」

 渚さんとルーシーさんの疑問に対して自信満々に答えます。那須さんは世界一だとか。なんだか信じられない話です。
 岡崎さんがヒトデ祭りでヒャッホゥと言うくらいに信じられません。
 ですがあまりにも自信満々なので渚さんもルーシーさんも顔を見合わせて納得するしかなかったようです。
 ここで風子が尋ねてみました。

「車、運転できる人はいるんですか?」
「俺はできるぞ。他には?」

 真っ先に那須さんは返してくれましたが、他の皆さんは無言です。どうやら免許を持っていないようです。
 渚さんとか風子はともかくとして、意外な話でした。
 流石に七人もいて免許所持者が一人というのは情けない話です。あれ、そういえば那須さんは風子より年下な気がするのですが。
 ……気にしないことにしましょう。渚さんより学年が下でも気にしません。

「……国崎さん、免許くらい取っとけよ」
「やかましい。住民票も身分証も金もないんだよちくしょう」
「よく逮捕されずに済んだよね……」

 まーりゃんさんが呆れて言っていましたが「お前だって高校は卒業してるだろ」と国崎さんは返します。
 む、と頬を膨らませたまーりゃんさんは「あちきだってバイクくらい乗れるわいっ!」と吼えていました。
 でも風子は聞きました。川澄さんがぼそっと「……私もバイクの免許はある」と言っているのを。

「舞さん、すごいです」
「学校を出たら働こうと思ってたから……本当は車の免許が欲しかったけど」

 渚さんの賛辞に顔を赤くして答えている一方で、まーりゃんさんと那須さんが国崎さんに「やーいプータロー」とか野次っていました。
 国崎さんは「俺だって好きでプータローになったんじゃないやいっ!」と涙目になっていました。自覚はあるようです。
 司会の二人が揃って脱線していたので、風子がぱんぱんと手を叩いて路線を戻すことにしました。やれやれです。

「とにかく、車が運転できるのが一人で、バイクに乗れるのが二人ですよね。何とかなるんじゃないでしょうか」
「そうだな。都合よくそれらが転がってるかは別にして……五人なら軽でも余裕か」
「おや、バイクは二人乗りと相場が決まっているものですぜ。とりあえずあたしがまいまいの後ろに乗っておっぱ」

 ぶん、と投げられた空のペットボトルが頭に当たり、「むぎょ!」とヘンな声を上げていました。
 流石の風子もセクハラが過ぎると思います。というか、オヤジですかこの人は。ぷち最悪です。
 さらに言うなら、バイクに乗るはずのまーりゃんさんが後ろに乗ってどうするんだという極めてまともな突っ込みが浮かびましたが、
 あえて言わないことにしました。多分思いつきでしょうから。

「ちぇーちぇー。どーせまいまいの後ろには往人ちんが乗り込んでおっぱいを独せ」

 がんっ! 今度は中身入りのペットボトルが顔面を直撃していました。自業自得です。
 当の川澄さん本人は涼しい顔でしたが、視線は国崎さんに向かっていました。
 そこにどんな意図があるのかまでは分かりませんでしたが。
 国崎さんの方はちょっと目をいからせてまーりゃんさんを睨んでいました。

「……なぜそうなる」
「な、投げる前に言ってよ……」

 鼻っ柱に直撃したらしいまーりゃんさんはうずくまって涙目でした。なんだか涙目になってる人が多い気がします。
 かわいそうだと思いましたが、口は災いの元です。ルーシーさんと一緒にさもありなんという風に頷いておくことにしました。
 渚さんだけは「だ、大丈夫ですかっ」と救急箱を持って駆け寄っていました。天使です。ここに天使がいますっ。

「うう、渚ちんは優しいなあ……でも大丈夫。あたしのセクハラ魂は永久に不滅なのだよ」

 自覚してたようです。「どうしようもないな……」とルーシーさんが言うのに頷いておきました。
 反省の二文字は辞書にないらしいです。ついでに自重という言葉もあるかどうか怪しいです。

「あ、あの、わたしも、そういうのはあまりよくないんじゃないかと……」
「うおぅっ! 辛辣な言葉がっ!」

 渚さんの正直かつ真っ当な言葉にまーりゃんさんはダメージを受けているようでした。
 もっとも、すぐに回復すると思いますけど。本当にこの人は分かりません。一番ヘンな人です。
 完璧に話が脱線していました。コホン、と大きく咳き込んだ那須さんが話題を元に戻します。

「あ、あー。とにかくだ。車さえあれば移動についての問題は解決だ。異論はあるか?」

 ですが崩れてしまった場の空気は変わりようがなく、
 ぎゃーぎゃーと罵り合っている国崎さんとまーりゃんさんを中心に渚さんと川澄さんが必死になだめ、
 ルーシーさんは仕方ないなという風に、でも面白そうにその光景を眺めています。
 はぁ、と大きく嘆息していた那須さんの肩を叩いて、風子は言ってあげました。

「心中お察しします」
「へっ、小学校の担任になった気持ちだぜ……」

 やさぐれた表情になって、ふっ、と那須さんは笑いました。
 でも、と風子は思います。きっと皆さんは分かっていて、その上でこうしているんじゃないかって。
 まるで今まで欠けていたものをひとつひとつ埋めてゆくように。

 きっと、それは。
 風子たちの願いの欠片なのだと、そう思ったんです。




【時間:3日目午前1時30分頃】
【場所:I-6】

リサ=ヴィクセン
【所持品:M4カービン(残弾15/30、予備マガジン×3)、鉄芯入りウッドトンファー、ワルサーP5(2/8)、コルト・ディテクティブスペシャル(0/6)、支給品一式】
【所持品2:ベネリM3(0/7)、100円ライター、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、フラッシュメモリ(パスワード解除)、支給品一式(食料と水三日分。佐祐理のものを足した)、救急箱、二連式デリンジャー(残弾1発)、吹き矢セット(青×4:麻酔薬、黄×3:効能不明)】
【所持品3:何種類かの薬、ベレッタM92(10/15)・予備弾倉(15発)・煙草・支給品一式】
【状態:鎌石村の学校に移動。どこまでも進み、どこまでも戦う。全身に爪傷(手当て済み)】

姫百合瑠璃
【所持品:MP5K(18/30、予備マガジン×8)、デイパック、水、食料、レーダー、携帯型レーザー式誘導装置 弾数2、包丁、救急箱、診療所のメモ、支給品一式、缶詰など】
【状態:浩之と絶対に離れない。浩之とずっと生きる。珊瑚の血が服に付着している】
【備考:HDD内にはワームと説明書(txt)、選択して情報を送れるプログラムがある】

藤田浩之
【所持品:珊瑚メモ、包丁、レミントン(M700)装弾数(3/5)・予備弾丸(7/15)、HDD、工具箱】
【所持品2:フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、折りたたみ傘、鋸、支給品一式】
【状態:絶望、でも進む。瑠璃とずっと生きる。守腹部に打撲(手当て済み)】

一ノ瀬ことみ
【持ち物:H&K PSG−1(残り0発。6倍スコープ付き)、暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯、ポリタンクの中に入った灯油】
【持ち物2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、フラッシュメモリ】
【持ち物3:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式(保健室でいくらか補給)、乾パン、カロリーメイト数個、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)】
【持ち物4:コルト・パイソン(6/6)、予備弾×13、包帯、消毒液、スイッチ(0/6)、ノートパソコン、風邪薬、胃腸薬、支給品一式】
【状態:左目を失明。左半身に怪我(簡易治療済み)。麻酔により睡眠中】
【目的:生きて帰って医者になる。聖同様、絶対に人は殺さない】

【その他:外にある車は使用可能なようです】

【時間:3日目午前1時30分頃】
【場所:F−3】

川澄舞
【所持品:日本刀・投げナイフ(残:2本)・支給品一式】
【状態:同志を探す。往人に付き従って行動。強く生きていたいと考えている。額から出血。両手に多少怪我(治療済み。支障は全くない)、肩に浅い切り傷】
【その他:往人に対して強い親近感を抱いている。剣道着を着ている】
その他:舞の持ち物(支給品に携帯食が十数個追加されています。)

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン(32/36)、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:鎖骨にひびが入っている可能性あり。軽い打ち身。往人・舞に同行】
【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、パン人形、38口径ダブルアクション式拳銃(コルトガバメントカスタム)(残弾4/10) 予備弾薬35発ホローポイント弾11発、スペツナズナイフの柄、支給品一式(少年、皐月のものを統合)】
【状況:強く生きることを決意。人形劇で誰かを笑わせてあげたいと考えている。全身にかすり傷。椋の捜索をする】
【その他:左腕に文字を刻んだ。舞に対して親近感を抱いている(本人に自覚なし)】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数0/20)、防弾チョッキ、SPAS12ショットガン8/8発、投げナイフ1本、鉈、H&K SMGU(30/30)、ほか水・食料以外の支給品一式】
【所持品2:S&W M1076 残弾数(6/6)とその予備弾丸9発・トカレフ(TT30)銃弾数(0/8)、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾4/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、S&W、M10(4インチモデル)5/6】
【持ち物3:ノートパソコン×2、支給品一式×3(水は全て空)、腕時計、ただの双眼鏡、カップめんいくつか、セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、何かの充電機】
【状態:全身にかすり傷】
【目的:渚を何が何でも守る。鎌石村小学校に移動し、脱出の計画を練る】 

古河渚
【持ち物:おにぎりなど食料品(結構減った)、支給品一式×2(秋生と佳乃のもの)、S&W M29 1/6、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱】
【状態:心機一転。健康】
【目的:人と距離を取らず付き合っていく。最優先目標は宗一を手伝う事】

伊吹風子
【所持品:サバイバルナイフ、三角帽子、青い宝石(光四個)、グロック19(0/15)、イングラムM10(0/30)、イングラムの予備マガジン×1、M79グレネードランチャー、炸裂弾×2、火炎弾×9、Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×17、スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、SIG(P232)残弾数(2/7)、仕込み鉄扇、ワルサー P38(0/8)、フライパン】
支給品一式】
【状態:泣かないと決意する。全身に細かい傷、及び鈍痛。民家に残る】

ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(20/30)・予備カートリッジ(30発入×4)、支給品一式×2】
【状態:生き残ることを決意。髪飾りに美凪の制服の十字架をつけている】
【目的:とりあえず渚にくっついていく】 
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