四回目の放送があった。 既にこれだけの回数を聞いていると聞こえる声も受け流すことができるようになってきた。 寧ろ耳を傾けたくなかった。この期に及んで殺し合いを進め、 勧めようとする主催者達の神経が分からなかったし、分かりたくもない。 その一方で読み上げられる名前だけは確実に胸に刻まれていた。もう百人以上もの人間が命を落とした。 満足に生きられもせず、やりたいことだってやれなくて死んでいった人達。 まだまだ人生はこれからだと思っていた矢先、理不尽にもこんなことに巻き込まれ、 わけも分からずそれでも突き進むしかなかった人達。 それを立派だとも、愚かだとも思わない。怒りや悲しみはもう受け止めきっている。 ただ、確かにその人達はここにいたのだという事実を覚えておこうと思った。 牛丼に釣られ、友情を分かち合いながらも疑心暗鬼に駆られ、仲間うちで殺しあってしまったこと、 我が身の不実に絶望し、何もかもを放棄して生きることさえ諦めかけたこと、 それでも新しい希望を見つけようとパートナーと共に歩み始めたこと、 思いを分かり合える人と出会えたこと、 逆に分かり合えず、意思をぶつけ合い、その果てに散っていった女がいたこと。 これら全てを覚えていようと思った。 自分は自分だけの上に成り立っているのではなく、様々な人との出会いによって構成されているのだということを。 それが川澄舞の、百人の死者に対する誓いの言葉であった。 「藤林椋は死んだのか……結局、確かめられなかったな」 国崎往人の呟きを、舞は軽く頷いて受け止めた。 惨劇の証人だったもう一人の生き残り。 今にして思えば椋が犯人だった、という可能性も出てくる。 恐怖したのかもしれない。仲間同士で殺しあう凄惨な光景に人間不信となり、戻ってこられなかったのだと思っていた。 だがそれは椋が殺し合いに乗っていなかったらの話だ。 もしもあの時既に椋は殺す側へと回っており、こちらの殲滅を狙って毒を入れていたのだとすれば…… 舞は軽く首を振った。詮無いことだった。 今さら、もう確かめることなんて出来はしない。したところで、もう何も変えられはしない。 ただ……椋が姉と出会えて死ねたのか。本望を達成することができたのかということだけが気になった。 誰とも会えないまま、ひとりで死んでいくなんて寂しすぎるから。 短い黙祷を胸の奥で捧げ、舞は改めて横を歩く往人の姿を眺めた。 自分と同じく、表情を無の形に保ったままで、唇を若干のへの字に曲げている往人は、しかし多くの思いを内実に秘めている。 誰だってそうだ。何も考えず機械のように生きられる人間なんてどこを探したっていない。 表情に出るかどうかは微妙な差異でしかない。往人は滅多に表情に出さない人間だ。 それは彼の強さなのだと舞は思う。自分は違う。感情を表に出せなくなったのは怖いからだ。 記憶の奥底にある、苦い過去が痛みを味わうまいとして作り上げた檻の中に閉じ込め、出られなくなった自分。 人と関わることを遠ざけ、辛くもなくなった代わりに喜びも忘れてしまった事実がそこにあった。 生きていこうと決意し、こうして人と一緒にいてもなお、自分の中にわだかまった膿を取り除けないでいる。 弱いままだと思い、だからこそ往人に対する感情を確定させられないでいるのかもしれないとも思った。 思慕だと評していながら果たして本当にそうなのかと自答してもいる。 恋だと断ぜられる自信はなく、寧ろ認めることではなく、 断じた先にあるものが怖いがあまりに受け入れずにいるのではないかとすら感じた。 話せば分かることなのだろう。ただ、そこに踏み込むには度胸が足りなかった。 利害関係の一致で一緒にいることはできても人と人、一対一の関係を保って一緒にいることは途轍もなく難しいことのように思えた。 要するにどう言葉をかけていいのか分からなかったし、距離を推し量ることもできなかった。 対人関係について必要ないと捨ててきた結果がこれなのかもしれない。ツケは大き過ぎた。 こんなことを相談できる相手もいない。一番近しいひとと距離も埋められていないのに、 それより浅い付き合いの人間とどう話していいのか分かるはずもない。 そもそも直接話したことのある人間が少なすぎる。往人以外では朝霧麻亜子、そして今しがた会話していた古河渚しかいない。 伊吹風子や那須宗一とは話を聞くばかりでこちらから話すことをしていない。 いや、麻亜子や渚とでさえ話しかけられてようやく答えるばかりだ。自分から話しかけたことはただの一度だってない。 草葉の陰で倉田佐祐理が、相沢祐一が泣いているような気がした。そんな光景が浮かんだのだった。 「……どうした?」 かけられた往人の声に、舞は思わず身を硬くした。 ずっと往人の方を見ていたのだと気付いたのは、訝しげな視線を往人が含ませていたからだった。 いや、と目を逸らし、恥じ入るような思いで舞は顔を俯けた。 何をぼーっとしているのだろう。放送が終わったこの状況で聞くべきことはいくらでもあったはずなのに。 そう考えると、顔を背けた自分にますます情けなくなる。 助けを求めようにも唯一この手の話を振れる麻亜子は何故か渚や宗一と話しこんでいて、 介入する余地はなさそうだったし、そんな度胸はやはり浮かんではこなかった。 仕方なくそのまま黙ったままにしておくしかなかった。軽く苦笑する声が聞こえた。 「済まない。また心配させたか」 え、と当惑の声を出す暇もなく、「もう大丈夫だ。決着はつけた」と発した往人の声は穏やかなものだった。 勘違いしている。私は自分のことしか考えていなかった。 言いかけようとして、しかしそれを言ってしまっていいのかと頭が静止をかけた。 失望させたくないという思い。何が大丈夫なのかと尋ねたい気持ちがない交ぜになり、口だけが開いては閉じた。 またもや舞は無言を貫くしかなく、どうしたらいいのだろうと白痴のように繰り返すしかなかった。 どうにかしなければならないとは思いつつも、紙は真っ白でどんなアイデアだって思いつかない。 思いだけが募り、焦りと苛立ちの両方を含んだ感情を持て余すしかなく、そのまま顔を俯けたままだった。 往人はそれを肯定と受け取ったのか、それ以上何も言うことはなかった。 ひどくみじめだと考える一方、こんなことを感じている自分は、思慕以上のものを持ち始めているのだろうかとも思った。 明らかに意識している。もうそれはどんなに意思しても御しきれるものではなくなりつつあった。 ――それを恋というのだよ、舞君。 つけひげをつけた麻亜子が偉そうに語りかけていたが、振り向いても麻亜子は渚と何かお喋りをしていた。 距離を埋めたいと思うことを、恋というのなら。 きっと、そうなのかもしれなかった。 * * * 「あー、えーっと、それで、ルーシーさん……じゃなくて、るーちゃん……でいいのかな…… あーええと、とにかくそれから無我夢中で宗一さんを助けようと、ここまで……」 「ほうほう、愛の為せる技ですな」 「愛だろうな」 「まーさんっ、宗一さんも……!」 「ごめんごめん、まあそういうことなんだね」 「……そういうことです」 どこか不機嫌に、というよりどうにでもなってしまえという風に息を吐き出した渚に、 宗一共々苦笑して麻亜子は頭の中で情報を整理していた。 ちなみに舞と往人は呼ばなかった。既にある程度情報は共有していたし、何より舞に往人と接する機会を与えたつもりだった。 ちょっとしたお節介。ささらと貴明を思い出してしまうのだ、あの二人には。 二人の後背を少し眺めてから、麻亜子は視線を虚空に移す。 放送が終わり、生き残りは既に二割にも満たない。環や珊瑚の死も確認した。 またしても元いた日常の欠片が崩れていくのを感じた一方で、 だからこそ新しい道を探すためにも考えを連ねていかなければならないのだと認識していた。 今の自分には往人や舞、更には渚や宗一もいる。 これまでのいきさつを話そうというのは山を下っているときに麻亜子から切り出したものだった。 無論恨まれる覚悟も許されない覚悟、そういうものを持って話しかけたはずだったのだが、 拍子抜けするほどあっさりと受け入れてくれた。往人と舞のときのように。 何も知らない俺達が無責任に糾弾できるほど綺麗な人間じゃないんだ、とは宗一の弁だった。 渚も宗一の言葉に頷いて何も語ろうとはしなかった。 きっとここにいる全員は同じような立場なのだろうと思う。 時には誤った判断で誰かを失い、時には殺人に手を貸す、或いは直接手を下し、 罪を罪と馬鹿正直に糾弾出来なくなってしまった人間。 だからといって驕るつもりもない。同じ穴の狢だろうが自分は元殺人者である事実は厳然としてそこにある。 安心していい権利なんてなにひとつ持ち合わせてはいないのだ。 殴られろと言われれば殴られてやるし、一生奉仕して償えと言われたらそうする。 けれども死ねと言われたらそれだけは拒むつもりでいた。命が惜しい、そんな次元の話ではない。 命乞いをしてでも守るべき過去があり、また未来を見据えていかなければならない自分がいる。 だから生きていたい。それだけのことだ。 とにかく、と横道に逸れた己の思考を元に戻して麻亜子は考えを再開した。 残った人間を考える限り危険人物は少ない。もしくはほぼゼロに近いと考えていい。 ここにいる連中は全面的に信用できるし、渚の話によれば待っているらしいルーシー・マリア・ミソラも志は同じなのだという。 伊吹風子も同じだろう。渚は早く会いたいと言っていた。ちょっと嫉妬。 ここで十五人から七人を引いて残りは八人。そのうちリサ=ヴィクセンなる人物は宗一の同業者で信用もあるとのこと。 麻亜子自身が遭遇した高槻もあの様子では多分こちらと同じ立場だろう。 ……自分がどうなるか、というのは蚊帳の外に置いておくことにした。 一ノ瀬ことみ、藤林杏に関しては渚の友人だという。 杏については「妹さんが呼ばれていたのでちょっと……いや、かなり不安なので早く会ってあげたいです」と言っていた。 姫百合瑠璃は生きている。珊瑚が死んでしまったのでどうなっているのかは知り得ない。渚同様の不安があった。 渚の抱える不安は分かる。いや、ささらを失った自分だからよく分かる。 願わくば舞と往人のように、支えとなってくれる人間がいればいいのだが、 と祈るように思ってからそんなことを考えている自分を変わったなと自覚する。 正確には変わりつつある。本当の人の想いに触れ、夕焼けの中で確かめた生徒会の二人の姿に触れ、 朝霧麻亜子という素の存在が現れまーりゃんという面子を保ち続けてきた仮面を剥ぎ取ろうとしている。 しこりはまだ自分の中に残りながらも。これでいいんだと思い、麻亜子は思考を更に進めた。 これで残すは二人だ。芳野祐介なる人物と藤田浩之なる人物。 この二人がどんな人間なのかさえ分かれば島からは殺人鬼は一掃されたことになる。 先はまだ想像がつかなかったが、とにかくまずは目指すべき状況に入りかけている。 ならば自分がすべきことは生き続けることだ。 そうでしょ、たまちゃん? 少し泣きたくなった気持ちを堪えて、最後まで決着をつけられず言葉も交わせなかった友人へと向けて、 麻亜子は自分のやるべきことを確かめたのだった。 「……あの、言いそびれてました。遠野さんのことですけど……」 「いい。こうなるかもしれないって覚悟してた……ルー公が生きてただけでも俺は嬉しい」 「……はい」 「済みません、は無しだ」 「……はい」 などと考えている間に、渚と宗一はいつの間にやらいい雰囲気に。弔いなのだろうが、麻亜子が入れる雰囲気ではない。 てゆーか、宗一っつぁん渚ちんの肩抱いてるし! 頭も撫でてるし! 渚ちんも手ぇ握ってるし! とても直視できる状況ではなかった。前方では歩く往人とぴったりと並ぶようにして舞が歩いている。ガードは完璧だった。 独り身なのは自分だけか。衝動的に彼氏が欲しいなぁという情動が込み上げ、 けれどもどうしようもあるはずもなく、麻亜子は内心に呪詛の言葉を吐きつつ塗り込められた漆黒に目を移すしかなかった。 バカップルばかりだよ、ここは。 麻亜子たちが麓にある民家へと辿り着いたのは、それから数十分後のことだった。 その時間が麻亜子にとって針のムシロだったことは言うまでもない。 【時間:3日目午前00時30分頃】 【場所:F−3】 川澄舞 【所持品:日本刀・投げナイフ(残:2本)・支給品一式】 【状態:同志を探す。往人に付き従って行動。強く生きていたいと考えている。額から出血。両手に多少怪我(治療済み。支障は全くない)、肩に浅い切り傷】 【その他:往人に対して強い親近感を抱いている。剣道着を着ている】 その他:舞の持ち物(支給品に携帯食が十数個追加されています。) 朝霧麻亜子 【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン(32/36)、バタフライナイフ、支給品一式】 【所持品2:芳野の支給品一式(パンと水を消費)】 【状態:鎖骨にひびが入っている可能性あり。軽い打ち身。往人・舞に同行】 【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている】 国崎往人 【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、パン人形、38口径ダブルアクション式拳銃(コルトガバメントカスタム)(残弾4/10) 予備弾薬35発ホローポイント弾11発、スペツナズナイフの柄、支給品一式(少年、皐月のものを統合)】 【状況:強く生きることを決意。人形劇で誰かを笑わせてあげたいと考えている。全身にかすり傷。椋の捜索をする】 【その他:左腕に文字を刻んだ。舞に対して親近感を抱いている(本人に自覚なし)】 那須宗一 【所持品:FN Five-SeveN(残弾数0/20)、防弾チョッキ、SPAS12ショットガン8/8発、投げナイフ1本、鉈、H&K SMGU(30/30)、ほか水・食料以外の支給品一式】 【所持品2:S&W M1076 残弾数(6/6)とその予備弾丸9発・トカレフ(TT30)銃弾数(0/8)、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾4/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、S&W、M10(4インチモデル)5/6】 【持ち物3:ノートパソコン×2、支給品一式×3(水は全て空)、腕時計、ただの双眼鏡、カップめんいくつか、セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、何かの充電機】 【状態:全身にかすり傷】 【目的:渚を何が何でも守る。渚達と共に珊瑚を探し、脱出の計画を練る】 古河渚 【持ち物:おにぎりなど食料品(結構減った)、支給品一式×2(秋生と佳乃のもの)、S&W M29 1/6、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱】 【状態:心機一転。健康】 【目的:人と距離を取らず付き合っていく。最優先目標は宗一を手伝う事】 - BACK