細い雨がしとしとと振り続ける静かな夜。 全てが終わった氷川村でただ雨が降っていた。 散っていった命を鎮める様に。 そして生き残った者達を優しく祝福するように。 しとしとと振り続けていた。 生き残ったのはたった三名。 藤田浩之、姫百合瑠璃、リサ・ヴィクセン。 数々の想いの果てにそれでも生き残った者達。 失ってしまった大切な人達の分まで生きようとする者達だった。 「さてと……こんな物でいいかしら」 「ああ……沢山死んだん……だよな」 「浩之……」 その3名は一度情報交換、手に入れた武器の確認、休憩を行う為にある民家に居た。 共に戦い抜いた仲間だったのもあり、スムーズに行う事が出来た。 そして今に至るのだが…… 「本当に……沢山死んだ」 怨敵、藤林椋が死にその前にも珊瑚が死に……この短い間でまた沢山人が死んでいる。 その事に浩之は何か憑き物を落ちたようにそう重く呟いていた。 その隣に瑠璃が不安そうに浩之の手を握っている。 頼るのはもう浩之しか居ないと思っているように。 「……可笑しいよな、人殺しなのに」 浩之は自嘲しながらそう呟く。 椋や初音を殺す切っ掛けを作ったのは間違いなく浩之だろう。 そして殺す為に動いたのもまた浩之なのだ。 これで良かったんだという思いと何処か釈然とない思いが浩之の心の中で廻っていた。 瑠璃は哀しそうにでも何を言えばいいか思いつかず押し留まっているだけ。 それでもこの繋いだ手は絶対に離しやしないと強く握って。 リサは少し思案しながらやがて優しい瞳を浩之に向けながら口を開く。 「いえ……可笑しくはないわ。人が死んだ事を悔やんだり、祷りを捧げる事は……誰もが持っている権利よ」 優しくまるで栞に話したように浩之にそう言った。 浩之はその言葉にまるで救われたような表情を浮かべリサを見ていた。 その浩之の表情を見ながらリサは安心したように立ち上がる。 「今はゆっくり考え休んでなさい……私はちょっと出るわ」 「何処に……?」 「叶わなかったデートの誘いを受けるのよ。直ぐそこだから大丈夫よ」 「解りました……」 「一応、回収した銃を置いておくけど……私も傍にいるから……まあ気休め程度よ」 リサはそれを伝え民家を出て行った。 用事もあったのだろうが浩之と瑠璃を2人にしたかったのだろう。 浩之はそんな事を薄々感付きながら心の中で感謝していた。 そして残されたのは瑠璃と浩之だけ。 二人は言葉は発せずただ繋いだ手を強く握るだけ。 何を話していいのかさえ戸惑ってしまう。 互いが互いを必要としているのは確かなのに。 それでも想いだけはこの手を通じて届けといいたい様に握り合う。 やがて瑠璃が震えながら口を開く。 「ひろゆき……」 「何だ?」 「ウチら……さんちゃんの仇とったんや……」 「……そうだな」 珊瑚の命を奪った悪魔、藤林椋は爆炎に飲まれ遂に死んだ。 珊瑚、環、みさき、観鈴の仇を遂にとったのだ。 やっと、やっと。 それなのに、瑠璃は体の振るえが止まらない。 繋いでない片方の手が震えるのを見ながら言う。 「せやなのに……せやのに……なんでこんなに心が晴れんのやろ」 「瑠璃……」 「仇とったんや……憎いのに……憎いのに……震えがとまらへんよ……」 震えている瑠璃を思わず浩之は後ろから抱きしめる。 何も言わずに瑠璃を強く、強く。 瑠璃があの時の様に消えてしまいそうに見えたから。 瑠璃は抱きしめている浩之の腕を握りながら言葉を続けた。 「だって……誰も戻ってこうへん……さんちゃんは戻ってこうへんよ」 「瑠璃……いいから!……喋らなくていいから!」 「さんちゃん……いないんやっ……もういないんやっ……」 瑠璃は箍が外れたかのように喋り続ける。 また溢れ出した涙と一緒に、沢山、沢山の言葉を。 浩之はただ抱きしめるしかできなくて。 「ウチ……独りになってしもうた……」 その瑠璃の呟きが余りに哀しくて。寂しくて。 瑠璃にとって珊瑚はどれだけ大切なものだったかを認識せざるおえなかった。 瑠璃は言葉を吐き続ける。 珊瑚への想いを。 「さんちゃん……さんちゃん……ウチ大好きやったんよ……さんちゃんが……」 「瑠璃……」 「仇とったのに……さんちゃん戻ってこうへんのや……哀しくて……空しくてしょうないんよ」 瑠璃は想う。 哀しい、空しいと。 仇をとっても珊瑚は永久に戻ってこない。 あの二人で居た時間も二人で居た場所も戻ってこないのだ。 仇を取った達成感が過ぎ去ればただの哀しみと空しさだけ。 瑠璃にとって珊瑚居ない……そんな寂しさしかないのだ。 それは半身をもぎ取られたと言っても等しい喪失の痛み。 瑠璃はそれに涙するしかなくて。 「さんちゃん…………さんちゃん……」 ボロボロと大粒の涙を流す。 今まで抑えていた珊瑚への想いと喪失の哀しみを。 一度に吐き出していた。 それはとまる事が無くただ流れるだけ。 珊瑚は戻ってこない。 瑠璃は独りなのかもしれない。 でも。 それでも新たなに手に入れた温もりがあるから。 「瑠璃……瑠璃は独りじゃない。おれがいる。おれがずっといる。何処にも居なくならないからっ……」 そう、それは同じく全てを失った藤田浩之。 浩之は大切な瑠璃を抱きしめる。 全てを失ってもまだ大切したいと思えるもの、瑠璃が居るから。 だから浩之は前に進めた。 だからこそ瑠璃を強く抱きしめる。 独りなんていって欲しくないから。 この温もりを二度と失いたくなんてないから。 ぎゅっとぎゅっと。 瑠璃はここにいるよ、おれはここにいるよと瑠璃自身に確かめさせるように。 「ひろゆき……ウチな、さっきから想ってたん……」 「何だ……?」 「ウチ……嫌な子や……」 「……え?」 「ひろゆきを大切やと思ってるのに……一瞬、一瞬やけど……さんちゃんの代わりと想ったんやよ……最悪や……ホンマ最悪やっ……」 瑠璃の嗚咽が響く。 浩之の事を大切だと思っていたのに。 それなのに珊瑚の代わりと思ってしまった。 依存できる代わりの存在して。 互いが生き抜くために依存の代わりの存在と想ってしまった。 それを再自覚した瑠璃はその自身にショックを受け哀しみに咽び泣いていた。 それは否定できないと浩之自身も思ってしまう。 全てを失い瑠璃しかいない自分。 そしてその瑠璃に依存してまっている自分がいる。 それは紛れも無い事実。 だけど、それでも浩之は思い誓う。 あの時と気持ちは変らない。 だから、それを瑠璃に伝える。 想いを言葉に代えて。 「最悪なんかじゃない……おれもそう想っていたのもある」 「ひろゆき……」 「でもっ」 「でも……?」 「今は……代わりでもいい。依存できるかわりでもいい」 「……せやけど……それは」 瑠璃が哀しげに口篭る。 誰かの代わりの依存はただの停滞でしかない。 想いはその代わりになどなくただの縋り合いでしかにから。 そして何時か破滅するしかないのだ。 そんな哀しいもの。 でも、浩之の言葉には続きがあった。 「それでもおれは瑠璃が大好きなんだ、これは変らない」 「……ひろゆき」 「瑠璃もそうなんだろう?」 「……せや。ウチも浩之が大好き」 互いが本当に大好きという気持ちがあるなら。 あるというのなら。 もう、大丈夫。 「なら……生きようぜ。その依存が、代わりが、明日には、未来にはかけがえないただの一つの想いになるように」 「ひろゆき……!」 「俺達は――――生きてる。まだ生きているんだ。明日を未来を………………生きれる!」 生きているんだから。 色々な人の想いを沢山背負って。 今は二人の関係はただの依存かもしれない。ただの縋り合いかもしれない。 それでも……彼らは生きている。 明日を、未来を生き抜く事ができるのだ。 生きている限り、ずっとずっとその先まで見る事ができるのだから。 だからこそその依存の関係を変える事が出来る。 未来には互いを代わりじゃない唯一つの関係になれるように。 この大好きという気持ちと。 ずっと生きるという心持さえあれば。 明日には。 未来には。 変える事が出来る。 きっと、きっと。 そう思えるから。 だから 「瑠璃……大好きだ……一緒にずっと未来まで生きよう」 「ひろゆき……大好き……一緒にずっと未来まで生きような」 生きよう。 二人はそっと唇を重なる。 この想いをそっと伝えて。 ずっとずっと生きる為に。 さあ―――行こう。 ―――まだ見ぬ明日へ。 【時間:2日目午後22時00分頃】 【場所:I-6】 リサ=ヴィクセン 【所持品:M4カービン(残弾15/30、予備マガジン×3)、鉄芯入りウッドトンファー、ワルサーP5(2/8)、コルト・ディテクティブスペシャル(0/6)、支給品一式】 【所持品2:ベネリM3(0/7)、100円ライター、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、フラッシュメモリ(パスワード解除)、支給品一式(食料と水三日分。佐祐理のものを足した)、救急箱、二連式デリンジャー(残弾1発)、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、黄×3:効能不明)】 【状態:宗一の言葉に従い分校跡に移動。どこまでも進み、どこまでも戦う。英二の元へ。全身に爪傷、疲労大】 姫百合瑠璃 【所持品2:デイパック、水、食料、レーダー、携帯型レーザー式誘導装置 弾数2、包丁、救急箱、診療所のメモ、支給品一式、缶詰など】 【状態:浩之と絶対に離れない。浩之とずっと生きる。珊瑚の血が服に付着している】 【備考:HDD内にはワームと説明書(txt)、選択して情報を送れるプログラムがある】 藤田浩之 【所持品:珊瑚メモ、包丁、レミントン(M700)装弾数(3/5)・予備弾丸(7/15)、HDD、工具箱】 【所持品2:MP5K(18/30、予備マガジン×8)、フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、折りたたみ傘、鋸、支給品一式】 【状態:絶望、でも進む。るりとずっといきる。守腹部に数度に渡る重大な打撲(手当て済み)】 - BACK