雨とロボット







 雨はいつの間にか止んでいた。
 まだ空は暗く星のひとつも見えやしないが、それでも長い雨は終わった。

 砂浜には三つの足跡が点々と続いている。
 ひとつはロボットの、ひとつは人間の、そしてもうひとつはウォプタルのもの。
 異種混合のパーティは、しかし皆疲れきった表情を隠しもせず一様に難しい顔をしていた。
 視線を空から元に戻し、各々の顔を眺めていた芳野祐介はそんな感想を抱く。

 すっかり快調なウォプタルの頭には例の毛玉犬がぴこぴこと何かを語りかけていた。
 分かっているのかいないのか、ウォプタルは時々鳴き声を返しているように見える。
 きっと通じ合えているのだろうと思いつつ、芳野は高槻に話しかけた。

「本当にいいのか、乗らなくて。怪我してるんだろう」
「屁でもねえよ」

 どことなく険しい表情の高槻はぶっきらぼうに言ってはねつける。
 肩をすくめてほしのゆめみを見てみるが、困ったように苦笑を返されるだけだった。
 どうやらご機嫌ななめで聞いてくれそうにない。

 苛立っている理由は分かる。結果としてあの修道女には勝利したものの大局的な視点で見ればこちらの敗北だ。
 悪戯に武器と体力を浪費し、その挙句が船を失ったという有様だ。
 一応武器は回収して整理したものの弾倉のないマシンガンでは安すぎる報酬だろう。

 全ての道がまだ絶たれたというわけではない。とはいえ大きな道を一つ失ったのもまた事実だった。
 それが分かっているからこそ高槻は自分に腹を立てているのだろう。
 そうして人の気遣いを邪険にし、そんな自分にまた腹を立てている。そんな心境といったところか。

 存外冷静に観察している己を見ながら、芳野はこれが無責任か、と思う。
 杏に叱責される前の自分ならここで必要以上に落ち込み、焦るだけだったのだろう。
 ひょっとすると高槻を責め立て、諍いの一つだって起こしていたかもしれない。
 無論諦めたわけではない。こんなところで死ぬつもりは金輪際ない。
 ただ過失に拘ることもなければそれを抱え込むこともない。失敗を取り戻す方法を芳野は知っている。

「だがはっきりしたこともあるだろう。あの女……いやロボットだったか? あれは間違いなく主催側の連中なんだな?」
「だろうよ。でなきゃ船を潰したりするもんか。それに首輪もなければ名簿にもない名前ときた」
「アハトノイン、か。疑うようで悪いが、お前はどうしてそれを知ってる」

 同じロボットとはいえそれだけの情報を把握しているゆめみにはこの疑問を抱かざるを得なかった。
 ゆめみは努めて真面目に、包み隠さずという様子で言葉を返した。

「あの子は同型機です。データの一部を共有していますから存在は知っていました。
 ……もっとも、詳しいスペックまではわたしも知らないのですが」
「つまるところお前も元は敵側ということだ」
「おい芳野」
「事実から言えばそうなります」

 ねめつけようとした高槻を制するようにゆめみは言った。
 事実は事実。そうでしかないと告げるゆめみの瞳はいかにもロボットらしいと芳野は思う。

「ですがわたしはこの事態に関して何も知らされてはいませんし、そもそも初稼動だってここでした。
 よって、わたしはあの子達とは完全に独立した状態であると意見を述べさせていただきます」
「分からんな。ロボットなら自分を誤魔化すことくらい容易い。なにせロボットだ。良心の呵責もない」
「わたしが嘘をついていると?」
「その可能性もあると言いたいだけだ。獅子身中の虫、という言葉を聞いたことがあるか」
「だがな芳野、だったらどうしてあいつらは表に出てきた」

 高槻が言葉を挟む。そう、そもそも芳野がこんな疑いをかけたのはゆめみがアハトノインの存在を知っていることを口にしたからだ。
 そんなことをしなければ疑われることもない。埋伏の毒の役割も果たせない。
 このことまで計算に入れているということもあったが、それは考えにくい。

 何故ならロボットは想定外の事態には対処する術を持たないからだ。命じられたことを命じられたままに果たす。
 慌てたり口を滑らせたりなどということは絶対にないのだ。
 芳野は逆に高槻のこの言葉を待っていた。ここで高槻が仲間だから、長く一緒にいたからという理由を持ち出せばそこを戒めるところだ。

 脱出を目指すならば希望的観測に縋ってはいけない。時として理論や理屈が必要になるときもある。
 そうするべきときはあくまでも冷徹になれるか、芳野は知りたかった。
 今のところ安心。やはり高槻は信用に値すると考えた。

「ゆめみがわざわざ情報を漏らすようなことはしないだろ。少しは頭使え」
「……そうだな。考えてみればその通りだ。済まない」

 テストまがいのことをしてしまった意味も含め、芳野はあっさり引き下がり、加えて深々と頭を下げた。
 もっと食いつくだろうと思っていたのか高槻はもとよりゆめみもきょとんとしていた。

「あ、いえ、わたしが疑われるのはある意味当然のことで……こちらこそ申し訳ありません」

 ゆめみは応じるように頭を下げたが、高槻は「気に入らないな」と険しく表情を作った。
 芳野の真意に気付いたらしかった。試すような真似を、とねめつける視線が向いてきたが苦笑で返す。
 自分達はそういうものだ。ミスを犯したからこそ互いに厳しくならなければならない。
 もっと無責任になってもいいが、考えることをやめてはならない。杏から教えられたことだ。
 思考放棄することはもっとも愚かしいことなのだから。

「もっと目を早くするんだな」
「てめ……」

 カッと高槻の顔が紅潮し、わなわなと震えだす。以前高槻が使った言葉をそのまま返してやった。
 意趣返しに使われたことに悔しさ半分憎さ半分という様子だったが、我慢するかのように無理矢理笑いを作り上げた。
 覚えておけよという言葉を含ませながら。上等だ、と芳野はニヤと笑い返す。

 愛をくだらないとか言った仕返しだ。
 ひょっとするとそっちが本音なのかもしれないという考えを腹の底に仕舞い、
 高槻とは改めて議論の決着をつけなければな、と芳野は思ったのだった。

「ふん! まあそれよりもだ。あのクソシスターロボが出てきたってことは、これであいつらもここにいるって確定したようなもんだな」
「……そうですね。どこから来たのかはともかくとして」
「泳いできたわけではないな」
「空から降ってきたわけでもなさそうだな。親方! 空からシスターが!」

 大仰な仕草で空を指す高槻を尻目に、ならば地下からやってきたのが妥当なところだろうと当たりをつける。
 出てこれるならば入ることもできるということだ。すなわち、理論上こちらも侵入はできる。

 問題はそこに仕掛けられるフィルター(罠)とどこにあるのかということだ。
 恐らくは巧妙に隠されているだろうから手当たり次第に探したところで見つかるわけもない。
 それにアハトノイン自体がもう引っ込んで出てこないこともある。
 船は破壊したのだから出てくる必要性がないからだ。
 また問題が発生したのなら話は別だろうが。

「どうにかして引っ張り出す必要がありそうだな」
「穴をつつく、とかな。巣穴に爆弾を放り込む」
「首輪を解除する」
「或いはこちらが外部への連絡手段を発見する、というのもありそうですね」
「まぁその場合そもそもクソシスターと戦うこともないな。救助を待てばいいんだから」

 そう、あくまでもこちらの目的は脱出で主催者を倒すことではない。少なくとも高槻はそう思っている。
 自分自身は、と芳野は考える。この島ではたくさんのひとを失った。知り合いから婚約者まで、多すぎる人を亡くした。

 恨みがないといえば嘘になる。復讐心は誰もが抱えている。ただそれをぶつけたところで何かを取り戻せるわけではない。
 それに、今の自分達にはうらみつらみだけではない。新しく手に入れたものだってある。
 たとえそれが屍の上に築き上げられ、人の死という痛みを伴ってでしか手に入れられなかったものだとしても。
 だから俺は、こいつらがいるならついていこうと思う。それでいい。
 ここの連中は、少なくとも復讐に身を任せるよりは心地いいと思える場所を与えてくれているのだから……

「ところで芳野よ、俺達はどこに行ってるんだ。着いて来いって言ったが」
「……お前は藤林の存在を忘れたのか?」
「……」

 ばつが悪そうに顔を背ける高槻。正直な態度は褒めてやりたいが、杏がここにいれば殴られていることだろう。
 確かにこちらも何も説明はしていなかったが。
 まあこのことは報告するまい。貸しひとつだぞ。
 芳野の視線に舌打ちする高槻。不良少年のように所在無く頭を掻く姿に、ふと学生時代の自分の姿が重なった。
 何故そう見えたのか芳野自身にも分からない。ただ言えるのは、大人と子供の二面性を持っている男が高槻なのだということだ。

「藤林さんは大丈夫なんですか?」

 間を見計らったようにゆめみが尋ねる。その声にはどことなく不安さが混じっていた。
 置き去りにしてきたと言えなくもない状況に心配するのも無理からぬことだ。
 実際は自分が叱咤激励された挙句の行動なのに。自身の情けない事実に失笑して芳野は「大丈夫だよ」と返した。

「村で回収してきた物の番をしてもらってる」
「見つかったのか?」

 芳野は頷いた。一ノ瀬ことみが挙げた爆弾の材料の一つだ。正確にはロケット花火の信管が必要になるらしい。
 どの程度の量が必要なのか分からなかったのであるだけ持ってきた。足りないということはないだろう。
 学校に置いてきた硝酸アンモニウムと合わせてこれで二つ揃ったことになる。
 残すは灯油もしくは軽油ということらしいのだが、そちらはことみ達が回収する手はずだ。
 杏と合流したら相談の上、一度学校に戻った方がいいだろうと芳野は判断した。

「ここから何をするにも、まずは藤林と合流だ」
「ま、こっちにゃやることがなくなったがね」

 皮肉げに笑い、肩を竦める高槻。だがあっけらかんとした姿は負い目を持っているというよりは、
 ままならない自分をそういうものなのだと納得しているように見えた。

 やはり若いころの自分と似ている、と芳野は思った。無鉄砲に行動を重ね壁にぶち当たり、尚もよじ登ろうとしている。
 考えなんて何もない。ただ自分が何者なのか知るために走り続けている。
 自分はそこから踏み外し、一度は涅槃を辿るような真似をしてしまったが。

「やることなんていくらでも増えるさ。これからな」

     *     *     *

 暗い森にひとり取り残された杏は、体育座りの格好をしながらじっと夜空を眺めていた。
 雨は止んでいる。時々葉っぱから雫が垂れ落ちる音が聞こえる以外、ここは静かなものだった。
 不思議と心細くはなかった。色彩を失い、黒が支配する場にいてさえ杏はじっと待ち続けられる気概があった。

 自分達には役割がある。芳野は戦う役割を、自分は待つという役割を持っている。
 機械の歯車に似ている。それぞれが仕事を果たすことが力を生み出す。
 芳野も自分もそれを分かっているように思える。だから、耐えられるのかもしれない。

 こんなことを考えられるのはやはり変わりつつあるお陰なのだろうか。木の幹に背中を寄せ、杏は深く溜息をついた。
 今はこんなにも自分が小さく頼りない存在のように思える。
 昔は、いやここに来るまでは世界は自分を中心に回っていて、独立している人間なのだと思っていた。
 人並み以上のことを大抵はこなせるし、人付き合いだって悪くない。
 そんな自分は人を引っ張っていけるとどこかで考えていた。

 しかしそんなもの、所詮は学生の中という狭いコミュニティでしか通用するものに過ぎなかった。
 ここでは引っ張るどころか、人の足を引っ張っている始末だ。
 不本意だとしても人を殺し、単独で妹を探し回っても見つけられず、大怪我をしてまた躓いた。

 生きているのが奇跡に思え、同時に己の器がいかに小さいのかを知った。
 異常な状況だから、なんていうのは言い訳にもならない。本当に人間としての力があるのならこんなにヘマはしていない。
 高槻や芳野という大人達を見ていると、そう思う。勿論彼らも完璧な存在ではない。
 現に芳野に自分が喝を入れたくらいだ。しかしそれを抜きにしても彼らはやるべきことを既に見つけ出している。
 自分はなし崩し的についていっているだけだ。だからこそ、こんなにも小さいと分かってしまった。

 きっと自分が死んでもそんなに世界は、いやこの島の中でさえ変わりはしないのだろう。代替が利く歯車でしかない。
 しかし量産品の歯車でもやれることはある。決して無能ではないのだと杏は自分に言い聞かせる。
 でも、と杏はやはり思う。量産品でしかない己を必要としてくれる人が欲しい。代替品のままでいるのは怖かった。
 一番や絶対、でなくてもいい。それさえも望むのは度が過ぎるだろうか。
 それでも小さいまま、誰にも特別と思われることなく終わるのは嫌だった。芳野の言葉が思い出される。

『人は誰かの中に残りたい。どんなに小さくても、どんなにちっぽけな行為だとしても。誰かの何かになりたいんだ』

 その通りだ、と思い知らされる。一人でいること自体は怖くない。ひとりでいるのが、怖かった。
 妹の姿を脳裏に浮かばせる。自分も変質しているのなら、椋だってきっと変わっている。
 記憶の中にしかない頼りなげでおどおどしている妹は、きっとどこにもいない。
 大切な家族ではあっても、もう特別な誰かではないのかもしれない。

「朋也……」

 恋していた人の名前を、そしてもういなくなってしまったひとの名前を呼び起こす。
 もしここに彼がいて、もしも自分が告白して、受け入れてくれたらこんな思いをすることもなかっただろうか。
 考えて、だがそれはないと杏は失笑する。そもそもの前提として、自分が告白なんて出来るわけがなかった。

 自分はあまりに臆病過ぎる。

 さっきは芳野に対して啖呵を切ることだって出来たのに。
 一体全体どうしてあんな行為に走れたのかはなはだ不思議だった。
 少しは変わった結果なのかもしれない。土壇場になれば勇気を振り絞れる程度にはなれたのかもしれない。
 何にせよ言えるのは、既に故人となった朋也には、どうこうしても思いを伝える術はないということだ。

 ……だから、今の自分を知るためには、もう少し人と付き合う必要がある。
 臆病なのかどうかはそれから判断してもよかった。
 誰かの特別になれるのかも。

 ふと芳野の姿が浮かび、「まさかね」と一人ごちる。何故芳野の姿を思い浮かべたのか自分にも分からない。
 ただ、芳野のあの姿。情けなかった姿を知っているのが自分だけだという事実はあった。
 まだまだ自分は自惚れているらしいということを思い、杏はもう一度溜息をついた。

 それから視線を上げると、タイミングのいいことに芳野たちが戻ってくる姿が見えた。その中には高槻とゆめみもいる。
 手を振って迎えると同時に、ゆめみは高槻の特別なのだろうか、ということが頭に浮かんだ。

     *     *     *

 拝啓皆様方、ご機嫌はいかがでしょうか。
 え? 拝啓おふくろ様じゃない? はあ、と仰られましても……
 すみません、どうにもわたしはこわれているものですから。

 あれから何回かエラーの原因を求めてはいるのですが、どうにも原因が分かりません。
 そもそも、エラーというのはプログラムが完全に正常ではないということの証明でしかないので、
 具体的にどこが悪いのか、ということは教えてくれません。
 自己診断は怪しそうな場所を検索するだけですからまるで見当違いの場所を探していることもあるのです。
 治そうと思えば、プログラマーの方にお見せしなければいけませんね。

 え? 誰に喋っているか、ですか? それは……多分、エラーに対して、ではないでしょうか。
 『独り言』という言葉には多少引っかかるのでしょうが、意味のない行為はわたしのプログラムからは排除されているはずです。
 ですからわたしが独り言を実行することはないはずなのですが……これも、エラーなのでしょうか。

 最近曖昧に答えを濁すことが多くなってきています。深刻な支障ではないから構わないと判断しているのでしょうか。
 分かりません。『正しい』でも『間違っている』でもなく、分からない。
 それ以上に『分からない』のはわたしがこの答えを、人に対して求めないことです。

 わたしたちロボットは日々変わっていく言葉に対応するため、聞き慣れない言葉は人に聞くように設計されています。
 ですがわたしは尋ねません。だとするとわたしは答えを分かっているということになる。
 それでもプログラムは分からない、と言います。これはどういうことなのでしょうか?
 ……それに『分かっている』と判断した箇所はどこなのでしょうか?
 おそらく、それもわたしは分かっていて、ですが分からないのでしょう。こわれていますから。

 わたしは高槻さんの姿を見ます。表情を観察する頻度が上がったように思います。
 最近、癖を発見しました。高槻さんの感情は唇で判断出来ます。

 口の端を吊り上げるときは攻撃的な意思を見せます。
 つまらないと思ったときは口をへの字に曲げます。
 困ったときは下唇を上げて頬を掻きます。
 本当に可笑しいと思ったときは口を開けて笑います。
 苦笑いや失笑のときはその半分の大きさに口を開けます。
 悲しいときは唇が動きません。

 これらから高槻さんがどのように感じているか、おおよそ分かるようになりました。
 そしてそのデータはわたしのメモリにつぶさに記憶されています。
 ですからわたしは高槻さんの真似が出来ます。もちろん元来のデータもありますからそれと合わせた上で、となると、
 お客様の応対用の表情データと高槻さんの表情データがあることになります。

 案外わたしは出来る表情が多いみたいです。いくらか実践してみましたが、その度に人口筋肉のデータに記憶されるみたいでした。
 わたしは自らの機能のいくらも使っていないようです。人間の脳みたいですね。スペック上はこなせるのに使っていない。
 使われることのないままデータは奥底に仕舞われている。

 ……ああ、また、意味のない思考をしていますね。上の空という言葉に該当します。
 これは本来わたしたちが使うような言葉でもないのですが……

 あ、大丈夫です。ちゃんと皆さんの言葉を記憶しています。聞き逃すことはありません。
 これでもわたしのイヤーレシーバーはそれなりに高感度なんです。
 お客様の不調を訴える声があって、聞き逃したら大変なことですから。
 今のところこれは正常に機能しているみたいです。風の音、雫の落ちる音、木の葉が揺れる音。全部聞き取れます。

 さて、このあたりでわたしたちの行動指針を確認してみましょうか。
 これからわたしたちは学校に戻るそうです。爆弾を作る材料が揃ったそうですから。
 その後に学校の電話で芳野さんの仲間に連絡を取るそうです。後の方針はそれからまた決めるそうです。
 したがってわたしと高槻さんは特にすることがないみたいですね。ですからこんな無駄な思考をしているのでしょうか。

 なるほど。ひとつ学習しました。わたしが無駄な思考をするときは暇なとき、みたいですね。
 学習するときはいつも小牧さんの顔を思い出します。
 一歩ずつ。歩いている小牧さんの姿が、わたしにこれでいいのだと納得させます。

 故人を思い出すときは悲しいときなのだ。そんな言葉もありましたが、それだけではないということも学習しています。
 きっと、わたしの表情もそれを学習している。
 ですから今のわたしは笑っているのでしょう。そしてこの笑みは楽しいことなのだとも、知っています。
 故人を思い出して、笑う。そうするわたしは、やはりおかしいみたいです。

 今のわたしは三人の後に続いて歩いています。
 ひょっとすると一人でいるときという場合が、独り言をする条件に含まれているのでしょうか。
 そう考えたとき、藤林さんが振り向きました。わたしに近づいてきます。正確にはウォプタルさんの足を遅くしたのですが。

「ねえゆめみさん、何だかさっきから高槻と芳野さん、度々張り合っているように見えるんだけど……」
「あ、それは多分ですね……」

 そこでわたしの無駄な思考は一時中断します。やはり、そうでした。
 独り言は一人のときで、尚且つ暇なときにのみされるみたいですね。
 わたしが、わたしを分かっていく。そんな感覚がありました。

 そしてもう一つ。
 わたしはこの状況を、楽しんでいるみたいです。
 何故なら……笑っていますから。




【時間:2日目午後23時40分ごろ】
【場所:C-2】

もっと目を早くするべき高槻
【所持品:日本刀、分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、鉈、電動釘打ち機12/12、五寸釘(10本)、防弾アーマー、89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、予備弾(30発)×2、P−90(50/50)、ほか食料・水以外の支給品一式】
【状況:全身に怪我。一旦学校に戻る。船や飛行機などを探す。主催者を直々にブッ潰す】

ほしのゆめみ
【所持品:忍者刀、忍者セット(手裏剣・他)、おたま、S&W 500マグナム(5/5、予備弾2発)、ドラグノフ(0/10)、はんだごて、ほか支給品一式】
【状態:左腕が動くようになった。運動能力向上。パートナーの高槻に従って行動】

芳野祐介
【装備品:ウージー(残弾30/30)、予備マガジン×2、サバイバルナイフ、投げナイフ】
【状態:左腕に刺し傷(治療済み、僅かに痛み有り)】
【目的:一旦学校に戻る。思うように生きてみる】

藤林杏
【所持品1:ロケット花火たくさん、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
【所持品2:日本刀、包丁(浩平のもの)、スコップ、救急箱、ニューナンブM60(5/5)、ニューナンブの予備弾薬2発】
【状態:重傷(処置は完了。激しすぎる運動は出来ない)。芳野に付き従って爆弾の材料及び友人達、椋を探す】

ウォプタル
【状態:杏が乗馬中】

ポテト
【状態:光二個、ウォプタルに乗馬中】
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