明日の見えぬぼくたち







 いつの間にか、雨が降っていた。
 闇夜から落ちてくる透明な粒は髪を濡らし、顔を濡らし、体を濡らす。
 熱を持った傷痕が夜雨の冷たさと中和され、心地良い痛みを作り出している。

 天然のシャワーをその身に浴びながら、天沢郁未は完全に崩落した廃墟を眺めた。
 兵どもが夢の跡。様々な人の血を吸い、命を喰ったホテル跡は僅かに炎の残滓を残すのみで瓦礫の山を築き上げていた。
 燻る煙は、殺された参加者達の怨念か無念か。けれども空に溶けてゆく様を見ればそんな思いだろうが関係はなかった。
 死んだらそこまで。敗北者は敗北者としてでしか語り継がれない。死んだ人間の存在はその程度のものだ。
 だからこそ、そうはならないために自分は戦って戦って勝ち続ける。そうしなければならないのだ。

 命の重たさが身に沁みる。敗北者どもの魂が我が身に宿っている。意外にも好敵手は多かった。
 芳野祐介。古河秋生。那須宗一。十波由真。七瀬留美。誰もが己の勝利を確信していた猛者どもだ。
 このうちの半数は既に死に、いくらかは自分が屠った。

 勝ち残れたのは自分の執念が勝っていたからだ。生きたいという願望。負けられないという願望。
 願いは大きくなり、他者を取り込みながら増大していっている。
 自分は知っている。借りを返そうと命を支払い続けた女の姿も、愚直なまでに己の正義を信じ続けた女の姿も。
 それらの存在があるからこそ自分の立ち位置も知ることが出来、生きている実感を持つことが出来る。

 そう。生きることは、戦うことだ。生きている限りは誰かとぶつかり合う。その中でこそ己の存在を認識する。
 結局人間は孤独で、互いにしのぎを削りあう存在だ。仲間などというのは利害の一致でしかない。
 だから郁未は渚の存在が、主張が許せない。

 誰かと共に有り、無条件で信じ合えると言った女。絆が力になると言った女。
 そして、戦うことを拒否した女。

 何もかもが腹立たしい。何故戦わない。何故力を見つめようとしない。何故戦いが悪いと決め付ける。
 それだけではない。何ら対抗策も持たず、ただ漠然と誰かが何とかしてくれるという他人任せの姿勢。
 主義主張はあってもその理由も持とうとしない、現実を見つめようとしない姿勢。

 一番許せないのがそこで、そんな彼女が守られていることが理解も出来ない。
 だから潰す。無策でしかいられず信念も持たない渚も、その周囲の人間も。
 命を持っていいのは自分がどうしたいか、を知り抜いている奴だけだ。
 結果として戦おうが、殺しあおうが、利用し合おうが関係はなかった。
 来栖川綾香でさえ郁未にとってはこの島にいられるだけの価値がある、と思えるものだった。

「……あー、もう、むかつく」

 吐き出しても吐き出してもイライラは収まらない。
 結局のところ自分は口であれこれ言い合うよりも勝って正しさを証明する(ただし手段は問わない)方が性に合っているのだろう。
 案外単純な気質なのかもしれない、と思う。女の子としてはどうかとも思うが。
 軽く笑って、デイパックから水を取り出して一気に喉に流し込む。

 散々熱いところで激しく運動をしていたために喉が渇ききって仕方がなかった。
 腹を下すのではないかと思うくらいに、さして美味しくもないはずの水を飲み続ける。
 瞬く間に水の量は減っていき、気がつけば既に半分を飲み干していた。
 口を放し、残った水を頭からかける。多量の水が顔と髪を際限なく濡らし、
 へばりついていた煤や血糊が綺麗になくなる感触があった。

 なんとなく豪勢な気分になれたので、残りの水も引っ張り出して身体中にかける。
 雨で湿っていた服はずぶ濡れの様相を呈し、布地はぴったりと体に張り付いて郁未のラインを露にする。
 寒いとは思わなかった。内側から際限なく溢れ出してくる血液の熱と混ざり合い、寧ろ適温のように思えた。
 豪快にかけすぎて下着まで水が染み込んでしまったがどうでもいい。かえって邪魔だとさえ感じられる。

 とはいえこの場で素っ裸になれるほど郁未も恥知らずではない。とにかく心地良さだけがあればよかった。
 ペットボトル全てを空にした郁未は瓦礫の上に腰掛け、装備の確認をする。
 改めて見てみれば、随分とたくさんの品を抱え込んでいた。

 拳銃が四丁。サブマシンガンが一丁。鉈。その他諸々。
 ノートパソコンに至っては二台もあった。
 いらないから捨てるべきかと思ったが、どうせこの場から動けないので捨てる意味もない。
 考えた挙句、鉈と拳銃を二丁だけ持って残りはデイパックに放り込んだ。

 ただしデイパックもいくつかあったのでひとつは食料用(使うのか疑問だったが)、
 ひとつはいらないと思ったもの、もうひとつは武器用として分けることにする。
 武器用のデイパックは常に携帯しておく。鉈を使って器用に分解し、
 腰に巻くようにして縛りなおし、調整する。これで断然動きやすくなった。
 もっとも待つことになるのは当面変わらないので本当に動きやすいかどうかは分かったものではないが。

「さて、待とうかしらね」

 荒く息を吐き出して、郁未は戦うべき相手を待った。
 未だ燻っている炎をカーテンに。瓦礫の山を玉座に。王は、ただ戦いを望む。

     *     *     *

 道中は静か過ぎるほど静かだった。
 雨の音一切排除したかのように、山の中は無音に満ちている。
 四人の会話は殆どない。
 それは登る途中で、変わり果てた男と幼い少女の遺体を見つけたせいもあるのかもしれなかった。

 死体ならば四人とも見たのは一度や二度ではないはずだ。
 だが見ていて気分のいいものではないし、慣れるものでもない。
 それにあの死体が誰であるか、誰にでも予想ができたのもあった。
 残してきた伊吹風子の知り合いであり、仲間だったという人間の遺体。
 往人に至っては少女は知り合いだったという。

 彼らを見捨てて逃げなければならなかった風子の心情、
 そしてホテル跡を調査するために埋葬を諦めざる状況であることも重なり、
 どことないばつの悪さが敷衍し、それぞれが違う方向を見ながら歩く時間が続いていた。

 会話がない以上、互いにやれることは作業しかなかった。
 那須宗一は国崎往人のコルトガバメントカスタムが汚れているのに気付き、簡単な整備を施してやることにしたのだった。

「まったく、武器の手入れくらいちゃんとしとけよ。弾切れだし、泥だらけだし。銃は乱暴に使うもんじゃない」
「……面目ない」

 ナイフの刃で細かい泥を取り除いたり、詰まっているところはないかとチェックしながら、
 宗一はぶつぶつと小言を往人にぶつける。
 自分よりも年齢と背が高いはずの往人がしょぼくれているのを目にするとなんとなく締まりが悪かったが、
 銃器の扱いを生業としている人間にとってみれば見逃すべきではないことだ。

 こうして整備を怠り、銃が暴発して二度と使い物にならなくなったエージェント達の姿を宗一は知っている。
 身だしなみをきちんと整えるのも銃器と付き合う人間の役目だ。そういう意味では相棒であり、女房だ。
 まったく、いつまで経ってもスパイ気質が抜けやしない。
 チェックしているうちにグリップの握り具合やトリガーの堅さを確かめ、使いやすさを吟味していることに内心苦笑する。

 人間長く仕事を続けていると慣れてきてしまうものだ。自らの生活を守るために始めたはずのエージェントも、
 今ではそれなりの余裕と楽しみを持って続けている。
 その一方で、裏の稼業で食べている者の常として人の強欲、利権を貪る醜さを見てきたこともある。

 『仕事』として人を殺したことも一度や二度ではない。エージェントは情報収集が任務だが、任地は安全な場所ばかりではない。
 マフィアやギャングが多く潜む暗黒街での仕事で争い沙汰になるのも日常茶飯事だった。
 人を殺した次の日は決まって悪夢に苛まれる。殺した人間が幽霊になって、とかそういうものではないが、
 殺しを強要される過去の自分を夢見るのだ。いやだと内心に絶叫しながらも人の体に穴を穿っていく自分。
 それも回数を重ねるうちにいつしか感覚が麻痺し、悪夢すら冷めた感覚で眺めるようになった。

 人殺しの業なのだと達観し、それに抗うのは無理だと断じて空白の瞳で見つめ続ける。
 そうして気付けば夢の中の己も冷めた目で他人を見下し、無言で銃を手にとって殺される人間へと感情のない顔のまま、撃つ。
 悲鳴を上げて絶叫するようになったのは殺される側の人間になっていた。
 何度も何度も繰り返し、死体の山がうず高く積み上げられていく。

 異臭が蔓延り、人の手足がだらりと投げ出され、もはや何を語ることもない。
 二人の自分は何も感じず死体を増やしていく。
 けれども、ふと、目を凝らしてみれば……死体の山の中には、見知った友人達が、混ざっていて――
 そこで目を覚ますのだ。

 それでも自分は何も思わない。またか、と辟易する程度に留まる。そう感じている自分にもまた嫌気が差すのだ。
 自己嫌悪を紛らわせるために歓楽街に繰り出し、酒と快楽に身を寄せて悪夢が薄まるのを待つ。
 世界一のエージェントはそうしなければ生きられないような男だった。
 ここに来るまでは誤魔化しと言い訳に浸り続け、何を守りたかったのかも何をしたかったのかも思い出せなった男だ。

 今はどうなのだろう。
 不実を自覚し、忘れていたことを思い出した現在の自分は悪夢を見ることもないのだろうか。
 もちろん思い出したからといって過去の事実が清算されるわけではないし、そんなつもりもない。
 ただ曖昧に誤魔化し、記憶を薄めるのではなくしっかりと捉え、現在を構成する自分に反映させていきたい気持ちがあった。

 過去は悪いことばかりじゃない。
 地獄でもついてきてくれようとしていた夕菜の存在、
 自分のことを慮ってくれた皐月やゆかりの存在が残っている。
 思いを共有し、体を預けて歩いていられる渚という存在も生まれた。

 だから歩いていこうと思った。たとえ地獄でもついてきてくれるひとがいると知って……確かめたかったのだ。
 もう悪夢は見ないかどうかということを。
 故にエージェントは続ける。自分が自分のままでも間違ってはいないということらしいのだから。

「ほらよ。もう手荒にすんじゃないぞ」
「済まない」

 ぽんとコルトガバメントカスタムを手渡し、宗一は手持ち無沙汰にしていた往人に笑いかけた。

「高くつくからな」
「……出世払いで頼む」

 難しい顔をして往人はそう返した。金と聞いて顔色を変えるあたり金銭難な生活だったのかもしれない。
 格差社会の弊害というやつだろうか。宗一から見ても中々格好いい男なだけに勿体無いと思う。
 新しい働き口を探していたようでもあったから、コネをいかして今度仕事を斡旋してやろうかと考える。
 意外にホスト稼業なんかいいんじゃないか、と思いかけて、やっぱりやめることにした。
 銃を真剣に見つめている往人の横顔を見れば、今考えるべきことはそれではないことが分かったからだ。

「まーしかしだがしかし、那須っちは銃に詳しいねえ。まるで軍人さんみたい」

 その一部始終をずっと眺めていたらしい朝霧麻亜子が感心したように尋ねる。
 元は往人達とは敵対に近い関係だったらしいが、まるでそんな素振りも感じさせない緩い声である。
 本人は深く語らないが、何人か殺害している可能性はある。
 ……そうでなければ、時折眼の奥に見える哀切に満ちた色があるわけがない。

 この女もまた、仮面を被っている。本当に辛いことや悲しいことを打ち明けられず、一人で自己解決してきた自分と同じだった。
 ただそこに踏み込む権利は自分にはないし、その役目は往人や川澄舞が担っているのだろう。
 麻亜子自身も望んでそうしているようだったから、これ以上は詮索するまいと宗一は思った。

 しかし渚といい、自分といい、麻亜子にしてもこの島には似たものが多いものだ。
 そういう人間だけ生き残ってしまったのかもしれないが――そんなはずはないか。
 自らの空想を消し、宗一は努めて軽い調子で答える。

「一応、軍事マニアなんでね。実際に撃ったこともあるぜ」
「ほうほう、本場のアメリカ〜ンで?」
「イエス。実は英語も喋れる」
「あー、流れ的に英語で質問されそうなのでまいまいにパス」

 私? と急に話題を振られた舞が自分を指差す。目を合わせられ、どうしたものかと往人に視線を移す。
 不自然に目を逸らされた。この野郎、と聞こえない程度に口に出し、宗一は自分にも無茶振りをさせられたことに悩む。

「……」
「……」

 無言で見つめあう二人。こうなったら最後の手段だ。
 宗一のただならぬ雰囲気を察知したのか、舞はコクリと頷いた。
 やがて宗一は大きく息を吸い、無駄になめらかな発音で喋った。

「Do you speak Japanese?」
「Yes,I do」

 完璧な英会話だった。

「待たんかい! んなのあたしにだって出来るってーの!」
「無茶振りしてきたのはお前だろ」
「あたしとしてはだなー、英語が上手く出来ずに赤面するまいまいに萌えてセクハ……もとい、愛情表現を」

 とんでもない女だった。

「……馬鹿ばっかりだ」

 そして嘆息する往人。お前だって目を逸らしたじゃないかと言いかけて、そんなコントをしている場合ではないと思い直し、
 詰め寄ってきた麻亜子のほっぺたをぺちんと両手で挟み込む。

「ぶっ」
「いいかよく聞け」
「ひゃい」
「取り合えずそろそろ現場も近い。漫才はここまでだ」

 コクコクと頷く麻亜子によしと言い、宗一は麻亜子を解放して先に進み始めた。
 本人もふざけたつもりでやったのではないのだろうが、締めるところは締めておかないと何があるか分かったものではない。
 麻亜子も流石に雰囲気を変え、鋭い視線を周囲に向け始めていた。

 まるで別人のようだった。
 最初からこうしてくれれば良かったのにと思いながらも、一連の会話の流れで緊張は程よく緩和されている。
 無駄な思考が削げ落ち、必要なことだけ考えていられる。会話がそういうものを排除してくれたのだろうか。
 少し前まであったはずの重苦しく会話さえ憚られたような空気は完全に払拭されている。

 任務のときも現地に入るまではエディと馬鹿話をしていたことを、ふと思い出す。
 そう言えばいつも締めはエディだったな、と宗一は気付き、今はその役目が自分に回ってきたことに苦笑する。
 無茶苦茶少年の名を返上するつもりではなかったのに。

 しかし不思議と悪くない気分だった。誰かの舵を取りつつ振る舞うのも新鮮なものだ。
 ただ突っ走るだけではない、支えながら走る感覚。
 エディがなんだかんだでついてきてくれたのはこれがあったからなのかもしれなかった。

 ようやく気付いたかと失笑する声が聞こえ、うるさいと言い返してやった。
 返上じゃなくて、改名ということにしよう。これからの俺は『無茶苦茶青年』だ。
 英語にするとナスティマン。格好悪いが、それが今の自分だ。格好悪く生きているが、これでいいと思えた。

「そろそろだな」

 一度ホテル跡を尋ねている往人がぼそりと呟いた。
 見た目にはまだ見えないように思えるが、微かに煙の匂いが漂ってきている。

「……あそこが燃えていたってのは本当らしいな」
「はっきり見えたからな。問題はそれがどの程度かってことなんだが」
「芳しくはなさそうだねぇ」

 火事の度合いによっては調査どころではなくなる。
 風子が逃げてきた時点ではそもそも火事は起こっていなかったしい。
 が、それから何時間か経った今、争いの最中に燃え広がったと考えていいだろう。

 一番こちらが益がないのは完全に焼失していることだ。
 そんな場所に誰も留まっているはずはないからである。
 そうなると逃げた連中を探して動き回らなくてはならなくなる。
 時間の浪費であると共に、自分達のような集団を作りきれていない人間にとっては脅威となり得る。

 風子によるとあの時ホテルにいたのは自分を含めて八人。風子達を除いて少なくとも五人が戦っていたという。
 そこから風子を追ってきたのが一人。
 だとすると最悪の場合、四人が逃げた可能性すらあるのだ。
 無駄足は避けたいところだが……宗一のそんな希望はすぐに瓦解することになった。

「……こりゃ、ひどいね」

 麻亜子の呆れ返ったような、いっそ清々しさを感じさせるような声に、全員が全員同意せざるを得なかった。
 完全な崩落。もとホテルがあったと思われる場所は完全に瓦礫の山と化していた。
 炎の舌が雨に炙られてちらちらと揺らめき、僅かに出ている煙が空へと拡散していることを除いて、何も残ってはいない。
 死亡者の確認すら不可能な現場。分かることはといえば、凄惨な殺し合いが繰り広げられたらしいということだ。

「くそっ、ここまでとは思わなかった」

 自らの読みの甘さに落胆する。ただの徒労になってしまった。
 落ち込んでいられる場合でもないが、ここで得られるものもないではないか。
 渚に合わせる顔がない……

 呆然と立ち尽くす宗一だったが、他の三人は知ったことかとそれぞれに焼け跡を調べ始めていた。
 もしかすると遺留品のひとつ、もしくはメッセージでも残されているかもしれない、そう言うように。
 ……何をやってるんだ、俺は。

 諦めようとしていたことにまたぞろ溜息をつく。
 想定外の事態に突き当たれば誤魔化して言い訳しようとする悪癖。
 仕方のないことと断じて疑わないこの放棄癖を持ち続ける己を殴り飛ばしたくなる。

 ほとほと自分の冷めた感覚に腹が立ってしょうがない。こんなことで渚を支えられるものか。
 平手で頬を叩き、宗一も往人達に混ざって調査を開始しようとしたとき、ぞわとした気配が頭上に立ち昇るのを感じた。
 それは直感に過ぎない。だが醍醐と対峙したときのような凍て付く視線、刃を突きつける凶悪な気配が、確かにあったのだ。

「離れろっ!」

 反射的に叫んだ言葉を全員が受け止めた。
 弾かれたように飛び退いた場所、そこをなぎ払う、漆黒の影があった。
 瓦礫の上から忽然と現れた影はさながら獣のように鉈を振るい、
 空間そのものを刈り取るかの如く麻亜子へと襲い掛かる。
 麻亜子は咄嗟に武器を構えようとしたが、間に合わない。

 なら、間に合わせるまでだ――!

 ベルトに挟む形で忍ばせておいたナイフの一本を素早く取り出し、手首に捻りを利かせてスローイングする。
 ダーツの矢を思わせる挙動で放たれたそれは弧も描かず真っ直ぐに飛び、二人の間に立ちはだかった。
 ナイフに気付いた『奴』は鉈を別の方向へと振り抜いて弾く。
 くるくると回転したナイフはそのまま瓦礫の山に埋もれ、そのまま炎の欠片に呑まれる形となった。

 麻亜子はその隙にぴょんぴょんと跳ねながらこちらまで撤退してくる。
 奇襲は防げたという一旦の安堵は、しかしすぐに四人と一人が対峙することで掻き消える。

 目の前に悠然と立ち尽くす『奴』の正体を、宗一は知っている。
 霧島佳乃を死に追いやり、人を道具と判じて使い捨てた、狂戦士の名を自分は知っている。

 女は、いや、女のかたちをしたものは言った。

「やってくれる」
「光栄だな。そちらさんも相変わらず汚いようで」
「この人数差でそれを言うかしら」
「投降してもいいんだぜ」
「は、冗談」

 吐き捨てるように笑い、身の毛がよだつほどの凄絶な表情を浮かべるのは天沢郁未である。
 彼女の体全体は赤く染まりきっており、それは幾多の戦いを潜り抜けてきたことを意味すると同時に、
 その身に浴びる犠牲者の血もおびただしいことを意味していた。
 顔には引っかかれたような三対の爪痕があり、生来の郁未の研ぎ澄まされた感覚を表しているかのようである。
 実際、郁未はこれまで以上の殺意と闘志、そして執念を持ち合わせているかのように思えた。

 自分達と同じ生きたいという願望。
 だがその方向性は大いに異なるものだった。
 郁未は他者を受け入れず、恐怖で周り全てを駆逐する力の倫理に身を置き、
 自分達は手を取り合って分かり合う一蓮托生の道に身を置いた。

 元は同じ場所に立っていたのであろう彼女は、この島の地獄を経験するにあたりこうする以外にないと判断してしまった。
 話し合う余地もないのは先刻知っての通りだ。
 しかし、それでも宗一は先に手を出すまいと決めていた。
 戦術云々の問題ではない。渚なら、まずきっと郁未の論理を打ち崩しにかかるだろうと思ったからだった。

 皆も迂闊に手を出さない方がいいと思っているのか、自ら動こうとはしなかった。
 宗一が一歩進み出ても動かない。もしかすると、自然と自分の考えていることに共感してくれているのかもしれなかった。
 こんな感覚を抱擁出来るからこそ、人は支えあえる。そのことを実感しながら宗一は郁未と改めて対峙する。

「随分人を殺したようだな、天沢郁未さんよ」
「あら、まるで私だけが人を殺してきたかのような言い方ね。あんたらだって殺してないはずはないでしょうに」

 冷笑を含んだ目が向けられる。徒党を組むことを極度に嫌い、自分だけを信じ、弱肉強食を信奉する女の姿だった。
 ある意味で彼女は正しいのだろう。この論理に従ってきたからこそ彼女は生きているとも言える。

 だが、その生き方に終わりはない。希望も未来も得ることはなく、
 現在ある戦いのみに身を投じることしか生きている意味も価値も見出せない。
 それでいいのか。それではあまりにも寂しくはないのか。
 そんな生き方を……誰が覚えてくれているというのか。

 もしかすると寂しいと感じるものさえ郁未にはないのかもしれない。
 或いは人を蹴り落とす、その行為にしか縋れなくなったのかもしれない。
 力で支配すると言いながら、自分も何者かに支配されている。それには……気付いているのだろうか。

「確かにな。俺達だって人を殺してきた。結果的に見捨てさえした奴だっている。
 だが、お前のように殺しを楽しんできたわけじゃないし、諦めた末の行動でもない」
「また戯言か。今度はどんな理想論を叩き付けてくるつもりかしら。……ああ、いいわ、言わなくて。反吐が出るから」
「そうやって何も信じられなくなるから、自分だって簡単に諦めるようになる」

 言葉を発したのは往人だった。油断なくコルトガバメントカスタムを構えたまま、
 ぴくりと眉を吊り上げた郁未を見据えて往人は「そういう奴なんだ、お前は」と続けた。

「実際に行動して絶望するのが怖いから理想論だと見下げ果てる。だから安易な方向に逃げる」
「分かったような口を叩く」
「そうなりかけたからな。俺も」

 決定的に違いを告げる声が放たれた。
 殺意が往人に対して向けられていくのが分かる。だが郁未は自ら手出しはしないようだった。
 あからさまにイラついた態度を見せながらも話は聞く。それは否定すべき敵を選定しているかのように思えた。
 まず自分も含め、往人もその対象に選ばれたらしい。既に彼女の思考は、今すぐ殺すか否かの二択しかない。
 それは、やはり、宗一には力という糸に搦め取られた人間の姿のようにしか見えなかった。

「理想論はどこまで行こうが理想論よ。私はちゃんと現実を見ている。
 あんた達のような集まりさえすればどうにかなると盲目に信じ込んでいるのとは違う。
 戦うのはいけないことで、悪いことなんだと決め付けているあんた達とは違うのよ、偽善者どもが」
「なら、あんたの言う現実って何だよ」

 口を挟んだのは麻亜子だった。
 今までの彼女にはない、確かな怒りが感じ取れる。
 盲目的に決め付けているのはそちらではないかと糾弾する視線が、射るように向けられていた。

「現実も理想すら見ていないのはあんたの方だ。何故かって? 簡単だよ。
 あんたは目の前のルールしか見てない。殺しあえと言われたから殺した。考えることさえなく、思考放棄してね。
 あー、ホント、こりゃムカつくなぁ。は、あたしってそんなことしてきたんだと思うと、自分でも腹立つよ」
「……殺し合いに乗ってたわけ?」
「さっきまでね。でも考えて考えたら、何も生み出さないし自分勝手を押し付けてるってことが分かってさ。
 馬鹿らしくて、今はやめちゃったよ。あんたみたいな餓鬼とは違うからね」
「偽善者の仲間入りってワケか。命乞いをして許してくれたからぬるま湯に浸かってそのまんま、ってところか。
 そんなのは敗者の言い訳よ。勝てないから趣旨換えをした奴が、偉そうに」
「趣旨換えをしたことは認めるよ。でもさ……やせ我慢もしちゃいないけどね」

 皮肉った笑みが郁未へと向けられる。同族嫌悪とでも言うべき、もしくは自己嫌悪とでも言うべき笑みだった。
 嘲笑されたと取ったらしい郁未も暗い情念を含んだ笑みを投げ返した。暗黙のうちにお互いが殺すと告げあっている。

「やっぱあんたをいの一番に殺すわ。殺してあげる、チビ助」
「まーりゃんってんだよ、覚えとけ甘ちゃん」
「……まーりゃん?」

 麻亜子の言葉を聞いた郁未はつかの間目をしばたかせ、やがて大声で笑い出した。
 先ほどまでの笑いではなく、ただこの状況を笑うものだった。
 自分にではなく、麻亜子にでもなく、ここにはいない誰かに向けて、しかし勝ち誇ったように。
 ひとしきり笑った郁未は打って変わって興味を示したように「そうか、あんたがあのまーりゃんか」と底暗い瞳を差し向けた。

「綾香も人を見る目がなかったようね。だから死んだのでしょうけど……まあ、どうでもいいわ。
 あいつをキレさせた餓鬼だっていうじゃない。ますます、一番に殺したくなったわ」
「……なんだ、あやりゃんを知ってたのか。なら尚更だよ。殺される気なんて毛頭ない。
 あんたみたいな『あたし』に殺されてたまるもんか。もう限界なんだけど、那須っち」

 指示を待ちわびる声が聞こえた。麻亜子だけではない。往人も舞も、倒すべき敵を見据えて宗一の言葉を待ち構えている。
 誰もが自分の思いを露にしていた。正しいだなんて一言も言えない、どこか我侭にさえ思える人間の醜い争いに思える。
 だが自分も含めそうなのだとしても、それを貫き通して何が悪いという開き直りのようなものがあった。

 どうあっても分かり合えないなら、押し通るまでと誰もが決意している。
 後々それで責められようとも構わない。それだけの思いが自分達にはある。
 人に恥じず、己に恥じない、自分だけの思いを持っている。宗一は全員の情念を体の芯に焼き付けながら、言った。

「行くぞ。天沢郁未を叩き潰す!」

     *     *     *

 一対四。なかなか上等な戦いだと郁未は感想を抱き、真っ先に向かってきた舞に対して鉈を振るう。
 既に抜いていた舞の日本刀と無骨で重厚な鉈の刃とがぶつかり合う。
 雨に火花が咲き、危うい均衡を以って刃が競る。

 舞は無言、しかし峻烈な怒りと鋭い瞳の両方とが彼女の意思を雄弁に物語っていた。
 郁未はただ笑う。戦う者はかくあるべし。主張は命を刈り取る一撃の中で語られる。
 その姿は正しい。だが、郁未の気に入る答えではなかった。否、そもそもこの場にいる全員の存在自体、彼女は気に入らない。

 だからその主張を叩き潰す。それはこの島において培われた天沢郁未の論理であり、
 弱者はひたすらに嬲られ続けてきたFARGOの現実を知る人間の価値観だった。

 心の奥底において郁未がFARGOの実態に恐怖していたことは本人でさえ自覚はしていない。
 生き延びるために最善最良を尽くさねばたちどころに自我も自尊も崩壊させられ、肉人形となるか、さもなくば肉塊となる運命だ。
 郁未は犯され続けてきた友人の姿を克明に思い出すことが出来る。
 力を制御しきれずボロ布のように血を噴出させ死んだ出来損ないの末路を知っている。
 だが一方で仲間の存在もあり、共同生活を送ることによっていくらかの恐怖は和らぎ、抑制することが出来た。

 故に郁未はまだまともを演じられた。奥底で築き上げられつつある、
 力と恐怖で支配するFARGOの有り様、引いてはその論理を受け入れていることに気付なかった。
 だが郁未がこの島に放り出されたことで価値観は一変する。

 暴力が猛威を振るい、殺さなければ殺され、裏切らなければ裏切られる。
 友人達もその例外ではなく葉子は自分を庇って死に、他の友人達も早々にこの場から退場していった。
 FARGOのクラス分けからすれば当然の順序であった。……葉子を除いては。

 あのとき油断さえしなければ。自分がもっとしっかりしていれば。さっさと殺していれば。
 そう、殺さなかったばかりに葉子は殺されたのだ。
 口には出さなくとも、郁未はずっとこの一事を悔いていた。いや口に出すことなど出来ようはずもなかった。
 既に友人達は死に、語るべき仲間がいなくなった瞬間、郁未は孤独に責任を抱え込まざるを得なかったのだ。

 だから生き残らなければならない。責任を果たさなければならない。
 その思いはやがて毒となり、郁未を蝕み、最後には心の隅にしかなかったはずのFARGOの論理が彼女を汚染していた。
 何故生きなければならないのか、その理由さえも忘れ、郁未は彼女の教義に反するものを須らく敵対視するようになった。
 殺さなければ殺される。覚悟を決めなければ決めた連中に出し抜かれる。

 だから守らなくてはならない。
 その対象は仲間だったものから、今や孤独でしかない自分へと向けるしかなかったのだ。
 故に天沢郁未は力を振るい続ける。
 もはやたったひとつしか守るものがなくなってしまったこと――即ち、己の命を守るために。

 鉈が弾かれる。舞が一歩引いた瞬間、そこに銃弾の雨が差し込まれた。
 正確には波状攻撃だった。麻亜子のボウガンが側面から迫り、身を捻ったと同時に往人と宗一の拳銃弾が郁未を貫く。
 新たな痛みが生まれる。仰け反る暇もなく郁未はサブマシンガンを取り出し乱射するが、
 広く移動しながら攻撃している宗一達にそれが当たるはずはない。

 さらに弾を吐き出し終えたのと同時に待っていたかのような反撃が返ってきた。
 往人のガバメントカスタムの連射に加え宗一が持ち替えたSPAS12による散弾が群れを成して襲い掛かる。
 半身をくまなく直撃した銃弾の嵐は手の保持能力を完璧に損なわせ、サブマシンガンを宙に放り出す結果となった。
 腕もズタズタに引き裂かれ、それまで受けたダメージと合わせて死亡してもおかしくない痛みの総量だった。

 くるくると回転した郁未の体が地面に落ち、泥にまみれる。
 圧倒的に不利どころか最初から詰んでいた。
 全員が武器を所持しているうえそれぞれが修羅場を潜り抜けここまで生き残ってきた人間達である。
 単純な力量差から見ても一人一人が郁未と同等の力を持っている。
 一対一ならともかくまとめてかかられると勝ち目がないのは自明の理であった。

「もう終わりだ。残酷だが、お前はここまでだ」

 宗一の言葉は既に戦いが終わったかのような口ぶりだった。
 ここまでなのか? 地に伏し、ただ勝利者の言葉を受け止めている自分の冷めた部分がそう語りかけている。
 群れてでしか行動出来ない連中に、偽善の言葉を振りかざす連中に、自分はただ負けるのか。
 それが当然なのだという思考が頭の中を巡り、殺されるまでもなく郁未の意識を閉じていく。

 冗談じゃない。不意に思ったその一言が起き上がり、熱を持って膨張し郁未の身体を満たした。
 ここで死ぬわけにはいかない、死にたくない。
 なぜ、どうしてという理由は浮かばなかったが、とにかくこのまま死ぬのは真っ平御免だという思いが冷めた自分を吹き散らす。

 叩き潰す。とにかく叩き潰す。もっと強い意志を。もっと力を求める覚悟を。
 それがなかったから、今までの自分は真の勝利をもぎ取ることが出来なかった。
 こんなところで諦めてたまるか。こんな連中に負けてたまるか。

 悪魔にだって魂を売ってやる。勝たなければ、とにかく勝たなければ。
 何もかもを屈服させる、支配の力を。
 血が流動する。身体を動かすように、血が動き始める。
 ――それはまさに、『不可視の』力に動かされているかの如く。
 証明してやる。殺さなければ殺される。やらなければやられる。思い知らせてやるのだ。

 どこか遠く。

 月が、見えた。

     *     *     *

 のそり、と郁未が起き上がる。宗一にはそれが、決して征服されざる怪物の姿のように見えた。
 どうして、という思いが沸きあがったが血まみれでなお立ち上がる郁未の姿がそのように思わせるのだと思い直す。
 何が彼女をここまで衝き動かすかまでは分からない。何が彼女を勝利へと駆り立てているのか知りようもない。
 だがそれもお終いだ。冷酷だが、ここで頭部に銃弾を撃ち込んで決着をつける。

 そう考え、SPASの銃口を向けた瞬間、ぎょろりと浮き上がった郁未の瞳が目に飛び込んできた。
 刹那、危険だという警鐘が己の中で鳴らされる。ただ直感的に感じたものに過ぎない。
 しかし不思議な確信があった。早く撃たねば、取り返しのつかないことになる――
 半ば性急にトリガーを引いたが、散弾のどれもが郁未に命中することはなかった。

「な……!」

 忽然と郁未の姿が消える、いやそうではない。目にも留まらぬ速さで彼女は跳躍したのだ。
 人間では到底有り得ないような高さを、彼女は舞っていた。
 ヤバい。先程よりも更に大きな警鐘……いや、警告が咄嗟に宗一の体を動かし、回避行動を取らせていた。
 一秒と経たぬ間に郁未がそれまで自分のいた場所に鉈を振り下ろす。もう少し判断が遅れていれば首を取られていた。
 ゾッとした冷や汗が流れ落ち、すぐさまSPASを撃とうと構えたが、郁未の姿は既に目の前にあった。

「嘘だろ!?」

 思い切り上体を逸らして振り下ろされる鉈を回避したものの銃は同じようにはいかない。
 凄まじい力で叩き落され、とても死に掛けの女とは思えない力を宗一に知覚させる。
 絶対的な恐怖。それは動物が本能的に感じる、強者に対する畏怖だった。

 目の前にいる女のかたちをしたもの。それは人間ではない。化け物なのだ。
 余裕は既になくなり、生命の危機を打破すべく頭を必死に回転させ、体は反射的にファイブセブンを取り出している。
 しかしそれでも遅かった。早くも突進している郁未の矛先は、確実に自分を貫く。

「那須っ!」

 ここにきてようやく往人達の声が聞こえた。遅いのではない。郁未が圧倒的に早かったのだ。
 援護の銃声が鳴り響いたが、郁未は振り向きもせず鉈をサッと払っただけだった。
 ただそれだけ。それだけのはずなのに、郁未の体に向かっていた銃弾は全て叩き落された。

 マジックショーかなにかなのか、これは? 避けるならまだしも、叩き落すなんて有り得ない。
 動体視力が優れていようが銃弾の速さは秒速数百メートルはあるのに?
 以前戦ったときとは似ても似つかぬ郁未の変貌振りに宗一は困惑する。
 スイッチが入ったとしか思えない。或いは生命危機に即応した、生物的な進化。
 白い歯をちらつかせ、全身を朱にして嗤う郁未は人間という領域を侵し、神の領分にまで達した生物だった。

 だが、と宗一は思う。ひとのかたちをしているのなら、まだ殺せる。
 確かに力は人間の比ではない。速さはいかなる生物をも陵駕する。しかし決して……不死身ではないのだ。
 寧ろそうとでも思わなければやってられない。ホンモノの化け物と対決なんて勘弁願いたい。

 全く、愉快だぜ? エディ?

 どこか非常識な、それでいて命の危険を感じているこの状況こそが宗一の意識を明白にさせた。
 必ず生きて帰るという、強い目的を抱いてファイブセブンの引き金を絞る。
 残弾も少ないそれを惜しげもなく連射する。それは仲間にも向けた激励でもあった。
 目の前の敵にビビるな。銃声が響くたびにより意識が鮮明となり、闘志を舞い戻らせる。
 だが思いとは裏腹に郁未は凄まじい速度で回避し、掠りすらさせてくれない。

「だったら……!」

 飛び出したのは舞だった。怯懦も恐れもなく真っ直ぐに日本刀を持って立ち向かっていく。
 触発されるように麻亜子もナイフを持って突進する。
 動きを封じようという算段は宗一と往人に、そして郁未にも伝わったようだった。
 同時に挟撃がよろしく踏み込む二人に、しかし郁未は悠然と立ち尽くしたままだった。

 まず舞の刀を受け止め、軽く弾くと反対の拳でかち上げる。
 宙に浮いた舞の体が回し蹴りで吹き飛ばされたと同時、既に麻亜子にも攻撃している。
 足払いでバランスを崩し、腕を取るとジャイアントスイングのように振り回し瓦礫へと向けて放り投げた。
 舞も麻亜子もしたたか体を打ち、こちらに銃を撃たせる暇もなくあしらわれた。

 だがリロードの隙までなかったわけじゃない。ガバメントカスタムに再装填した往人に合わせて宗一もファイブセブンを連射。
 今度は郁未にも余裕は感じられなかった。直後に攻撃を仕掛けられたのだ、当然だ。
 そういう意味ではまだ人の要素を残してはいることに感謝しつつありったけ撃ちまくる。

 体を大きく動かし回避する郁未。やはり避けるだけで精一杯らしく、しかも銃弾の一部が掠ることもあった。
 急所狙いの弾は叩き落されることもあったが、いける。波状攻撃を続ければ勝てなくはない。
 確信を得かけた宗一だったが、唐突にファイブセブンが銃弾を吐き出さなくなる。言うまでもない。弾切れだ。

「やば……!」

 残弾を確認しながら撃つのを忘れていた。基本的なミスを恥じ、そして致命的だと頭が告げる。
 すぐさま取って返した郁未がこちらへと迫る。今武器は投げナイフしかない。しかもそれでは鉈を防ぎきれない。
 郁未の攻撃は避けきれない。毒づいてそれでもと精一杯の回避行動を取る。

「なめんじゃねーっ!」

 結果的に諦めなかったことが宗一を救った。瓦礫の山から麻亜子が銃を撃っていたのだ。
 形状と銃声から察するにデザート・イーグルだろう。とんだ隠し玉だった。
 突進していた郁未はその場で高く飛び上がり、銃弾を難なく回避する。本当に出鱈目だ。
 しかし宙に浮いた数秒が宗一の命を繋いだ。

「那須! 受け取れ!」

 大振りに往人が投げ渡してきたのはあろうことか、イロモノ拳銃であるフェイファー・ツェリスカだった。
 こんなもん人間に支給すんなと内心で呆れつつ、しっかりと両手で保持。砲丸のような重さが圧し掛かり、宗一の体が崩れる。
 だがこれは考えての行動だった。仰向けに倒れつつフェイファーを構え、浮いている郁未へと射撃する。
 反動も地面に逃がせるためこの化け物拳銃を使うにはうってつけの方法だった。

 化け物対化け物。果たして勝つのはどっちでしょう?
 背中が地面にぶつかると同じくして宗一の指がフェイファーのトリガーを引いた。
 60口径、重量6キログラムの巨体から放たれる600NE弾が凄まじいマズルフラッシュと共に郁未へ向かう。
 いかに頑強な盾でも瞬時にして破壊してしまうだけのエネルギーを持ちうるこれなら或いは、と考えた宗一だったが、
 目の前の敵はそうそう常識で測れるようなものでもなかった。

 信じられないことに飛来する600NE弾を空中で薪をかち割るが如く斬り伏せた。そう、真っ二つにしたのである。
 流石の宗一も呆れるどころかぽかんと口を開けたくなった。
 人間なら一瞬にして粉々の肉片に変えてしまうはずの弾丸が真正面から防がれたのだ。笑うしかない。
 おまけに鉈まで無事ときた。特殊な材質でもあるまいに。

 ただ郁未の顔には僅かに疲労の色が見えた。そういえば弾いたときも仄かに郁未が赤く光ったように思えたのを思い出す。
 あの力は無限ではないということか? 新たな疑惑が生まれ、
 しかしすぐに頭の隅へと追いやり、全身をバネにして宗一はその場から撤退する。

 郁未が地面に降り立ったのはコンマ数秒後のことである。二発目を撃とうとしていたら殺されていた。
 二度目の奇跡はないと断じて宗一は走りつつ落としたSPASを拾い上げた。
 追い縋ろうとする郁未にここで体勢を立て直した舞が刀を携えて戻る。気付いた郁未は「ちっ」と舌打ちする。

 先程の一戦で切り結ぶのは不利と考えたのか舞は縦横無尽に刀を振るい、鉈のギリギリ外から切っ先を当てるように攻撃する。
 力で叶わぬならば技で対抗する。強者と戦うセオリーを実践していた。

「くっ、ちょこざいなことしてくれるわね!」
「貴女には……負けない!」

 無論宗一達としても手をこまねいて見ているわけではない。
 宗一はSPASにありったけショットシェル弾を入れ、往人はガバメントカスタムをリロードする。
 後は舞を誤射しないようにタイミングを見計らって掃射する。波状攻撃が有効なのは証明済みだ。
 暗黙のうちに全員が了解していて、それぞれが仕事をこなすために動いていた。

 言葉もサインもない。それでも歯車が噛みあっているという実感がある。
 裏を返せばそこまでしても郁未とは互角という程度でしかない。
 ひとつ突き崩されればあっという間に全滅する。この瞬間も自分達は細い綱渡りをしているのだ。

「確かに四方八方から撃たれちゃこっちもキツいけどね……そうなる前に片付ければいいだけのことでしょ!」

 郁未は何を考えたか、天高く鉈を放り投げる。
 突然の奇行に舞の刀が僅かに迷いを見せる。郁未にはそれだけの時間があればよかった。
 彼女は人間ではない。

 下がれ、と絶叫する声が喉元まで込み上げる前に郁未は舞の喉輪を掴み、
 地面に叩き付けた後サッカーボールのように蹴り飛ばした。
 この間、未だ宗一達は銃を構えきるまでに至らない。郁未が裂けるような笑みを見せた。
 彼女の手には既にM1076とトカレフTT30の二丁が収まっていたのだ。

「遅い」

 一斉に連射。郁未の銃は不慣れだったからか急所を射撃するには至らなかったが肉を掠り抜き、削ぎ、
 宗一と往人の二人を地面へと落とした。宗一でさえ全くついてゆけぬほどの神速。
 たかが一秒以下の隙をついて郁未は自分達を突き崩したのだ。

「つくづく人間じゃないぜ……」

 銃を仕舞った直後、落ちてきた鉈が郁未の手に収まる。それはこの間が僅かに数秒であることを指していた。
 郁未も息を荒くしていたが、それでもなお彼女には余力があるように思える。
 一体どんなマジックを使えばこのような芸当が出来るのか。まるでこれでは出鱈目人間の万国ビックリショーだ。
 強すぎる。弱気でも諦めでもなく、素直にそう思った。
 この圧倒的な実力差をひっくり返すことは出来ない。醍醐と戦ったときでさえそんなのは感じなかったのに。

 参ったな……こりゃ、死ぬかもしれない。

 郁未は視線を動かし、地面に倒れ伏す三人の姿を眺めていた。
 どいつから仕留めようかと考えているのか、まだ油断は出来ないと出方を窺っているのか。
 この状態からの騙し討ちは不可能か。だが真正面から郁未を倒すのは今の状態では至難の業だ。
 せめて誰かひとり、もうひとり戦列に加われば。

 救援を待ち望む自分が情けないと思う一方、そうでもしなければ郁未は倒せないという実感があった。
 ないものねだりだということは分かっている。けれども他に思いつく策もなかった。

 ……悪あがき、するっきゃねえよな?

 だから抵抗するまでだ。無茶苦茶青年は諦めない。泥にまみれてでもしがみつく。そうだろ?
 心の中に浮かんだ全員に語りかけ、宗一は立ち上がる。

「馬鹿正直に立ち上がるか……本当に不意討ちはなさそうね」
「ちっ、ホントに気に食わないぜ、天沢郁未」

 渚の両親を殺し、佳乃を殺し、それ以外にも多くの人間を殺してきた女を目の前にして何も出来ない。
 仇を討ちたいと思う気持ちはますます高まっているのに、それ以上にそびえ立つ壁の高さが思いを阻む。
 恐怖を感じているのだ。このままでは殺されるという絶対的な予感が宗一の体を震え上がらせている。

 虚勢や気合ではどうにもならない、自らの前に立ちはだかる力。
 恐怖を恐怖で縛り付け、人を人でいられなくしてしまう力の倫理が自分を見下している。
 だからせめてそれだけには負けるまいと宗一は強く意思する。

 怖いからといって食い合い、憎しみあい、呪い合う存在にはならない。
 どんなに苦しくとも誰かを見捨て、犠牲にして、諦めて、奪ってまで生きることはしない。
 もっと他のなにか。遅々としてでもいい、苦境を超えられる方法を探して歩き続ける。
 そういう生き方もあるのだと知ったから。

「世界一のエージェントを舐めるな! まだ勝負はついちゃいない!」

 SPASを構える。郁未は例の如く捉えきれない速度でステップしながら接近してくる。
 宗一は動かない。下手に動いたところで自分の動きを制限するだけだ。
 一歩だけでいい。郁未と同等の動きが出来ればそれでいい。

 足音が聞こえる。自分の経験と勘を信じろ。こちとら何度も実戦を潜り抜けてきてるんだ。
 郁未との距離が数歩分になった瞬間、宗一はバネを全開にして体を動かした。
 いくら郁未でも空中で急に体勢は変えられない。どんなに僅かな時間だとしてもだ。
 そう、走っているときにも体が浮く瞬間がある。その間隙を突き、至近距離から散弾を撃ち込めば……!

 それが宗一の作戦で、タイミングも完璧に合わせたはずだった。なのに。
 なのに、どうして天沢郁未は自分の目の前にいる?

 まるで最初からここに来るのを知っていたかのように、郁未は『側面に移動したはずの』宗一の真正面にいた。
 鉈が、振られた。

「ぐああぁっ!」

 脇腹を切り裂かれ転倒する。痛みは激しいが、致命傷ではなかった。
 そのことに安堵するが、同時に何故だという思いが浮かぶ。
 見上げた先では先程より苦味を増した、しかし勝利の喜悦に満ちた郁未の顔がある。

「残像、って知ってるかしら」
「……冗談が過ぎるぞ」
「でも私の力でそれも可能になる。不可視の力でね。正確には『ドッペル』だけど」

 不可視の力。それが郁未を人間から怪物へと変えたものの正体。
 いつどのようにして郁未が力を顕現させたのか。……恐らくはトドメを刺し損ねたときだ。
 彼女の執念がスイッチとなり、力を覚醒させた。
 身体能力の強化はその一例に過ぎず、残像を生み出すことすら可能にするということか。

「まあ、『ドッペル』がいる間は私も疲れるんだけど……でも十分。こうしてあんたを見下ろせてるんだから。
 さっさと失せなさい、負け犬の偽善者が――」

 郁未が正真正銘のトドメを刺そうと鉈を振り上げる。
 だが振り下ろされようとした、まさにその瞬間。銃声が郁未を遮った。

「!?」

 全くの別方向からの射撃は往人でも舞でも、ましてや宗一でもない。
 慌てて飛び退き、妨害した人物の方角をキッと見据える郁未。
 だがそれはすぐさま驚愕に変わり、やがて狂おしいほどの喜色に満ちたものになっていく。

「あんたか……いつもいつも私を邪魔してくれる。ねぇ、本当に、本当に――反吐が出るわ、古河渚!」
「……決着を、つけましょう」

 絶叫を張り上げる郁未に対して静かに語ったのは、古河渚だった。

     *     *     *

 現れた渚に対して郁未が感じたのは奇妙なことに『嬉しい』というものだった。
 己の対極にある人間。己が最も嫌悪する人間。断じて許すべきではない人間。
 なのにこうして目の前に立っているのを見るだけでゾクゾクとした喜びを感じるのだ。

 それは狂おしい程の恋。待って待って待ち続けた瞬間がここにある。
 最高の力を手に入れた自分が、最高に憎らしい主張を掲げる渚を殺す。これ以上の喜悦はない。
 しかも渚は未だ人を殺さないという馬鹿げた主義があるらしく銃口をこちらに向けてすらいなかった。
 まるで変わらない。最初と変わらず人殺しはいけないなどと口外にのたまっている。

 だがそれでこそ渚。自分が殺すと決意した女の姿がここにある。
 それがまた嬉しくて嬉しくてたまらず、郁未は体の芯から湧き上がる笑いを吐き出した。

「決着をつける、ですって?」
「そうです。……もう、終わりにしましょう」

 一切の感情を排したかのようでありながら、確かな怒りを携えた声が向けられる。
 以前とはまた少し雰囲気が異なった気がするが、所詮形だけのものなのには変わりない。
 そんなものは何も意味を為さない。怒りを覚えたのなら他者にぶつけるべきなのだ。

 それも出来なければただの臆病者にしか過ぎないし、生きている資格もない。
 なのにのうのうと現れては誰かに守られ、この女は生きている。
 実に許しがたいことだった。誰かにしっかりと守られている渚の実態が。臆面もなく自分を否定する姿が。
 だから殺す。殺して、分からせてやる。最終的に勝つのはどちらかということを。

 自分の方が正しいのだということを。戦わない人間に生きる価値もないのだということを。
 完全なる不可視の力を手に入れたこの我が身で。

「――ひとつ、聞かせてください」
「あ?」

 鉈を握り締めた郁未に渚が問いかける。今度はどんな綺麗事をほざくのかと顔をしかめた郁未だったが、
 それも今の自分の前では何の意味も為さない。聞くだけ聞くことにした。
 無論つまらない質問であることは分かりきっていた。
 だから答える価値もなければ無言で斬ってやろうと思いながら「言ってみなさいよ」と返答する。

「分かり合ったひとは、いますか」
「なに?」
「本当に今まで、誰とも分かり合わずに生きてきたんですか」
「……いないわ。最初から最後まで私は一人よ。仲間なんていなかった」

 何故か口が詰まった。渚の雰囲気に呑まれてなどという下らない理由ではない。
 仲間。友達。そんな陳腐な言葉ではなく、分かり合った人、と渚は言った。
 本当にいなかったのかと自問する声が一瞬聞こえたような気がしたのだ。

 だがそんなものいるはずはない。葉子と組んでいたときでさえ最終的に殺しあう運命だったのだし、
 戦力の増強ということで利害が一致していたに過ぎない。そう言い出したのも葉子だったはずだ。
 ――ならば、自分はなんと言ったのだったか?

 思い出そうとしたが、記憶は不透明でぼんやりとしか思い出せなかった。
 関係ないと郁未は断じる。葉子は既に死んだ。死ねば何の意味もない。生きていなければ意味はない。
 だから自分は生きて帰る。そう決断したはずだ。

「だってこれは殺し合いだもの。一人しか、生きて帰れないから」
「……そうですか。だったら――」

 渚が目を閉じる。どうしてか郁未は別の世界に引き込まれたような気分になる。
 まるで、不可視の力のような。
 冗談じゃないと郁未は気を持ち直す。こんな半端者が自分と同じ力を持っているなどと。
 憎しみが再度沸き上がり、己の中の不可視の力が増していくのを感じる。
 一瞬でかたをつける。腰を落としたと同時、渚が目を開けた。

「――わたし達が、勝ちます」
「ほざけッ!」

 砲弾のように飛び出す。一思いに突き殺す。それで渚は死に、溜飲が下がる。
 その思いに囚われていた郁未が上から影が差したことに気付くまで、多大な時間を要した。

「はあぁぁぁあぁぁぁっ!」
「っ! この女まだ……!」

 蹴り飛ばして戦闘不能にしたはずの女。確かに手ごたえのあったはずの女は泥と血にまみれながら、
 真っ直ぐな双眸を崩さず空高く舞い上がり、こちらへと切り下ろしてきている。
 地を蹴り直角に避ける。まずは鬱陶しいこいつから倒す。
 地面を滑りながら郁未は考え、完全に止まり舞へと反転しようと足に力を入れたと同時、
 瓦礫の影から一人の人物がぬっと現れた。

「どうだっ!」
「まーりゃんかっ!?」

 宗一達と戦っていた間密かに物陰に身を潜めていたのか。
 最初からこれを予測していたとは思えない。だがこうなる隙が生まれることを確信していた。
 確証なんてない。だが誰かがそうしてくれると信じて。

 ふざけるなという思いが募る。他人任せがたまたま上手くいっただけではないか。
 こんなものにやられてたまるか。不可視の力を用いて体を無理矢理動かす。
 筋肉に痛みが走り、体の内奥に鋭い痛みが走るが、自分の煮え滾る怒りに比べれば物の数ではない。

 郁未目掛けて発射されたボウガンを鉈で叩き切ったときを待ち構えていたかのように、男が背面に回りこんでいた。
 研ぎ澄まされた雰囲気が伝わり、決して最後の力を振り絞ったという風ではないことを郁未に理解させる。
 外れはない。ありったけ撃ち込まれると予感した体が更に不可視の力を発動させるも上半身は既に動ききっている。

 動いたのは下半身、脚部だけ。それも背面に回りこまれていたことから回避する方向が分からず咄嗟に飛び上がってしまった。
 決定的な隙が形作られてしまう。下では倒れたまま、それでも手放さなかったショットガンを構えた宗一がこちらを狙っていた。
 もはや不可視の力を使っても払い落とすのも回避するのも不可能。

 ……なら、道連れに宗一を殺すまでだ。
 勝たせなんかさせない。完全勝利など許してたまるものか。一人だろうが殺して、私が間違ってなんかないことを――

 そう考えてM1076を取った瞬間、視界の隅でもうひとり、自分に銃口を向ける存在があった。

 古河渚だ。

 先程とは違い、確かな意思と覚悟を以って拳銃の銃口をこちらへと向けていたのだ。
 直感的に撃つだろうという確信が走る。
 人を殺さないなどと言っていた渚が?
 戦いを拒否したはずの弱い存在で生きる価値もないはずだった渚が?

 だが渚の目は、あまりにも真っ直ぐ過ぎて。
 渚にだけは撃たれるのは許せない。嫉妬が渦巻いていた郁未の深層意識は、渚へと銃口を変えてしまっていた。
 だが体を動かしきった郁未の動きはあまりにも鈍く――

 宗一の放ったショットガンの散弾が郁未の腹部を撃ち貫き、内蔵をズタズタに破壊し、不可視の力も生命をも霧散させた。
 力が急速に抜け落ちると共に体が地面へと落下していく。
 それは完全敗北の証だった。
 だが不思議と敗北感も悔しさも、怨みもない。
 それは不可視の力も出し切り、最後の最後まで本気で戦い尽くしたからなのかもしれない。

 ただ、自分はやはり仲間などというものに負けたのかと思う。
 これが事実で、自分はどうしようもなかったということなのか。
 自分は孤独だったから、負けたのか?

 しかしそうではない、とどこかから聞こえた声が靄のかかった空白が晴らし、
 かつて郁未が持っていたものを思い出させる。
 FARGOという恐怖に満ちた地獄の中でも皆と食事を取り、笑い合うことができた日々。
 再会を約束し、また明日と手を取り合ったあの日。
 そして最後に思い出すのは、葉子との約束。

『やっぱり私、あなたのそう言う顔、大好きよ』
『私もやっぱりあなたが大好きです、……だから、最後に二人で決着をつけましょう』

 二人して、やはり笑っていた。あの瞬間、確かに自分達は分かりっていた仲間だったのだ。
 絆という名の剣を持った、心強かった仲間がいたのに。
 だとしたら自分にもずっと仲間はいて、渚にも仲間はいた。
 差なんてない。

 結局、競り負けた。渚との戦いに敗北したのだ。
 ああ、やっぱり悔しい。悔しいけど、認めてあげるわ、貴女の強さ。
 だからこの重みを背負いなさい。私に勝って倒したという重みを受け止めなさい。
 私に勝ったのだもの、出来なきゃ殺すわよ?
 悪態をつく郁未の口もとには楚々とした、一切の含みのない微笑が浮かんでいた。
 体中の毒が抜けきり、軽くなった身体が何とも心地よい。
 ふわふわと落ちてゆく実感を確かめながら、静かに目を閉じ、思った。
 こんなにも強いひと。こんなにも全力で戦えたことに――

 ――満足だった。

     *     *     *

 最後の、殺戮者がいなくなった夜。

 雨が、ようやく上がった。




【時間:2日目午後23時00分頃】
【場所:E−4・ホテル跡】

川澄舞
【所持品:日本刀・投げナイフ(残:2本)・支給品一式】
【状態:同志を探す。往人に付き従って行動。強く生きていたいと考えている。額から出血。両手に多少怪我(治療済み。支障は全くない)、肩に浅い切り傷】
【その他:往人に対して強い親近感を抱いている。剣道着を着ている】
その他:舞の持ち物(支給品に携帯食が十数個追加されています。)

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン(32/36)、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:鎖骨にひびが入っている可能性あり。軽い打ち身。往人・舞に同行】
【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、パン人形、38口径ダブルアクション式拳銃(コルトガバメントカスタム)(残弾4/10) 予備弾薬35発ホローポイント弾11発、スペツナズナイフの柄、支給品一式(少年、皐月のものを統合)】
【状況:強く生きることを決意。人形劇で誰かを笑わせてあげたいと考えている。全身にかすり傷。椋の捜索をする】
【その他:左腕に文字を刻んだ。舞に対して親近感を抱いている(本人に自覚なし)】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数0/20)、防弾チョッキ、SPAS12ショットガン6/8発、スラッグ弾2発(SPAS12)、投げナイフ1本、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:全身にかすり傷】
【目的:渚を何が何でも守る。渚達と共に珊瑚を探し、脱出の計画を練る】

古河渚
【持ち物:おにぎりなど食料品(結構減った)、支給品一式×2(秋生と佳乃のもの)、S&W M29 1/6、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱】
【状態:心機一転。健康】
【目的:人と距離を取らず付き合っていく。最優先目標は宗一を手伝う事】

天沢郁未
【所持品1:鉈、H&K SMGU(0/30)、予備マガジン(30発入り)×1】
【所持品2:S&W M1076 残弾数(1/6)とその予備弾丸14発・トカレフ(TT30)銃弾数(0/8)、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾4/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、S&W、M10(4インチモデル)5/6】
【持ち物3:ノートパソコン×2、支給品一式×3(水は全て空)、腕時計、ただの双眼鏡、カップめんいくつか、セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、何かの充電機】
【状態:死亡】

【その他:雨が上がりました】

【残り 15人】
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