(明るい週末)/Passing Moment






「ったく、無茶しやがって」
「勝てたんですからいいじゃないですか」
「悪運の強い奴だよ、お前は」
「どんなもんです」
「褒めてない」
「知ってます」

 なんとも噛み合わない会話だと思いながら国崎往人はぐったりとして動かない伊吹風子を背負って山を下っていた。
 風子自体は命に別状があるわけではないが、疲弊しきった彼女はもう歩く気力も残っていないようだった。
 それゆえ一旦麓に戻ることにしたのだが、重たい。風子ではなく、荷物が。

 内心悪態をつく。いつから自分は武器庫になったのだろう。
 おまけに急な坂道であるために歩みは遅々として進まず、往人も辛い状況だった。
 少しでも気を紛らわせようと風子と喋っているものの先程の通りのちぐはぐで、
 会話の種を出すのにも苦労する往人は寧ろストレスさえ感じていた。

 風子が悪い人間でないのは分かっている。分かってはいるのだが……それとも最近の婦女子というものはこんなものなのだろうか。
 溜息を腹の底に飲み下すと共に往人はさらにコミュニケーションを図る。自分らしくないと思いつつ。

「しかしだ、ホテルはそんなことになってるのか」
「……はい。風子だけ、命からがら逃げてきました」

 事実を認める風子の声には色がない。受け入れるしかないという諦観を含んだ声だった。
 だからと言って問い詰める気は往人にもない。お互い誰かを助けられず、見捨ててきたのも同じだ。
 責めたり、慰めたりする権利は誰にもない。自分達に出来るのはそれでも仲間であるという意思を示す、それだけだ。

 そうか、とだけ返事をして、往人はついに人形劇を見せてやることが出来なかった笹森花梨の姿を思い浮かべた。
 どうしてあんなに人形劇を見たがったのか往人には分からない。聞かなかったからだ。
 けれども花梨は自分の芸を望んでいた。応えてやれなかったのは、心苦しい。

「ですけど、風子はこれを受け継ぎました。だから風子は、まだ死ねません」

 肩越しに青い宝石が差し出される。かつて花梨が大事そうに抱えていたものだ。
 こちらの願いも聞き届けることは出来なかった。つくづく自分は約束を反故にしていたのだなと思う。
 すまなかった、と往人は宝石の輝き越しに見える花梨の意思へと向けて黙祷を捧げる。
 続いて誓う。だから自分達は絶対に生きて帰るのだ、と。

 強く思って宝石を見つめたとき、ぼうっと宝石が光ったように思えた。
 だが一瞬のうちに光は消え失せ、また元の、深海の如き深い青色のみが往人の目に映る。
 気のせいか、と思いなおして「もう仕舞っていいぞ」と伝えた。

「風子、ミステリ研には興味ありませんが……この願いだけは、絶対に叶えます。それが風子の役割ですから」

 ミステリ研。その言葉が往人の耳を打ち、ああそうだったのかという納得を得る。
 要するに不思議なものが好きなだけだったのだ。人形劇の法術に興味があったということか。
 分かってしまえば単純な理由だった。人が行動する理由なんてそんなものなのだろう。
 低い笑いが漏れ、同時に自分の行動もまた人としては同然のありようなのかもしれないという思いが突き上げる。

「何がおかしいんですか」

 馬鹿にしたと思ったのだろう、風子が若干棘の入った声で聞いてくる。
 往人は「お前を馬鹿にしたわけじゃない」と返して、そのまま続ける。

「笹森のことが少し分かっただけだ。……お前も、もう少し自分に正直になってもいいんじゃないか」
「風子はこれでいいんです。これで……」
「まあ個人の勝手だがな。でも何かひとつくらいあってもバチは当たらないさ。そうでなきゃ、いずれ空しくなる」
「……」

 思うところがあるのか、答えるのも億劫になったのか、風子は無言だった。
 人のために何かするのもいい。けれどもそれだけでは失ったときに大きな喪失感だけを生み出し、空白を形作る。
 埋めようとするあまりに、人はまた間違いを犯す。

 自分や、舞がそうなりかけたように。
 朝霧麻亜子が一度はそうなってしまったように。

 だが今は自分達も持っている。自分が望むことを、自分で決めて生きている。
 往人自身もだ。人形劇と共に生きたい。自分のために。
 急に考える必要はない。じっくり考えていけばいいだろうと断じて、往人はそれ以上何も聞かなかった。
 風子もまた聞いてこようとはしなかった。眠ってしまったのかもしれない。
 風子の体は、静かに往人にもたれかかっていた。

「……さて、そこにいる盗み聞き野郎。いささか趣味が悪いと思うんだが」
「人聞きの悪いことを言うな。やり過ごそうとしてただけだっつーに」

 気付かれていたことに舌打ちして、がさがさと茂みの奥から男が一人這い出してくる。
 往人も存在を感知したのはついさっきだ。それも、相手が去っていこうという段階でようやく気付けた有様だ。
 言葉と行動が示す通りやり過ごしてどこかに向かおうとしていたのは事実らしい。
 仕方がないというような表情で男は不満そうな雰囲気を含ませていた。

 戦意はないらしい。あるなら問答無用で襲い掛かられているはずだった。
 ろくに反撃も出来ないほど往人の体は荷物まみれなのである。
 それでも隠れていたということは後ろめたいものがあるかもしれないということ。
 見過ごして後の災いに繋がるようなら。声をかけたのはそう判断してのことだった。

 これが殺し合いの開催直後だったら、また結果は違ったのかもしれない。今の自分は他者と積極的に関わろうとしている。
 目的が自分のためだとしても、誰かと関わりを持とうとすることに己の変質を実感する。
 良いことなのか悪いことなのかまでは分からなかったが。

「なぜ隠れていた」
「見知らぬお兄さんと鉢合わせしたくなかったから」
「悪いが女もいる」
「誘拐してきたのか」
「任意同行だ。で、どうして鉢合わせしたくなかった」
「一人の方がよかったから」

 どうしたものか、と要領を得ない男の言動に往人は頭を悩ませる。
 戦意はないが、誰とも会いたくなかった。
 だとするなら何もする気がなく逃げ惑っていると考えるのが妥当だが、目の前の男はそんな風に見えない。
 寧ろ飄々としてつかみどころのない雲を想起させる。
 やっていることを知られたくない、という意思だけははっきりとしていたが。
 正直に聞いたところでこの男は何も答えてはくれないだろう。往人は全く見えない男の表情に辟易しつつ続けた。

「俺を抜けて行こうとしてるのなら、ひとまず手伝え。見返りはある」
「それはなにか、鉛玉かい?」
「情報だよ。悪いが、無理にでも連れて行かせてもらう。重いんだよ、これ」

 往人はそう言って、荷物の一部を持ち上げた。ああ、と得心したらしい相手は唇の端を僅かに上げた。

「引っ越し屋の手伝いなんてたまらないな」
「そう言うな。女房が待ってるんでね」
「……マジ?」

 それまで保っていた仮面が崩れ、年相応の少年の驚きが現れた。
 往人は破顔する。適当に言ってみたつもりだったのに。自分は妻帯者に見えるのだろうか。
 そんなものとは最も縁遠いはずなのだが。思わず驚いたことを失念していたらしい男は、
 今さらのようにしまったという渋面を作ったものの後の祭りだ。
 無防備な安心感を得ながら往人は「方便だ」と付け足した。

「だよな……いや、夫婦ではないにしても恋人かなにかと思って」
「いると思ったか?」
「あんた、意外と顔は悪くないぜ」
「……そうなのか?」

 これまでの人生で人相の悪さしか言われることがなかっただけに新鮮な感想だった。
 自分が変質しつつある結果なのだろうかと思う。他者を寄せ付けず、生きることしか考えられなかった昔。
 何も省みることもなかった過去に比べれば、今の自分は少しは余裕を持って生きていると言えるのだろうか。
 殺し合いの場で余裕というのもおかしな話だが。

「いいよ。負けた。少しくらい寄り道したって悪くはないだろ。荷物貸せよ、お兄さん」
「国崎往人だ」

 堅い雰囲気をどこかに追いやったかのように男の言葉は闊達だった。或いはこれが本来の姿なのかもしれない。
 ただ年上に言葉をかけるには少し馴れ馴れしいと思ったので、こちらもぞんざい気味に荷物を投げて寄越すことにした。
 けれども男はまるで苦もなく全部受け取り、ひょいひょいと肩にかけていく。
 見た目よりも器用で鍛えているのかもしれない、と思った。

「国崎さんか。俺は那須宗一。職業は正義の味方(志望)かな」
「ほう、職があるのか」
「……突っ込んでくれないんすか」
「お前の言葉を真に受けてたら頭が持たないことは分かったからな」
「そりゃ、どうもすんませんした」

 悪びれた様子もなく、宗一はやれやれと肩を竦める。
 正義の味方というのは嘘にしても、この掴みどころのない性格を演じるには普通の仕事と精神ではないのは明らかだ。
 往人にはそれが何か想像も出来なかったが、個人として付き合うにはぞんざいなくらいで十分だと結論する。

「しかし、仕事か……俺も職を変えないとな……」

 仕事と聞いたからか、往人はついそんなことを口にしていた。
 今までは人形劇だけをしていたが、もう自分にはそれだけではない。
 いや、正確には旅をする必要性なんてなくなってしまったのだろう。
 少なくとも、今の自分では母から聞かされた目的を為しえることはもうないに違いない。
 空の少女は、後の誰かに託そうと思った。

 弟子でも取るか、それとも一子相伝といくか。
 そこまで考えて、空想が過ぎると己に嘆息する一方、初めて将来のことを考えているとも自覚する。
 これまでは目先のことは考えても未来のことなんて予想さえしていなかったから……

「ひどい仕事なのか?」

 尋ねてくる宗一に「ああ」と苦笑しながら返した。
 全く、ひどいものだった。自分のこれまでが。
 だが変えられる。昔では掴めもしなかったものが、今は掴みかけている。

 現在は確かに血塗られた道なのだろう。人の死を経験し、間違いを犯し、自分でも許せないものを抱えていることは事実だ。
 それでもこうして未来を見つめることが出来る。罪を抱えながらも、それでもより善い生き方にしようと必死で模索している。
 一度間違ったからといって、それで飛ぶことをやめてしまう方が本当の罪になると思ったから。
 血を吐き続けながら飛ぶとは、そういうことなのだろう。

「だが、もう吹っ切れたよ。今度こそ、間違えずに求められる」

     *     *     *

 人のいない洗面所に、水音が響いている。
 それは火照った顔を冷ますためのものだ。はぁ、と溜息をついて川澄舞は目の前の鏡に自らを映す。

 何の変哲もない自分。無表情に近く起伏もないはずの自分の顔が赤く染まっている。
 熱があるわけではない。これは先程の朝霧麻亜子の悪戯によるものだ。
 きっとそうに違いないと思いながらも、ふと国崎往人のことが頭に浮かぶ。

 惚れている、と断じた麻亜子の言葉が頭を過ぎり、しかしこれという結論もつけられない自分に困惑する。
 そもそも恋もしたこともなければそれがどういうものなのかも分からない。
 知識として頭にはあっても体感しているかと言われれば、何を言うことも出来ない。

 かと言って往人に対しどんな感情も抱いていないのかと問われれば、それもまた違う。
 見守ってくれると言ってくれた往人。人に恥じず、己に恥じない生き方を共に探そうと言ってくれた人。
 舞の中で大きなウェイトを占めているのは確かだ。ただ関係性を表す言葉が分からないのもまた確かだった。
 家族に向ける情でもなければ、友達でもない。好敵手などではなく、パートナーというには距離が近すぎる。
 思慕の念、という表現が一番近しいように思えた。麻亜子はそれを恋と言ったのかもしれないが。

「……ひとを好きになる、か」

 珍しく舞は一人ごちた。こうして戸惑っている自分は、かつての佐祐理との関係に似ている。
 無愛想で誰とも関わりを持とうとしなかった自分にもいつも笑顔で接してくれた親友。
 どうして佐祐理が自分と関わりを持とうとしてくれたのか、今となってはもう確かめようがない。

 ただ、今なら理解出来る気がする。予想の範疇でしかなくても佐祐理がどう思っていたのか想像できる。
 寂しかったのかもしれない。我が身だけで歩き、何もかもを引き摺って歩いている自分の姿を見ていられなかったのかもしれない。
 佐祐理は自分を見て、彼女自身の姿を見ていたのかもしれなかった。彼女もまた……一人でいることの多かった人間だったから。

 互いに何とかするべきなのだと言外に語ろうとしていた。
 自分だけで全てを背負い、それ以外を余所者だと、
 関係のない他人だと見なして交わろうとしないことに警鐘を鳴らしていたのだ。
 そんなことをするより、自分を無防備に晒して肩を組んで歩く方が楽だというのに。

 今さら気付くことの愚かしさに己を恨みたくもなったが、
 それ以上にこうして歩いているという実感が舞の靄を晴らし、すっきりとした気分にさせている。
 だからこれでいいのだと、舞は結論付けて鏡の自分を見据えた。

 そこにいる己の姿は決して祝福されるべき存在ではない。神様がいるのだとすれば、最も程遠い存在には違いない。
 だとしても、と舞は思う。未来が絶望だとは限らないし、絶望だと感じるかどうかも定まってはいない。
 何よりも自分の眼は、無限に遠くとも希望を見つめていた。自分達の目指す幸福という名の希望を。
 その幸福の中に、是非往人もいて欲しい。最後にそんなことを考えて、舞は洗面所を後にした。

「よー少女まいまい。初体験はどうだったかな?」

 廊下で待っていたのは数十分も舞の脇腹をくすぐったりその他諸々をしていた麻亜子であった。
 すれちがいざまにチョップという名の手刀をかまし、黙って荷物を回収する。
 麻亜子もこの通り元気になった。そこで二人は往人に合流しようということで結論を見たのだ。

 こんななりだが、麻亜子は舞より年上であるらしい。
 本人はじゅうよんさいだとか言っているが、ささらの先輩なら自分より年上だ。
 それにしては幼い外見だと思いながら必要な武器を身につけていく。

「反応が悪いなぁ。そんなんじゃ夫婦漫才は出来ぬぞー」
「……」

 すたすたすた。

 ぽかっ。

「が、がお、何するかなー」
「余計なこと言い過ぎ」
「なんだよー、人生の先輩として女の手ほどきをだな……」
「じゅうよんさいじゃなかったの」
「実年齢と人生経験に因果関係はないのだよ明智クン」

 意味もなく胸を逸らす麻亜子に付き合いきれないとばかりに舞はデイパックを背中にかけ、身支度を整えた。
 そのまま麻亜子を待つ。反応が返ってこなくなったと認識した麻亜子はこれ見よがしに溜息をつき、大袈裟に嘆息する。

「ああなんということでしょう。あたしゃこの子をこんな子に育てた覚えはないよ、よよよ」

 そして泣き崩れるふりをする。目が覚めてからというもの一事が万事この調子である。
 目覚めたときの儚く、今にも押し潰されそうだった麻亜子と同一人物だとは思えない。
 素なのか、演技なのか。或いは安心してふざけられるほど自分は信頼されているということなのだろうか。

 よく分からない。まるで掴みどころがない、と舞は考えて、
 そういえば相沢祐一が自分に対して同じようなことを言ったのを思い出した。
 無論麻亜子とは違う種類の掴みどころのなさなのだろう。祐一曰く天然、らしいがこれもよく分からない。
 分かるのは、自分も麻亜子も変人らしいのだということだった。

「……むぅ。チミからリアクションを取るには相当苦労しそうだな。しょーがない、今回は諦めて書を捨てに町へ出るとしますか」

 ふと見ると、既に麻亜子は準備を整えていた。
 いつの間に、と麻亜子の抜け目のなさに驚き、また彼女の目が鋭さを帯びた真剣なものに変貌していることにドキリとする。
 呆気に取られる舞を見た麻亜子は、ようやく満足したようにニヤリと笑った。

「こーいうのなら、得意なんだけどさ」

 ボウガンを肩に掲げ、こちらに向き直った麻亜子はやはり年上だと思わせる風格があった。
 自然と表情が引き締まり、日本刀の鞘を握る力が大きくなる。

「さて、行きましょうかね」

 麻亜子が玄関の扉に手をかけようとしたところで、先に扉がガラガラと開いた。
 侵入者か!? 咄嗟に刀に手を掛けた舞だったが、直後の一言がそれをかき消した。

「俺だ! 今戻った」
「あや、鉢合わせ」
「……こりゃまた」
「二人……誰?」

 荷物まみれの往人。刀を抜きかけた舞。ボウガンを向ける麻亜子。後ろで含みありげに唸る宗一。そして風子。
 合流は、実に奇妙な形となった。

     *     *     *

「ということで、こいつは動けない」
「おーよく寝てるね。ほれほれ」
「まーりゃん、悪戯しない」
「はいはい分かってますってば……それで、そっちのあんちゃんは?」
「見た目小学生の奴にあんちゃんとか言われると腹が立つな」
「小学生じゃねーっ! アイドルなんだぞ、美少女なんだぞー!」

「……こんな奴だっけか」
「こういうキャラ」

「そこ! あたしのキャラを誤解しないで頂きたい。いいかねあたしは」
「まあ話の腰を折るのはそこまでにして、だ。俺は山頂の火事があった場所に向かってたんだが、国崎さんと会ってな」
「荷物運びをしてもらった」
「やーい、パシリー」
「道中、山頂で何があったのかは大方国崎さんから聞いた」
「あ、無視っすか」
「伊吹の話だから実際俺は見ていないが……何人かが戦っているかもしれん。ただ、伊吹の知り合いは全滅した」
「……往人も、知り合いだった?」
「ああ、とは言っても顔合わせしかしていないが……だが、あいつらを助けられなかったのは事実だ」

「それで、だ。調査と殺しあってる奴らを倒すという意味で伊吹をお前らに預けて、俺達でまた山頂に向かう手はずだ」
「伊吹が逃げ出したころにはもう戦いも佳境だと考えていい。
 だからもういないかもしれないが、用心に越したことはない。装備を整えてから再出発するつもりだった」
「確かに、荷物が多すぎるねぇ」
「まるで武器庫」
「こっちとしては好都合だがな。だがとにかく早く準備は済ませたい。俺は今まで通りの武器でいい。那須はどうする」
「貰っていいのか? だったら……ナイフ二本だな。本当ならファイブセブンの弾が欲しかったが、まあ普通ないしな」
「サブマシンガンは使わないのかい?」
「好みじゃない。そっちこそどうなんだ」
「あたしはそういう柄じゃないしねえ……小柄だし?」
「私は銃は撃てない……それよりは、まだ白兵戦の方が得意」
「グレランは……まあ、雨だから使い辛いな。結局のところ遊撃する分には拳銃とナイフの組み合わせが一番なんだよな。
 保険でショットガンは持ってるが」
「詳しそうだね、那須くんや。ガンオタク?」
「いや軍事オタクかな、この場合」
「後はここに誰が残るか、だな。最低でも伊吹を守るために一人は……」

「――必要ないです」

 一通りの話し合いが終わり、ここに誰を守りに残すかの相談が始まろうとしたとき、のそりと起き上がる気配があった。
 全員がぎょっとして振り返る。そこにはまだ疲れの色も濃い風子の表情があった。
 ただその目は生気に溢れかえっており、ギラギラとした確かな意思がそこにある。
 いつから起きていたのだ、と誰が尋ねる間もなく風子は続ける。

「ここが正念場のはずです。悪い人たちをやっつけるチャンスのはずです。
 風子に構っている時間はないはずです。……違いますか?」

 たどたどしい言葉で、それでも風子は自分の意思を伝える。
 仇を討ってほしいという願いと、役に立たない自分に構わないで欲しいという、弱気で切実な気持ちだった。
 それは逃げ続け、今も集団の中で自分の必要性を見出せないでいる風子という少女の心情を表しているかのようだった。

 往人のみならず、ここまで面識がなかった舞や麻亜子、宗一でさえ風子にものを言うのは躊躇われた。
 それほどまでに風子が味わい続けてきた悔しさは誰の目にも明らかだったし、
 自分自身がちっぽけでしかないことはこの場の誰もが知り抜いていた。だから風子の言葉に反対できるわけがなかった。

「……それで、いいんだな?」
「はい」

 ようやく搾り出された往人の声にも、明朗な声で風子は応じた。
 何の躊躇もない返事がかえって自分自身の無力を自覚しているようで、往人は思わず言葉を続けた。

「必ず戻る。それまでしっかり留守番してろ」
「風子、子供じゃないです」

 そこでようやく、風子が苦笑した。けれどもその笑いは力がない。
 生きるしかない。自分の生をそのようにしか捉えていないかのようで。
 往人は人形劇を披露したい気持ちに駆られる。こんな笑い方をしてはいけない。
 その思いが突き上げ、パン人形を取り出そうとする。が、その前に舞がやさしく風子の頭に手を乗せた。

「あなたは弱い。逃げ出すしかなかったのなら、あなたは弱いのかもしれない。
 ――でも、無力じゃない。それは分かって欲しい」

 無力じゃない、という言葉に風子の瞳が揺れ、一瞬困惑したような表情を見せるが、すぐにぷいっと顔を背けた。
 頭を撫でられたことに照れただけなのか、それとも風子の内面に化学反応を引き起こしたのか。
 往人には分からなかったが、舞の言葉に重みがあることは理解していた。

 友達も親友も助けられず、みすみす見殺しにしてしまい、その果てに自殺しようとした舞は、弱いとも言える。
 往人だってそうだし、麻亜子にしても同じだった。
 だが、誰一人どうにも出来なかったわけじゃない。往人は舞を、舞は麻亜子を。
 弱いながらも、それでも手を引っ張り、肩を互いに組んで進み続けている。

 ならばきっとそれは、無力ではないということだ。
 麻亜子も口を挟まず、黙って風子を見つめていた。舞の言葉を噛み締めるようにして。

「……その通りだ。ひとは、いくらでも強くなれるし考えだって変えられる。
 無力だったら、それだって出来やしないさ。お前は違うだろ?」

 麻亜子や往人の代わりに、宗一が言った。自分達を総括する言葉に、不思議な確信が持てる。
 俺達は先へ進めるんだ、そんな確信を。

「俺の大切な奴もそうだしな。あいつだって弱いままじゃない。今、あいつも踏ん張ってる」

 だからこっちも踏ん張ろう。宗一の言葉に風子は黙って頷いた。
 ぎゅっ、と拳を握り締めて。

「それじゃ、行くか」

 今人形劇をする必要がなくなったことに安心と残念な気持ちの両方を得ながら往人は全員を促した。
 それぞれが頷き、各々の持ち物を持って往人についてくる。
 風子は壁にもたれかかったまま目を閉じ、静かに呼吸を繰り返している。
 気持ちを整理しているのかもしれないと思いながら、改めて玄関で靴を履いたとき、ぽつりと呟く声があった。

「いってらっしゃい、です」

 別れを告げる声ではなく、帰ってきてくれることを願う声だった。
 往人達が振り向くと、風子は不自然に顔を逸らし、あらぬ方向を向いていた。
 顔を見合わせ、互いに苦笑した。この場の誰もが巣立ったばかりの雛鳥で、まだまだこれからだった。

「ああ」

 全員が短く答え、目指す山の頂へと向けて飛び出していった。




【時間:2日目午後21時30分頃】
【場所:F−3・民家】

川澄舞
【所持品:日本刀・投げナイフ(残:2本)・支給品一式】
【状態:同志を探す。往人に付き従って行動。強く生きていたいと考えている。両手に多少怪我(治療済み。支障は全くない)、肩に浅い切り傷】
【その他:往人に対して強い親近感を抱いている。剣道着を着ている】
その他:舞の持ち物(支給品に携帯食が十数個追加されています。)

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(2/7)、ボウガン(34/36)、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:鎖骨にひびが入っている可能性あり。往人・舞に同行】
【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬5発、パン人形、38口径ダブルアクション式拳銃(コルトガバメントカスタム)(残弾0/10) 予備弾薬57発ホローポイント弾11発、スペツナズナイフの柄、支給品一式(少年、皐月のものを統合)】
【状況:強く生きることを決意。人形劇で誰かを笑わせてあげたいと考えている。ホテル跡に向かう。後に椋の捜索】
【その他:左腕に文字を刻んだ。舞に対して親近感を抱いている(本人に自覚なし)】

伊吹風子
【所持品:サバイバルナイフ、三角帽子、青い宝石(光四個)、グロック19(0/15)、支給品一式】
【状態:泣かないと決意する。全身に細かい傷、及び鈍痛。疲労困憊でしばらく行動不能。民家に残る】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数11/20)、防弾チョッキ、SPAS12ショットガン8/8発、スラッグ弾8発(SPAS12)、投げナイフ2本、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:心機一転。健康】
【目的:渚を何が何でも守る。渚達と共に珊瑚を探し、脱出の計画を練る。ホテル跡方面に移動】

【その他:民家には以下のものが置かれています。
 イングラムM10(0/30)、イングラムの予備マガジン×1、M79グレネードランチャー、炸裂弾×2、火炎弾×9、Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×17、スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、SIG(P232)残弾数(2/7)、仕込み鉄扇、ワルサー P38(0/8)、フライパン】
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