修羅とひとときの安らぎ




「いやー。偶然立ち寄った一軒家にボー●ドがあってよかったー」
朝霧麻亜子(003番)は現在、平瀬村のとある一軒家の風呂場で返り血が付いていた制服を洗っていた。
洗濯機を使うのではなく、桶と洗濯板、そしてお湯による手洗いである。
「これでよーし! 洗い上がり真っ白。後は乾かせば、驚きの柔らかさー!」
血を洗い落とし、まーりゃんは制服をドライヤーで乾かす作業に取り掛かった。
なぜなら今彼女は下着姿だからだ。これではさすがに外に出ても寒い。
……ちなみに羞恥心というものは今の彼女には既に存在していない。したがって、恥ずかしいからではない…………たぶん。

ガチャ…

「むむっ!?」
突然玄関の扉が開く音がしたので、まーりゃんはすぐさまバッグからナイフと鉄扇を取り出し、風呂場の戸を閉めた。

玄関と風呂場のある洗面所は近い。
そのためすぐに人の気配がした。

少し戸を開けて玄関をのぞき見る。
(一人か……それも女の子)
入ってきたのはスケッチブックを持った女の子だった。上月澪(041番)だ。

どうやらここまでなんとか避難してきたようだ。
彼女の顔は未知の恐怖のあまり真っ青に染まっており、体も震えていた。

(――おお、可哀想に。しかたがない。今あたしがその恐怖から解放してあげよう!)
そう思うやいなや、左手でナイフを逆手に、右手に鉄扇を構える。
(まずはナイフで首の動脈を、次に鉄扇で心臓をズドン! よし。それでいこう!)
頭の中で戦闘をシュミレートすると、まーりゃんは風呂場を飛び出した。

「――!」
澪は突然の襲撃に驚きを隠せない。
(だけどもう遅い!)
まーりゃんは自身の勝利を確信した。

――しかし、次の瞬間。予想外の自体が発生した。

「そこまでですよ」
再び玄関の扉が開き、某ニワトリのマークがついた殺虫剤を持った女性が現れた。
そして現れた瞬間、殺虫剤をまーりゃんの顔に噴射した。

「うぎゃー!」
目に殺虫剤がかかり、思わず目を閉じる。
「なにすんのさー! 目元が腫れちゃうじゃ……ぐはー!」
女性の蹴りがまーりゃんの腹にたたき込まれ、まーりゃんは壁ぎわまで吹っ飛ばされる。

「げほ…仲間がいたとは〜……って、うお!?」
起き上がるまーりゃんの眉間に女性は今度は銃を突き付けた。
「チェックメイトです」
女性――水瀬秋子(104番)はにこりと微笑んで言った。



(え〜と…これはいったいどーなっているのだ?)
あの後、まーりゃんは秋子によりバッグごと武器をすべて剥奪され、今は――澪、秋子と一緒に少し早めの夕食をとっていた。
「冷蔵庫の中身もちゃんと用意されていてよかったですね」
『よかったのー』
(………ま。いっか)


「それにしてもさっきの澪ちゃんは見事な演技でしたよ。さすがは演劇部ですね」
『大成功なの!』
澪の開いたスケッチブックにはそう書かれていた。
「まさかあの時の行動はすべてあたしをおびき寄せるための罠だったとは……」
「はい。だってあの時の麻亜子さんの声外まで聞こえてましたから」
『ご機嫌のあまり声が大きくなっていたの』
「くっ…このまーりゃん、最大の不覚…………」
そう言いながらまーりゃんは皿に盛られていた卵焼きを口に運んだ。

ちなみに今のまーりゃんは制服ではなく藍色の着物を着ていた。
これは澪の支給品で、防弾性を供えているらしいが澪ではサイズが合わなかったらしい。
なお、借りる際に「なんであきりゃん(もちろん秋子のこと)が着なかったんだ?」と聞いてみたのだが、
「それは秘密です♪」という答えが返ってきた。

「……だがあきりゃん。これで終わりじゃないぞ。
いずれリベンジしてあたしをここで倒さなかったことを公開させてやるー」
「ふふ…楽しみにしています」
――どういうわけか、秋子はまーりゃんが人を殺すことを止める気はなかった。
そのことはまーりゃんだけでなく澪も気になったが、あえて2人とも聞かなかった。
2人は(きっと秋子は既に誰かを殺しているんだ)と思った。


「さて……あたしはもう行くぞ」
夕暮れ時、まーりゃんは玄関で靴を履くと立ち上がった。
「では麻亜子さん。これはお返ししますね」
そう言って秋子はまーりゃんに彼女のバッグを渡した。
開けると中には基本的な支給品一式と2種類のナイフと鉄扇――それとアイロンがけされた制服が入っていた。
「ありがとう」
「できればあなたとはもう戦いたくはないんですけどね……」
「ふっふっふ。いずれまためぐり合うのだよ。それが私たちの運命なのだから」
「そうですね。この島にいるかぎりは……」
「――ではさらばだあきりゃん。そしてみーりゃん」
「はい。お気をつけて」
『今は一度さよならなの』

まーりゃんは夕焼け空の下、村を駆けた。
が途中、一度足を止めバッグを開けて制服を取り出してみた。
その制服は新品のように綺麗になっていた。
「うん。洗い上がり真っ白。驚きの柔らかさだ……」
しかし、これは洗剤だけで得た美しさではないということをまーりゃんは理解していた。
この制服をここまで綺麗にしてくれた人の顔をまーりゃんはもう一度思い出す。

「……さて、行きますかと」
バッグに制服をしまい、まーりゃんは再び駆け出した。
もう一度修羅の道に飛び込むために……




 朝霧麻亜子
 【状態:健康】
 【所持品:バタフライナイフ、投げナイフ、仕込み鉄扇、制服、ほか支給品一式】
 【状況:着物(防弾性能あり)を着ている。ささら、貴明たちを守るために人を殺す】

 水瀬秋子
 【状態:健康】
 【所持品:IMI ジェリコ941(残弾14発)、包丁、殺虫剤、ほか支給品一式】
 【状況:名雪、祐一たちを探す。澪と行動。澪と出会う以前に何かあったらしい】

 上月澪
 【状態:健康】
 【所持品:フライパン、スケッチブック、ほか支給品一式】
 【状況:浩平、みさきたちを探す。秋子と行動。澪と秋子が出会ったのは2人が平瀬村に来た少し前】

 【時間:一日目5時】
 【場所:F−1】
 【備考】
・秋子の持つ銃はもともとは澪の支給品
・殺虫剤、フライパン、包丁はまーりゃんと戦う前に別の民家で手に入れていたもの
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