メイドロボとして3






場を満たす空気に変化はない。
訴えるマルチの意図を、巳間良祐は理解できないでいた。
巳間は目の前の少女が溢した言葉の意味の解釈を、思いつくことができないでいた。
故に、巳間は縋るようなマルチの声を冷淡なで瞳で一瞥する。
脅しが効いていない、目の前のか弱い少女が想像していたよりもタフだったことに巳間は内心毒づいた。
一度、巳間はマルチから煮え湯を飲まされている。
その件もあり、巳間は油断は禁物だと自身に言い聞かせ、改めて気を引き締めようとする。
マルチが下手に出ているだけでこちらを隙を窺っているという可能性が、巳間の中では沸き上がっていた。
仕掛けれられた罠にかかる程無様なことはないと、巳間は慎重にマルチの出方を窺おうとする。

一方マルチは、自分の言葉に対し何のアクションも返して来ない巳間にどう接すればいいのか、ひたすら困っていた。
巳間の片手は、相変わらず彼のデイバッグに突っ込まれたままである。
いつ彼がその中から武器を取り出し、攻撃してくるか分からない。それはマルチの作られた心にも恐怖を生む。
思えば人を殺すことに躊躇のない人間相手に軽率な行動を取ってしまったと、マルチの中では今更ながらに後悔をしている部分もあった。

しかし、それでも彼が人間であることには他ならない。
マルチのような人工物ではない、生命が宿る存在だった。

だからこその行動でも、あったはずである。
メイドロボという「物」と人という「者」の間に生まれている差は、絶対だった。
その差を巳間が理解していないということを、マルチは想像だにしていなかったのである。

巳間良祐という男は、彼女、マルチを「HM−12型」というシリーズに値する試作機、「HMX−12型」であるロボットだと認識していなかった。
FARGOという閉鎖された施設の中に捕われた巳間は、現実の世界から隔離されている。
その空間は、巳間に流行という言葉を忘れさせた。
巳間は知らない。
メイドロボという名の一般家庭向け作業ロボットが、額は大きいものの庶民が触れ合うことができるレベルにまで浸透しているということを巳間は知らないのだ。
巳間はマルチの苦悩に気づいていない。
人とは違う、生物ではないという事実が与えているマルチの苦しみそのものが何なのか分からないでいた。

「自分」を知らない人間がいるなんてことを、マルチは思ってもいないのである。
根本的なところで、マルチと巳間は噛み合わないでいた。
マルチは気づかない。
そこにマルチは気づかないまま、ぎゅっと拳を握ると沈黙を守り反応を返して来ない巳間に対し、自分の身に起きた出来事を語り始めた。

マルチの独白は、彼女の感情論も中に入りなかなかに長いものになった。
その間巳間は、彼女の言葉に一切の口を挟むことなくただ静かに耳を傾けていた。
理由は簡単である。
マルチがいつ何かを仕掛けてくるかと身構え、緊張の糸を始終張っていたからだ。
だが話したいだけ話したところで、マルチは一息入れると巳間に意見を求めるように彼女もその小さな口を閉じる。
巳間の予想していた奇襲の気配は、一切なかった。

マルチは本当に、ただのお人よしであったということを巳間が理解した所で、特に何かが進展する訳ではない。
むしろ巳間自身は他人の身の上話などに興味ないのだから、彼からすればこのような余興は幾許かの時間を無駄にしたに過ぎなかった。

(……くだらない)

攻撃の意図が含まれない溜息を吐くというだけの巳間の仕草にも、マルチはびくっと首を竦める。
そんなものでさえ巳間を苛立たせるには充分な動作であることを、マルチも分かっていなかった。

「それで、何なんだ」
「え?」
「それがどうしたと、聞いてるんだ」

巳間の刺すような物言いに、マルチはただでさえ小さな肩をさらに縮こませる。
こうしてみれば本当にどこにでもいるか弱い少女に他ならないマルチの姿に、巳間は自分が何に恐れていたのかと馬鹿らしくなってきた。

「他人を、しかもここに着いてからの知人を信じた結果がそれだったというだけだ」
「で、でも皆さんそれまでは本当に仲が良かったんですっ」
「結果はもう出ている。何を言っても、そいつ等が殺し合ったことに変わりはない」

言い切る巳間に、マルチは泣きそうな形で顔を歪ませる。
しかし涙は零さず、マルチはぐっと我慢するように唇を引き締めると再び巳間に視線を合わせた。

「私には……私には何か、できたことがあったと思いますか?」
「それを今言って、何になる」
「わ、私はただ……」
「同じ言葉を繰り返させるな。だから、今更それを言って何になるんだと俺は言っている。
 起きてしまった事柄を置いたまま後悔を引き摺るだけというのは、何も進んでいないと同じことだ。違うと思うか?」

先ほどと打って変わって、巳間は饒舌になっている。
憎憎しげな言葉であるが、やっと成り立った会話を繋ごうとマルチは必死に言葉を探そうとした。
しかしマルチの演算能力では、巳間にうまい答えを返すことが出来ない。
どうするべきかと、あたふたと視線を彷徨わせるマルチの態度に巳間は苛立たしげに舌を打った。

そうして一端視線を外した巳間が次にマルチへと目を向けた時、そこには微かな色の違いが生まれていた。
場の空気が変わるが、それどころではないマルチは気づいていない
一つ小さな溜息をつくと、巳間は再び開いた。

「……お前は、死ぬ恐怖というものが分かるか?」

威圧の意味を含まない巳間の声をマルチが聞いたのは、これが初めてかもしれなかった。
驚きで目を見開いたマルチに対し、巳間は続ける。

「具体的にだ。今正に絶命するだろうという瞬間が、分かるか」
「え、えっと……」

この島で晒されることになる無数の命のことを考えれば、それは想像しない方がおかしいかもしれない。
しかし巳間が言いたいことがそのような「想像の域」ではないことが、マルチも分かったのだろう。
巳間は続ける。

「お前が俺に襲われた時のことなんて、目じゃない。今俺が、こうしてお前に……」

言葉と共に、巳間はデイバッグの中に入れていた手をそっと出した。
握られたベネリM3が視界に入り、ひっと喉を鳴らしたマルチの眉間に巳間は躊躇なく銃口を突きつけた。

「この状態より先だ。俺がトリガーを引く、その瞬間……それをお前は、どう感じる」
「……」
「俺は怖い」

巳間の告白に、マルチの唇が震える。
マルチに向けた銃の照準にずれはないものの、巳間の瞳にはどこか迷いが込められていた。

「不思議なんだ。ここに来てから、俺は焦りにばかり追い立てられている気がする。
 殺らなくては殺られる、そうしていないと落ち着かないくらいに不安定なんだ」
「えっと……」
「ゲームに乗るのを止めた途端、死神が現れる気がするんだ」
「え、はえ??」
「俺だってどうしてこんな気持ちになるのか分からないさ。
 だがそんな予感が尽きないんだ……死ぬわけ、にはいかないんだ」

生にしがみつこうとする姿勢は、誰がとってもおかしくないものである。
巳間だってそうだ。
死にたくないという一心で消えた罪悪感が、巳間に殺戮行為という残虐的な行為に対するモラルを吹き飛ばしている。
ただ巳間はそれが顕著に出てしまっているだけであり、あとは他の参加者が秘めているものと同じものを持っていた。

マルチはそんな巳間の持つ不安に対し、どう返せばよいのかやはり分からないでいた。
考える。何か最善策があるはずだと、マルチは必死に頭を働かせる。

(……しゃべりすぎたな)

あたふたと慌しい動作を繰り返すマルチを、巳間はそんな冷めた目で見つめていた。
つい感情を言葉に表してしまったが、それでも巳間はマルチに対し慈悲という感情を見出そうとはしていない。
巳間の手にしているベネリは、相変わらずマルチの眉間へと向かって伸びていた。

(愚かな奴だ)

トリガーにかけた指を少しでも動かせば、発砲された弾が少女の額を貫くだろう。
崩れた姿勢を正し、巳間は少女の命を奪う決意をした……しかし。
襲った違和感は、巳間が想像だにしないものだたった。

「……っ!」
「はう! 大丈夫ですかっ?!」

突然巳間に走り抜けた激痛は、右足の傷を拠点としていた。
……今は手当てされているものの、それまでの長時間放置してしまった結果であろう。
言うことを聞かない自身の足に、巳間の中で焦りが積もる。

「くそっ、どういうことだ!」
「あ、あの、乱暴に動かしちゃ駄目ですっ」
「触るな!」

自身に向かって伸ばされたマルチの手を、巳間は即座に払いのけた。
しかしそれで崩れたバランスは、巳間を側面に転がそうとする。

「危ないですっ」

横から精一杯という様子が一目で分かる、少女の体が巳間に押し付けられた。
巳間の体重を支えるように、非力な少女は必死な形相で巳間にしがみついている。
先ほどまで、銃を向けられていた相手に対してこれである。
必死になっているマルチの表情が目に入り、呆れが巳間の心中を満たしていく。
それは結果的に、彼の中の闘争本能を削ることになる。

「えっと、あの、私……考えました」

何とか左足に力を込め体勢を整えた巳間の落ち着いた様子を確認した上で、マルチは口を開いた。
至近距離にある巳間の目をしっかりと見据え、その状態で自分の中の結論をこのタイミングで告げる。

「私があなたを、お守りします。
 私はメイドロボですから、人様のお役に立つために存在しているのです」

一体マルチが何を伝えようとしているのか、読めない巳間はぽかんとマルチを見返すことしか出来ない。

「ですから、もう巳間さんが手を染めることはないんです」
「おい……」
「死神さんが来ても、私が巳間さんをお守りしますから……ですからっ!」

ベネリを握ったまま下ろしていた巳間の右手に、マルチの手が重ねられる。
機械である真実を語らせないその柔らかさが、巳間を包む。

「もう人を殺そうとするのを……止めていただけ、ないでしょうか」

訴えかけてくるマルチの瞳の色には、確かな意志が存在していた。
汚れを含まない純粋なそれに、巳間は困惑の色が隠せなかった。

「……お前に、何ができる」

ぽそっと。
長くもない沈黙を破った巳間が、眉間に皺を寄せ深いそうに言葉を放った。

「武器も何も持っていないお前が、俺を守るだと? 笑わせるな」
「はう……」
「殺し合いに乗った連中が押し寄せてきた時、お前は本当にそれに対処できるというのか。できないだろう」
「で、でもお守りします! 何が何でもします、私のできることでしたら、何でも……」
「だから、お前に何ができるのかを聞いている」
「はう〜」

弱々しげなマルチの言葉尻に、もう巳間は苛立ちを感じていなかった。
限界まで大きくなった疑問が、彼の胸中を占めていたからである。

「何で」
「は、はい!」
「何でそこまで、俺のためにしようとするんだ。……俺はお前達を襲った側なんだぞ」

そう。
巳間は、マルチ達を襲った人間だった。
そんな相手に対し、何故ここまで必死になれるかが巳間は不思議で仕方なかった。

「私は……誰かに必要とされないと意味のないものなんです」

過ぎる雄二の言葉、それを消し去ろうと少し頭を振った後マルチはまた話し出す。

「それがメイドロボなんです。
 今私は、メイドロボとしての自分の在り方に疑問を持ち始めました。でも。
 でも、それだけじゃ駄目なんです……それがいけないことかいいことなのか、今の私には判断ができません。
 だからせめて、いつもの私でいたいんです。本当に正しいのは何か、見極める間は」

雄二の前からマルチは逃げ出した。
あそこで狂ってしまった雄二を見放したマルチは、メイドロボという観点で見るならば許される存在ではないだろう。
それでもマルチは雄二を押さえつけることも、諭すこともできない。
メイドロボだからだ。

間違っている人間を救ってあげたいという気持ち、それをどこまで押し通して良いのかの判断がマルチにはできていない。
できない。
雄二の件で負ったマルチの傷は、彼女の感情プログラムにも如実に出てしまっている。

「私はメイドロボですから、人様のお役に立つために存在しているのです。
 お願いです……傍に、傍に置いてください」

マルチの呟きの意味。
その詳細は、やはりこの段階では巳間に伝わっていないだろう。
それでも彼が、再び銃をマルチに向けることは……なかった。




マルチ
【時間:2日目午前6時半過ぎ】
【場所:I−7・民家】
【所持品:救急箱・死神のノート・支給品一式】
【状態:巳間と対峙】

巳間良祐
【時間:2日目午前6時半過ぎ】
【場所:I−7・民家】
【所持品1:89式小銃 弾数数(22/22)と予備弾(30×2)・予備弾(30×2)・支給品一式x3(自身・草壁優季・ユンナ)】
【所持品2:スタングレネード(1/3)ベネリM3 残弾数(1/7)】
【状態:マルチと対峙・右足負傷(治療済み)】
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