BabyFace




がらがらっ

その音に杏は反射的に机の下に身を隠す。
誰かが消防分署の中に入ってきたようだ。
敵なのか味方なのか……出来れば後者であって欲しいところだ。
包丁をぐっと握り締め、そっと息を殺す。

ガチャッ……バタン……。
ガチャッ……バタン……。

ドアの開く音と閉まる音がリズムよく聞こえてくる。
足音がゆっくりと近づくのがわかった。
入るときに確認したこの部屋以外の部屋は3つ。

ガチャッ……バタン……。

3つ目の部屋が閉まった。
……残るはこの部屋だけ。
心臓がけたたましいほどに脈打っているのを必死に押さえる。

「落ち着けあたし……」
乱れた呼吸を整えようと大きく息を吸い込む。
ゆっくりと吐く。
また大きく息を吸い込……んだところで部屋のドアがバタンと開いた。
異を付かれ、全身がビクッと震えた。
身体がドンっと机にぶつかり、その音が静かな部屋に響いた。


衝撃に頭の中が真っ白になる。
(いや……ごめんなさい、助けて、お父さん……お母さん、……朋也!)
いざとなって、自分がこんなに弱い人間だとは思わなかった。
真っ青になって震えるその姿に、普段の凛とした杏の姿はどこにも無かった。
「誰かいるんだね?」
震えていた身体が止まる。
聞き覚えのある声に、杏はおそるおそる顔を覗かせる。
見知った顔がそこにあり、思わず駆け出していた。
「柊さんっ!」
妹の彼氏、そんなことも忘れて思わず抱きついてしまっていた。
止まらない涙。
結局のところ虚勢を張っていただけだった。
学校では恐れられていても、一皮向けば芯の弱い普通の女の子でしかなかった。
勝平がゆっくりと身体を抱きしめてくれた。
(……温かい)

「杏さんは一人なの?諒さんは?」
勝平がポツリと呟いた。
「うん、ずっと一人で隠れてた……諒はわかんない」
零れた涙をぬぐいながら恥ずかしそうに顔を上げる。
「そっか、じゃあ楽だね」
「え?」
「ほら、人が一杯いたら殺すのが大変でしょ?」
いつもと変わらぬ笑みで杏に向けてはにかむ。
変わらないはずなのに、勝平の口から出る言葉がまるで知らない言葉に聞こえた。

杏の泳いだ視線に映ったのは、勝平の袖についた紅いしみ。
いや、良く見ると衣類のあちらこちらにそれは広がっていた。
気が付くと勝平の身体を力の限り跳ねつけていた。
勢い良く勝平の身体が壁に叩きつけられる。
座り込んだまま服を見渡すと杏に向かって、また同じ笑顔で口を開く。
「あぁ、これ?さっき殺した子の血なんだけどね、洗っても全然落ちないんだね。
 杏さん知ってる?人間の脳ってすっごい綺麗なんだよ」
腰をパンパンと叩きながらゆっくりと立ち上がる。
「頭を鉈でこう割ってさ、脳味噌をこう掻き混ぜて……」
勝平の身体がゆっくりと杏に近づき、同じ距離を保ったまま杏は後ずさる。
「杏さんのも見てみたいなぁ……ね!いいよね?」




藤林杏(009)
 【時間:1日目16:00頃】
 【場所:鎌石消防分署】
 【持ち物:ノートパソコン(充電済み)、包丁、辞書×3(英和、和英、国語)】
 【状態:勝平と対峙中、恐怖に固まっている】
柊勝平(081)
 【時間:1日目16:00頃】
 【場所:鎌石消防分署】
 【所持品:手榴弾三つ。首輪。他支給品一式】
 【状態:杏を狙う】
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