「もうそろそろ、でしょうかね」 モニターに映る光点と手元の名簿を見比べながら柔らかそうな椅子に腰掛けている男、 デイビッド・サリンジャーはモニターの少し上にあるデジタル表示された時計を見る。 放送から三時間しか経過していない。だというのに既に死者の数は十人を超えている。 愚か極まりないものだと思いながらも思い通りに事態は進んでいることに笑みを漏らさずにはいられない。 ただひとつサリンジャーには気になることがあった。 この計画における唯一のイレギュラー的存在にして既に鬼籍に入っている男……岸田洋一、が乗りつけてきたものだ。 彼が乗ってきた船は今も尚海岸のとある地点、正確に言うとD−1の海岸に打ち上げられている。 懸念するのはそこだった。もしあの船を修理されでもしたら脱出路が確保されてしまう。 一体どこから奪ってきたのか知らないがあの船は中々に大きく走行距離も長いだろう。 首輪という枷はまだ厳然として存在するし、それを何とかできるであろうただ一人の参加者、姫百合珊瑚も死んでいる。 外せるとは考えがたかったが、それでも不安材料なのには変わりなかった。 しかも最近立て続けに殺し合いを積極的に進めようとする連中が減っている。今しがた数少ない鬼の柳川祐也も死んだ。 比率から言う限りでは状況は殺し合い否定派の方に傾きつつある。もしも連中が結託し、玉砕覚悟で首輪をどうにかできたとしたら? 在り得ないと考えつつもだがしかしと不安要素を絶っておきたいという小心者の性分がサリンジャーを惑わせる。 後の作業を全て作業用アハトノインに任せ、自らは脱出して、という考えはないでもなかった。サリンジャーとて命は惜しい。 だがその結果アハトノインを失い、夢が遠のいてしまうということにもなりかねない。そればかりか命を付け狙われる事さえ在り得る。 篁財閥という後ろ盾を失くせばサリンジャーは所詮何の力も持たぬひとりの人間でしかなく、犯罪者に過ぎない。 自分の今は篁財閥に守られているのであり、だからこそ戦闘用ロボットを作り出していることも、 殺し合いを進めていることも咎められていない。サリンジャーは庇護されているだけに過ぎない。 そう、故にサリンジャーは自らが権力となろうとした。篁財閥を掌握さえしてしまえばそのような小さな罪など取るに足らぬ。 そればかりかこの世の富も名誉も全てが自分の思いのままになろうという日が目の前に来ている。 まだ留まろう。そう思い直して臆病風に吹かれ掛けていた己を叱咤する。 取り合えず現状の問題は岸田洋一が残していったあの置き土産だ。やはりこちらで早々に処分する必要性がある。 たとえ一人にしてもここから逃がすわけにはいかないのだ。この島にいる人間には須らく死んでもらう。 参加者達を煽ってきたのは単に人数減らしのための措置に過ぎないし、願いなど叶えられるわけもない。 篁総帥が生きていればまた話は別だったのかもしれない。 新たなる時代の扉。そう言いながら『幻想世界』について語っていた篁の姿が思い起こされる。 願いの集まる場所とも言っていた。信じられるわけがないし信じるわけにもいかなかったが、篁の入れ込みようは尋常ではなかった。 ひょっとすると、本当にそういう世界があるのかもしれない。噂にはそのようなものを研究していた科学者がいたと聞く。 確か名前は……イチノセ、だったか? 聞き流していたのでよく覚えていない。 まあ今となってはどうでもいい。取り敢えずはここにいる連中の殲滅が全てだ。サリンジャーはそれで考えを締めくくると、 作業している一体のアハトノインに声をかける。 「おい、02を呼べ。任務だと伝えろ」 「了解しました」 抑揚の無い声で答えてアハトノインはマイク越しに02――戦闘用アハトノインの二体目――を呼び出す。 ここ管制室にもエコーのように声が響き渡り、程なくして02が姿を現す。 見た目には作業用のアハトノインと何ら変わりなく、違うところはと言えば脚部に『02』というナンバーが書かれていることくらいだ。 ただその実力は戦闘用に改造されただけあって他のアハトノインとは比べ物にならない。 各種格闘技系のOSをインストール済みであるし、世界各地の銃火器系の用法、及び兵器の運用、 更には米軍の特殊部隊をモデルにして小隊での行動パターンや罠の設置、簡易的な施設の造営ですらこなす。 まさに天才と言える兵士だが、唯一戦闘に関する経験値だけが足りない。スペックが高くとも新兵であるのには人と何ら変わりない。 人と同じく、ロボットもまた完全ではないということか。ため息を腹の底に飲み下しながらサリンジャーは任務の内容を告げる。 「今からある地点にある船を破壊してくるんだ。木っ端微塵に、跡形も残さずにな。データは作業している連中から受け取れ。 武器は任せる。もし島の中の参加者連中と会ったら――殺せ。邪魔にならないなら無視して構わん」 「任務了解しました」 大仰にお辞儀をして、02は作業している連中へと向かい、 今しがた作成したらしいメモリチップをイヤーレシーバーの横にあるスロットへと差し込む。 便利なものだ。ブリーフィングも事前に作成したデータを使ってものの数分で終わる。おまけに忘れない。 これからはそういう時代になるのだろう。少数による精鋭部隊での早期決戦が主流となり、 大部隊を展開し陣形を構築するという時代は既に過去のものになりつつある。 そして新しい時代の先駆となるのが……神の軍隊というわけだ。 恭しく頭を垂れ、しずしずとした足取りで管制室を後にする02。 自動扉が完全に閉まるのを見届けて、サリンジャーはモニターへと視線を戻す。 船が座礁したままの位置にあるとするなら今、その近辺には四名程の人間がいる。距離的に鉢合わせしないとも限らない。 爆破作業なら尚更だ。物音を聞きつけられる可能性は高い。だが02が負ける要素は万に一つもない。 それよりも興味深いのは、以前篁が送り込んだ『ほしのゆめみ』の存在だ。 人間の心を追い求めて作られたロボットがどんな奇跡を生み出すのか――そんなことを言っていた。 篁はHMX17a『イルファ』や『ほしのゆめみ』の方に興味を抱いていた節があった。まるで戦闘能力などなく、 心の慰みでしかないロボット風情に一体何を期待していたのだろうか。 正直なところ、アニミズムにも近い篁の思想は理解したくもなかったし己の設計思想を否定されたかのようで気に入らなかった。 正確には篁は測っていたのかもしれない。心を追い求めたモノとスペックをひたすらに追究したモノ。 どちらが上に立つのか、を見極めていたのかもしれない。ただ篁は『心』とやらにチップを賭けていた、それだけであり、 それがサリンジャーには腹立たしい事だったのだ。 もしアハトノインとほしのゆめみが出会うとするなら――サリンジャーは想像して、嘲笑を浮かべる。 負ける要素などない。まずは一戦を交え、篁に己の思想が正しかったことを証明してやろう。そうなってほしいものだ。 『何より、日本のロボットは気に入らないんですよ……』 日本語ではなく、母国語のドイツ語でサリンジャーは呟く。誰にも聞こえぬように、暗澹として底黒い自らの内を悟られないように。 日本にはロボット開発の技術を学ぶために留学したこともある。日本語はそのとき身につけたものだ。 だが日本の設計思想は何もかもが気に入らない。 実用性も捨て、まるで傾倒するかのように人間らしさとやらを追い求め、不要なものばかり詰め込んでいる。 所詮は紛い物でしかないのに。プログラムでしかないのに、何故あのように称賛されるのかサリンジャーには理解出来なかった。 そればかりか自分の言葉も否定され、「ロボットの心を知れ」などというようなことまで言われた。 ならば理解させてやろう。自分の理論……ロボットの行き着く先は兵器であるという言葉を実証してみせよう。 『神の軍隊でね……分からせてやるよ、黄色い猿ども』 自分を否定した世界を否定し返すために。全てを屈服させるために。 デイビッド・サリンジャーが一つ目の駒を動かす―― 【場所:高天原内部】 【時間:二日目午後:21:00】 デイビッド・サリンジャー 【状態:殺し合いの様子を眺めている。頃合いを見て参加者を殲滅するためにアハトノイン達を会場に送り込む。このゲームの優勝者を出させる気は全くない】 【その他:Mk43L/e(シオマネキ)が稼動できるようになった】 アハトノイン(02) 【状態:D−1地点にある船を完全に破壊しに行く。任務優先で、妨害されない限り参加者には手を出さない】 【装備:不明】 - BACK