コスプレロワイアル






広い作りのパソコンルームは、閑散としていた。
元々言葉数が少ない、一ノ瀬ことみ。
そんな彼女に対しにこにこと笑みは湛えているものの、自分からは口を開こうとしない少年。
睨み合うというより見つめ合う二人の間に、交流といったものは乏しい。

少年はことみの性質を知らないからか、彼女が警戒した上で自分の品定めでもしているのだろうと考えていた。
だから急かすようなことは一切せず、ことみの出方を一方的に待つという姿勢を取っている。
一方ことみはと言うと、勿論そんな深いことを考えているということもなく。
ぽーっとした視線を少年に送りながら、ことみは今更彼が最初に投げかけてきた言葉を胸の中で反芻する。

『やあ、何をしているのかな』

何をしていたか。
手の中にある地図を見据え、ことみは再度頭を捻る。
ほんの少し間を持たせた後ことみは視線を少年の方へ移し、挑発するように手にしていた紙切れをピラピラと振りながら口を開いた。

「気になる?」
「うん、気になる。教えて欲しいな」

少年の即答にも、ことみの能面が崩れることはない。
ただ少年は、やっと頑なであったことみの心が開かれてきたのだろうと理解したらしく、現実に存在していた二人の距離を詰めてきた。
少年が立ちぼうけを受けていたのは、パソコンルームに存在する南方の入り口である。
そこから北方のプリンターが並べられていることみの元へ、まっすぐ進む少年の見た目は軽装であった。
見ると、彼の持ち物の中でも最も目立つだろう強化プラスチックの大盾は、入り口にのドアへと立てかけられ放置されている。
少年はことみの警戒を最小限にすべく、目の前で身を守る道具を一つ手放したのだ。
これも彼の作戦である。
様子を探った上でことみという少女に対し、少年は攻撃性等を見出さなかった。
いたって大人しい、見た目と全く同じ印象を受ける少女。
殺すにしても、容易くこなせる対象である。

そんな少年が、さっさと手を下すことなくここまで遠回りなことをしているのは、現在彼の行っている問い詰めもまた真意の一つだからである。
彼女がこのような場所に引きこもり何をしていたのか、何を得たのか。
少年は、それが気になって仕方なかった。
一ノ瀬ことみという少女の情報を、少年は自身の記憶からではなく外部から得たものとしてそれとなく持っている。
しかし、とある『世界』にて神がかり的な能力を発揮していたと言うことみに、今やその姿は見る影はない。
ことみが聖と二人でいた頃からずっと機会を窺っていた少年に、ことみが気づく様子は一切なかったのだ。

「教えて欲しい?」
「うん。教えて欲しいな」

歩を進めるているとことみからもう一度問いを受けたので、少年はこれにもまた笑みを浮かべにこやかに答えた。
ことみは片手で尚紙をぴらぴらとさせたまま、少年がやって来るのを大人しく待っている。
少年は利き手をポケットにつっこみ、いつでも引き抜けるようにと隠し持っていた拳銃の感触をこっそり確かめている。
緊張感のないことみのぽんやりとした声と、カツカツと響く少年の靴音にはどこか反対の印象を受けるが、彼らの立ち姿こそが正に正反対のものであろう。
そうして二人の距離が二メートル弱と縮まった所で、少年は足を止めた。
笑顔の少年は、そこでことみの出方を待つ。

「あのね、秘密のことなの」
「ふーん?」
「だからね、特別」
「分かった。他の人には言わないよ」

人差し指をそっと口元に運びながら、ことみが口を開く。
可愛らしい少女のないしょ話に、少年は二つ返事で付き合うことを了承した。
と、ここでことみにちょいちょいと手招きをされ、少年は少しだけ首を傾げる。
もう二人の距離は大分近づいているので、これ以上その距離を詰める必要性が少年には分からなかった。
ちょんちょんとことみが自分の耳を指で指したところで、ああ、耳を貸して欲しいのかと少年も理解する。
こんな状況に放り込まれた上で大胆な要求をしてくることみの滑稽さに、最早少年は苦笑いも出さなかった。

「これでいい?」
「オッケーなの」

少しだけ前に出た後片耳を傾ける姿勢を取り、背の低いことみに合わせる形で少年は少しだけ腰を落とす。
ことみもちょこちょこと前に出てきて、少年の耳元に愛らしいぷっくりとした唇を寄せた。
吐息。少女の吐息。
甘い香りを想像させることみのそれが、紡ぐ言葉。少年は静かにそれを待つ。
震える空気、ことみの発する言葉に少年は全神経を傾けた。

「こんな状況で、甘すぎるの」

一瞬何を言われたのか理解できなかったであろう少年の瞳が、見開かれる。
驚愕と同時に少年の体を襲ったのは、焼けるように走りめぐる高圧の電流だった。

「ぐあぁっ?!」

低い呻き声を上げそのまま膝をつく少年から、ことみはぽてぽと距離を取る。
彼女の片手に握られている暗殺用十徳ナイフが仕掛けた攻撃をまともに受けた少年が、立ち上がる気配はない。
しばらくは体の痺れも抜けないだろう。
距離を近づければ近づけるほど、相手の全景も捉えにくくなる。
ことみが起こした大胆な奇襲を、予想できなかった少年の完敗だった。

怯えた様子が皆無であったこと。
あまりにも態度が堂々としていたということ。
確かに『こんな状況』では、あり得ない少女像だった。
それもことみのぽんやりとした外観が成せた虚構であると少年が気づいた時には、全てが遅い。
少年がことみを舐めきった結果がこれだ。
どこにでもいる可愛らしい女学生の皮を被った狸は、そうしてさっさと少年の前から姿を消した。

……残された少年の表情には、微かな笑みが浮かんでいる。
傷つけられたプライドに誇りという概念を持たない彼にとって、この遊戯のレベルが想像以上に高かったという思いだけがそこにはあった。
彼の、この掃除という名目がつきそうな作業に対するやる気自体はそこまで大きくない。
やるべきことはやろうとするが、本来ののらりくらりとした性格故行動も迅速ではないということもあるだろう。
与えられた指名を全うしなくてはいけない義務を抱えているようには到底見えないが、これが少年の性分だ。
その中で、彼の胸の内に一つの炎が生み出される。

(こういうのは、楽しいかな)

レクリエーションに参加する勢いである少年の目は、爛々としていた。
ただの虐殺などに面白みは感じない、必要があるからこなしているだけの状態では飽きが来る。
参加者はまだ多い。引っ掻き回し甲斐は、充分だ。
いまだ自身の四肢はぴくりとも動かないけれど、少年はわくわくする気持ちが抑えられなかった。

そう。
今回は少年の負けだったが、本質的な意味での決着自体はついていない。
この島で行われている殺し合いの勝利条件は、相手の命を奪うことである。

―― ことみの敗因は、この場で少年の命を奪わなかったことだ。

彼女はまだ知らない。
理解していない。
殺さなければ、殺されるというこんな状況を。


          ※ ※ ※


「痛っ!」

襲ってきたのは脇腹に響く激しい痛み、相沢祐一が覚醒したのはそれが原因だった。
続く体を弄られる感触に、祐一は慌てて辺りを見渡そうとする。

「こら、じっとしたまえ」

そんな祐一に向かって注がれたのは、落ち着いた様子の女性の声だ。
声の主、霧島聖は手を休めることなく黙々と作業を続けている。
聖のスムーズな手さばきに思わず目を見張りながらも、祐一はしゃべることを止められない。

「あんた一体……っ!」

寝ていた半身を起こそうとしたことで走る痛み、祐一は思わず小さな呻き声を零す。
見ると上半身が裸の状態である祐一の腹部には、包帯が巻かれていた。
何故このようなことになっているのか、あやふやで靄がかかったような自分の思考回路に祐一は表情を曇らせる。

「安心しろ、出血は多いが傷は深くない。……かなり時間が経ってるな、痕は残るだろうがそれだけだ」
「あ、あぁ」
「何だ。浮かない顔だな」

意識がはっきりしたばかりで状況が読み取れていない祐一には、自身の置かれた立ち位置だって分かるはずもない。
俯き思案顔の祐一を覗き込むよう、体勢を低くしながら聖は気さくに話しかける。
それにより強調されたボリュームのある胸部に一瞬視線をやった後、祐一はあらためて聖と目を合わせた。

「えっと、あんたは……」
「私は霧島聖。医者だ」
「これは、あんたが?」

施された手当てを指差しながら祐一が問うと、聖はそうだと頷き返す。
よくよく考えれば、それはすぐに理解できることであろう。
祐一の体を入念にチェックしていた聖はきっと、彼の傷がこの場所以外のどこかにないか探していたに違いない。
素人とは思えない手さばきに祐一が驚いたのは、ついさっきのことだ。
羽織っている白衣から覗くTシャツは少々胡散臭いものの、彼女が医者だといのは恐らく嘘ではないだろう。

「出血がひどかったから、勝手だとは思うが君の服は処分させてもらった。今連れが代わりの衣服を探しに出ている」
「先生!」
「お、もう戻ってきたみたいだぞ」

それは祐一が寝ていたベッドからもよく見える、廊下に続いているであろう扉の外からかけられた声だった。
ガラッと勢いよく開けられた扉から現れた、祐一と同じ年頃くらいであろう二人の少女の表情は明るい。
活発そうな短髪の少女と、おとなしそうなロングヘアの少女。
敵意を感じさせない雰囲気に、祐一は緊張を覚えることなく彼女等の動向を眺めていた。
一足先にと駆けて来たのは活発そうな少女の方であった。
活発そうな少女は小走りで聖に近づと、自信に満ちた表情で戦利品であろう手に持っていた物を広げる。

「先生、これでどう?」
「うむ、理想的だな。よく見つけてくれた」
「見つけたのは美凪。見本で飾ってあったのよ。何か女子の方はなかったんだけど、男子のはあったからちょうどいいかなって思って」

えっへんと胸を張る少女が手にしているのは、黒をベースに赤のラインが入っている一着のジャケットだった。
デザインからして、制服の類のような独特の印象を受けさせる。
実際それはここ、鎌石村小中学校に飾られていた制服であった。
少女の腕にはジャケットに付属すシャツやネクタイもかけられていたため、どうやらマネキンを裸にして持ち運んできたのだろう。

「ズボンはいらないと思ったんですけど、一応」
「そうか。美凪君もありがとう」
「いえ」

活発そうな少女の後ろからゆっくりと歩いてきた大人しそうな少女が、聖の言葉に対しその細い首を緩く振る。
彼女腕に衣服はかかっているそれが、恐らくそれがズボンなのだろう。
祐一はじっと、そうして活発そうな少女と共に聖の横に並ぶ大人しそうな少女の仕草を眺めていた。
さらさらと揺れる黒髪は、色は違うけれどどこか祐一の幼馴染のヘアスタイルに通じるものがある。
彼の幼なじみも、どちらかというばのんびりとしたタイプだった。
この少女のような上品さは見えないものの、それでも祐一は幼なじみの懐かしい感覚にひたりながら彼女のことを見つめていた。
しばらくしてその視線に気づいたのか、大人しそうな少女が祐一の方へと面を向ける。

「あ、ごめん。何でもない」
「……はい」

少女のか細い声から受ける印象は儚さそのもので、祐一は少し高鳴る胸の鼓動に一人俯き耐えるのだった。

「さて、じゃあ早速着替えたまえ」
「は?」
「いつまでもその格好でいては、風邪を引いてしまうかもしれないだろ」

唐突な聖の言葉に呆気に取られる祐一だが、その間に活発そうな少女が祐一のベッドに向けてジャケット等を放ってくる。
乱暴な仕草にむっとするものの、少女に悪意はないらしく祐一も余計な口出しはしない。
祐一は衣服をかき集め、その中からシャツを引っ張り出し軽く羽織った。

「ズボンです。どうぞ」

ずずっと、大人しそうな少女が手にしたズボンを祐一に差し出す。
きちんと手渡ししてくる少女の礼儀良さは、活発そうな少女に比べることで尚更際立つだろう。
しかし、祐一は足を怪我した訳ではない。
実際ズボンは身に着けているままだったので、祐一は大人しそうな少女に丁重な断りを入れる。

「下はいいよ。別にケガもしてないみたいだからさ。ありがとう」
「……」
「いや、だから」
「ズボンです。どうぞ」

ずずずっと、大人しそうな少女が手にしたズボンを祐一に差し出す。
大人しそうな少女は、見た目に寄らず意外と強引だった。

「一応制服なんだし、上下合わせた方がおしゃれなんじゃない?」
「こんな所でおしゃれなんて追求してもなぁ」
「いいからいいから。っていうか、あたし達いたら着替えにくいわよね。ちょっと出るから、着替え終わったら呼んでよ。ほら先生、美凪も」

活発そうな少女は一通り捲くし立てると、ベッドを隠すための白いカーテンを勢いよく引き祐一の姿を隠す。
活発そうな少女は、見た目通り強引だった。
女性陣に押されっぱなしの祐一は、小さく溜息をつきながら渡された衣服に着替え始めるのだった。





「……会話をしてみた感じでは、危険な印象は受けないな」

祐一が着替えをしているベッドを遮っているカーテンの向こうにて、聖は声を絞りながら話し出す。

「と言っても、君達が戻ってきたのが予想より早くてな。そこまで込み入った事情等はまだ一切聞いていない」
「でも、生き返ってよかった」
「こらこら、別に彼は死んでいた訳じゃないんだぞ」

先ほどまで活発そうだった少女、広瀬真希のとんちんかんに思える呟きに、聖は笑い混じり言葉を返した。
しかし真希の表情は重い。
見た目だけなら出血もひどく、危険に見えた祐一の姿に受けたショックを真希はまだ拭えていないのだろう。

「大事じゃなくて、よかったです」
「そうね。本当に」

与えられたトラウマに気を落とす真希の隣、遠野美凪に変わった様子は見えない。
内心は分からないが、それでも連れである美凪が飄々としているのだ。
これ以上自分も弱気でいてはいられないと、真希は頭を振って気を取り戻そうとする。
彼女も、転んではただで起きない強情者である。
格好悪い姿を美凪に見られてしまったという恥を胸の奥に押し込み、真希は改めて自分に叱咤するのだった。

「あと先生、あたし達はあたし達であいつに聞きたいことがあるの」
「ほう?」
「ほら、北川って奴がいるって話したでしょ。多分ね、あいつ北川と同じ学校通ってるわ」
「制服、同じなんです」

二人の証言に聖は目を丸くする。
そのような可能性が頭になかった聖からすれば、まさかの繋がりだった。

「もしかしたら、あいつ北川の知り合いかもしれない。そのことでちょっと話してみたいかなって」
「そうか。ぜひそれは話してみて欲しいな」
「……北川が探していたのがあいつだったら、別れなくてもよかったのに」

ぽそっと漏れた真希の言葉に、聖が気づいた様子はない。
彼女の不安は、同じように美凪の中にもあるだろう。
彼女等の仲間であった北川潤は、親友が殺し合いに乗るかもしれずそれを止めたいと語り二人から離れていった。
実際それは潤がジョーカーとして行動を開始するための虚言だったのだが、真希も美凪も気づくはずなどない。
せめて潤から彼が探している相手の名前だけでも聞いておけばよかったと後悔する真希だが、それも今更の事である。

「彼の傷は、かなり時間が経っているものだ。恐らく彼を攻撃した人物もとっくに離脱をしている可能性はあるが……やはり、ことみ君を一人にしてきたのは気になるな」
「なら先生、あたし達が行ってくるけど」
「いや、何だかことみ君も思いつめていた様子でな。危険であることは違いないが、少し一人にしてやりたいという思いもある」
「あのふてぶてしいのが?!」

また好き嫌いの問題ではなく、真希とことみは何かと剃りの合わない場面が多い。
つっこみに定評のある真希だが、美凪の上を行く独自の世界観をもつことみには多少なりとも苦手意識があるのかもしれなかった。
そんなマイペースな面の強いことみが思いつめていると聞き、真希も思わず声を上げる。
想像できないのだろう、眉を寄せる真希に苦笑いを溢しながら聖は話を続けた。

「それで君達が嫌じゃなければなんだが、彼が安全そうである場合ぜひ灯台まで行くのに同行して貰いたいと思っている。彼が他に何か目的を持っていない場合、だが」
「別にあたし達はどうでもいいわよ」
「えぇ、先生にお任せします」

聖は今回の祐一との遭遇で、危険な争いが起きているという事実を改めて自覚していた。
これから血生臭い事に巻き込まれた場合、女だけでのコミュニティでは圧倒的に不利だという思いが強いようである。

「まあ彼は怪我人だから、前線で争わせたりすることはしない。だが精神面で男がいるかどうかは、大分変わるだろうからな。それにいるだけでも、はったりくらいにはなるだろう」

女だけのグループでは、舐められる対象として格好の的になってしまう。
そういう意味で、聖は男手を欲しがっているのだ。
実際真希も美凪も、聖の言い分に反対する考えなど一切浮かんでいなかった。

「いざという時、君達はまず自分の安全を考えてくれて構わない。万が一の場合は、私が動く」

続けられた聖の言葉は、重い。
鋭い聖の強面に含まれた覚悟に、真希が小さく息を飲んだ。
それぐらいの迫力が今の聖にはある。
逃げも隠れもしないといったその雰囲気は頼もしいが、それでも危険なことに巻き込まれないのが一番であろう。

「……このまま、何事もなければいいんだけどね」

ぽつりと漏れた真希の言葉に、答える者はいない。
誰もが思う、当たり前の願いである。
しかしそれが実現するかは、行われた死者発表の放送にて呼ばれた人数の量から計る確立だ。
叶うことが難しい願望に縋っていては、前に進むことはできない。
聖の心はもう決まっていた。
生き残ること。
そしてこの島から脱出するということ。
亡くなった妹のことが気にならない訳ではないが、それでも今聖の傍にはか弱い少女達が集まってしまっている。
皆、聖の妹とは同年代であろう。
せめてこの子達は欠かさず救ってあげたいという思いが、今聖を突き動かしている原動力だった。

「着替え終わったぞ」
「ああ、今行こう」

会話が止まり気まずいとも呼べる空気が流れていたので、祐一からかけられた声は聖達にとって本当に良いタイミングだった。
暗い雰囲気を掻き消し、三人は再びカーテンの向こう側へと戻る。
カーテンを開け隠されていたベッドスペースを曝け出すと、そこには少し気恥ずかしそうに襟元のネクタイを弄っている祐一の姿があった。

「よく似合ってるぞ、少年。サイズはちょうどいいみたいだな」
「男前度が上がったんじゃない?」
「ぽっ」

上下きちんと制服を着込んだことから、祐一の印象も大分変わったかもしれない。
鏡がないため今自分がどのような格好になっているのか祐一自身は分からが、それでも似合っていると言われれば気分はよくなるものである。
頬を掻く祐一の満更でもない表情に頃合所かと、聖は改めてベッドに腰掛けるよう祐一に勧めた。
自分は脇に添えられた椅子に座り、聖は本題を口に出す。

「じゃあ、君の事情でも聞かせてもらいたいと思う。その怪我を負った時のこと、覚えているか?」
「あ、あぁ……」

走る緊張感に、聖の後ろで待機する二人の少女も口を噤む。
訪れた静寂は、祐一に早く口を開けと催促しているようにも見えた。
ごくっと一つ息を吐き、祐一はあの場面を思い出そうとする。
オロボロの少女のこと。共にここ、鎌石村小中学校に訪れた仲間達のこと。

(そう言えば、神尾達は……)

そうして甦った状況は、今祐一がこんな所で呑気に休んでいる場合ではないと告げていた。
さーっと血の気が引いていくのを感じながら、祐一は困惑を振り払おうと頭の整理を尚しだす。
焦ってはいけないと自身に言い聞かせながら、震える唇を祐一が動かそうとした。
その時である。

「……誰だっ!」

突然の聖の怒声に肩を竦める一同、祐一も思わず口を噤んだ。
聖の変容は一瞬で、何が起きたか理解できていないメンバーは戸惑うしかない。
聖の目線は、先ほども真希と美凪が入ってきた廊下に繋がる扉に伸びている。
誰かそこにいるという確信は聖以外持っていないようで、真希も美凪もお互いの顔を見合わせながら不安そうに聖の出方を待つしかない。
少しの間の後開け放たれた扉を見つめながら、聖は素早く自身へ支給品されたたベアークローを装着した。

「ことみちゃん」

緊張の糸が、切れる。
扉に手をかけながら保健室の中に足を踏み入れてきた少女の声で、聖の殺気は掻き消された。
真希も美凪もほっと息を吐いていることから、祐一は少女が彼女等の知り合いであると予測付ける。

「ことみ君、もういいのか?」

少女は頷き、ぽてぽてとそのまま聖の元へと近づいていった。
少女を笑顔で迎える彼女等の中、祐一は一人ポツンと残される。

「紹介しよう、一ノ瀬ことみ君だ。彼女で私達のグループは全員になる」
「あ、あぁ」
「ひらがなみっつで、ことみちゃん」
「よろしく……」

ことみのマイペースに拍車をかけたしゃべり方に押されながら、祐一も小さく頭を下げる。

「ねえ。何か分かったこととかあるの?」
「はい、これ」
「地図?」

真希に話しかけられ先ほどのプリントアウトされた地図を手渡すと、ことみは聖に向き合う。
落ち着いた様子に外傷も見当たらないことみに、聖は心底ほっとしていた。
別れ際のことがあったのが原因だろう。
とにかく無事でいてくれたということで、聖は気さくにことみの頭に手を伸ばしながら話しかける。

「良かった。何もなかったようだな」
「そんなことないの、ピンチだったの」

声のトーンが変わらないせいか、真剣に聞こえないことみのことばに聖が眉を寄せる。
しかしその疑いは、聖の過ちだった。
それからかくかくしかじかと語れたことみの出来事に、緩んでいた聖の頬は一瞬で引き締められた。

「……おい、ことみ君」
「?」
「君が撃退したというその少年のことだが……具体的に、彼は君に何もしていないということでいいんだな」

こくりと頷くことみに、聖は大きな溜息を吐く。
聖達が出てから、一人の少年に出会ったということ。
それを撃退したということ。
怪しいと思える人間、しかも男が相手では仕方のない反応かもしれないが、これではことみが容赦なく相手に襲い掛かったようなものであった。
その少年を放っておく訳にも行かないだろうと頭を抱えそうになる聖だが、次のことみの言葉でまた顔色が変わる。

「臭いがしたの」
「何だって?」
「血の臭い。絶対消せないくらい、濃かったの」

困ったように、ことみは少し眉を寄せていた。
あれだけ少年と近づいたから気づくことが出来たのかもしれない、自身の嗅覚が確かに捕らえた生々しいものの正体にことみはそっと目を伏せる。
ぽかんと。
ぽかんとしている聖は、ことみの言葉をすぐには理解できなかったのだろう。
しかしそれも、一瞬のことである。
徐々に強張っていく聖の形相、俯くことみはそれに気づかない。
印の入った地図を見ながら話している真希と美凪も、気づかない。
祐一だけが。
遠目から聖とことみの様子を覗いていた祐一だけが、聖の変化に気づいていた。
体を震わせながら拳まで固めだした聖が、いきなり力の限りといった様子で真横にあった壁を殴りつける。

「そういうことは、先に言ってくれたまえ!!」

決して大きくはない聖の声に混じっている苦さは、そのまま保健室の中に染み渡った。
騒ぎだすことはないが明らかに変貌した聖の様子に、地図に見入っていた真希と美凪も驚き振り返る。
祐一も、奥で一人体を硬くしてた。
聖の感じる激情の意味が思いつかないのか、ことみだけがきょとんと首を傾げている。
はぁ、と大きく溜息をつく聖に、何も分かっていないことみは裏のない労いの言葉をかけた。

「せんせ。おつかれさま?」
「そうだな、ここに来て今が一番疲れた瞬間かもしれないぞ……」

聖が整理しなければいけない情報は、山ほどある。
ことみが撃退した少年のこと。
放置している、保健室のベッドに腰掛けさせたままの祐一のこと。
そういえば、聖はことみがパソコンルームで上げた戦果についても一切の情報を得ていなかった。

(何から片付けろと言うんだ……)

時間に余裕があれば、聖もそうして悩み続けることができただろう。
しかし、彼女にそんな猶予が与えられることはない。

―― 廊下が、鳴る。

距離は遠いだろうが、確かな一定のリズムに気づき聖は思わずはっとなった。
それが人間の奏でる足音だと理解できた時、聖の背中に嫌な予感が走り抜ける。
装着したままである聖のベアークローが小刻みに震える様、その様子が視界に入ったらしいことみは不思議そうに首を傾げるだけだった。




一ノ瀬ことみ
【時間:2日目午前7時30分】
【場所:D−6・鎌石小中学校・一階・保健室】
【持ち物:主催側のデータから得た印付の地図、毒針、吹き矢、高圧電流などを兼ね備えた暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯、お米券×1】
【状態:聖に注目】

霧島聖
【時間:2日目午前午前7時30分】
【場所:D−6・鎌石小中学校・一階・保健室】
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式、乾パン、カロリーメイト数個】
【状態:困惑】

広瀬真希
【時間:2日目午前午前7時30分】
【場所:D−6・鎌石小中学校・一階・保健室】
【持ち物:消防斧、防弾性割烹着&頭巾、スリッパ、水・食料、支給品一式、携帯電話、お米券×2 和の食材セット4/10】
【状況:聖に注目】

遠野美凪
【時間:2日目午前7時30分】
【場所:D−6・鎌石小中学校・一階・保健室】
【持ち物:消防署の包丁、防弾性割烹着&頭巾 水・食料、支給品一式(様々な書き込みのある地図入り)、特性バターロール×3 お米券数十枚 玉ねぎハンバーグ】
【状況:聖に注目】

相沢祐一
【時間:2日目午前7時30分】
【場所:D−6・鎌石小中学校・一階・保健室】
【所持品:S&W M19(銃弾数4/6)・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:鎌石中学校制服着用(リトルバスターズの男子制服風)、腹部刺し傷あり(治療済み)】
【備考:聖に注目・勝平から繰り返された世界の話を聞いている】

少年
【時間:2日目午前7時15分】
【場所:D−6・鎌石小中学校・二階、パソコンルーム】
【持ち物1:強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)、注射器(H173)×19、MG3(残り17発)】
【持ち物2:支給品一式、レーション2つ、グロック19(15/15)・予備弾丸12発。】
【状況:麻痺・効率良く参加者を皆殺しにする】
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