十一時四十分(3)/偶然がいくつも重なり合って






 
それは、幼い顔である。
ゆっくりと目を開けた川澄舞の視界を満たした光が、瞳孔の引き絞られるに従って薄れていく。
代わりに映ったのは、まだ幼さを残した年頃の少女の、能面の如き無表情であった。
襤褸切れのような服を纏い、血と泥とに汚れた姿には見る影もないが、かつてはその美しさを
可憐と称えられもしただろうと思わせる、儚げな面立ちである。
だがその整った顔立ちには、致命的なまでに均衡を崩す大きな瑕疵があった。
左の眼である。
ざっくりと裂けた瞼の下、一見して視力など存在しないとわかる白く濁った眼球が、
少女の容貌の中で異彩を放っていた。

「―――」

己を覗き込むその隻眼を見返した舞の脳裏に去来したのは、寂莫たる荒野である。
花は咲かず、草木の緑に潤うこともない、荒涼たる原野。
間断なく吹き荒ぶ風と凍てつく夜の寒さが彷徨う者の命を削り取っていく、道なき道。
そう感じるほどに、少女の瞳は乾いていた。

「貴女は……私の敵ですか」

寂莫たる少女の、そこだけが艶かしい桃色をした薄い唇が動き、言葉を生じる。
それが問いであると、舞が認識するまでに僅かな時を要した。

「……わからない」

回らぬ舌と、ぼんやりとした脳とが素直な答えを返す。
それは実に数時間を経て放たれた、川澄舞の声であった。
言語が意識を構築し、意識が記憶を展開する。
脳が現状の認識に務め始めたのを感じる舞を一瞥し、少女が頷く。

「そう……ですか」

素っ気無く呟くと、興味を失ったように視線を離す。
目を逸らしたまま、言葉を続けた。

「柏木の他で……女性の鬼を見たのは、初めてだったから」
「……鬼?」
「その、腕」

短い答えに、ゆっくりと身を起こした舞が、己が腕に視線を落とす。
そうして初めて、自らの身体に生じた異変とも呼ぶべき変化に気がついた。

「これ……」

左腕、その肘から先が手首を越えて指先まで、黒く変色している。
まるで酷く焼け焦げた痕のようであったが、しかし思わず握った手の動きにおかしなところはない。
触覚も生きていた。ざらざらと罅割れた鱗状の皮膚を通して、微かな風の冷たさを感じることもできる。

「鬼の、手……」
「……はい。爪も……」
「爪……?」

呟いて、意識した途端に変化が現れた。
変色した左手の指先から、撥条仕掛けでもあるかのように何か鋭いものが飛び出したのである。
どくり、と脈打つ血の流れをそのまま固めたような、深い紅。
刃の如き鋭利を誇る、それは獣とも人とも違う、五本の爪。
指の動きに合わせてゆらりと揺れる深紅の刃を見ている内に、ぞくりと怖気が走る。
惹き込まれるような、妖艶の美。
畏れに近い感情は、本能であっただろうか。
刹那、刃の如き爪はするりと縮まり、指先に収まった。
が、怖気は続いている。

「……寒い」

気付けば、一糸纏わぬ姿であった。
着込んでいたはずの制服はどこに置いてきたものか。
慌てて剥き出しの乳房や下の翳りを隠すような、乙女じみた恥じらいなど持ち合わせてはいなかったが、
しかしそれなりの気恥ずかしさと、何より肌寒さが厄介だった。
天頂に近い陽光をもってしても、吹き抜ける風の強さには敵わない。
ぶるり、と震えたその拍子に、新たな変化が訪れた。

「毛皮……?」

訝しげに呟いたのは傍らに立つ少女である。
言葉の通り、瞬く間に舞の身体を包んでいたのは、白い毛並みであった。
胸と腹、背から膝上までを、白く長い体毛が覆い尽くしている。
指先でそっと撫でれば絡まることもなくふさふさとしているが、一本づつを摘めば驚くほどに太く、
そして針金のように強い感触を返してくる。

「髪と……同じ色」

言われて、気付く。
胸元に垂れ落ちる横髪の先は、生え揃った体毛に溶け込むように、白い。
さら、と首を打ち振るうと、纏めていたリボンもなくなっているようで、背中まで伸びた長い髪が流れる。
指で掬えば、真新しい絹糸の束のように、白く細く、陽光を反射して煌いた。

「……」

まとまらぬ頭で考える。
服はなく、髪の色は失われ、身体には奇妙な変化が現れている。
記憶はない。
憶えているのは、夜明けの森に降りしきる雨の冷たさ。
鬼と呼ぶに相応しい漆黒の巨躯と、二体の魔獣。
打ち込んだ刀の堅い手応えと、燃え上がる焔の色と、小さな哀願。
そういえば、と舞は思う。
黒く染まったこの左手は、あの鬼との闘いの最中に自ら切り落としたのではなかったか。
幾つも負っていた筈の深い傷も、痛みと共に消え去っている。
してみれば、はて意識を喪っている間に、この身体に全体、何があったのだろうか。

目を閉じる。
一時的に訪れた闇の中、記憶を遡ろうと己が内側に向けて目を凝らした。
何も、見えぬ。
無明の闇はしかし、静謐を意味しない。
闇を泳ぐ舞の意識を押し潰さんばかりの音が、四方八方から響いている。
音は、連なりである。
雫ともいうべき小さな音の断片が、幾つも連なって細い糸の如く列を成す。
糸は縒り合わさってせせらぎとなり、せせらぎが集まって流れを作る。
幾つもの流れはやがて溶け合って川となり、瀑布となり、大河となって渦を巻く。
音の渦が壁となって、無限の連なりの中で闇を圧迫する。
川澄舞の内側を支配する音は、元を辿れば小さな断片であった。
音の奔流に流され、押し潰されながら、舞は砕けた波濤の飛沫をその手に掴む。
掴んで引き寄せ、耳元に当てた。
流れ出す音に、意味は感じられぬ。
感じられぬ音を捨て、新たな飛沫を掴み取って、幾つも幾つも、耳に押し当てた。
そうする内、言葉が、響いた。


 ―――ずっと、ずっと待ってるから。だから、さよなら。

 ―――ありがとうよ。

 ―――君は、生きたいか?


目を、開けた。
言葉の断片は、掴んだ傍から崩れていって、記憶の手掛かりとなり得ない。
断片を嵌める額縁は広すぎて、幾つの欠片を集めても、全体像は掴めない。
掴めぬまま繋ぎ合わせた不恰好な絵柄は、到底記憶と呼べる過去には届かない。
しかし思い返す内、気付いたこともある。
それは、川澄舞が如何にして鬼と相食むが如き闘いに臨んだかという、その理由であった。
死という喪失を否定し、命を取り戻す為の道程。
それを齎す四つの宝重を手にすべく歩み出したのが、そもそもの始まりであった。
そして今、記憶は辿れぬが宝の半分は文字通り、舞の手の中にあった。
即ち鬼の手と、白虎の毛皮である。

依然、何も判らぬ。
判らぬは目を逸らすが川澄舞という人間の性分であったが、しかしぼんやりとした意識の中、
漠然とした理解はあった。
生きたいかと問われ、応じた。問い手は知れぬ。
応じた声の、誰に届いたものかは知れぬ。
しかしその結果として命と力と、即ち今という時間を生きる川澄舞が存在する。
志半ばにして倒れながらも今こうして生きている、それこそが自身であるならば、
この鬼の手も白い毛並みも、道は知れずとも川澄舞という存在の一であろう。
言葉にすれば、そういう認識である。
ならば、立たねばならぬ。
立って残りの宝を探し出し、その手に掴んで帰らねばならぬ。
そうして立ち上がろうとした刹那、不意に声が響いた。


 ―――帰って、取り戻すんだ。帰って、笑うんだ。帰って、私たちは、


それは、耳朶を震わせる声ではない。
それは舞の内側、闇と音とに包まれて探り得ぬ薄暗いどこかから響く、そんな声であった。
くらりと、目が眩む。
眩んだ拍子に手をついた、その眼前に何かがあった。
風に吹かれて僅かに転がり、小さく硬い音を立てる、陽光を反射して輝く何か。
それはまるで子供の遊ぶ硝子玉のような、透き通った、丸い珠である。

「―――」

視線が、吸い込まれる。
掌に収まるほどの大きさをした、珠。
得体は知れない。
しかし、不思議と目を離すことは許されぬような、そんな感覚が舞を支配していた。
手に取って見ようと差し出した指の先、吹いた風に押されて珠が転がった。
追うように、手を伸ばす。

「……?」

伸ばした手の先、珠の転がった先に、光があった。
黄金色の光。
そんな光に包まれて、何かが珠に向けて伸びている。
目を凝らして、ほんの僅かに考えて、それが指であると気付く。
己のものではない、誰かの指。
よく見れば、指が光に包まれているのではない。
陽光に照らされて眩しく光る黄金色の手甲を、その手は纏っていたのだった。
珠に向かって伸ばされた黄金の手甲をした指は、ぴくりとも動かない。
指の先には、腕がなかった。
否、腕と呼べるものは、そこになかった。
代わりにあったのは、かつて腕であっただろう、何かである。
黄金の鎧と交じり合って赤黒く、ところどころに桃色を覗かせるそれは、骸であった。

骸の指は、珠に伸ばされたまま、動かない。
動かぬ骸を見つめ、舞が口を開く。
何かを、言わねばならぬ気がした。
だが言葉は出てこない。
記憶の薄暗がりの中、存在していたはずのかけるべき言葉は、どこにも見当たらない。

代わりに、手を伸ばした。
伸ばして珠を取らず、それを通り越して骸に手をかける。
まだ温かい、粘性の感触を無視してそのまま、ごろりと骸を転がした。
べちゃりべちゃりと嫌な音がして、肉の袋の中にまだ残っていた血だまりが転がった拍子に溢れ、
舞の白い膝を汚した。
どうしてそんなことをしたのか、舞自身にも判らない。
判らないまま、舞は転がった骸の、鎧であったものと肉であったものの合挽きの中に
黒く染まった左の手を差し入れて、無造作に何かを掴み出した。
ずるり、と臓物のように肉の中から引きずり出されたのは、人の腕ほどもある太さの、
縄のような長細いものである。

「……」

自ら引きずり出しておきながら、舞は己が手の中にあるそれを、目を眇めて見ている。
だらりと垂れ下がるそれが、半ばから千切られた蛇の体であることを、舞は知っていた。
何故そんなことを知っていたのか、何故それが骸の中にあると知っていたのか、それは判らぬ。
判らぬが、知っていた。或いは憶えていた。そう言うより他にない。
失われた記憶、或いは断絶した時の中に答えがあるのだと、理解する。
それほど自然に、手は伸びていた。

「―――」

転がった珠を拾い、蛇と共に手に収めた。
すると不思議なことに、蛇と珠とが、すう、とその輪郭を薄れさせていく。
己が黒い左手に吸い込まるように消えていく、その珠と蛇とを、舞は慌てることもなく見ている。
蛇が魔犬の尾であり、珠が尻子玉であるというのなら、それは奇跡へと至る神秘であり、
収まるべき場所に収まるのだろうと、そんな風に考えていた。
そうして宝重が音もなくその姿を消すまでの僅かな間、舞はそれを見つめていた。

「……」

最後に一目、黄金に包まれた骸と、伸ばされた指を見た。
それが、最後だった。
川澄舞が黄金の骸に小さく頭を下げた、その瞬間。
四つの至宝を巡る争いが、終わった。


***

 
それは、長い道程の終わりの、ほんの一時の感慨であった。

「―――貴女が、敵でないのなら」

声が、思索の薄布を切り裂いた。
気付けば、骸の血に塗れた手を見つめる姿をどう思ったか、少女は既に舞に顔を向けてはいない。
その隻眼が見据えていたのは、遥か上方である。
何処から取り出したものか、その手には一振りの日本刀を提げていた。

「あ……」

舞が、声を上げかける。
その精緻な造りと冷たい光を放つ刃は、今しがた掘り起こした記憶の中にあったように、思えた。
しかしその思考が言語の体を成す前に、少女が己の言葉を継いだ。

「―――やはり私の敵は……あれでしょうか」

あれ、とは何であったか。
口を閉ざして見上げた、舞の視界に落ちる影があった。
影は、巨大である。

「……っ!」

瞬く間に視界の殆どを覆い尽くしたそれが、風を巻いて、落ちてきた。
ざわ、と全身の毛が逆立つのを感じた瞬間、舞の両足に力が込められる。
大地を噛むように、跳ぶ。
轟、と風が唸る。
次の刹那、背後で音が爆ぜた。
否、爆ぜたのは音ばかりではない。
大地が、破砕されていた。
抉られた岩盤が一瞬にして砂礫と化し、爆風と共に周囲に飛散する。
跳んだ舞が受身と共に振り返れば、大地を爆砕した巨大な影の正体が、その目に映った。

「剣……」

それは、一見すれば巨大な柱のようであり、或いは金属製の壁のようでもあった。
遥か遠くから俯瞰すれば剣とも見えなくはない、それほどに、大きい。
人など容易く磨り潰してしまえるような、殆ど反りのない片刃の直刀。
大地にめり込んだ常識はずれの大きさを誇示するそれが、落ちた影の姿であった。
剣の先には、それを持つ石造りのやはり巨大な手が存在した。
更に見上げれば腕があり、肩があり、胸が、首が、それらを繋ぎ合わせた巨大な石像の上半身が、そこにあった。
石像は幾つも立ち並んでいるようであったが、舞の眼前に聳えるそれには一つ、他と違う点がある。
その像は舞に向けて振り下ろした刃を、片手で保持していた。
それはつまり、もう片方の手が自由であることを意味しており。
自由な手には、もう一振りの刃が握られていた。

「まだ……!」

気付いた瞬間には跳び退っている。
二刀の一が、大地を浚うように薙がれていた。
刃はその一遍に視界に入れることも難しい全長と質量にもかかわらず、恐るべき速さで迫り来る。
二度、三度と跳び下がり、しかしその間合いから逃れることの叶わぬを知った舞が選んだ道は、空であった。
地を蹴った、次の瞬間には蒼穹に向けて高々と舞い上がっている。
空を翔るような軌道。
遥か下方を巨大な刃が薙いでいくのが見えた。

「……!?」

常軌を逸したその脚力にしかし、最も驚愕していたのは他ならぬ舞自身である。
迫る刃を上に跳んで躱す、それだけのつもりであった。
しかし今、舞の目が映すのは蒼穹と大地と、巨大な石像を正面から見るような構図。
爆発的とすら言える力が、いつの間にか舞の中にあった。
身につけた覚えのない力。人の身に余るそれを制御する術を、舞は知らない。
焦燥に噴き出した汗が、空に散っていく。
と、肌に感じる風が変わった。
跳躍の描く放物線の頂点を越え、重力に引かれて落下軌道に入る感覚。
臓腑が浮き上がるような悪寒に眉を顰めたのも一瞬である。
新たな戦慄が、走った。

「……っ!」

二刀とは、自在の軌道を以って間断なき斬撃を繰り出す構えである。
一の太刀は振り下ろされ、二の太刀は地を薙ぎ、しかし薙いだ刃の往き戻るより早く、
即ち二の太刀を躱した舞の、体勢を立て直すよりも尚、早く。
振り下ろされた一の太刀は、次なる一撃を繰り出すことが、可能であった。

躱せぬ。
中空にある舞は、四方の如何なる場にも身を躱す術がない。
ただ放物線を描き、落ちゆくのみである。
巨大な刃がそれを捉え、文字通りの意味で粉砕せしめるのは、実に容易であった。
少なくとも舞の脳裏には、その未来図がありありと描き出されていた。
絶望はない。同時にまた、希望もなかった。
揺るがぬ必然から身を守るように腕を翳した、その眼前。

「―――失礼します」

飛び出した影が、ひどく場違いな言葉を舞に投げかけると同時。
影の脚が、舞を蹴った。
否、と強引に軌道を変えられた衝撃の中で、舞は気付く。
影―――あの隻眼の少女は、己を踏み台にしたのだ、と。
己を刃から逃すのと共に、少女自身は能動的な回避、或いは反撃へと移る為に。
轟と唸る風の中、着地というよりは落下に近い勢いで、舞は地面へと降り立つ。
見上げれば、果たして空を裂く刃と切り結ぼうとする、豆粒の如き少女の姿があった。

舞は瞠目する。
その大きさにおいても重量においても文字通り比較にならぬ、その影が交錯した瞬間、
正面から刃を交えたと見えた少女が、くるりと身を捻ったのである。
翳した刀を支点として、猛烈な勢いで大気を裂きながら迫る巨大な刃をいなすように宙を舞ってみせた、
それは神業と称されるに相応しい体術であった。
にもかかわらず、舞は不思議な感慨を抱く。
即ち―――まるで、猫のようだ、と。
木の枝から、垣根の上から身を躍らせる、しなやかな黒猫。
焦燥も、戦慄も、緊張も緊迫も切迫もなく、何気なく伸びをした次の瞬間であるとでもいうような、
それはひどく優雅で、恐ろしく気負いのない、身のこなしであった。

必殺の一撃をやり過ごされた石像が、大きく姿勢を崩した。
下肢を巨大な台座に埋めながら身を捩る石像をちらりと見て、少女が落下の軌道に入る。
ふわり、と。
破壊の剣閃をいなしながら、白い羽毛が風に吹かれるようにただ舞い上がった少女は、
その勢いを殺さぬまま大地へと降りてきた。
くるり、くるりとトンボを切って、舞の近くに音もなく着地した、その身に傷らしい傷はない。

「あ……」

思わず声を漏らした舞に、少女が振り向く。
少女の瞑れて濁った眼に白髪黒腕の変わり果てた己の姿が映るのを見ながら、舞が小さく頭を下げる。
言葉を返すこともなく微かに首を振った少女が、思い出したように口を開いた。

「……そういえば、先程」
「……?」
「何か……言いかけて」

互いに口数は少ない。
情報の伝達には、些かの難があった。
何のことかと一瞬だけ考えて、思い至る。

「……それ」

呟くように告げて視線を向けたのは、少女の手に握られた刀である。
一つ、二つと瞬きをした、少女が僅かに首を傾げ、

「あなたの……」

答えを待たずにこくりと頷いて、

「……拾った、から」

呟くや、抜き身のまま投げて寄越した。
慌てたのは受け止めた舞である。

「でも……そっちは」
「私は……柏木の、鬼だから」

言いざま、少女の細腕が黒く染まっていく。
べきり、と音を立てたその手が一回り膨張し、見る間に節くれ立った指の先から生えてきたのは、
血の色をした刃の爪である。

「名前を訊いても……いいですか」
「……名前」
「あなたも、鬼……なのでしょう」
「……」
「私は柏木。柏木楓……隆山の、鬼」
「……舞。川澄……舞」

つられるように、名を告げていた。
少女の言うそれが何であるのか、舞には判らない。
だが、化物と呼ばれたことはあった。
人の生きる街の中で、異能は、異形であった。
であれば己もまた、鬼と渾名されるに相応しい異形に違いはなかった。

「舞……さん」

名を呼ばれた、その刹那。

「―――ッ!?」

きぃん、と。
硝子でできた無数の鈴がかき鳴らされるような、細く甲高い音が、響いた。
耳朶を劈くような音に眉を顰めると同時。
思考を無視し、感情を寸断し、まるで映画の途中で唐突に挿入される宣伝のように。
舞の脳裏を、一枚の映像が支配する。

―――海に囲まれた島と、その中央に位置する山。
―――山頂に顕れた銀色の湖と、それを取り囲むように立つ、八体の石像。

それは、遥か上空から一望した、沖木島山頂。
即ち、舞自身の立つこの場所と、正面に聳え立つ巨大な石像群に、他ならなかった。
あらゆる論理を押し退けて割り込んできたようなその映像の意味を考える前に、

『―――國軍、坂神蝉丸。青の世界を知るすべての者に傾聴願う―――』

音ならぬ声が、聞こえた。




【時間:2日目 AM11:43】
【場所:F−5 神塚山山頂】

川澄舞
 【所持品:村雨、鬼の手、白虎の毛皮、魔犬の尾、ヘタレの尻子玉】
 【状態:白髪、ムティカパ、エルクゥ】

柏木楓
 【所持品:支給品一式】
 【状態:エルクゥ、軽傷、左目失明(治癒中)】

深山雪見
 【状態:死亡】

真・長瀬源五郎
【イルファ・シルファ・ミルファ・セリオ融合体】
【組成:オンヴィタイカヤン群体18000体相当】
【アルルゥ・フィギュアヘッド:健在】
【エルルゥ・フィギュアヘッド:健在】
【ベナウィ・フィギュアヘッド:健在】
【オボロ・フィギュアヘッド:健在】
【カルラ・フィギュアヘッド:健在】
【トウカ・フィギュアヘッド:健在】
【ウルトリィ・フィギュアヘッド:健在】
【カミュ・フィギュアヘッド:健在】
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