こんにちは、その道のプロです。






開け放たれた窓から、爽やかな風が吹き込んでくる。
朝を実感させる痛みを伴わせた低温のものではないそれは、精神に優しい心地よさでエディの頬を撫で上げていった。
しかし窓辺に備えられた椅子に腰掛け静かに瞳を閉じるエディの顔に浮かぶものは、苦虫を噛み潰したような渋さで満ちている。
時刻は既に午前十時を回っていた。
行われた第二回目の放送、それですっかり気力を削がれてしまったエディはこうして数時間もの間、眠ることなく目を瞑り続けじっと心の痛みに耐えている。

エディが失ったものは、余りにも大きかった。
勝ち気で明るい少女、友人の姉である彼女、実力は折り紙つきの頼もしい彼女。
失われた知人達、これでエディの知り合いは残り二名となる。
内一人、那須宗一はまだいい。
トップエージェントである彼が、このような場で遅れを取ることはエディも想像していなかった。
リサ=ヴィクセンのこともあるので油断はならないが、残りのもう一人に比べたら生存率は遥かに高いだろう。

立田七海。
か弱い、何の力も持たない彼女のことがエディは心配でならなかった。
性格から、彼女が人を傷つける立場に回らないであろうこともエディは予測済みである。
受け身の彼女がこのような戦場で生き抜くには、誰かの庇護に下る以外有り得ないだろう。

「ナナミちゃん……」

もし、守って貰える「誰か」を彼女が既に見つけているのならば、まだいいだろう。
しかし、そうではなかった場合。
……一刻も早く、七海を回収する必要がある。島の脱出策を探す前に、優先することがエディには出来た。
またこれとは別に、エディの気が晴れない理由はもう一つある。

(ナスティガールん所は、まさかノ彼女含めノ全滅だもんナ……)

エディがこの島にて初めて言葉を交わしたのは、放送でも名前が上がっているイルファだった。
イルファと協力して知人を探すことになっていたエディだが、当のイルファ含め彼女の知人等は全て絶命したということになる。
姫百合瑠璃。姫百合珊瑚。河野貴明。
結局エディは彼等がどのような人物か知ることもなく、島で得た唯一つの繋がりも失った。

ギィ、と背もたれに少し強く寄りかかった後、反動で起き上がるようにしてエディは椅子から立ち上がる。
そのまますたすたと、エディは部屋に備え付けられていた机の元へと近づいていった。
机上には、無造作に広げられたA4用紙が散らばっている。
それらは同じく机上に設置されたパソコンとプリンターから出された物であり、エディが一晩かけて出した調査の成果でもあった。
データのハッキングは、エディの十八番でもある得意分野だ。
時間はかかったものの、ある程度のデータをエディは得ることができた。
しかし。
こうしてプリントアウトできたものは、その内のほんのごく一部でしかない。
あまりの膨大なデータにマシンスペックが追いつかず、途中でパソコン自体がクラッシュしてしまったのだ。
今このパソコンはエディがいくら電源を弄ろうにも、うんともすんとも反応しなくなってしまっている。

まだ落としきれていなかったデータのことを悔いるものの、こうして目に見える結果があることにエディも多少は楽観していた。
敵対する側の組織は、絶対の力で成り立っている訳ではないのはこの結果で明らかだ。
抗おうと思えば充分対抗できる範囲である可能性を技術者のレベルで見たエディだが、ここで彼は敵が主催側の人間だけではないことを思い出す。

「ソウダ……ああいう馬鹿女のことを、忘れチャなんねーゼ」

そう言って、エディは昨夜出くわした三人の男女の内の一人である、武器を振り回していた彼女のことを思い出し愚痴を溢した。
人を傷つけようとする人間を排除しないと、それこそ脱出しようと努力するこちらも痛手を負ってしまうだろう。
一々説得するにしても、キリがない。エディはそんな殺し合いに乗った人間に対し、容赦をする気が皆無であった。
そこには愛する友人等が手にかけられたという現実も、大きく関わっていたかもしれない。

溜息を漏らしつつそっとエディが手を伸ばしたA4サイズの用紙には、様々な数式や図式が印刷されていた。
エディがハッキングにより得た情報の一つであったが、如何せん彼が理解できる範囲の分野ではない。
魔方陣のような物が随所に挿し入れられていることから、魔術的な何かであろうとエディは予測付けている。
主催側が何者かを予測する際、その背景として絞る資料と考えれば充分だと、エディは一端そのレポートの束を端に寄せた。

次にエディが手に取ったのは、学生が手がけたレポートのように思われる簡素なプリントだった。
一度目を通したそれを、エディは再び読み込む。
変な図式等よりもこちらの方が現実的で、しかも情報としては役に立つレベルのものだ。
しかも内部の情報だということが一目で分かる。
エディは軽く舌を打ち、そうして自分達が管理されていることに対する嫌悪を顕にするのだった。

『公開レベルC・要周知 各特殊支給品と所持者についての補足』

1 要塞開錠用IDカード

地下通路に繋がる扉の制御キー。地下通路の損傷は復旧作業済み。
入り口は下図を参照すること。(計四箇所有)

※配布先は「116 柚原春夏」である。
 彼女の行動は随時監視すること。また所持者が変わり次第、至急連絡入れること。
 周知の徹底を心がけるように。

2 死神のノート

死神・エビルのノート。
本物であることは立証済。

※配布先は「40 向坂雄二」である。
 彼の行動は随時監視すること。また所持者が変わり次第、至急連絡入れること。
 周知の徹底を心がけるように。
 また死神・エビルについては別途ファイル「公開レベルC・要周知 参加者についての補足」を参照のこと

3 スイッチ

ほしのゆめみ専用アイテム。
彼女の核となっている岸田洋一の人格を呼び出すスイッチ。

※配布先は「34 久寿川ささら」である。
 彼女の行動については随時の監視外とする。
 またほしのゆめみ・岸田洋一については別途ファイル「公開レベルC・要周知 参加者についての補足」を参照のこと


4 フラッシュメモリ

中身に関する資料は別途ファイル「公開レベルC・要周知 参加者に与えている情報の範囲」を参照のこと

※配布先は「25神尾観鈴」「65立田七海」である。
 彼女達の行動については随時の監視外とする。

資料の下方には、エディにも支給されているこの島の物と思われる地図が縮小された形で載せられていた。
しかし全くの同一ではない。
フルカラーで印刷された地図には、青の×印が施されていた。
×印は全部で四つ。C06-C07の境目あたりの海岸線、G06-H07の交差地点、G02-H02の境界線と海岸線、G09-H09交差点に付けられている。
上記の説明から、それはこの島に存在している地下通路への入り口を指しているということになるだろう。

「さて、ト」

これが真実で本当に一切の偽装もないのかというのは、エディにも分かりかねないところであった。
しかし情報として整理するならば、これらの真相を確かめる必要性はある。
今、エディには恐らく彼一人の力で為すには時間がかかり過ぎるであろう情報が一気に集まった。
資料に載っているいくつもの見覚えのない固有名詞や、怪しい地下通路があるという地図のこと。確認したいことは山ほどあるだろう。
やらなければいけないことは多い。七海の保護も必然だ。

「ウーン、こういう時アイツがいてくれたらナァ……」

相棒は今何をやっているのか。
エディは溜息をつき、徐に一人荷物を片付け始めた。
心強い仲間を自然と渇望するエディの心境は複雑である。
人手は欲しいが、深夜に遭遇したあの女の件もあるからだ。

「せめてナスティガールが残ッテくれてたらナァ……」

エディの溜息は止まらない。
彼に今必要なのは、信用のおける仲間に他ならないだろう。
とりあえずの移動を開始したエディの背には、どこか哀愁が漂っているのだった。




エディ
【時間:2日目午前10時過ぎ】
【場所:I-6・民家】
【持ち物:主催側のデータから得た資料(謎の図式・数式、地図付の補足書)、H&K VP70(残弾、残り16)、瓶詰めの毒瓶詰めの毒1リットル、デイパック】
【状態:七海を探す・マーダーに対する怒りが強い】
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