十一時四十分(1)/貴女を濁らせる全部を殺して





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   ―――撲るかね。引き裂くかね。あたしたちを―――

―――全開の……鬼の力、見せてあげられるよ―――

   ―――俺の運命を……返してくれよ―――

―――どうか、あなたの行く先が美しくありますように―――

   ―――貴様のような輩が國を惑わす―――

―――私は下がらない。下がっちゃいけないんだ。それは―――


   ―――それが私たちの流儀、ですから。



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声が聞こえる。
それは、私を誘う死人の聲と、
世界に抗う、生者の叫びだ。



***

 
人を愚鈍と思ったことはない。
人より優れていると思ったこともない。
ただ、私は私であるだけで、私以外の誰かとは、そう、違うのだと、理解していたに過ぎない。

頭脳ではない。身体能力ではない。才能ではない。素質ではない。
そんなものなどでは、決してない。
ただ、違うという意思だけが、違う。

私は、違うのだ。
誰でもない、私だけが、違うのだ。
それは歴然とした事実であって、そうしてそれだけのことだ。

それは誰しもが持っていたはずの、矜持だ。
かつて誰もが抱いていたはずの、鋭く、荒々しく、美しいものだ。
多く世にある、そういうものはしかし、いつの間にか消えていく。

誰かがそれを思い込みと呼んだ。
誰かがそれを勘違いと蔑んだ。
誰かがそれを、取るに足りぬものと斬って捨てた。

その全部が、世界に負けた者たちの、断末魔だ。
何かに敗れ、何かに屈し、そうしてそれを認めた者たちの、末期の聲だ。
それはつまり、自分から生きることをやめたという意味で。
だからこの世には、死人が溢れている。

死人は生者が妬ましく、負けた己が悔しくて、生きる者に囁くのだ。
死んでしまえ、生きるのをやめてしまえ、お前は我らと同じなのだ、と。
低きに流れよと命じる、それは誘惑だ。
従えば楽で、しかし屈すれば二度と戻れず、この世はだからもう、
生きることをやめた死人たちの闊歩する、彼岸でしかない。

彼岸に生まれた私は、だから生きているというだけで、違うのだ。
死んでいくものたちの中で、私は一人、生きている。
それを誇る気はない。
私はただ、彼らの醜さを憎悪しているに過ぎなかった。

世界を殺して己を貫くとき、人は美しい。
故に孤独、しかしそれをこそ、生と。

私が望む私。
私だけが望む私。
私の他の誰もが、望まぬ私。

死者の聲に耳を傾ける必要が、何処にある?


***

 








私はただ、私に命じる。
美しく、あれ。










******

 
神塚山の頂には、死が満ちている。
骸は、もうない。
赤くでろりとした何かに変じて融け合って、今はもう、どこにも転がっていない。

それでも、その山の頂に満ちるのは、紛れもない死の色と、臭いだった。
命から流れ出た黒に近い赤褐色が、山頂を染めている。
照りつける陽光にも乾ききることなく池となり、沼となったそれが、そこかしこに顔を覗かせていた。

そんな、誰のものとも知れぬ血だまりの中。

ぼこり、ぼこりとあぶくを立てるものがある。
泥に汚れて真っ黒で、脂の白と肉の桃色とが混じり合い、それはひどく、無様だった。

どくり、どくりとあぶくが弾ける。
弾けて飛んで辺りを汚して、しかしあぶくは止まらない。

どくん、どくんとあぶくが揺れる。
どくん、どくんとあぶくが割れる。

どくん、どくんと脈打つように。
どくん、どくんと無様を曝す。

その、襤褸切れのような肉の塊が、かつて来栖川綾香と呼ばれていた女の、成れの果てである。



 
【時間:2日目 AM11:40】
【場所:F−5 神塚山山頂】

来栖川綾香
 【所持品:なし】
 【状態:???(全身裂傷、骨折多数、筋断裂多数、多臓器不全、出血多量)】
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