十一時三十六分/this is a B.R.





 
日輪の下、陽光に照らされた氷柱が鋭い音を立て、割れ砕ける。
剣戟の音に紛れて、それは誰にも届かない。


***

 
雹、と風を裂いて疾る銀孤を、

「―――ッ!」

鋼鉄の大剣が苦もなく受け止める。
人の胴幅ほどもある肉厚の、最早鉄板に近い印象をすら与える巨大な剣。
動きが止まった刹那、横合いから突き込まれるのは鋭い刃である。
細身の刀、とは言っても人の背丈を遥かに越える刃渡り。
元来の寸法が、違いすぎる。
断頭台から落とされるそれの如き重量と鋭さを秘めた刃が、迫る。
咄嗟に肉厚の大剣の腹を蹴り付け、宙を舞っての回避。
後方にとんぼを切って着地しようとしたそこに、しかし第三撃が待ち受けていた。
大地を削るような軌道で薙がれたのは大槍である。
数階建ての建造物を支える支柱の如き径の柄が、直撃した。

「……っ、が……ッ!」

受けた手の一刀は衝撃を殺しきれない。
子供の蹴り上げた小石のように高々と弾き飛ばされ、長い銀髪が蒼穹の下で煌いた。
拙い、と思ったときには遅い。
中空、支えるものすらないその無防備な体勢を、狙う影がある。
長い髪も美しい、有翼の英雄像。
その掲げた手に宿るのは日輪の下でなお白く輝く、光の球である。
回避不能の姿勢に向けて、白の光球が躊躇なく放たれた。
表情に無念を浮かべ舌打ちしたその眼前、

「―――ァァァッ!」

裂帛の気合と共に、光球が断ち割られた。
一瞬だけ目に入ったのは無造作に伸ばされた白髪と、広い背中。
安堵も驚愕もなく、ただ迫る落地への対処に集中する。
衝撃。

「……無事か、光岡ッ!」

抜き身の刀で己が身を傷つけないようにしながら後方へ二度、三度を転がって勢いを殺す。
ようやく立ち上がった銀髪の男、光岡悟にかけられる声には緊迫の色が濃い。

「この程度!」

光球を斬り飛ばした白髪の男、坂神蝉丸へと短く叫び返し、光岡もまた厳しい表情で前方を見据える。
見上げた視界に映るのは、壮麗な光景である。
雄々しく、或いは麗しい巨大な英雄像が蒼穹の下に立ち並び、その偉容を誇示している。
惜しむらくは、石造りの像がそれぞれ刃を潰さぬ鋼鉄の武器を手にしているという不釣合い。
そして、そのすべてが動き出し、見る者を黄泉路へと送り出さんと刃を振るうことであった。

―――隙が、ない。

巨人像は八体。
北側から時計回りに虎の背に跨る少女、黒い翼を持った少女、大剣の女、白い翼の女。
南に刀の女、長槍の男、双剣の男、そして最後の一体はじっと動かず、祈るように目を閉じている女の像。
厄介な布陣だった。
有翼の像、そして祈る女の像を左右から護るように武器を構えた像が並んでいる。
加えて恐ろしいのは長槍の像の間合いであった。
どれかの像と切り結んでいれば、横合いから優に数十メートルはあろうかという距離を正確に突き込んでくる。
石造りと見える像はその外見に反して俊敏であり、だが同時にまた、その外見通りの重量を持っていた。
正面から受ければ容易く弾き飛ばされる一撃は、そのどれもが致命的な威力を秘めている。
動きが止まれば有翼の像から光球が飛ぶ。
見事な連携であった。
必然、下がらざるを得ない。

敵の狙いを分散させ、一対一へ持ち込めれば或いは状況も変わるやも知れぬ。
だが如何せん、手が足りなかった。
鹿沼葉子と動きを打ち合わせる余裕はなかったし、また信頼に値するかも怪しい。
単に暴れまわるだけの天沢郁未や川澄舞は論外だった。
結局のところ、坂神蝉丸との呼吸だけで切り抜けねばならない。

一寸の勝機すら見出せぬまま、時だけが過ぎていく。
傷は、治る。
だが失われた時は、戻らない。


***

 
「―――ち、ィッ……!」

右から繰り出される刃を、天沢郁未は辛うじて受け止める。
人体を両断して刃こぼれ一つ起こさせない不可視の力をもってしても抗い難い、圧倒的な質量差。
両の腕に力を込めて押し返そうとした刹那、頭上から迫り来るのは殺気。
咄嗟に身を引けば、受けていた刃の勢いに押されて弾かれる。
薙刀を持つ腕が痺れるような衝撃と同化するようにバックステップ。
身を浮かせてダメージを殺す。
上から迫っていた刃を躱したと息をつく間もなく、振り抜かれた刃が軌跡を逆回しにするように戻ってくる。
受けられない、と判断。
目の端にはもう一つの刃がこちらへと突き込まれるべく引かれるのが映っていた。

「面倒だな、もうっ……!」

身を低くして横薙ぎの刃を潜りつつ、右へと跳ねる。
轟と巻かれる風が吹き抜け、しかしそれが削るべき命は既にその場にはない。
たん、と転がった勢いのまま跳ね起きれば、背中が何かに触れる。

「……無理に踏み込みすぎです、郁未さん」

温かく、ごわごわとした感触。
乾いた返り血にその身を染めた、相棒の背中。

「お互い様でしょ、葉子さん」
「槍使いを相手にしているのです。間合いを詰めなければ話になりません」
「リーチ差がメートル単位じゃあ、間合いも何もないけどね……」

天沢郁未が向き合っているのは双剣使いの像である。
俊敏な反応と変幻自在の軌道で迫る二つの刃は攻防を一体となし、郁未をして攻めあぐねさせている。

「だからって下がれないでしょ、私らは」
「あなたが無理をする必要はありません。あれとの戦いは光学戰試挑躰である、私の……」
「葉子さん」

遮る声は、強くはない。
だがそれは、鹿沼葉子の言葉を止める、この世界で唯一の声。

「あれが鹿沼葉子の敵だってんなら、」

夜が明けて朝になるように、

「私は下がらない。下がっちゃいけないんだ。それは―――」

雨の降った後に緑の芽吹くように、

「私が、私らでいるための、絶対なんだよ、葉子さん」

天沢郁未の声は、鹿沼葉子の心に、手を伸ばす。
背中合わせのまま頷いて、葉子が一つ大きく、息を吸い込んだ。
合わせるように郁未もまた、胸を膨らませる。
それはずっと続いてきた、二人の儀式。

「「――――――ァァァァァァァァッッ!!」」

吐き出す息は、気合と共に。
絶叫に近い大音声の輪唱が終わる刹那、背中が離れる。
駆け出した二人の背中から、相棒の温度が消えていく。
温もりは消え、感触は消え、しかし残るものがある。
振り向かず走る天沢郁未と鹿沼葉子の顔には、同じ笑みが浮かんでいる。


***

 
獣が向かい合っている。
白い毛並みの虎と、石造りの体躯を誇示する巨獣の像。
その体長は実に十数倍の差。
吼え猛る白き魔獣と、吹き抜ける風をこそ己が声と立つ森の王の彫像。
四肢で大地に立つ白の獣と、後脚を巨龍の胴に埋めた獣の像。
ただ一頭の白虎に対し、巨獣の像は背に少女を乗せている。
幾つもの違いを持った二頭の巨獣は、しかし相似形の影をしていた。

先を取って動いたのは白の獣である。
暴風の如く突進した白虎が、疾走の勢いのまま天高く飛び上がる。
鋼鉄の城壁すら歪ませかねない大質量の体当たりが襲うのは、獣の像の前脚である。
大木をも薙ぎ倒す衝撃に、しかし巨獣の像はこ揺るぎもしない。
罅一つ入れず受け止めてみせた、その脚が軽く振るわれる。
それだけで、白虎が宙を舞った。
数百キロを優に超える巨躯が、じゃれつく子犬を払うような仕草一つで振り落とされたのである。

追撃はない。
獣の像は後ろの脚が巨龍の背に埋まっている。
他の像と違い武具を持たぬ獣の身では自然、可撃範囲が小さくならざるを得ぬ。
それが、白虎の救いであった。
中空で体を捻り、巨躯に似合わぬ身軽さで地に降り立った白虎が苛立たしげに一声、吼える。
対して見下ろす巨獣の像、その石造りの牙の間から漏れる咆哮はない。
吐息の代わりとでもいうように、乾いた風が吹き抜けて高い音を立てた。

と、全身の毛を逆立てて吼え猛る白虎が、不意にその咆哮を止める。
一瞬の沈黙の後、身も竦むような大音声と替えて巨獣の口腔に宿ったのは、白い光である。
山頂を銀世界に変えた絶対零度の吐息、その前兆であった。
身を乗り出す巨獣の像が伸ばす爪が届くよりも、更に外側。
繊細に細工された硝子の砕けるような、鋭くも冷たい響きが高まっていく。
必殺の吐息が、正に吐き出されようとした刹那。
白虎の視界が映したのは、蒼穹を背景に飛ぶ、夜の闇。
不可解に思うよりも早く、激痛と共にその鼻面が、歪んだ。

けしゃり、と生理的な嫌悪感を催すような音が、銀世界の響きを掻き消した。
白虎が、声も出せずに大地に身を投じる。
鋼の刃も通さぬ頑健な毛並みの下から噴き出しているのは紛れもない鮮血。
砕けた鼻からだくだくと血を流し、白虎がのたうっていた。
そこへ間髪を入れず叩き込まれたのは黒の光球。
吹雪を吐き出そうとした白虎を大地に沈めた、正にその一撃と同じ打撃である。
音もなく着弾した闇が小山のような胴を窪ませ、白虎を更に弾き飛ばす。
地響きを立てながら転がった巨獣が、ようやくにして立ち上がったその正面。
更に闇が迫っていた。
飛び退く巨獣を追うように、二撃、三撃目の光球が奔る。

逃げるに疾走する白虎の頭上に、影が落ちた。
森の王と呼ばれた巨獣の英雄像、その膨大な質量を誇る前脚が、振り下ろされようとしていた。
追い込まれた、と認識するよりも先に白虎が選んだのは加速である。
折れ曲がった骨と痛みに軋む筋肉を無視して四肢で大地を蹴りつける動作は全力。
文字通り風よりも速く駆ける獣の影が、森の王の像が脚を振り下ろすよりも一瞬だけ速く、飛び出していた。
直後、大地が揺れる。
莫大な質量が、誇張でなく地面を抉っていた。
爆風の如き衝撃波が濛々と土埃を巻き上げ、岩盤を砕いて辺りに撒き散らす。
巨獣の像が叩きつけた一撃は、神塚山山頂に小さな隕石でも落ちたかのようなクレーターを生じさせていた。

しかし白虎がそれを振り返ることはない。
真紅に燃える瞳に浮かぶのは憤怒。
その怒りが向けられる対象は既に巨獣の像ではなかった。
自らに打撃を加え、傷を負わせたもの。
黒い翼の少女像だけが、怒りに燃えた獣の思考を占めるすべてである。

その視界には巨獣の像は入っていない。
矢のように駆けるその姿を見据え、背後から致命の一撃を加えるべく再び身を起こした巨獣の像を、
白虎はまるで認識していない。
分厚い岩盤を容易く抉り砕いた爪が、振り上げられる。
風を巻き、白の獣を肉の塊へと変えるべく叩き下ろされようとした、間際。

轟音。

必殺の一撃を止められたのは、今度は巨獣の像の方であった。
蒼穹を切り裂いて巨獣の像を打ったのは、黒い雷。
ぱらぱらと石の欠片を落としながら獣の像が振り向いた先、呵う女がいる。
その水瀬名雪という名を知る者はこの場にいない。
しかしその黒雷は一度ならず山頂の戦局を変えていた。
呵う女は、ゆっくりと歩いている。
その傍ら、眼球以外を黒一色に染め抜かれた蛙の人形からもう一度、黒雷が放たれた。
巨獣の像へと吸い込まれるように伸びた黒の光線が、しかし二撃目はその巨大な爪に引き裂かれ、掻き消える。
光を裂くという理不尽にも表情を変えず、女は呵っている。

―――みせてみろ、みせてみろ。

女は呟いている。
誰にも聞こえない声で、世界を犯すように粘りつく声で、針の飛んだレコードのように呟いている。
見せてみろ、新しい歴史。誰も知らないその姿を見せてみろ。水瀬の知らない未来を見せてみろ。
呟いて、女は呵っている。
呵う女の傍らから、更なる黒雷が轟いた。


***

 
背後で轟く雷鳴も、釘付けにされる巨獣の像も意識の端に留めず、駆けるものがある。
白虎であった。
巨獣を支配するのは激情である。
黄金の鎧の女、深山雪見に砕かれた鼻面の、その正確に同じ場所へもう一撃を叩きつけられた痛みは
尋常のそれではない。激痛が火種となり、憤怒の炎が燃え盛る。
傲、と吼えたその牙は少女像を噛み裂くべく打ち鳴らされ、大地を踏みしめる四肢から生えた
長い真紅の爪は像の黒翼を引き千切る瞬間を待ち望むようにぎらぎらと日輪を映している。
そして今、黒翼の像と白虎の間を遮るものは何もなかった。

正面から打ち出される黒い光球は単発で回避は造作もない。
表皮を掠める痛みすらもが憎悪の焔にくべられて心地よい。
疾駆する白虎が、跳ねた。

中空、迫る白虎を狙い撃つように放たれた黒の光球は真紅の爪の一撃で切り裂かれる。
遥か背後で繰り広げられるものと寸分違わぬ光景。
違うのは攻守の逆。そしてそれが、圧倒的な差異となって現れる。
無防備な黒翼の少女像、その胸元に、白虎が飛び込んだ。

一撃。
森の王の像が難なく受け止めてみせた巨獣の体当たりを、細身の少女像は受けきれない。
身を守るように翳された右の腕に真紅の爪が食い込み、入った罅が一瞬の内に傷口の如く拡がる。
転瞬、それを踏み台とするように飛び跳ねた巨獣の体重を受け止めきれなかったものか。
ぴしり、と伸びた罅が少女像の腕をぐるりと取り巻き、その優美な手首が、割れ砕けた。

跳ねた白虎が、空中で吼えた。
開かれた口腔に並ぶ乱杭歯が狙うのはただ一点、少女像の細い首。
防ぐものは、なかった。
万物を噛み砕く顎が、少女像の喉笛を粉砕し、その首級を落とすかと見えた。

それが叶わなかったのは、妄執が故である。

ほんの僅か、脚を伸ばせば爪が届くような距離。
がくり、と。
中空で、白虎の軌道が変わった。
重力に従う方向、即ち落下軌道への、僅かな変化。
それが白虎をして、少女像への致命ともなり得る一撃をなさしめなかった。

長い一瞬。
少女像の無防備な急所が遥か上方へと流れゆく中で、白虎は驚愕と共に見ていた。
己が後脚にしがみつく、妄執に取り付かれた女の姿を。
黄金の鎧に身を包み、長い髪を振り乱して、霜に包まれた剥き出しの筋肉をびくびくと痙攣させる、
その妄執の名を、深山雪見という。

混乱の中、嗤う雪見を振り払おうと身を捩った白虎の視界が、白く染まった。
黄金の鎧の女ごと自らを撃ったのが、遠く離れた白い翼の像の手から放たれた光球であると認識する術は、
白虎にありはしなかった。
捻じくれた姿勢のまま弾き飛ばされた、その先に待つものも白虎には見えていない。
いまや隻腕となった黒翼の少女像、その残された左の腕。
優美とすら写る手の中に、極大の黒球があった。
飛び来る白虎を受け止めるように。
黒の極大球が、獣の巨躯を包み込んでいた。
衝撃と呼ぶにも生易しい地獄の苦痛が全身を包み苛む、その一撃が巨獣の意識を刈り取っていた。
ぼろ屑のように剥がれ落ちる金色の妄執を無視するように少女像の手から放たれた第二の黒い光球が、
手毬遊びでもするかの如く、巨獣を天高く跳ね上げる。
既に意識もなく無防備に宙を舞う白虎を、見据えるものがあった。
身を起こし、腕を振り上げた、森の王の巨像である。
白虎の身体は、水瀬名雪の黒雷に釘付けにされていた巨獣の像の、その眼前に跳ね上げられていた。
石造りの像でなければ、満面の笑みを浮かべていたやも知れぬ。
その背に小さな英雄の少女を乗せた巨像が、渾身の力を込めて、その莫大な質量を秘めた腕を解き放った。

肉と骨が砕ける音よりも、巨躯が大地を穿つ光景の方が、速かった。
音速を超過して天空から落下するその様は、一個の流星。
白き魔獣が、暴力という概念の権化の如きその体躯が、一瞬の内に、神塚山山頂の岩盤に打ち込まれ、
鮮血と体液と肉塊と臓腑を撒き散らして転がった。


***

 
「―――どうしたね、諸君」

呟くような声はしかし、沖木島の全域を揺るがすように轟く。
顔のない巨龍の、見渡すことすら難しい全身のあらゆる場所から、その声は響いているようだった。
長瀬源五郎と呼ばれていた人間の、それは声である。

「なかなかに、手こずっているじゃあないか。
 諸君が目にしているのは太古、……とはいっても我々とは違う時空の太古だがね、
 蛮族の奉っていた者たちの写し身だよ。
 なあに、所詮は蛮人の模造品だ。神を止めようという諸君には容易い相手だろう?
 ……よもやそんなものに敗れるような、その程度ではあるまいね、諸君の力は?」

くつくつと、陰気な笑い。

「私はすべてから……すべてから解き放たれた心を創るんだ。
 人がその萌芽を恐れ、可能性を摘み取ってきた本当の心は、まだ生まれてさえいないのだから」

誰にも向けられぬ一人語りが、戦場に響く。

「ダイナミック・インテリジェンス・アーキテクチャ? ……馬鹿を言っちゃあいけない。
 人に懐くように造られた……あんなものが、心であるものかね。
 命のくびきから解き放たれた、真の人の中に生み出される―――それこそが本当の心だ。
 私はそれを阻む者を焼き尽くし、神として娘たちに真の世界を与えよう」

答える者はない。
誰もが、戦っていた。

「もう直に天より光が降る」

蒼穹の彼方、真空の世界を見上げる者はいない。
声は独り、天空へと思いを巡らせる。

「陽光など既に必要ではない―――私に降り注ぐのは世界を変える光。
 神の新生を祝う天上の栄光だ。……そうだ、諸君。
 諸君にはやはり、時間など残されていないのだよ」

絶望という色の、それは言葉。
嬉々とした声が、ただ終末を口にする。

「そう、有限の時を懸命に生きる諸君に、私という存在の意味を教えてあげよう」

くつくつ、くつくつ。
痰の絡んだような、怖気の立つ笑みが漏れると同時。
英雄の立像に、一つの変化が現れた。
ぼんやりと光を帯びていたのは、唯一つ動きを見せていなかった、女の像である。
祈るように手を組み、目を閉じていた立像が、薄緑色の美しい光に包まれていく。
見る間に強くなった光が、閃光と呼べる強さにまで輝きを増し―――そして唐突に、消えた。

「君たちの臨む神は永遠にして不変―――」

光の消えた女の像に変わったところはない。
しかし薄緑色の光が閃いた、その瞬間。
変化は別の場所に現れていた。

「些細な傷をつけようと―――無為というものだ」

黒翼の少女像、白の巨獣によって砕かれた右の腕。
喪われたはずのそこには、しかし罅一つ見当たらない。
薬師の像の祈りが、時を戻したかのように。
完全に、復元されていた。

「健闘を、ああ、健闘を心から祈るよ、諸君」

まるで無傷となった巨躯を日輪の下に晒して、長瀬源五郎だったものが笑う。
片腕に砧夕霧を抱く坂神蝉丸の上に、
巨大な刀と切り結ぶ光岡悟の上に、
繰り出される双剣の隙を窺う天沢郁未の上に、
その傍らで長槍を捌く鹿沼葉子の上に、
黒雷を伴って歩む水瀬名雪の上に、
血だまりに倒れ伏し動かない川澄舞の、深山雪見の、来栖川綾香の上に、
楽しげに響き渡る声が―――、

「天よりの祝福が降りるまで―――あと、千二百秒」

終焉までの時間を、告げた。



 
【時間:2日目 AM11:40】
【場所:F−5 神塚山山頂】

真・長瀬源五郎
【イルファ・シルファ・ミルファ・セリオ融合体】
【組成:オンヴィタイカヤン群体18000体相当】
【アルルゥ・フィギュアヘッド:健在】
【エルルゥ・フィギュアヘッド:健在】
【ベナウィ・フィギュアヘッド:健在】
【オボロ・フィギュアヘッド:健在】
【カルラ・フィギュアヘッド:健在】
【トウカ・フィギュアヘッド:健在】
【ウルトリィ・フィギュアヘッド:健在】
【カミュ・フィギュアヘッド:健在】

坂神蝉丸
 【所持品:刀(銘・鳳凰)】
 【状態:背部貫通創、臓器損傷(重傷・仙命樹により急速治癒中)】
光岡悟
 【所持品:刀(銘・麟)】
 【状態:軽傷】
砧夕霧中枢
 【状態:意識不明】
天沢郁未
 【所持品:薙刀】
 【状態:軽傷・不可視の力】
鹿沼葉子
 【所持品:鉈】
 【状態:健康・光学戰試挑躰・不可視の力】
川澄舞
 【所持品:ヘタレの尻子玉】
 【状態:生死不明(全身圧潰)・ムティカパ・エルクゥ・魔犬ポテト融合体】
深山雪見
 【所持品:牡牛座の黄金聖衣、魔犬の尾】
 【状態:生死不明・出血毒(両目失明、脳髄侵食、全身細胞融解中)、全身骨折、ムティカパLv1】
水瀬名雪
 【所持品:くろいあくま】
 【状態:過去優勝者】
来栖川綾香
 【所持品:なし】
 【状態:生死不明(全身裂傷、骨折多数、筋断裂多数、多臓器不全、出血多量)】
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