詳しいことは、その道のプロに任すの。





「どうした、ことみ君」
「……何でもないの。気にしないでほしいの」

ふと、ひっきりなしに続いていた一ノ瀬ことみの織り成すタイプ音が止まった。
作業を中断させたことみの様子を伺うよう、霧島聖は彼女の背後へと近づいていく。
ことみは黙ったまま、英数字で埋められた画面を微動だにせず凝視していた。
と、そこに日本人なら誰でも容易く解読できるであろう文字列が加わる。

『ちょっと行き詰ったかもなの』

その一言を書き加えたのがことみであるのは、間違いない。
素早く動かされた細い指が、記号にまみれる形で画面に日本語を混入させる様は、聖の視界にも入っていた。
口では話せないこと。それを、手段的には筆談と似た形でことみは実践させている。
盗聴の恐れがあることは、彼女等にとっては分かり切っている事実だった。
ことみの意図、直接言葉を交わさない方がいい場だということを即座に判断した聖は、まるで偽りのシーンを作り上げるかのごとく言葉を紡いだ。

「ふむ、順調みたいだな。それは良かった」
『本当に、今やってることが正しいのか不安なの』
「少し休もうか。水でも持ってくるとしよう」
『これなら、もっと違うことをやっていた方が良かったかもなの』
「……ことみ君?」

聖の声色に、思わずといった調子で戸惑いの色が混ざる。
眉間を寄せることみは、何か悩んでいるのか幼さの残るあどけない顔を少しだけしかめていた。

『せんせ、やっぱ気にしないで欲しいの』

ふるふると振られることみの頭に合わせ、二つに可愛らしく結われた髪も共に揺れる。
サイドの髪で隠れたことみの表情を、聖が窺うことは出来なかった。
俯くことみの仕草に対する違和感が拭えず、立っていた聖が腰を落とそうとした時である。

「先生、大変なのよ! 聖先生!」

聞き覚えのある少女の声が場に響き、聖とことみの二人はほぼ同時にパソコンルームの位置口である扉の方向へ顔を向けた。
派手な仕草で開けられ悲鳴を上げる出入り口の扉、そこから現れたのはことみ等二人と別行動をとっていたはずの広瀬真希だった。
血相を変えた様子で地団太を踏む真希の様子に、聖はただ事ではない事態が発生したと理解しすぐに彼女の元へと歩んでいく。
ことみは、座ったまま動こうとしなかった。

「どうした、真希君。……遠野さんは?」
「美凪は下! 何か知らない男の子が血だらけで、今美凪がそいつ見てて……」
「何だって?」

勢いのまま聖との距離を一気に詰めた真希は、そのまま聖の腕にしがみつき縋るように背の高い彼女を見上げる。
真希の不安は、とても分かりやすい形で聖にも伝わっただろう。
怪我をしている人物がいるというのならば、その処理に聖程打ってつけの人物はいない。
そのまま現場へと引きずっていこうとする真希の力に流されそうになる聖だが、はっとなり両足の先に力を混める。
聖が踏みとどまったのは、ことみの存在を思い出したからだ。
怪我をしている人物がいるということは、その「怪我をさせた」人物がいる可能性もあるということである。
そんな状況に、ことみ一人をここに残していくわけにはいかない。あまりにも危険すぎる。

「ことみ君」

振り返り、聖はことみの名を呼んだ。
ことみに対する聖の声かけには、一緒に一端ここを移動をしようという意味が含まれていたのだが、ことみは聖の心情に気づかないのか小さく手を上げるとそれをひらひらと横に振る。

「いってらっしゃい」
「いや、違う。一端一緒に遠野さんの所に向かおう、ここに君一人を残してくのは危険だ」
「大丈夫なの。コレも、もうちょっとで終わるから」
「そういう問題じゃない」
「せんせ」

かぶりを振ることみの表情はいつも通りのぼんやりとした様子そのものだが、どこか頑ななところがあった。
眉を寄せる聖に、ことみは告げる。

「ちょっと、一人で考えたいことがあるの」
「……そうか、分かった。何かあったら大声でも何でも出してくれ」

あっさりと聖がことみの言葉を飲み込んだのは、彼女の脳裏を先ほどことみが打った文字列等が掠めたからだ。
危険に晒された際大した抵抗もできなさそうなことみを一人にすることに対し、聖の胸中に潜む不安が拭えることはないだろう。
しかしことみが思い悩んでいる様を、聖は見ている。
聖はことみの意思を優先させた。

「いいか、大声で叫ぶんだぞ。すぐに駆けつける」
「分かったの」

自分のデイバッグを担ぎ真希と共に走り出す聖を、そうしてことみは見送った。
静まり返る教室に残されたことみは、聖達が去っていった扉の先から目線を変えないまま小さく溜息を一つ吐く。
ふぅ、とゆっくり空気が漏れ出す愛らしい唇のその下、ことみは同時に指先で首筋を掻いた。
暖かな自身の温度が伝わっていく途中で、唐突に冷ややかな硬い金属がことみの指の動きの邪魔をする。
装着されている首輪が原因である。

ことみは考えた。
この爆弾が仕掛けられている首輪だが、これに関する問題はことみにとって皆無に等しい。
それは最初から、彼女にとっては分かりきっていることである。
このようなおもちゃはことみには通用しない。
また彼女に支給された暗殺用十徳ナイフだが、暗殺用とは言え普通の十徳ナイフと同じような機能も付属している。
ドライバー。首輪を解除する際必要となるかもしれない工具が、そこにはあった。
まるでこれでは、主催側がことみに首輪を外してくれと言っているようなものである。

今はまだ主催側の意図が読めない故、ことみは行動に出ていない。
主催側の目的。それすらも、ことみは正確な予測を出せていない。
しかしことみは断言する。

(ここに閉じ込めて、殺し合いをさせるだけというのじゃ……絶対、ないの)

ならば一体何のためなのか。
ことみはそれを調べるために今、こうしてパソコンを使いハッキングを行っていた。
学校に来て調べ物をする、それはことみが言い出したことである。

ことみと聖が当初目的にしていた場所は灯台だ。
星の位置からこの場所を明確に割り出せるかもしれないと考えた二人は、真希と美凪も引きつれ行動を開始しようとしていた。
ことみがこの寄り道を提案したのは、あまりにも唐突と言っていいタイミングだったろう。
それでも気になる点を明白にしたいという願望の強さを、ことみはしっかりと行動に表す。
反発なく受け入れてくれた仲間の許容度の高さに救われたことみだが、その作業は難航することになる。

本来ことみが得意としているのは、コンピューターではなく物理学等の理論だ。
専門外の作業に苦戦することみが、先ほど聖に対しもう少しで作業が終わると伝えたのは、全くの嘘だった。
主催側の内部に潜り込むことはできたものの、結局目的の情報へ辿り着くことはできないだろうと判断したことみは、闇雲に時間を使ってしまっただけという事態を恐れ次の行動を開始していた。
ウィーンと、無音であったパソコンルーム内に機械音が響く。
音の出所は教室の隅に設置されている印刷機だ。静かに歩み機械に寄り、ことみはそこから排出された一枚の紙を手に取る。

印刷されているのは、ここ、沖木島……と呼ばれている島の地図だった。
しかし、ただの地図ではない。
フルカラーで印刷された地図には、赤と青の二種類ある×印が施されていた。
赤の×印は三つ。ホテル跡、鎌石小中学校、鷹野神社に付けられている。
青の×印は四つ。C06-C07の境目あたりの海岸線、G06-H07の交差地点、G02-H02の境界線と海岸線、G09-H09交差点に付けられている。
怪しい画像データを見つけ印刷してみたことみだが、それらが何を指しているかまでは突き止められなかった。

「さっぱりなの」

結局、ことみが得られたのはこれだけだった。
自分の限界にむーと少し頬を膨らませることみだが、普通の参加者等ならこの域にすら達することはできないだろう。
この、今ことみがいる鎌石小学校にも印がつけられていることからこの場所にも何かあるのかもしれないだろうが、それを調査するにも理由が分からなければ行動は起こしにくい。
ことみが首を傾げている時だった。

「やあ、何をしているのかな」

ふと。
教室内に響いたのは、ことみの物ではない少年の声だった。
全くことみが気づかなかった内にこのパソコンルームに入り込んでいたもう一人の人物、彼とことみの視線は自然とかち合うことになる。
少年は聖が出て行った扉に、背を預けるようにして佇んでいた。
褐色の肌に銀色の髪を持つ少年に対し、ことみは全く見覚えがない。
唐突に現れた訪問者をじっと見つめたまま、ことみはマイペースな問いかけを送った。

「……いじめる?」
「ははっ、いじめたりなんてしないよ」

微笑む少年に、ことみは逆方側へとまた軽く首を傾げる。
警戒心が薄いのか、ことみがその場から逃げようとする気配はなかった。
それも『少年』の思う壺だったかもしれない。
笑顔の裏側にある少年の目的に、ことみはまだ気づいていなかった。




一ノ瀬ことみ
【時間:2日目午前7時過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校・二階、パソコンルーム】
【持ち物:主催側のデータから得た印付の地図、毒針、吹き矢、高圧電流などを兼ね備えた暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯、お米券×1】
【状態:少年と対峙】

少年
【時間:2日目午前7過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校・二階、パソコンルーム】
【持ち物1:強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)、注射器(H173)×19、MG3(残り17発)】
【持ち物2:支給品一式、レーション2つ、グロック19(15/15)・予備弾丸12発。】
【状況:健康。効率良く参加者を皆殺しにする】

霧島聖
【時間:2日目午前7時過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校】
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式、乾パン、カロリーメイト数個】
【状態:美凪と祐一の元へ】

広瀬真希
【時間:2日目午前7時過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校】
【持ち物:消防斧、防弾性割烹着&頭巾、スリッパ、水・食料、支給品一式、携帯電話、お米券×2 和の食材セット4/10】
【状況:美凪と祐一の元へ】
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