「―――新たな次元震を感知!」 「何じゃと!?」 狐色の丸い体をぷるぷると震わせた個体の叫びに、後ろに控えた白い個体が驚いたような声を上げる。 「このタイミングで……!」 「渚ちゃんの中に開いたゲートの修復だけで手一杯なのに……!」 「……落ち着け。やき、詳細を」 口々に不安を漏らす個体を制するように声を上げたのは、黒色の一体である。 やきと呼ばれた狐色の個体が、はっとしたように手元の計測データに目を落とす。 「そ、それが……」 「どうした」 「新たな次元震源……同時に二箇所発生でさあ!」 やきの戸惑ったような声音に、その場にいた個体が揃ってぷるぷると震える。 「な……何じゃと!? 計測ミスではないのか!」 「白玉長老の言うとおりだ、先の次元転移に伴うアンコ流侵蝕で機材の半分が持っていかれている。 急いで再確認を」 「む……わしとしたことが少し取り乱したようじゃ。済まんの、ごま」 動揺を隠し切れずにいる、白玉長老と呼ばれる白い個体。 その代弁をするような黒い個体、ごまの低い声が、場の動転を少しづつ鎮めていく。 しかし、間を置かずに返ってきたやきの言葉が、再び混乱を巻き起こすことになる。 「確かにこの辺りのミタラシ値異常で、串の利きは最悪ですがね……検算終了、間違いありやせん! 次元震源は上空36000km! この惑星の静止衛星軌道上、及び……我々の直下、地下数十メートル! 規模は……それぞれ2800、及び4500ギガキナコ!」 それは、彼らの想像を絶する数値であった。 「な……!?」 「嘘でしょ……!」 「そんなの、本隊特務でもなきゃ……!」 ぷるぷるという震えが場の空気そのものを揺らしているかのようだった。 「特大級の震源が二箇所だと……!?」 さしものごまの声も僅かに震えている。 「すいやせん、更に悪い報告が……」 「構わん、言うてみい」 苦虫を噛み潰したような長老の声。 続くやきの報告もそれに応えるように重苦しい。 「……震動、収まる気配を見せやせん。地下の震源は既にほぼゲートの形成を完了。間もなく開放に至りやす」 「ぬぅ……!」 「となれば、上空も時間の問題……か」 「そんな……4000ギガキナコクラスの開放なんて、どれだけのアンコ流侵蝕が起こるか……」 「修復は可能か、あん」 ごまに問われたのは、滑らかな深い茶色の個体。 ふるふると震えながら答えるその優しげな声音の中には、しかし一本のしっかりとした芯を感じさせる。 「……難しいわ。長い漂流で資材は底を尽きかけてる」 「さっきの転移で残った機材もほとんど使い物になりませんしね」 「そうね、つきみ。今の私たちには三箇所もの同時対処は不可能。 それに……複数のゲートが開けばミタラシ共鳴が始まるわ。そうなれば……」 「……渚ちゃんのゲートだけだって、塞げるかどうかわからねえ、ってこった」 あんの言葉を引き継いだのはやきである。 厳しい視線に萎縮したように小さな白い個体、つきみが長老の陰に隠れた。 「……今の我らに残された手段は少ない」 「しかし、となれば……」 「うむ、道は二つ。眼前の一つに総力を傾けるか……それとも、まとめて吹き飛ばすか、じゃ」 その言葉は、静まりかけた場を騒然とさせるに十分なものだった。 最初に声をあげたのはやきである。 「な……吹き飛ばすって、まさか串ごとゲートをパージするんですかい!?」 「そんなことをすれば……ゲート周辺の次元ミタラシ値は極大と極小の間で大きく触れるな」 「そ、それじゃ渚ちゃんも……!」 「そんな……! あんまりです、お爺ちゃん!」 「―――我らが使命を忘れたか!」 大喝が、響いた。 「我らだんご大家族……次元の崩壊を未然に防ぐが第一の努めぞ! だんごと生まれてそのお役目を徒や疎かにするべからず! 家訓第一条、唱和せい!」 「―――家族は一個の為に、一個は家族の為に!」 反射的に声を揃える。 それは彼らが毎朝唱え、心に刻んできた使命であり、誇りである。 唱和することでその重みを思い出したか、誰もが口を噤んだ。 ただ、一人を除いて。 「……だけど、」 狐色の体を震わせて呟いたのは、やきである。 「だけど俺は、納得できねえ! 納得できやせんぜ、おやっさん!」 その身体の内に燃える炎に炙られて色づいたと言われる、彼はそういう男であった。 「使命はありやさあ! 俺だって忘れちゃいねえ! けど! けどそいつぁ納得できねえ! ここは引けねえ! 引いちゃいけねえ! 使命を盾にして恩人を犠牲にするなんざ……! そいつぁ、そいつぁコゲだんごにも劣る所業ってもんでさあ!」 その炎が今、燃えている。 炙られたように、一歩を踏み出したものがいる。 静かな瞳に決意を宿らせたごまであった。 その後に続くように、あん。 最後に、固く口を引き結んで、目には涙を一杯に溜めた、つきみである。 横一線に並んだ四個は、まるで一本の串に刺されているかの如く。 それは、だんご大家族の理念を体現するかのような、四個であった。 「……人の話は、最後まで聞けい」 四個を前に、深い溜息をつく長老。 困ったようなその表情には、しかしどこか笑みのような色が見え隠れしている。 「確かに、我らの使命は一つでも多くの次元崩壊要因を防ぐことじゃ。しかし……」 一拍を、置く。 「―――恩義を忘れただんごなど、只の米粉じゃよ」 言い放ったその顔が、悪戯っぽく笑った。 それはかつて宇治金時の白獅子と呼ばれた歴戦の勇士がみせた、覚悟の表情である。 「お、おやっさん……」 「お爺ちゃん、カッコいい!」 「それじゃ……!」 「長老……それが、決断ならば」 口々に呟く彼らの上に、再び大喝が響く。 「何をボサッとしておる! ……渚ちゃんに巣食うゲートを封鎖するぞい! 出し惜しみは無しじゃ!」 「―――了解!」 一瞬の間を挟んで、すべてのだんごが声を上げる。 唱和を通り越したそれは、既に雄叫びに近い。 「チックショウ、燃えてきやがった……!」 「だんごの底力、見せてあげましょう!」 「修復班を集めろ、あん。こちらが合わせる」 「わかったわ、ごま」 「おいテメエごま、抜け駆けはゆるさねえぞ!?」 「やきさんはこっちですっ」 「何しやがるつきみ、離せっ」 「オペレートの準備はもうできてるんですから、急いでくださいー!」 「ほっほ、若いのう」 騒ぎながら準備を進めるだんごたちの目には、長老と同じ色がある。 覚悟と、誇りと、そして希望とが燃え上がる、それは色だった。 *** 「―――干渉震源、閉鎖完了!」 *** 「……? わたし、は……」 「渚……気がつきましたか、渚!」 ゆっくりと開かれた古河渚の瞳が最初に映したのは、母親の顔であった。 ひどく心配そうに自分を見下ろしている。 「おはようございます、お母さん……わわっ」 寝ぼけ眼をこする渚を、早苗が突然かき抱く。 「元の……元の、渚ですよね……」 「ご、ごめんなさいお母さん、言ってる意味がよくわかりません……」 「よかった……本当に、よかった……」 抱き締める力の強さに困惑する渚が、記憶にない己の珍妙な言動を聞かされて更に困惑を深めたのは、 それから十数分の後である。 【時間:2日目午前11時すぎ】 【場所:I-7 沖木島診療所】 古河渚 【所持品:だんご大家族(100人)、支給品不明】 【状態:健康】 古河早苗 【所持品:日本酒(一升瓶)、ハリセン、支給品一式】 【状態:安堵】 だんご大家族 【MISSION:COMPLETED!】 - BACK