スク水ロワイアル





ぴちゃんと。
冷たい液体が、目を閉じたままである名倉由依の頬を弾いた。
想像していなかった感覚に驚き、由依は閉ざしていた意識を覚醒させる。

「悪いわね、お湯は出ないみたいなの。少し冷たいけど、我慢して」

抑揚があまり含まれていない少女の声は、由依の頭上から降ってきた。
気を取り戻したというものの、疲労の極みに達していた由依はそのだるさが全面に出ているようで、かけられた言葉に対してもぼーっとしたまま反応を返さない。
なすがままの由依に、抵抗の色は見られなかった。
半分程開けられた由依の瞳、虚ろな視界には由依と同じようなボブカットの先端が映っている。
その面影に、由依は全くの見覚えがなかった。

シャワーヘッドを片手に由依の体を丁寧に清めているのは、由依をここまで連れて来た人物でもある太田香奈子だった。
鎌石村小中学校に辿り着いた香奈子は、一端同行していた氷上シュンと離れここ、小中学校の設備として存在していたプールに由依を抱えやってきた。
離れたと言っても、シュンは建物の入り口付近で二人を待っているだけである。
何かあればシュンが駆けつけてきてくれる、そう思うだけで香奈子は安心して作業に集中できただろう。
気を失っている状態の由依の尋常ではない姿、まずこれをどうにかしなければ先に進むのは難しいだろうというのが香奈子等の出した見解である。
清潔にしていなければ、後々病的な意味で問題が起こるかもしれないという不安にシュンは静香に顔をしかめた。
そんな心の底から由依の身を心配しているシュンに対し、香奈子はそこまでストレートに真摯な思いを抱いている訳ではない。
まだ複雑な心境を脱していない香奈子の、由依を見つめる表情は厳しかった。

香奈子の心情など知る由もない由依は、ただ肌を流れていく水の冷たさに肩を小さく震わせるだけである。
呑気なものだと。香奈子は、緊張感の無い由依の様子に小さな溜息を一つついた。
しかし真水を直接かけ続けているというこの状況、恐らく弱っている由依の体には良い影響を与えないだろう。
温水が配給されない施設故仕方ないことだが、これで風邪でも引かれたらかなわないと香奈子はまた一つ溜息を漏らした。

(着替えも、どうしようもないのよね)

由依の着用していた制服は、裂かれた上に粘つく液体がコーティングされ異臭を放ち続けている。
着替えを用意できない以上それを着させるしかないのだが、このような状態の物にもう一度袖を通させるのはあまりにも酷だろう。
だからと言って、こんな場所に気の利いた衣服が存在する訳でもない。
香奈子も、自分が着用していた制服を差しだそうとするほどお人好しではない。
今は由依の身を洗うべく纏っていた制服を脱いで下着姿になっている香奈子だが、勿論作業が終わればきちんと自分の制服を着直すつもりだった。

ただこのシャワールームに続いていた更衣室にて、香奈子はあるアイテムを容易く入手することができていた。
タオルである。今、由依の体を磨くのに香奈子が使用しているタオルは、脱衣籠の中に無造作に放られていた。
それがどのような意図で籠の中に入っていたのか、香奈子が知る余地も無い。
他の参加者が置いていった可能性というのもあるだろう、埃臭いこの施設に対しタオルに古臭さというものは特に感じられなかった。
もしかしたら、もっとよく探せば他にも何か役立ちそうな物が見つかる可能性はあるかもしれない。
そのためには、とりあえず目の前の作業を終える必要がある。
軽く頭を横に振り、香奈子は再び由依の体を流す行為に集中した。

様々な色の痣が浮かび上がっている由依の肌は、香奈子の手によりゆっくりと清潔さを取り戻していっている。
べたつく体から汚れが落とされていく感覚がリアルに伝わり、由依はその心地よさに思わず恍惚の表情を浮かべた。

(気持ちいいなー、ずっとこのままでいたい……って、えぇ?!)

さっぱりとしていく感覚の中で、その時猛烈な違和感が由依の脳裏を駆け抜けていく。
由依にとって思ってもみなかった場所に、触れるものがあったのである。
ぎょっとしたことでぼやけていた思考がクリアになった由依は、すぐ様違和感の出所を目視しようと半身を起こした。

「な、ど、どこ触って…てっ」

そこで由依は今自分が全裸に剥かれているという事実をはっきり認識することになるのだが、それよりもまず対処すべき事というのが今彼女の目の前にある。
大事な、最も恥ずかしい場所であるはずの由依の秘所に、潜り込んでいるものがあった。
香奈子の右手である。タオルを片手に、香奈子は由依の秘所の洗浄に取り掛かっていた。
タオルごしとは言え、そんな場所をいきなり直撫でされた由依としてはたまったものでない。
無言で手を引いていく香奈子をびくびくしながら見つめる由依、すかさず足を閉じ由依は香奈子から身を隠すよう小さくなった。

急に反応が過敏になった由依に対し香奈子も一瞬目を見開くが、彼女が落ち着いた様子を取り戻すのにそう時間はかからない。
いきなり警戒しを剥きだしにしてきた由依を気にすることもなく、香奈子は手にしていたタオルをすっと差し出した。

「自分でやるなら、それでいいけど。ちゃんと綺麗にした方がいいわよ」
「え?」
「……」

香奈子の言葉に由依が固まる。
そこでやっと、由依は自分の身に起きたことを思い出した。

―― 振る舞われたのは、抗うことの出来ない圧倒的な暴力。

晒された時間など分かるはずもない。

―― 断続的な痛みと、耳を離れない下卑た笑い。

いつしか由依は、「思考する」という行為を取らなくなった。
その、現実から逃げるために。

さーっと血の気が引いていき、水を浴びたことで色を失い欠けていた由依の顔色はますます蒼白になっていく。
そのままいきなり荒々しく歯を上下に奏でだす由依の様子に、香奈子はまたため息をつく。

「不潔なままにしておく訳にはいかないでしょ」
「あ、あ……わ、わた、私……」
「いいから」

そう言って香奈子は、強引に無理矢理タオルを由依の手に握らせた。
そしてまだ水が流れ続けているシャワーヘッドを床に放置し、香奈子はシャワールームから脱衣所に続く扉へと一人手をかける。
事情を聞いたり慰めたりする気が、香奈子には毛頭ないのかもしれない。
混乱する由依を面倒に感じた香奈子は、彼女が落ち着くまで更衣室の探索でも行うつもりだった。




香奈子がそれを見つけたのは、探索を始めてからすぐのことである。
更衣室の中を漁る香奈子の目に止まったのは、不自然な形で詰まれた布のようなものだった。

「……?」

更衣室の入り口からは影になって見えなかった脱衣籠の中から、紺色の山が覗いている。
おもむろに近づき、香奈子は山の一番上に積まれていたそれを手に取った。
しなやかな肌触り。独特の弾力性と広げてみることで分かるその見た目は、どこにでもある普通の水着である。
俗に言う、スクール水着だ。特に変哲な所もない。
胸元の所に貼り付けられた「朝霧」という名札から、それが朝霧という名字の少女のものであることが窺える。

朝霧という名字は、どちらかというと珍しい部類に入るだろう。
香奈子の知人にはいないはずだが、しかし何故か香奈子の脳裏を掠める記憶が警告を出している。
「朝霧」という名字を持つ人物を、香奈子は知っているだずだった。
いや。「朝霧」という名字を、香奈子は極最近目か耳にしたはずである。

と、香奈子はその「朝霧」という名字が貼られた水着が本当は山の一番上ではなかった事実に気づく。
籠の横、滑り落ちるように一着の水着が皺を作っていた。
どうやら高く積まれていたため、ずり落ちてしまったらしい。
一端「朝霧」の水着を脇に置き、香奈子はくしゃっとなっている水着に手を伸ばした。
新品独特の生地の伸びが感じられない水着、デザイン自体は「朝霧」の少女のものと同じだろう。

そして、胸元に貼り付けられている名字。
今度のそれは、香奈子にとって最も近しい人物のものだった。

「……何、これ」

藍原。
香奈子の中で、「藍原」という名字を持つ人物はただ一人しか当てはまらない。
また藍原、朝霧、その下に続く「天沢」という名札が目に入った瞬間、香奈子はこの法則性を瞬時に理解した。
慌てて水着の山を崩しだす香奈子、よく見るとデザインは同じであるがサイズはバラバラである水着の中から香奈子はある名札をつけられているものを探そうとする。
一枚一枚名札を確認しながらどんどん床に水着を落としていく香奈子の額に、汗が浮かぶ。
あいうえお順という法則性故、香奈子が目的のものを発見するのにそう時間はかからない。
そして、見つけたそれを手に香奈子は呆然となりながらも、心の底からであろう嫌悪を表す言葉を呟いた。

「……気持ち、悪い」

太田。
今香奈子の手の中にある水着につけられている名札が、それだった。
どこにでもある、それこそ「朝霧」に比べたら極平凡な名字だ。
香奈子のことを指している訳ではないかもしれないが、不安が去ることは無い。
駆け巡る不快感に煽られるよう、香奈子は自分のデイバッグを引き寄せそこから参加者名簿を取り出した。
そして、想像通りの現実に唖然となる。

「朝霧」という名字に見覚えがあったということの理由。
「朝霧」の前が、「藍原」であったということの理由。

山の高さからすれば、この薄物達が名簿に載っている女性の人数分用意されているかもしれないという憶測は容易く立つ。
人数分用意されたかもしれないこのスクール水着が、一体何を指しているというのか。
香奈子が分かるはずもなかった。




氷上シュン
【時間:2日目午前7時半】
【場所:D−6・鎌石小中学校】
【所持品:ドラグノフ(残弾10/10)、救急箱、ロープ、他支給品一式】
【状態:香奈子と由依を待っている。祐一、秋子、貴明の探し人を探す】

太田香奈子
【時間:2日目午前7時半】
【場所:D−6・鎌石小中学校】
【所持品:H&K SMG U(残弾30/30)、予備カートリッジ(30発入り)×5、懐中電灯、他支給品一式】
【状態:呆然】

名倉由依
【時間:2日目午前7時半】
【場所:D−6・鎌石小中学校】
【所持品:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分)、破けた由依の制服、他支給品一式、ボロボロになった鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)】
【状態:呆然、全身切り傷と陵辱のあとがある】
【備考:携帯には島の各施設の電話番号が登録されている】
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