(おねえさん)/Island Atlas






 血の水溜りがいくつも広がっていた。
 赤黒く、粘々としたそれは命の残り香を放ちながら少しずつその勢力を増している。
 まるで生命活動だった。
 いや、その表現はあるいは正しいのかもしれない。
 その水溜りは……人の想念が、無念がこれでもかというくらいに詰まっているのだから。

「……事情は、大体分かった。済まない、何も気付かなくて」

 白衣を脱ぎ、簡素なTシャツ一枚となっている霧島聖が芳野祐介に話しかける。
 両人とも先の戦闘で傷つき、倒れ、命を散らした人間の遺体を運んでいたために服が血で汚れている。

「いや、あんたが気に病む必要はない。何せあっという間の出来事だったからな……助けを呼ぶ暇もなかった」

 表情を変えずに語る芳野だが、聖はそれでも自責の念を感じずにはいられない。
 何者かに襲われ、まず芳野の連れ二人が命を落とした。
 続けて襲ってきた別の人間の手により、更に二人が命を落とした。
 結果、芳野の連れは全員が死亡。

 医者の立場である聖からすれば気に病まずにはいられない状況であった。
 あの時、浩平についていけば。
 ひょっとしたら何人かは命を失わずに済んだのかもしれない。
 少なくともこんな状況にはならなかった。

「人は、誰も未来なんて分かるわけがない」

 そんな聖の胸中を察するように芳野が言った。
 聖の考えていることは要するに結果論だというのだろう。
 確かに、そうだ。
 だがそれでもこれだけの数の遺体を目にすれば考えたくもなる――そう言おうとして、しかし聖が口を開くことはなかった。

 芳野の横顔を見たときの、必死に出てくるものを抑えているような視線の硬さが、何かを決意しているかのように見受けられたからだ。
 現場にいた芳野はきっと聖が感じた以上のものを感じている。
 目の前で仲間の命を奪った敵。
 相打ちとなって死んでいった仲間。
 挙動全てが芳野の脳裏に刻まれている。
 その芳野が感情の波を堪えているというのに、どうして自分だけが愚痴を漏らせようか。
 前だけを見ようとする芳野の姿には薄い言葉など無意味で、恥ずかしい。
 だから聖は代わりにこう応えた。

「そうだな……済まない、少々気が滅入っていたようだ」
「持ってきたの」

 その後ろで、どうやら走ってきたらしい一ノ瀬ことみが小刻みに肩を揺らしながらライターを手に持って現れた。
 埋めるのは時間がかかりすぎるだろうということで、芳野が火葬を提案したのだ。

 立ち上る煙や炎の色で乗っている人物気取られるという可能性はあったが、裏を返せば仲間を探し求めている人間の目印にもなる。
 無論そんな打算的な考えだけで芳野も提案したわけではないだろう。
 あくまでも聖達の体力などを気遣ってのことに違いない。
 実際、聖と芳野の作業は遺体を一列に並べ、火がよく回るように枯れ草や枝などを置くだけで良かった。
 人道的な観点からするとその後土に埋めるのが理想的なのだが、そうも言ってられない。
 火葬した後の白骨化した遺体を野晒しにすることになってしまうが、それは『今のところ』放っておくしかない。
 もし、もしも全てが終われば――無論、この殺し合いを崩壊させることだ――その時こそ、ちゃんとした埋葬をしてやれる。
 だからそれまで我慢していてくれ、と聖は誰にも聞こえない程度に呟いた。

「一ノ瀬、貸してくれ」

 芳野の言葉に、ことみは無言で応え、ライターを手渡す。
 シュッ、という火打石の音と共にライターに火がつき、僅かにその場の彩度を高める。
 そのまま屈みこんだ芳野は枯れ木の端に点火する。
 よく乾燥していた濃茶色のそれがあっという間に火を伝染させ、その姿を炎へと変えて死体となった参加者達を包み込んでいく。
 パチパチ、と爆ぜる熱の呻きが、ひどく安っぽいもののように聖は感じられた。
 幸い……と言えるかどうかは甚だ疑問だが、血は既に乾いて水分を失っていたので中々燃焼が広まらないという事態にはならなかった。
 ごうごうと炎の波が広がって行くのを横目にしながら、芳野が「行こう」と二人を促した。

「奴らを……こんな事を計画した奴らを潰す算段を、教えてくれ」

 炎を背にした芳野の目は、既に悲しみを怒りに変えていた。
 二人が頷くと、芳野は硝酸アンモニウムを積んだ台車を押して歩き始める。
 行き先は保健室であることを伝えつつ、聖はことみと一緒に残りの荷物を回収して、芳野の後に続いた。

     *     *     *

 真っ白な壁が目に留まる。
 しかし幾分か老朽しているのだろう、所々見られるシミと細かな罅は建物の年齢を雄弁に物語っていた。
 覚醒した意識にいくらか遅れて、消毒用アルコールの匂いが鼻腔をくすぐるのを感じながら藤林杏はぼんやりと考えを働かせていた。

 ここはどこなのだろう。
 自分の状態はどうなっているのか。
 今の状況は。
 そして……言いようもなく圧し掛かってくるこの胸の苦しみは何なのだろう。

 様々な疑問が頭を巡るが、頭は恐ろしいほど冷静であった。
 一人であることが、そして病院にも似たこの部屋の雰囲気がそうさせているのだろう。
 幸いにして時間はありそうだったので、一つずつ考えていこうと決めて杏はふぅ、と息をついた。

 まずここは?
 匂いや、雰囲気から判断して医療施設であることは間違いない。
 だが地図で見た限りでは病院らしき施設はこの島には見られなかった。
 診療所のような建物の存在はあったが……杏の移動していた場所から考えれば遠すぎる。
 ならば、それ以外に医務室のような場所がある施設にいるのだろうと杏は推測した。
 ……十時間以上気を失っていた、というならまた話も別かもしれないが、それは保留しておこう。

 次だ。今の状況はどうなっているのか。
 これは確かめようがなかった。
 体はいくらか動くものの無闇にここから出るわけにもいかない(包帯が巻かれているということは、治療してくれた人間がいて、今は出払っていると考えられるからだ)。礼も言わずに出て行くのは失礼だし、そもそもここがどこか分からない以上移動のしようがない。
 時計くらいはあるかもしれない。出来るのは時間を確かめることくらいか、と思って布団を持ち上げた……と同時に、ようやく気付いた。

「え、なに、ちょ、は、裸っ!?」

 というか、パンツ一丁である。全裸一歩手前である。
 冷静だったはずの頭が急に温度上昇を始め、慌てふためく杏。

「服、服服服服! 服どこっ!?」

 治療してくれた人間は見たのだろうか、これはセクハラで訴えることができるのではないかという思いは蚊帳の外に置いておき、とにかく必死に服を探す。
 宇宙を見渡す勢いで三次元空間を凝視した後、ようやくハンガーに制服(血まみれ)がかかっているのを発見する。
 獲物を見つけた獰猛な肉食動物よろしく黄金の右腕でひったくり、服に袖を通そうとして――肝心なものが足りないことに気付いた。

「……ブラが……ない……」

 ジーザス。これはひどいと杏は神を呪った。
 実を言うと聖が治療を行ったときには銃弾やら血液やらでボロボロであったため、已む無くゴミ箱へゴールインさせたのである。
 が、そんなことを知るわけもない杏はどこへやったと鬼神の形相で探し回るものの、見つかるわけがない。
 グレイト。どうやら治療をしてくれた人間は変態なだけでなく自殺希望者だったらしい。

 大辞苑の角の部分で高らかに殴ることを刹那の見切りで決定した杏ではあったが、いかんせん物が見つからないのではどうしようもない。
 常識的に考えるならそんなことを思案するよりスカートだけでも穿いておくとか、とりあえずノーブラでもいいから服を着ておこうとかの対策を講じておくべきだったのだが、花も恥らう乙女にそれを望むのは酷というものだろう。
 そして運命はあまりにも残酷であった。
 ガチャ、という音と共に保健室の扉が開かれたのである。

「あ……」
「……」

 状況を改めて説明すると、杏はぱんつはいてはいる、がほぼ全裸である。
 服を抱えているので、おっぱいは隠れてはいるが全裸一歩手前である。
 繰り返す。99%全裸である。
 それだけならまだ良かったが(良くないが)彼女は必死にブラを探し回っていたためにその格好で保険室内を歩き回っていた。
 風呂の後に全裸で家中を闊歩するお父さんと同レベルである。牛乳は手に持っていないが、変態さんである。
 青少年の教育によろしくない。PTAは怒り心頭であった。

 そんな彼女の前に現れたのは芳野祐介。
 事情は大体聞いていた芳野であったが、まさか杏が目覚めた上放送倫理委員会に引っかかりそうな光景を繰り広げているなどとは流石の彼でも予想は出来ない。というか、まだ気を失っていると思っていた。
 ここで更に不幸であるのは芳野が先陣を切って保健室に突入したことである。
 前を歩いていた芳野はそのままことみに先導してもらいながら部屋に入ったのだ。

 さてここで問題だ。

 Q.次の計算式を解きなさい。

 男の子 × 女の子 × (ぱんつ一枚 + ぽろり寸前) = ?

「い……」
 杏はおもむろにその辺にあった本を一冊手に取り……
 大きく振りかぶって、渾身の一球を放った。甲子園球児もビックリである。
「いやああぁぁああぁぁああぁあぁあぁああああぁぁぁぁっ!!!」

 A.死亡フラグ

     *     *     *

「すみません、本当にごめんなさい、取り乱してたんです……」
「もういい、気にするな……我が身の不幸はむしろ受け入れて当然、というより、不可抗力だろう、アレは」
「まあ結果的に手遅れになったわけだが」
「そのようなの」

 ぺこぺこと彼女らしくもなく頭を下げる杏と、聖に包帯を巻いてもらっている芳野。
 荒れた室内。
 ますます強まったアルコール臭。
 何があったのかは語るまでもないだろう。

「とにかく、君が無事で良かった。それだけ暴れられるのなら折原君も安心だろう」
「……」
「……」
「折原……あいつに抱えられて、ってとこまでは覚えてる。その後、どうなったのか分からないけど……」

 少し表情を変えた三人から、彼に良からぬことがあったと察知した杏は、あえてそこで言いよどんだ。
 いや、既に察しはついていた。信じたくないだけで、杞憂であって欲しいと思ったから、そう言ったのだ。
 しかし、その儚い期待はことみが首を振ったことによって、脆くも崩れ去る。

「折原はこの殺し合いに乗った奴と相打ちになって死んだ」

 ことみの代わりに芳野が口で告げる。
 事実だけを語る芳野に眉を顰めた杏だが、それ以上に感じるのは一抹の寂しさであった。
 やることだけやって、さっさと逝ってしまった浩平。

 ふざけた性格の癖に、高槻と一緒になってバカなことをしていた癖に。
 何も言わずにいなくなってしまうなんて、悲しいじゃない……

 場は沈黙に包まれる。誰もが言葉を切り出せなかった。
 だがそれも長くは続かない。
 何故なら、そんな状況などお構いなしにやってくる、ある時間になったからだ。

「皆様、いかがお過ごしでしょうか。大変心苦しい事とは存じ上げますが、どうか心を鎮めてお聞きください。
 ――では、第三回目の放送を、開始致します」

 淀んでいた空気が、今度は冷たく硬直する。
 12時間ぶりに奏でられる悪魔の旋律が、保健室の四人の心を容赦なく刈り取っていく。
 家族の名が、友の名が、愛するひとの名が。
 四人ほぼ全てが目を絶望の色に変えていた。……特に、聖は。

「……佳乃が……妹が……そうか……」
「先生……」

 それ以上の言葉をかけられないことみ。それほどまでに聖は肩を落としていた。
 無論ことみも杏も、ショックはあった。
 二人が密かに想っていた朋也の死。
 それは二人とも半ば一方的に思いを抱いていたが故にまだ納得はいかないまでも、受け入れる準備は出来ていた。
 朋也は朋也の思い人を守るために散ったのだろう、と。

 だがそれすら霞んでしまうほど、聖の落ち込みようは尋常ではなかった。
 聖とて薄々こんなことがあるのではないかと感じていた。
 いつ、どこで、どんな目に遭ってもおかしくないのは芳野組の一件で分かりきっていた。
 それでもなお、自分の妹だけは無事であるはずと心のどこかで期待していた。

 天真爛漫なあの子だけは、と。
 だが聖は佳乃が抱える病も知っている。
 度々起こる、夢遊病にも近いあの正体不明の病気。
 あれを治したいがために聖に医者になることを決意させたほどの、謎の症状。
 それが起こっている間はいかなる言葉も受け付けない。どんな言葉も届かない。
 加えて、何をするか分かったものではない。
 人を殺しかけたこともあったのだから。
 それを誤解され、殺害された――そんな想像も容易に浮かぶ。

 けれども生きていて欲しい。無事で居て欲しいと願わないことがあるだろうか。
 家族に生きていて欲しいと思うのは当たり前で、どうしようもないことだった。
 だから……こんなにも、つらい。
 こんなことがあっていいわけがない。
 放送で、恐らく女性と思われる人物が語っていた言葉。
 『ゲームが終了した暁には、お二人とも、その願いを叶えて差し上げます』
 聖の中で言葉が反芻される。

「霧島。まさか、奴らの言葉を信じて殺し合いに乗る……なんてことは考えていないだろうな」
「……」

 それを遮ったのは芳野だった。
 どこに持っていたのかウージーを構えると、それを聖に突きつける。

「なっ……」
「芳野さん!?」

 悲鳴をあげる二人を睨みつけると、二人はその場から動けなくなった。目が、本気だった。
 視線を厳しいままに、芳野は続ける。

「悪いが、そういう人間を野放しにするわけにはいかない。たとえ大切なひとのためであろうとも……」
「あんた……正気なの!? この人、妹さんを……家族を亡くしたのよ!」
 だが、流石に感情まで制することは出来なかった。杏は怒りも露に、芳野に挑みかかる。
「俺も婚約者を亡くした。大切なひとを失ったのはお前らばかりじゃない」
「っ……だからって……!」
「仲間も、せめてもと会いたい人に会わさせてやろうと誓った仲間も、死んだんだぞ……!」
「芳野さん……」

 ぐっ、と杏は言葉を詰まらせ、ことみはかける言葉もなく俯く。
 芳野の出す怒り、悲しみはそのまま彼女達自身が感じていることとして跳ね返る。
 何のために自分達は過ちを犯してでも生きているのか。
 何故正気を保ちながら、こんなにも必死に生きているのか。
 そんな問いと、そして答えが視線から伝わってくる。

「俺達はこれ以上過ちを犯すわけにはいかない……だから、もう油断はしない。霧島、聞かせろ。お前の答えを」
「……自惚れるな」

 答えを求める芳野を、聖は言葉一つで押し返した。
 重く、響くその声は芳野以上に強く、熱く、哀しく。
 思わず銃口を放した芳野だったが、聖は怒ったように手刀でウージーを叩き落し、これ以上にない形相で睨みを返す。

「私は医者だ。折原君が連れてきた藤林君のように、あるいは戦闘で傷ついた人間を見つけたら治療する義務がある。誰かが私に襲い掛かってきたとしたら、殴り倒してでも説得する。例え、その行動が命取りになっても、だ」

 聖はそこで一旦言葉を切ってから、
「もう一度言うぞ。私は医者だ。医者が人殺しの看板を掲げてたまるか。私を舐めるな、芳野祐介」
 胸倉を掴みかからんばかりの勢いに、今度は芳野が圧倒される番だった。
 聖は最後に「それが答えだ」と締めくくって終わらせたが、芳野は苦味を噛み締めた表情になって、失言をした、と思った。
 聖は確かに一人の人間で、一人の少女の姉であったが……同時に、医者でもあった。
 彼女の誇り高い精神を理解しきれていなかったことに、「すまない」と芳野は非礼を詫びる。

「……まあ、今回は許してやろうか。君もまだまだ青いな」

 ふふんと余裕の笑みを浮かべる聖に芳野も苦笑いし、一連の騒動は終息を告げることを表していた。
 様子を見守っていた杏とことみもホッとため息を漏らしていると、芳野は二人にも謝罪する。

「そっちにも迂闊なことを言ったかもしれない。すまなかった」
「あ、いや……私もカッとなって……あはは、お互い様ってことで」

 頬を掻きながら照れ笑いを返す杏に、ことみは何か分かったようにうんうんと頷いていた。

「さて、と……」
 緩みかけた雰囲気を正すかのように聖が仕切りなおす。
「芳野君はまあことみ君あたりから聞いているからいいとして……藤林君には……ことみ君」
「ほいほいさー」

 何か気の抜けた声で応じつつ、何事かとちんぷんかんぷんな杏にことみが爆弾を用いた脱出計画の一部を見せる。
 取り敢えずは施設一つを潰せる程度の爆弾を作るのだが、現在はその材料をかき集めていること。
 ふむふむと諒解したように杏は頷く。同時に、この計画は秘密裏に進められていることも。というか書き足されていた。
 『秘密の作戦なので口外無用。言うなよ! 絶対言うなよ! なの』と。

「で、だ。これから灯台に行こうと考えていた。……もう私の妹は探せなくなってしまったが、君たちの仲間はまだ探せるからな。一人でも、生きてさえいれば」
「先生……」
「幸いにして藤林君も回復したことだし……荷物整理の後、四人で灯台へ向かおう。何か別の提案はあるか?」
「あ、なら……霧島先生、別行動を提案したいんだけど」

 手を上げて杏が意見する。
 まだ万全とは言いがたいが、誰かの手を借りなければ動けないというレベルではないし、致命的な傷を負ったわけでもない。
 聖が杏の身を案じてくれてのことなのかもしれないが、もうこれ以上借りを作りたくないというのが杏の本音だった。

「人を探すにしても二手に別れた方が効率もいいでしょ?」
「言い分は分かるが……」
「平気。あたしはこれ以上迷惑かけらんないし、そこまでヤワじゃない。お願い、霧島先生」
「なら、俺が藤林につこう。二人同士で別れればバランス的には問題ないだろう」

 問答に割り込むようにして芳野がそう言った。
 確かに芳野が護衛につけばそれなりにはなる。
 だが芳野は知っているはずだ。二人同士で別れ、それ故に生じた悲劇を。

「いいのか、芳野君」
「構わんさ」

 過ちは忌んで、避けるべきものではない。
 学んで生かせばいい。
 そんな意味も含めて、芳野は答えた。

「……分かった。だが藤林君、無茶はするな」
「分かってます。あたしもそれくらいは知ってる。自分の体だから」

 制服の血がついた部分を撫でるようにして、どれくらい自分の体が傷ついているかを見せるような杏の挙動。
 まだ若干の不安はあったものの、それは医者としての職業病かと思い直し、聖は話題を次に移す。

「なら武器の分配だ。強そうな武装はそちらに回すが、そのIDカードと鍵、見取り図とフラッシュメモリはこちらに回してくれ。
 特にフラッシュメモリはここでも調べられそうだからな」
「あ、そのフラッシュメモリだけど、中身はもう調べてあるわ。
 参加者の支給品の武器一覧と、メイドロボ用のプログラム、
 それと……何だったかな、エージェントの心得、みたいなのが入ってた」
「なんだ、もうチェック済みなのか。なら、後回しにしても良さそうか。……ことみ君はどう思う?」
「探すほうを優先させるべきだと思うの。もう、生きてる人は少なくなってるみたいだから」

 ことみの言っていることは、仲間になるであろう人間の候補が少なくなりつつあるということを暗喩していた。
 それに、調べること自体は失くさなければいつだって出来る。

「じゃあ、マシンガンを俺が持っていかせてもらう。藤林は希望はあるか」
「投げるものがあればいいんだけど……辞書は……なさそうだし、日本刀と、あいつの包丁を貸してもらうわ。二刀流ってやつね」
「ふむ、なら後は適当に割り振ろう。それと……あの変な恐竜みたいなのだが、藤林君に譲ろう。まあこれくらいは医者として、無理はさせたくないからな」

 恐竜、と聞いて杏の脳裏には、七海を死に追いやった女の姿が蘇る。
 そういえばこちらの手元には彼女が持っていたような装備がいくつかある。
 つまり……浩平が相打ちに持っていったという人間は、恐らくそれと同一人物と見て間違いない。
 カタキ……結局あいつに先越されちゃったか。本当、どうして何も言わずに逝っちゃうのよ……
 再び高じてきた寂しさを紛らわせるために、「ありがとう、先生」と応じて、荷物の整理に移ることに決める。
 心につけられた傷は、まだまだ癒えることのない段階だった。

「杏ちゃん」
 荷物に手をつけようとした杏に、ことみの声がかけられる。
「会えて、また無事に会えて、本当に嬉しかったの。今まで、言いそびれてたけど……」
「そう言えば……そうね。うん、心配かけてごめん。あたしも……嬉しい」
「だから」
「ええ」

 その先に、言葉は不要だった。軽く握手を交わすと、お互いに次にやるべきことのために作業に没頭する。
 そう、傷は未だに癒えることはない。これからだって傷は増えていくかもしれない。
 けれども、こうした苦界の中でも喜びもまた見出せるものだから……
 だから、また頑張れる。
 それは自分だけでなく、ことみも、聖も、芳野もきっとそうに違いないのだ。
 そんなことを考える杏には、再会を喜び合い、手を交し合った暖かさが、確かに彼女の中に残っていた。




【時間:2日目午後18時50分ごろ】
【場所:D-06・鎌石村小中学校・保健室】

芳野祐介
【装備品:ウージー(残弾18/30)、予備マガジン×3、サバイバルナイフ、台車にのせた硝酸アンモニウム】
【状態:左腕に刺し傷(治療済み、僅かに痛み有り)】
【目的:杏に付き従って爆弾の材料を探す。もう誰の死も無駄にしたくない】

藤林杏
【所持品1:携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ほか支給品一式】
【所持品2:日本刀、包丁(浩平のもの)、スコップ、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々】
【状態:重傷(処置は完了。激しすぎる運動は出来ない)。芳野に付き従って爆弾の材料及び友人達、椋を探す】
ウォプタル
【状態:学校の外に待機】

霧島聖
【持ち物:H&K PSG−1(残り3発。6倍スコープ付き)、日本酒(残り3分の2)、ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式(保健室でいくらか補給)、乾パン、カロリーメイト数個、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)】
【状態:爆弾の材料を探す。医者として最後まで人を助けることを決意】

一ノ瀬ことみ
【持ち物:暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯】
【持ち物2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、フラッシュメモリ】
【状態:爆弾の材料を探す】


【その他:杏と芳野、ことみと聖はそれぞれ別れて行動します。方向はまだ未定。なお、保健室がかなり荒らされています】
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