「だんごっだんごっだんごっだんごっ♪」 「ぷひっぷひっぷひっぷひっ♪」 嬉しそうに歌いながら歩く芽衣。 その数歩後ろを顔を引きつらせながら見守るのは緒方英二。 顔は笑ってはいるものの周囲への警戒は怠ってはいない。 気になるのは芽衣の横をとことこと歩いている一匹の獣。 それが何かと言うと、事の顛末はこうだ。 「そう言えば、芽衣ちゃんの支給品はなんだったんだい?」 絶対に兄に合うまでは守ってやるつもりではあるものの ――参加者の中には何人か人間とは思えないような連中が居るからね。自分のことだな、と心当たりのある連中は居るだろう? 英二は最初に言われたウサギの説明を思い出す。 『人間とは思えないような』、それが厳密には何かはわからないがエスパーみたいな人間が混じっているのかもしれない。 もしもそんな誰かに襲われた時、自分の持つ銃だけでは心もとないのも事実だった。 だから出たそんな言葉。 芽衣もまだ見てはいなかったらしく、その言葉に首をかしげた。 バックをおろし鞄を開けて覗き込む。 中をまさぐっても武器らしきものは特には見当たらない。 「あっ!可愛い〜」 芽衣が嬉しそうな声を上げて鞄の中から取り出したのは一体の茶色いぬいぐるみ。 (まさかこれか?) 英二が訝しがっていると、抱き上げたぬいぐるみから一枚の紙がはらはらと落ちる。 <取扱説明書-ボタン-> 見た目はなんの変哲も無い可愛らしい猪ですが 一定のキーワードを言った後指を鳴らすとあら不思議、言ったとおりのものになります。 枕にしてフカフカな夜を満喫するもよし。 ラグビーボールにしてにくいあんちくしょうの顔めがけてもよし。 なんと今ならマッサージ機にも、一日の疲れを癒してくれます。 他にも多機能満載。 動いてる姿を愛でたくなったら再度指を目の前で鳴らしてあげてくださいね(はぁと) ただれっきとした生き物ですので餌は三食しっかりと与えてください。 糞の始末も飼い主の責任ですよ! ……読んでもいまいち状況が飲み込めない。 ただ間違いなく芽衣に支給されたものは、いわゆる外れの部位に入るこれのようだった。 ぬいぐるみを抱きかかえながら黄色い声を上げている芽衣を手招きする。 つぶらに固まった眼の前に手をかざす。 揺ら揺らと風を起こしても何も反応は無い。 (これが生き物……?) とても信じられない。 指をぱちんと鳴らしてみた。 「う、うわっ」 途端、今まで黙っていたその物体がプルプルと震えだした。 暴れるように芽衣の腕から飛び跳ねると「ぷひっ」と奇妙な泣き声を上げる。 「か、可愛い〜っ!」 狐につままれたように呆然と立ち尽くす英二に対し、芽衣は目を輝かせてボタンに飛びついた。 すっかり芽衣になついてしまったボタンは、芽衣のそばを離れようとはせずずっと隣を歩いていた。 「串に刺さ〜って、だんごっ♪」 「ぷっひっ♪」 「みっつ並んでだんごっ♪」 「ぷっひっ♪」 しかしこの猪はどこまで出来るのか。 もはや歌い始めて3週目になり、芽衣の歌詞にしっかり相槌まで打っている。 わけがわからなくて英二は思わず声を出して笑ってしまう。 いきなり出た笑い声に、芽衣はくるりと振り返り尋ねた。 「どうかしました?」 英二は答えることが出来ないほどの笑いをこらえようと、必死に腹を押さえてうずくまった。 「んーもう、どうしたんですかっ?」 陽の光を隠すように身体が影に覆われる。 顔を上げると、芽衣が少し膨れっ面で英二に歩み寄っていた。 隣には同じように怒ったように毛を逆撫でたボタンの姿が。 ……そこが限界だった。 「……あ」 「あ?」 「……は、はは、あはははははは!」 「ごめんごめん」 ひとしきり笑うとゆっくりと息をついた。 隣ではまだ芽衣がハムスターのような顔でそっぽを向いていた。 勿論下を見ればボタンも同じように……再びこみ上げそうになる前に芽衣を見直した。 「なんか英二さん失礼ですっ」 心の底から笑ったのなんて何年ぶりだろう。 (あっちの世界では仕事に追われ、そんなことを考える余裕さえなかったな) 平和な日常では笑うことさえ出来ず、命を天秤にかけたこの島ではこんなにも笑えるなんて。 ……皮肉だった。 春原芽衣 【時間:一日目14:55】 【場所:C-4D-4の境目のちょい南ぐらい】 【持ち物:支給武器:ボタン 支給品一式、水と食料が残り半分】 【状況:英二にご立腹中】 緒方英二 【時間:一日目14:55】 【場所:C-4D-4の境目のちょい南ぐらい】 【持ち物:支給武器:拳銃(種別未定) 支給品一式、水と食料が残り半分】 【状況:芽衣を必死になだめ中】 【動向:二人とも鎌石村に向かってます】 - BACK