悪夢




身体にまたがると、また一発二発と顔面を殴り続けた。
顔が左右に揺れ、同時に口から鮮血が飛び散る。
何十発と殴ったのかもうわからない。
顔はどす黒く晴れ上がり、綺麗だった面影はどこにも残っていなかった。
真っ赤に染まった拳を止める。振り下ろす拳が赤く染まる。
右へ左へとリズム良く揺れる顔から鮮血が飛び散っていた。
僕は笑っていた。
恍惚の笑みを浮かべ、ただ殴り続ける。
異様なまでに興奮していた。
もはや呻き声も出ないほど憔悴しきったそれが、涙を流しながら自分をじっと見つめている。
僕は気にも止めず、また拳を振り上げ打ち下ろした。
頭が大きく揺れる。
「………ん」
何か言ったように聞こえた。
僕の左腕がぴたりと止まった。
(命乞いか?聞いてやろうじゃないか)
腕が振り下ろされないのがわかったのか、ノロノロと顔を上げて僕の目を見て小さな口を開いた。
「……あ……きら……く……ん」
殴りつけていたはずの顔が美咲さんの顔になって、そしてそのまま目を閉じて……。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

そこで目が覚めた。
極度の興奮でほんの数分の休憩を取ろうと腰掛けた、それだけなのに……悪夢だった。
「はぁ……はぁ……」
呼吸がまったく定まらない。
夢は潜在願望を映す鏡と言うが、あれが僕の望み?
美咲さんを殺すことが?
冗談じゃない。

初めて人を殺した興奮が止まないだけだ。
腕に巻いた黄色いスカーフをじっと見つめる。
佳乃に殺されかけた時の黄色い布、それは赤い鮮血で汚れていた。
特に深く考えたわけではない。
気が付いたら握り締めて持ってきていた。
「殺した人間の持ち物をコレクションする……どこぞの快楽殺人者みたいだな、ってか冗談じゃない」
彼女を守るために他の人間はすべて殺す、ただそれだけだったはずだ。
「なんでこんな思考になる?落ち着け、落ち着け、落ち着け……」

『みさき!?』
その時、どこか遠くから懐かしい名前が聞こえた。
もたれた身体をガバリと起こすと目を閉じて耳を澄ます。
だがその後は何も聞こえることは無かった。
ただ静寂が広がるばかり。
(気のせい?いや違う、確かに聞こえた)
「美咲さん、美咲さん、美咲さん!」
(声がしたのはあちらの方角だ、たぶんそうだ)
バックを慌てて掴むと駆け出していた。
頭の中が愛しい人で埋まる。
「会える!会いたい!会える!会いたい!!!」




七瀬彰
【時間:一日目15:50】
【持ち物:武器:アイスピック、自身と佳乃の支給品の入ったデイバック】
【状況:声のした方向へ向かう、叫び声は「気がつけば『お約束』? −春原の受難−」での雪見のもので】
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