殺した。人を。 公子は目の前に崩れ落ちた理奈の死体を見て未だに体の震えを止められなかった。 当然だ。人ひとりの命を奪ったのだ。軽いはずが、ない。 「うっ…うぐっ…」 吐き気を懸命にこらえる。しっかりしろ、これくらいで参ってどうする、伊吹公子。 罪悪感に苛まれる心を鞭打ち、ようやく平静を保つ。呼吸を整えた後、改めて理奈の死体を見下ろした。今度こそ、何も感じない。そう思いこむ。 しかし、公子も人だ。理屈では仕方が無いことなのだと分かっていても彼女の親族を思うとやりきれない気持ちもあった。 だからこそ、もう後には引けない。必ず祐介と妹を生き延びさせてみせる。そのためにも彼女の死を無駄にするわけにはいかない。勝手かもしれないが、これが伊吹公子の信念だった。 (さて、まずは彼女の武器の確認ね) デイパックの中身を確認する。武器以外の支給品は全て同じだった。そして、肝心の武器。 (ナイフ、か) 少々がっかりしたが、役立たずの支給品よりはマシだ。そう思っていると、もう一つ紙切れが出てきた。武器の説明書だった。 (スペツナズ、ナイフ?) 皮肉にも、それは妹の風子に支給されたものと同一の品だった。無論、公子がそれを知っているはずもなかったが。 一通り使い方を確認する。柄の部分を押すと、ナイフの刃が飛び出す仕組みになっているらしい。つまりは、奇襲用の武器ということだ。 (これは使えそうね、でも、問題が一つある) それは、刃は一度飛び出すともう二度と戻せないということだ。最後の切り札ということになる。 とは言え、手持ちの二連式デリンジャーも残弾は残り六発。最高でも六人しか殺せないことになる。何よりも、その隠匿性は女の身である公子にとっては十分切り札たりえるものであった。 その事から、今後有力な武器を手に入れるまでの主力はスペツナズナイフということになりそうだった。 それから、使えそうな食料品のみをデイパックに詰め、用意を整えた。これからどうするか。 単純に考えて、積極的に戦闘を仕掛けるのは得策では無い。自分は女であるし、体力も優れているわけではない。いっそのこと、どこかに紛れ込んで内側から切り崩していくか―― いや、それもダメだ。自分の服には、先程の戦闘で返り血がついてしまっている。自分に傷がついているならまだいいが、まったくの無傷。すなわち、殺し合いに参加しているととられてもおかしくない。 「…となれば、わたしより弱そうな人や、怪我人を狙っていくしかなさそうね」 ハイエナみたいではあるが、確実に殺っていくにはこれしかない。こんな序盤で、まだ怪我を負うわけにはいかないのだから。 とは言っても、祐介や風子が戦闘に巻き込まれない保証はない。的確に、素早く仕留めなければならない。公子は、自分の二つの武器を見た。 (…最後まで、わたしと、祐くん、風ちゃんを守ってくださいね) まるでお守りのように愛しく見つめた後、この場に転がる理奈の死体をどうするべきか考えた。 (彼女にも、自分の生活や、愛する人があったはず。せめてもの礼儀として、埋葬しておくべきかしら?) 穴を掘ろうか、と考えたところで、公子はふと思った。 (もし、何も知らない人が、この子の死体を見たらどう思うかしら) 恐らく、大抵の人間は硬直し、判断力が鈍るはず。ならば、その隙こそ、攻撃をしかけられるはずなのでは? 悪くは無い策だった。彼女には申し訳無いが、囮になってもらう。埋葬はその後で行えばいい。 公子は中身が分からないようにデイパックを閉じた後、近くの茂みに隠れた。果たしてこの策、どう出るか。 しばらく待つ。するとがさがさという音と共に、体中に無数の細かい切り傷を負った少女が出てきた。しかも、たった一人で。公子に、好機が生まれた。 「あ、ああ、あああ…そんな、嘘…」 少女の体ががくがくと震え、今にもへたり込みそうだった。 公子の鋭い目が、少女――名倉由依を捉えた。 (殺るなら、今しかない――!) 『伊吹公子(007)』 【時間:1日目午後1時45分頃】 【場所:E−05】 【所持品:二連式デリンジャー(残弾六発)、スペツナズナイフ】 【状態:健康、服に返り血】 『名倉由依(075)』 【時間:1日目午後1時45分頃】 【場所:E−05】 【所持品:不明】 【状態:着衣に多くのひっかき傷、体中浅い切り傷、疲労気味。 とりあえずお姉ちゃん(友里)との合流を目指す。 理奈の死体を見て固まっている】 - BACK