扉を求めて




 芳野祐介(118)と別れた相沢祐一(001)と神尾観鈴(025)は彼が離れた後、すぐさま荷物を纏めて場を離れた。
 始めは二人もある程度歩きながら今後の方針を離していたが、時間が経つにつれ次第に口数も減り、今では完全に沈黙している。
 原因は無表情で黙り込む祐一だ。
 芳野がいた時や出発間際はそれほどでもなかった。
 なんてこともない世間話や自身のことを話している内は気も紛れたのかもしれないが、二人になると考えることがあるのか祐一は口を閉ざしていた。
 それを、心配気味にチラチラ覗き見る観鈴。こういった雰囲気が苦手なのか、彼女は誤魔化すように拾った醍醐の荷物を漁っている。
 祐一が思うところは、先の戦闘だ。

(人助けとはいえ……撃っちまったんだよな)

 転がる醍醐の死体を見たときは、自分がやった惨状だとはいえ目を逸らした。
 初めての銃の感触と発砲、そして遠目からでも分かった肉が抉られる瞬間。 
 その光景が何度も何度も頭の中で繰り返される。
 確かに、殺すつもりで撃った。襲われていた観鈴や芳野が危険だと思ったから、迷うことなく発砲していた。
 放った弾が、醍醐へと正確に着弾した時は、安堵に口許を綻びもした。
 そして、芳野があまりにも普通にしていたこともあり、殺したという事実が麻痺していたのかもしれない。
 現に、今更になって手に震えが走ってきたのだ。
 殺したことに対する後悔はない。二人を助けることが出来たのだから。
 だが、直には割り切れそうにもなかった。
 人を助けるという理由を免罪符に、人を殺してもいいだなんて祐一も思ってはいない。 
 しかし、そうしなければ二人が危うかった。
 悪意がある人間は必ずしも全員ではない。人の価値観によって悪意は変わってくるのだから。
 第三者から見れば自分は悪かもしれないが、それでも自分は間違ったことはしていないと思わなければ、この狂ったゲームでは生き残れない。
 歩きながら荷物を漁る観鈴に、祐一はそっと目を向ける。

(人一人殺してまで彼女を守ったんだ。このまま無駄死にじゃ、助けてくれた芳野さんにも悪い。俺が殺したおっさんにも……な)

 醍醐にだって何か譲れない理由があったのかもしれない。
 今となっては知る術はないが、その想いを断ち切った者の責任として、彼女は守り通さなくてはならない。
 報いることは決して出来ないが、自分が後悔するつもりはない。
 そう決意を新たにした祐一へ、沈黙に耐えかねた観鈴が口を開く。

「……祐一さん、大丈夫……?」
「ん? なにがだ」
「そ、その……元気なかったから……」

 守った少女にまで心配されるとは。
 祐一は軽く観鈴の頭を小突いて苦笑した。

「何言ってんだよ。俺は大丈夫だって。神尾こそ、よそ見して歩いてるとすっ転ぶぞ?」
「こ、転ばないよっ」

 祐一も観鈴も本来の調子が戻ったかのように笑いあう。
 そうだ。あれこれと悩むのは性に合わない。
 普段通りにしていればいいのだ。かつて、名雪や香里、北川と楽しく話していたときのように。
 そして、皆で考えれば良い。ゲームの解決策を。
 あの日々に戻るまで、誰一人欠けることもなくだ。
 物事を前向きに考え出すと、先程の沈黙とは打って変わって、二人の間に話が弾んだ。

「んじゃ、その往人って奴や晴子さんって人を探してるんだな?」
「うん。往人さんとお母さんはちょっと意地悪だけど、とっても優しいから。祐一さんはどう?」
「俺か? 俺は……そうだな。香里と美汐、秋子さん辺りが冷静で頼りになるかもな」

(良い意味でも悪い意味でも……)

 内心、そう呟いた。
 彼女達は恐らく、このゲームでも冷静であろう。
 冷静であるが故に、高が外れないかが心配だ。
 それさえ考慮すれば、心強い仲間となるだろう。

「あゆや栞なんかは、恐怖で震えてそうだな……」
「にはは。女の人ばっかり」
「うっ……男だっているぞ。一人だけだがな……」

 そういえばと、学校での生活を思い返す。
 今の学校に転校してから僅か数日で、数人の女友達には恵まれた。
 しかし―――

(あれ? 俺の男友達って北川だけ……?)

 よくよく考えてみるとそうであった。友達が少ないことを改めて露呈する祐一。
 だが、それは北川一人で満足していたということもある。
 北川もこのゲームでの参加者の一人であるが、彼の死に際は想像できなかった。
 こんな無人島でもしぶとく逞しく生きているんだろうと、酷く愉快な情景を思い浮かべてしまう。
 奇しくも、その感想はとある少女と重なるわけだが。
 思わず笑みを浮かべてしまう祐一を、怪訝そうに見つめる観鈴であったが、ふと思い出したようにポケットから何かを取り出した。

「あ、そうだ。みてみて祐一さん。これ……なんだと思う?」
「これって……フラッシュメモリ……だな」
「ふらっしゅめもり?」

 観鈴が取り出したものは小さな記憶装置、フラッシュメモリだ。
 彼女が持っていたということは、これが支給品なんだろう。 
 それを受け取った祐一は、しげしげと眺める。

「USBコネクタか。パソコンがあればいいんだが……あるのかこんなところに……?」
「えっと、なにかなそれ?」
「ああ。パソコンの携帯型の記憶装置だ。見たことないか?」
「にはは。うち田舎だから、パソコンも見たことない」
「……それは、ある意味すごいな」

 今日日の子供は携帯電話だって慣れしたんでいるというのに、どんなド田舎だ。
 きっと電話だって黒電話に違いない。
 失礼な解釈をしつつ、祐一はメモリを観鈴に返す。

「ともかく、それ。重要かもしれないから落とさず持っておけよ」
「が、がんばる。それで、これからどうするの?」
「そうだな……。神尾の知り合いを探してもいいが、その前に―――」

 祐一はバックから地図を開く。
 現在は山の麓辺りを歩いており、元いた場所から地図を辿るとE−06付近だ。
 目視でもかすかに建物も見えることから、これは学校だろ。ならば、間違いないはずだ。
 そこから、さらに北西に向かって地図の上を指で走らせる。
 観鈴も横から覗き込み、指が止まった位置で呟いた。

「鎌石……村? ここに行くの?」
「過剰に人が集まる場所には行きたくないんだけどな。取り合えず、だ。パソコンを探してみよう」
「パソコンを? あっ! これを使うんだ」
「踊らされてる気もしないが、無闇に歩き回っても仕方ないしな。一先ず明確に目的を決めたほうが良いだろ」

 祐一は地図を畳み、代わりにコンパスを取り出した。
 しばらく、方角とコンパスを睨んでいた祐一だったが、方角を確認した後、畳んだ地図と一緒にコンパスをバックへと放る。

「よし。勝手に目的地決めたけど、神尾もそれでいいか?」
「あ、うん。私は祐一さんについて行くから」

 その言葉に頷いた祐一は、観鈴を連れ添って歩き出す。
 今度は、明確な目的意識を持って。




 『相沢祐一(001)』
 【時間:1日目午後4時頃】
 【場所:E−06】
 【所持品:S&W M19(銃弾数4/6)・支給品一式】
 【状態:普通。パソコン確保のため、まずは鎌石村へ】

 『神尾観鈴(025)』
 【時間:1日目午後4時頃】
 【場所:E−06】
 【所持品:フラッシュメモリ・支給品一式】
 【状態:普通。祐一の意向に従う】
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