澤倉美咲(053)はじっと森の中に隠れていた。
 側には大きな透明の盾、それが彼女の支給品であった。
「何でこんなことになったんだろう…」
 昨日まではいつもと変わらない日常を送っていたのに、考えれば考えるほど訳のわからない事態だった。
(これからどうすれば…)
 まず自分はこのゲームに乗る、いや、それ以前に乗ることは出来ないだろうという事がよくわかっていた。
 自分には人を殺す力も勇気も到底無い、そう思っていた。
「私… このままこの島で死ぬしかないのかな」
 口に出してみるとぞっとする。
 ナイフで首を切られて死んでいる私、バットで撲殺されて死んでいる私、銃で頭を撃ち抜かれて死んでいる私――
 次々に浮かんでくる自分の死に様。
「そんなの嫌だな…」
 死にたくない、死にたくないよ…
 藤井くんに会いたかった。
 由綺ちゃん、七瀬くん、はるかちゃん、誰でもいいから知り合いに会いたかった…

何時間経ったであろうか。
ガサッ…
突然、背後より葉が擦れる音が聞こえた。
「…誰?」
美咲は反射的に振り向く。
「あの… 大丈夫ですか?」
そこには同じぐらいの歳の様に見える女性がちょっと怯えながら立っていた。

「それじゃ梶原さんは弟さんを捜しているんですか?」
「はい」
その女性――梶原夕菜(022)は、安心したのか先程とはうって変わって明るい表情で頷いた。
「でもごめんなさい、ずっとここに隠れていたから、わからないの」
「そうですか…」
少しがっかりした表情を浮かべたが、すぐにまた明るく言った。
「それじゃ、一緒に行動しませんか?」
「いいんですか?」
 その言葉は嬉しかった、けど…
「多分… 私、足手まといになると思いますよ」
「そんなことありません」
 励ますように夕菜は微笑む。
「大丈夫! きっと助かります、そうちゃんなら何とかしてくれる、そんな気がするんです」
 そう元気に言って歩き出した。
「とりあえず、ずっとここにいるのは危ないと思うので移動しましょう。
 この先に洞窟があるの、大体この辺りは歩きまわったからわかります。
 そこで落ち着いて今後の事を話しましょう」

「あ、そうそう」
 洞窟に移動する途中、夕菜は大切なことがあると立ち止まる。
「この先には毒蛇や危ない虫が多いそうなんです、そう…私の支給品の取扱説明書に書いてありました」
「え、そうなんですか」
 驚く美咲。夕菜と出会った場所に行くまでに、すでにここを通っていたのだ。
「はい、ですからこれを」
 そして自分の鞄の奥から何かを取り出す。
「注射ですか?」
 その支給品にはラベルで『回復剤』『解毒剤』『睡眠剤』はては『精力剤』というものまで張られていた。
「そしてこれはワクチンのようなものだそうです」
 自分の腕を思い出したかの様にさすりながら話す。
「私はさっき美咲さんと会う前に使いました、どうぞまだ沢山あるんで遠慮しないで使ってください」

 梶原夕菜はこのゲームに参加するつもりなど全く無かった。
 ただ義弟である宗一のことは常に気にかかっている。
 宗一とその仲間達は必ず皆を救おうとして、その為に今も走りまわっているだろう。
 そして必ずこのゲームを壊す。そう確信していた。
 しかし――参加者は120人もいるのだ。
 いくらなんでも…多すぎる。
 これ程の人数では善人ばかりでなく、進んで人を殺す者もいるだろう。
 そして錯乱して襲い掛かって来る者も、仲間同士の輪を乱すような者も
 怯えているだけで守られっぱなしなだけの者も、能天気な振る舞いで迷惑をかけ続ける者も…
 そういった人は宗一、いやゲームを壊そうと奔走しているすべての人達にとって障害以外の何者でもない。 
 誰もそうは言わないだろう、思いもしないかもしれない。しかしそれは事実なのである。
 進んで人を殺す者はまだいい、わかり易い敵だ。皆で協力して倒せばいい。
 だが足を引っ張る者が味方なら、最悪だ。
 誰もその者を排除できない…
 そうしてそういった人達を守るため、多くの人が傷つき死ぬだろう。もしかしたら宗一も…
 ならば、自分が進んで泥をかぶり排除しなければならないのだ、なぜなら――
(そう、あの日、何があってもそうちゃんを守ると決めたのだから)

 効果はすぐに表れた。
「…っ!」
 何事か呻く美咲。
「だ、大丈夫ですか美咲さん!」
 そしてそれに慌てて駆け寄る夕菜。
(…本当にごめんなさい美咲さん、人の数も最低限減らすつもりなの)

 夕菜が洞窟の奥に破り捨てた取扱説明書、そこにはこう書かれていた。

『劇薬(H173) 危険! 人体に使用したらタイヘンな事になります。
 尚、ラベルの表示はすべて嘘っぱちです。皆を上手く騙しましょう』




『澤倉 美咲(094)』
【時間:1日目午後3時過ぎ】
【場所:F−05】
【所持品:強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)、他支給品一式】
【状態:H173投与、早速効果が現れ始める】

『梶原 夕菜(022)』
 【時間:1日目午後3時過ぎ】
 【場所:F−05】
 【所持品:注射器(H173)×19、他支給品一式】
 【状態:普通。美咲の様子を見ている】
 【方針:ゲームを壊しやすくするために単独行動者や迷惑な人間を秘密裏に排除する】

 【その他:2人のスタート地点は鷹野神社(G−06) 】
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