鬼暴き編




 「―――くっ、っはぁ! ハァっ あの辺か……っ!」

 木々が生い茂る林道を佐藤雅史(049)が疾走する。
 汗が頬を振り切り、後方へ散る。雅史は懸命に前に進んだ。
 
 何故、彼がこうも必死に走っているのか。
 始めに方針を固めた雅史は、まずは人が集まりそうな場所を探していた。
 そのため各所を走り回っていたが、流石に肺活量が底を突きかけ、そして足を止めたときだ。
 確かに聞こえたのだ。決して遠くのない位置から―――人の悲鳴が。
 それが耳に届いたとき、雅史は息を整えていた事実を忘れて飛び出した。悲鳴の方向へだ。
 悲鳴を上げていたのは声質からいって女性のようだった。
 
 ―――助けるべき人は助けて、倒すべき敵は倒す。
 
 その方針に従うのならば、この先で繰り広げられている事態こそ、彼が解決すべき事象だ。
 風を切る雅史は支給品の金属バットを強く握る。緊張のためか、掌はじんわりと汗で湿っていた。
 そして、近づくにつれ悲鳴は高く、且つ怒声までも届いてきた。
 ―――近い。もう間近だ。
 高鳴る心拍数が彼を前へ前へと促した。それに抗わず、さらにスピードを上昇させる。
 両足が悲鳴を上げていたが、雅史の目にはもつれ合う二人の少女の姿を確認させていた。

(―――見えたっ!)
 
 雅史は喧騒に飛び出した。

「やめろっ!」
「―――なっ!?」 
「え……」

 驚いたように、争っていた二人は動きを止める。
 二人の状態は、倒れこんだ一人の少女へもう一人の少女が馬乗りで押さえつけているというものだ。
 襲われているのは、現状を見る限り、倒れている少女だろうと一先ず見切りを付ける。
 雅史が馬乗りの少女―――柚木詩子(114)へと警告を飛ばそうと口を開きかけるが―――

「た、助けて……」

 それよりも早く、倒された少女―――藤林椋(091)が口を開いた。
 やはり、危機に陥っているのは椋だと確信した雅史は、バットを構えて詩子を牽制する。

「その子を離してやれ!」
「はぁ!? ちょっと待ってよ! この子がいきなりあたしに襲い掛かってきたんだよ!?」
「ち、違います……」

 雅史の一言に何故か詩子が激怒した。
 椋に至っても、涙目でこちらに救いを求めてくる。

「じゃあ、あの拳銃はなんなの!? ひとりでに弾が出たって? そんなわけないじゃん!!」
「だ、だから、それは手違いで……」
「手違いで人が死んでたら堪んないわよ! それにさっきまでアンタそんな言い訳すら言わなかったじゃない!」
「それは、あなたが先に……」

 ……これは、どういうことだろう。
 バットを構えて固まる雅史を完全に視野の外において、二人は口論を続ける。
 やれやったやってない、と馬乗りの少女が激昂し、倒れた少女が言葉を濁す。
 詩子が椋へと襲い掛かったとすれば、今の現状も納得できる。
 しかし、詩子は椋の言葉を否定して、彼女の行為を追求している。
 それに拳銃という言葉。確かに近くに転がっており、しかも椋の所持品のようだ。
 さらに、悲鳴を上げたのは女性であるわけだが、襲っている者も女性だとは思わなかった。
 何より、悲鳴だけで二人の声色を判断する事も出来ない。
 
 ―――どちらかが、嘘をついていると言うことか? いや、もしくは双方誤解しているのか。

 女の争いに口を出すことを躊躇っていた雅史だが、涼が哀願するかのような視線を向けたことで火の粉が飛んだ。
 
「わ、わたしやってないんです! 信じてください!」
「なに被害者面してんのさ! ねえ!? キミも早くこの危険な女の捕獲に手伝ってよ!!」

 堂々巡りの口論に決着がつかなかったのか、彼女達は第三者の雅史に救援を求める。
 だが、それは大いに困る。 
 完全に部外者の彼にとって、このような事態を平和的に解決させる手段がない。
 なによりも、二人は冷静さを失っており、正常な判断が出来ていないのではないか。
 
(よ、よし。まずは二人を落ち着かせよう)

 単純明快に襲われている者と襲っている者として隔てる事が出来れば話が早かったものを。
 複雑な展開の仲介役として、彼は心の中で嘆息して二人へ向き直った。

「ま、まあまあ。二人とも、少し落ち着こうよ。ほらっ、水でも飲んでさ!」
「早くっ……離してください……!」
「ちょ、ちょっと! 暴れないでよねっ」

 雅史の声など何処吹く風、椋と詩子はお互いのことに夢中でまるで取り合わない。
 椋は詩子を退けることに夢中で、詩子は椋を押さえつけることに夢中だ。
 雅史の声は聞かないが、それでも彼女達は身勝手な助けを催促することは忘れなかった。

「さっきから何ぼっと突っ立ってんの!? だからキミも早く手伝いなよ!」
「お、お願いします……っ。この人退けてください……!」
「だから、まずは僕の話を……」

 依然として雅史の意向は無視されていた。
 いや、彼女達の勢いに呑まれて、気勢が削がれたといったほうが正しいか。
 ぼそぼそと喋る雅史の声など、言い争う二人の前では無きに等しい。
 何の役にも立たない雅史を置いて、場の好転は一向に良くならないと諦めかけていたとき―――

「詩子さん。何を遊んでいるのですか」
「うわっ!?」
 
 背後からの唐突な声に、雅史は飛び上がる勢いで驚いた。
 後退りながら振り向くと、そこにはメイドロボであるセリオ(060)が静かに佇んでいた。
 ―――いつのまに……。
 こんなに近くにいながら足音はおろか、息遣いまでも感じなかった。
 だが、それもメイドロボという理由で納得できてしまう。

「あぁー! セリオ良いところに来た! この子捕獲するのに手伝ってっ!」
「承知しました」

 その言葉と共に、詩子は椋を離す。
 チャンスとばかりに、椋は立ち上がり駆け出そうとするが―――

「失礼します」
「い、痛っ!」

 椋の前にすぐさま回りこみ、腕を背後に取って軽く固めた。
 あくまでメイドロボが基準とする軽くであって、椋にとっては耐え難い苦痛であった。

「痛い痛いっ……痛いです!」
「あー……。セリオ、少し緩めたげて」

 詩子の指示にコクリと頷いて手を緩めると、椋の顔も幾分か緩む。
 椋の身体を固めたままのセリオへと、詩子は悠々と近づいてその肩を叩いた。

「いやぁ、ホント助かったよ。ちょっち遅かったけど、結果オーライオーライ!」
「F−04のポイントに詩子さんがいなかったので、捜索に手間取ったのですが」
「あはは! セリオがあの怖い女の人が離れたかどうか確認しに行った時ね、その悪女に狙われちゃってさ」
「あ、悪女って……。だから、それは勘違いだと……」

 弱弱しくも言葉を挟む椋だったが、詩子は意図的に黙殺する。
 そして、何故かセリオもその意向に従った。
 雅史と椋をそっちのけで、朗らかに会話をする詩子とセリオ。
 椋はともかく、雅史に至っては気付かれてもいないんじゃないだろうか。
 悲鳴が聞こえたから勇ましく飛び出したというのに、不当な扱いだ。
 
(むしろ、僕って役立たず……?)

 内心で、咽び泣いてしまう雅史を慰めるものはいない。




 『佐藤雅史(049)』
 【時間:1日目午後2時頃】
 【場所:E−05】
 【所持品:金属バット・支給品一式】
 【状態:疲労。行動を決めかねている】

 『藤林椋(091)』
 【時間:1日目午後2時頃】
 【場所:E−05】
 【所持品:何かしらの拳銃・支給品一式】
 【状態:普通。セリオを何とかする】

 『柚木詩子(114)』
 【時間:1日目午後2時頃】
 【場所:E−05】
 【所持品:ニューナンブM60(5発装填)&予備弾丸2セット(10発)・支給品一式】
 【状態:普通。セリオと行動を共にする】

 『セリオ(060)』
 【時間:1日目午後2時頃】
 【場所:E−05】
 【所持品:不明・支給品一式】
 【状態:左腕損傷(軽微) 専守防衛】
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