一筋の希望




誰かが私に銃口を向けている。実に愉快そうに、その人物は笑っていた。
どうして、こんなことに? どうして、私が?
怖い、怖い怖い怖い――逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ――
助けて、お姉ちゃ――
ズガン!

「……っ! …はぁ、はぁ…」
目が覚めても、そこはいつもの日常ではなかった。汗が一滴、ポタッと落ちる。
私、美坂栞(100)は、一人でスタートしてから、手近にあるこの小屋に逃げ込んだ。部屋の隅でうずくまっていたら、何時の間にか寝てしまっていたようだった。日がまだ高いことからそんなに時間は経っていないらしい。
「それにしても、ずいぶん嫌な夢だったな…」
誰かに撃ち殺される夢。思い出しただけでもゾッとする。そして、その時は確実に迫ってきているのだ。
だって、私は体が弱いから。体力もなければ腕力もない。120人もいる参加者のうち、たった一人だけ、しかも私が生き残れるとは到底思えないし、その時はお姉ちゃんも死んでいることになる。
そんなのは、絶対に嫌だった。せっかくお姉ちゃんとまた一緒の学校に行けると思っていたのに。
せっかく、友達と一緒のささやかな生活を満喫できると思っていたのに。どうしてこんなことに巻き込まれなきゃいけないのだろう。
パン、パァン!
「ひ…っ!」
小屋の中にまで聞こえてくる銃声。私はさらに体を小さくちぢこませた。その後、銃声は聞こえてこなかった。そのまま私はガタガタと震える。参加する気力もなければ、自殺する勇気も無かった。
どうしたらいいのだろうと思っていると、一つの案が浮かんだ。


「…そうだ、眠ろう」
どんなに夢見が悪かろうが、夢の中で殺されれば、痛みも無く死ねるに違いない。もはや、私にはそうするしか道がなかった。
次に目覚めた時は、どうかお姉ちゃんと一緒の天国でありますように。そう思って目を閉じようとした時だった。
キィ、と小屋の扉が開き、何者かが侵入してくる。
最悪だった。私が眠る前に、参加者に出くわすなんて。こうなったら、覚悟を決めるしかない。最後まで、笑っていよう。私は決してこのゲームに参加しないということを、身をもって知らしめてやろう。
「Hum… まともな物がないわね。この分じゃ、まともに戦えやしないわ…」
やはり殺人者のようだ。けれど、私は負けちゃいけない。精一杯笑っているしかないのだ。やがて、侵入者の目が私を向く。目が合った。美しくて、強そうな人だった。こんなひとが、殺人者だなんて。やがて、そのひとが私に話しかける。
「あなた、ここで何をしているの?」
「何もしていません。ただ、あなたのような殺人鬼に殺されるのを待っているんです」
あくまでも笑顔で。しかし、そのひとは心外だと言わんばかりに肩をすくめた。
「失礼ね。私はあなたが考えているような殺人鬼じゃないわよ。むしろ、その逆」
警戒気味だったそのひとの顔が、柔らかい笑みへと変わる。
「その逆、つまり、このくだらないゲームを真っ向から潰してやろうと考えている人間よ」
本当なのだろうか。にわかには信じられなかったが、そのひとの笑顔には納得させられるようなものが存在していた。私のような、諦めの笑顔とは違う。
「私はリサ。リサ=ヴィクセン。あなたの名前、教えてもらえるかしら?」
「あ…ええっと、美坂、栞です」
「栞さん、ね。All right.それで、栞さん、私と一緒に行動しないかしら?」
突然のリサさんの提案。私は対応しきれず、慌ててしまう。


「えっ? え、ええと…どうして、ですか? 私なんか、役に立たないですし、それに私、体が弱いんです。…きっと、足手まといになると思います」
「don't worry,あなたのお姉さんを見つけるまでの間までだから。それに、一人より二人のほうが心強いでしょう?」
「えっ? どうして、お姉ちゃんのことを知っているんですか?」
すると、リサさんは可笑しそうにふふふ、と笑った。
「バッグの中身、見てないの? 参加者名簿よ。美坂なんて名字、珍しいから」
デイパックの中から、名簿を取り出してひらひらと振る。私は思わず赤面する。
「ふふ、可愛い子ね。気に入ったわ。さぁ、取り敢えずはここから出ましょう。私も探してる人がいるから」
そう言って、リサさんが私に手を差し出す。その一筋の希望。それを、信じてみることにした。
「…あの、リサさん、一つ聞いてもいいですか?」
「OK,私に答えられることなら」
「どうして、このゲームに立ち向かおうと思ったんです。恥ずかしい話しですけど、私なんかじゃ、そんなことを考えつく勇気もなくて…」
すると、リサさんは優しい表情で、しかし鋭い眼差しをもって答えた。


「私はね、自分で言うのもなんだけど、正義感はあるつもりなの。だから、吐き気のする『悪』は絶対に許せない。『悪』っていうのは、自分自身の為に弱者を利用して、踏みつける奴のことね。
まして、家族や友人、兄弟姉妹で殺し合いをさせるなんて…奴らがやっているのは、ゲス以下の行いよ。この島では、法律もなにもあったものじゃないわ。…だから、私が裁く」
かっこいい…と思いつつも、どこかで聞いたような台詞だなぁ、と思わずにはいられなかった。




『美坂栞(100)』
【時間:1日目午後2時ごろ】
【場所:E−8、小屋の中】
【所持品:支給品一式、支給武器は不明】
【状態:健康】
【備考:香里の捜索が第一目的】

『リサ=ヴィクセン(119)』
【時間:1日目午後2時ごろ】
【場所:E−8、小屋の中】
【所持品:支給品一式、鉄芯入りウッドトンファー】
【状態:健康】
【備考:宗一の捜索及び香里の捜索が第一目的、まだ篁を主催者と考えている】
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