「…面倒なことになってきたわね」 向坂環(039)は出発地点のS−9から少し北上した所でひとりごちた。いきなり「殺人ゲームをしろ」などと言われたところで、元々正義感の強い彼女にそんなことをするつもりは毛頭無かった。 だからと言って、今この首につけられている趣味の悪い首輪を外せる手段はない。ゆえに主催者に歯向かおうにも方法がなかった。 だから取り敢えずは貴明や雄二、このみと合流しようとしたのだが。 「ここまでバラバラに分断されるとはね」 河野貴明。向坂雄二。このみは「ゆ」から始まるから仕方が無いとして、スタート地点から少し離れたところで数十分待ってみたが、一向に彼らが出てくる気配はなかった。 親しいもの同士は意図的に引き離されているのか、まったくのランダムなのか。いずれにしても主催者側の意地の悪さが見て取れる。 ともかく、出てこない以上はこちらから出向いて探すしかない。雄二はともかく、貴明はそこまで頭は悪く無い。恐らく、うろちょろ動いたりせずじっと安全な場所にいるはず。 問題はこのみだ。貴明や雄二と合流出来ているならよいが、もし一人だった場合私達を探して危険を顧みず疾走しているに違いない。最悪、錯乱して他の参加者に何かしでかす可能性すらある。 このみはか弱い女の子なのだから。 「…って、私も女の子じゃない」 仲間が危機的状況に立たされているかもしれないという事態が、逆に環を奮い立たせていた。もし貴明達が参加していなければ、環すら錯乱していたかもしれない。 環は苦笑せざるを得なかった。 「さて、私も行きましょうか。まずは持ち物の確認ね」 デイパックを開けて中身を確認する。中に入っていたのはいかにも不味そうなパンがふた切れ、水の入ったペットボトルが一本、参加者名簿と地図、コンパス。そして、支給された武器。 「…こういうものは、あまり見たくないものね」 環が手にしたのは、いわゆる拳銃。M1911A1、通称コルト・ガバメントだった。付属の説明書まであった。見た限りでは、環の腕力でも十分に扱えそうだった。 出来れば使いたくはないが、もし、貴明達の命が危険に晒されるのであれば。 「使うのも、やむを得ないかもしれないわね」 呟いて、デイバックに仕舞おうとした時。 パァン! 何か音がしたかと思えば、環の頬を何かが掠めていった。頭で考えるよりも先に、体を林の中へと転がり込ませる。そして木の影から襲撃者の存在を確認すると―― 「ちいっ、外してもうたか! やっぱもう少し近づかなアカンな」 ――その人物は、24番、神尾晴子! 「ちょっ…あなた、なにやってるんですか!?」 環が晴子に向かって必死に叫ぶが、 「何って…ウチはゲームに参加してるんや。今の銃撃で分からんかったんか?」 しれっと言ってのける晴子に、環は呆然とする。 こんなにも早く、参加者と出会うなんて――! 「悪いけど、ウチの娘のために死んでもらうで。あの子だけは絶対に生かさなあかんのや」 そう言い放つと、晴子はさらに拳銃をもう3発発砲する。当たりはしなかったが、その発砲は環に決断を迫らせるには十分過ぎた。 (撃ちたくはないけど…こんな人、放っておくわけにはいかない! ごめん、みんな) 心中で友人達に謝ると、ガバメントのグリップを握りなおした。 「悪いけど、こっちだってまだ死ぬわけにはいかないのよ! その根性、叩き直してあげるわ!」 晴子に向け、数発発砲する。こちらも当たりはしなかったが、晴子も少し後退する。 「はっ、小娘ふぜいがええ気になるなや! ええわ、受けてたったる!」 女同士の戦いの火蓋が、切って落とされる。 『向坂環(039)』 【時間:1日目午前11時半ごろ】 【場所:F−3、森林帯】 【所持品:支給品一式、コルトガバメント(残弾、残り27)】 【状態:健康】 【備考:戦闘中、晴子を止めることが第1目的、当然晴子の名前は知らない】 『神尾晴子(024)』 【時間:1日目午前11時半ごろ】 【場所:F−3、森林帯】 【所持品:支給品一式、H&K VP70(残弾、残り26)】 【状態:健康】 【備考:戦闘中、スタート地点はS−4】 - BACK