愛の狩人




ムティカパに痛恨の敗北を喫し、旧世代メイドロボであるセリオにグレードアップの
必要性を痛感した綾香は、イルファの現在位置を割り出した久瀬のバックアップを受けて
現地へと急行した。
ちなみに高速移動手段どころか走るという概念が脳内に存在するかどうかすら怪しい芹香は
セリオがお姫様抱っこで抱えている。
なんか嬉しそうなんだけどそういう願望あんのかなこのヒト、ちょっとヤベー、などと
思っても口には出さない綾香。
蘇生の恩義もあるし、何より後が怖い。

「あー、いたいた。おーい、イルファー」
「……?」

何だか良くわからない環境に放り込まれたHMX-17aイルファは、状況がつかめないまま
ぶらぶらと林道を歩いていた。
至上命令は瑠璃さま探さなきゃー、である。
優秀な思考回路と感情エミュレート機能完備のAIを持つイルファだったが、
いかんせんメカの悲しさ、生命の価値というものに関しては今ひとつ鈍感だった。
ゴテゴテとパワードスーツで武装した綾香一行がイルファを発見したのは
そんなときであった。

「あら、セリオお姉様、芹香様。……と、綾香様。……コスプレですか?」
「人をオマケみたいに言ってっと終いにゃバラすわよ? あとこの格好にツッコミ禁止。
 これクライアントが見てんのよ、売れなくなったらどうすんの。」
「久しぶりですね、イルファ。……綾香様」
「何よ、セリオ?」

唐突な呼びかけに、怪訝な顔をして振り向く綾香。
移動中は何を話しかけても無言を貫き通したくせに今更何だ、と顔に書いてある。


「―――衛星回線を通してダイヤル177の傍受に成功しました。
 気象庁発表によれば、本日の沖木島周辺の天候は波高く、」

綾香は相棒の顔面を思うさま殴りつけたい衝動に駆られたが、どうにか堪えた。
そういえば、虎の弱点が水だと聞いたときに、都合よく雨でも降らねーかなー、と
呟いた記憶がある。
それからずっと177への電話で埋め尽くされてたのか、この電子脳は。
やっぱ駄目だ、寺女なんてお嬢学校に通わせたのが大失敗だ。
あそこ世間知らずの箱入りばっかだからなー、要領よく何かするとか
実用的な知識とか、そういうのは全部メモリから追い出されてるわー……、
などと益体もない後悔に打ち震える綾香を尻目に世間話で盛り上がる機械人形。

「……で、この間も瑠璃様がですね、とっても素敵な寝顔を……」
「いえイルファ、睡眠という分野であれば綾香様の右に出るものはおりません。
 副社長という要職にありながら1日平均4回、合計12時間超の睡眠を欠かしませんし、
 先日などは経営会議の最中でも堂々と」
「てめえらまとめて廃品回収に出すぞ!」


ポンコツを2体まとめてもやっぱりポンコツにしかならないんじゃないか、
そんな不安を無理やり押し込めてイルファに事情を説明する綾香。
芹香がまるで空中に漂う見えない何かをかき集めるような仕草をしているのは
視界に入らなかったことにする。

「そういうわけだから解体されなさい、イルファ」
「ご自分が無茶苦茶言ってるって理解されてます?」
「黙れ」

悲しいかな、民生品のイルファに対抗する手段はなかった。
見るみる内に身包みを剥がされていく。


それから、しばらくの時間が経過した。

「……」
「…………」
「………………あの、綾香様?」
「―――ぐあ畜生、こんなのわかるわけねー!
 経営は現場なんて知らなくたってやっていけるんだー!」

あたしは体育会系だー、と叫ぶ綾香。

「人のお腹を開いてからそういうこと言わないでくださいー」

涙目で訴えるイルファ。
両手両足をがっちりとセリオに拘束されている。

「こんなこともあろうかと、工具一式は久瀬に用意させてたんだけどね……」
「綾香様、こんなこともあろうかとお考えだったなら、技術者も用意させるべきだったのでは」
「黙れ旧式、あんたがサテライトでその手の知識をダウンロードできれば問題なかったの!」
「ご指定の機能をメインサーバからダウンロード完了するのに、推定15時間ほど必要です」
「何度も聞いたわよ!」

ああコイツ殴りてえ、と衝動と自制心との葛藤に身悶えする綾香。
虎の一件で、セリオ自身の耐久性には多大な問題があることが発覚していた。
下手にぶん殴ってまた胴と脚が生き別れになられてはたまらない。
帰ったらセリオの武装化担当は真っ先に粛清だ、と心に決める。



「くっそ、こうなったら機械に強いヤツを連れてくるしかないか……。
 言うこと聞かせるのメンドくさいなぁ……。拷問とか手加減とか苦手なんだよね……」

頭を抱える綾香に、黒いローブを靡かせた芹香が近づき、何事かを囁く。

(……ぼそぼそ)
「……え? 別に言うことを聞かせなくても、殺せば魂を召喚して操れるって?」

ぱっ、と表情を輝かせる綾香。

「さすが姉さん、何だかわかんないけどとにかくすげー!
 よおし、じゃ頑張って工学屋を殺すわよー!」
「珊瑚様に酷いことしたら駄目ですー!」
「よしそれだ、でかしたイルファ!
 ご褒美にバラすときは痛くないようにしてあげるからね!」
「もしかして私いま墓穴掘りましたかー!?」

こうして、綾香一行の次の標的が決まった。




 37:来栖川綾香
【時間:一日目16:00頃】
【場所:G−3付近】
【持ち物:パワードスーツKPS−U1、カラシニコフAKS−74U、こんなこともあろうかとバッグ】
【状態:健康】

 60:セリオ
【時間:一日目16:00頃】
【場所:G−3付近】
【持ち物:なし】
【状態:正常】

 38:来栖川芹香
【時間:一日目16:00頃】
【場所:G−3付近】
【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐】
【状態:健康】

 9:イルファ
【時間:一日目16:00頃】
【場所:G−3付近】
【持ち物:支給品一式】
【状態:割腹】
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