焦燥




「瑠璃さまぁぁぁぁぁぁ!!!!」
イルファ(009)は焦っていた。
リストに彼女の最愛の人の名が在ったからだ。
「珊瑚さまぁぁぁぁぁぁ!!!!」
彼女は走りながら叫んでいた。
そうする事の危険も十分承知だったが、そんな事など愛する人の無事に比べたら些事に過ぎなかった。
「何処にいらっしゃるんですかぁぁーーーー!!!!」
その時に最後の理性で辛うじて確認していた彼女のランダムアイテムは大型拳銃……最早拳銃と呼べるかどうかと言うほどの大きさの銃だった。
このゲームに参加するならこれはこの上ない当たりなのだろう。
しかし今は……
(瑠璃様の居場所が分かるならこんなものいくらでもくれてやるのにっ……!)
「瑠璃さまぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
早く瑠璃様を見付けないと見付けないと見付けないと……
「ちょっと待ちナ、ネェちゃん」
目の前に褐色の中年男性が立ちはだかる。
「どいてください!止まっているひまはきゃあ!」
目の前の男性を一歩かわして通り抜けようとしたら地面に足を取られた。
(サッカーロボ失格です……私……)
頭の何処かで自信喪失になりながら派手に倒れ……無い。
見ると、男性が自分の左腕を掴んでくれていた。
「ありがとう……ございます……」
「立てっかい?」
「ええ……」
取り敢えず、立ち上がる。
「あの、ありがとうございました。急ぐのでこれで」
「だっからマテってノ」
腕は放されていなかった。


「あの、なんでしょうか。急いでいるので手短に願いたいのですが」
「アンタ、人探ししてるんダロ?」
「ええ、そうですが」
ああもうこうしている間にも瑠璃様が危険な目にあっていたら私は
「ンな大声でしゃべくってちゃ危険ダゼ?」
「瑠璃様の為ならこの身など惜しくありません」
目の前で悠長に喋っている男が苛立たしい。
「ダトしても、ダ。犬死にしたいワケじゃアンメェ?」
「それは……! そうですが……」
「半死半生でその子ントコに行っても、守ることなんざデキネェダロ?」
「……………………」
返す言葉も、無い。
「落ち着いたカ?じゃあその子を見つけ出す方法を考えンべ?」
「……はい」
焦るが、焦っても瑠璃様は守れない。
守れない。守れない。守れない。
落ち着かないが、落ち着いた。落ち着いたんだ。私は落ち着いた。
「瑠璃、ってのは86番姫百合瑠璃のことカ?」
「ええ、そうです」
「特徴ハ?」
「見目麗しいその顔立ちに天使のような微笑みと愛らしい唇、美しい御髪に宝石のような瞳、アフロディテも霞むその御姿。この世の美を一身に集め」
「ストップも〜いい。デ、外見的特長ハ?」
「ですから……」
「だから、アンタ以外が見て分かる特長ハ?」
「瑠璃様の美しさ愛らしさは誰が見ても普遍のものです!」
「わーったから、美しさ以外で特長ハ」
腕組みして考える。
既に手は外れていた。


「……そうですね……髪型を御団子にして、関西弁を使います」
「フム……チョッチ弱ぇナ。この85番姫百合珊瑚ってのも親類じゃネェの?」
「ええ。瑠璃様の双子の姉妹です。私の生みの親でもあります」
「生みの親?てこたぁ結構年いってんナ。何歳ダ?」
「失礼な!未だ15です!!」
イルファは激昂する。
言うに事欠いて年いってるとは何事ですか。
「アンタ15かい?そりゃ若えナ。じゃなくてその姫百合さんは」
「ですから!瑠璃様が!!15です!!!なんと失礼な!」
「ンナッ!?ちょちょチョッチマテ!アンタの探してるその瑠璃さんが15デ?それと双子の珊瑚さんとやらも15デ?ンじゃアンタは何歳ダ!?」
「女性に年を聞くなんて失礼ですよ?」
これは、冗談。
「分かりませんか?ほら」
髪を書き上げて、耳を見せる。
「アアッ!ってこたぁ……マテ……姫百合珊瑚って……クァーッ!なんで気付かネェんだよオレッチは!分かった全て飲み込んだ!チックショウそういうことかヨ!」
男は大袈裟に天を仰いで落胆する。
ナビ失格だ……オレッチ……という声が聞こえてきた気がする。
「はい。私、来栖川エレクトロニクス次世代アンドロイド研究機 HMX-17a イルファと申します」
「噂に違わぬ……ンにゃ、噂以上の出来だネェ……D.I.A.ってのは。マァとにかく事情は分かった。おおよそ容姿も分かった。じゃあ、どうすんべ?」
そうだ!瑠璃様!こんな殺戮劇に参加させられてあの心優しい瑠璃様珊瑚様が無事でいられるはずが!この方が瑠璃様の話をするから!
「そうです瑠璃様を探さないといけないので失礼します!」
「だっからマテっての」
再び腕を掴まれる。


「放して下さい私が行かないと瑠璃様が!」
「さっきも言ったダロ!走ってても会える望みは薄いっツーの!」
「ですが……」
「ココでキッチリ考えてった方が瑠璃様に会えんダロ?」
「……………………」
本当に、返す言葉も、無い。
同じことを繰り返すほど私は混乱しているのでしょうか。
……混乱しない筈が無いです。
こうしてる間にも瑠璃様が……
「ネェさん、チョッチ協力してくんねぇか?」
でもこの方の言う事も一理在ります。
私が焦ることで瑠璃様が助かるならいくらでも……壊れるまで焦ります。
ですが今はそうではない……よし、今度こそ落ち着きました。
「? と申しますと?」
大丈夫。落ち着けた。
「今何処にいるかわかっかい?」
「あっ……! すみません。分からないです……」
そうだ私はこんなにも冷静さを欠いていた。
こんな状況で瑠璃様を見付けられる筈が……無い……
「だろーナ。今はココ、C-05らへんの道の上ダ。一応言っとくとあっちが北ナ。この地図が正しけりゃ、ダガ」
舌を巻く。私がこんなに混乱している間にこんなに考えてる人がいたとは。
場慣れしているのでしょうか。この方が味方になってくれれば心強いです。
「あの」
「ン?何だ?」
「瑠璃様と珊瑚様、貴明さんを探すのに協力して頂けないでしょうか」
「……………………」
「? あの……」
目の前の男性が無言で頭をがりがりと掻く。
「どうしましたか?」
「ネェちゃん、アンタ結構おっちょこちょいとかいわれネエか?」


「? いえ。言われた事は在りませんが。何分混乱しているもので。なにかおかしな事申しましたでしょうか」
「マァいい。協力は願ったりダ。そちらさんが探してほしいのは珊瑚様、瑠璃様、貴明さんってなぁ42番河野貴明でいいンかい?」
「はい。……もしかして全員分の名前と番号覚えてらっしゃるのですか?」
「アア、マァナ。知っとくに越したことはなかんべ。で、こっちが探してほしいのは77番ソーイチ、113番サツキちゃん、92番ユカリちゃん、22番ユーナさんに119番の姐さんだ」
「そういえば貴方は?」
「アア、まだオレッチのこといってなかったナ。10番エディ。アンタのひとつ後ろダ」
そういって目の前の男……エディはカラカラと笑う。
「で、容姿だが……ソーイチは……今は多分やる気バリバリ全開ダローナ。こんなトコに放り込まれたんだ。サツキちゃん達が心配でたまんネェだろ。今は多分キリッとしてる。男子高校生だ。
ンでサツキちゃんが気の強ぇオンナのコ。多分、顔みりゃ分かる。ついでに、髪を二つに分けていた。
ユカリちゃんは胸みりゃ分かる。でっけぇから。ウッシャッシャッシャッシャッシャ……ゴメンナサイ。髪は短めかネ。
ユーナさんはソーイチの姉。マァ血が繋がってるわけじゃネェから顔は似てネェな。ほんわかした感じの、このクソゲームの対極にいるような人ダ。
姐さんはスーパーモデル真っ青の金髪ロングの超美人。……イヤイヤこれは本当だってだからそんな睨まんで」
「……何処まで本気ですか」
「イヤイヤ本気本気全部本気」
暫くじと目で見続けて、はぁ、と溜息を漏らす。
「分かりました。貴明さんは……やさしい人、です。こんな殺し合いに参加する人なんかじゃないです。絶対に」
「入れ込んでるネェ。他には?」
笑いながら促す。
「そうですね……宗一という方と同じ男子高校生です。後は……そうです、女性が苦手、です」
ああこんなこと人には言うものじゃないのにごめんなさい貴明さん。
ですが貴方と合流するためです許してください。
「女性が苦手、ネ。勿体ネェ……ンじゃ、男性のみの、もしくは個人を当たればいいか?」
「……いえ。もしかしたら女性を連れているかもしれません」
「そらまたどうして」
「やさしい人……ですから……」


「なるほどネェ。ま、分かった。次は注意だ。俺の知る限りじゃこの61番醍醐と63番篁はヤベェ。何が在っても近付くな。見た目はゴリラとジジィだが、実はジジィの方が洒落にならんくれぇヤベェ。
ゴリラは……武器次第だが拳銃持った素人じゃ勝ち目無い位は強ぇ。機関銃クラスなら話は別だが、そんときゃあいつも引くだろ。万一特殊警防やハンマーみたいなもん手に入れられてたら岩砕くぐらいはやってのけやがる。
で、クソジジィだが、オレッチはこいつがこのゲームを主催したんじゃネェかと思ってる位だ。オレッチの知る限りこんな腐れたことやりたがる上出来る奴なんざこいつしかいねぇ。生き残った一人が無事帰れるってのもくせぇしナ。
……色々在るが、取り敢えずこいつにはゼッテェ近付かないようにな。そっちで注意するヤツァいんのか?」
「いえ。すみません。私の知り合いはあの三人だけです」
「ソウカ……全員、生き残ってもらわなきゃナ!」
「ええ!」
エディさんと笑いあう。
こんな島で、ひどく安心出来る時だった。
「っと、装備の確認は?」
「いえ、まだです。出掛けに少々しただけで、詳しくは」
「ソレはやっといた方がいいヨ?万一ンとき何処に何があんのかじゃ話が全然違うカラ。オレッチがまだ信用出来ないってんならどっかいってるし」
「いえ。ここにいて下さい。信用、しています。」
イルファはデイパックの中身を改めた。そして……
「っ……!オイオイオイオイ!なんだよコレは!フェイファーツェリスカ!?」
「ご存知ですか?」
「アア……ったくヨォ、こりゃあ熊でも殺せる大型拳銃だ。人間にゃあ強力過ぎる。当たった先は胴体たぁサヨナラだ」
「そんな……銃ですか……」
「なるべく使わずにいたほうがいいナ。ココではあまり殺し合いはしないほうがいい」
「何故です……?」
この殺し合いをしている島で殺し合いはしないほうがいい、とは。


「アンタ、守りたい人がいるんダロ?仮に誰かを殺してその死体を他の参加者が見つけたらドーなる?恐怖と疑心暗鬼は無いに越したこたあネェ」
「…………」
目から鱗が落ちる思いでした。
エディさんはきっと心強い味方になってくださる。
「とは言え、アンタが死んだら元も子もないからナ。撃つ時は躊躇わず撃て。殺すな、なんてイワネェから」
「はいっ。では、人探しの方はどう致しましょうか」
「と、その前にオレッチのも見せておく。ホレ」
そういってエディさんは鞄の中から瓶を取り出しました。
それは……もしかして、毒?
「毒みてぇダナ。水源地にでも仕込めば大量虐殺できんダローけどヨ。マァ敵に直接ぶっつけるくらいしかネェわな」
笑って、いう。
本当にこれが渡ったのがこの人でよかった……
仮にゲームに乗った人がこんなものを渡されていたら……冗談では在りません。
「マァとにかく、今はC-05にいんダロ。オレッチはS-10からスタートしてココまで来た。ココまでは誰ともであってネェ。アンタは何処だ?」
「私は恐らく……S-01ですね。スタートしてすぐの所は塵も逃さないほど探しましたから。地形は大体覚えています」
「アンタ……よっぽどあせってたんだな……ココまでそんなに早く来れるたぁ……」
「ええ。それはもう」
「そこまで誰かにあったカ?」
「どうでしょう……正直、瑠璃様珊瑚様貴明さん以外は目に入らなかったかもしれません」
「マァ仕方アンメェ。じゃあこの神塚山って分かるナ?コレを囲むような道を別れて探して廻ろう。唯小中学校からココまでは誰もいなかったから無駄にならねぇ様にココだけは外側廻って行こう。上手くいきゃあ鷹野神社前辺りで会える」
「はい。つまり、ここから観音堂前を通って無学寺、そこから内側の道を通って鷹野神社に続く道とホテル跡前の道を通って平瀬村に行き、そこから鷹野神社……ということですね?」
「コレなら行き違うこともネェだろう?万一どっちかが死んでも死体位はみつかんべ」
悪趣味な冗談はやめて下さい……と言おうとしたが、『ここ』では冗談にならないことを思い出す。


「ンじゃ、どっちにする?」
「……エディさんに任せます」
「イーのかい?ンじゃ、ネェちゃんが東でオレッチが西ナ。ヨッシャ、決まったところでさっさといくべ」
「あの……!ひとつ、聞いてもよろしいでしょうか」
「ン?かまわネェよ?」
「なんで、こんなに協力してくださるんですか?放っておけば馬鹿なアンドロイドが一体壊れるだけなのに、どうして?」
「ンー……」
エディさんは暫く考えて、答えてくれました。
「仲間を探すのも、島を脱出すんのにも、仲間がいたほうがよかんべ?デ、ゲームに乗っかった馬鹿が大声で人ン名前叫びながら走ってくるたぁおもえネェからナ。一緒に探した方が良かろうと」
「まったく、お恥ずかしい限りです……」
「イヤイヤそれだけ大事な人なんダロ?いいじゃネェか。ウッシャッシャッシャッシャッシャ……」
「あの、それじゃあ私、行きますね」
「オー、ンじゃ、またナ」
「はい。ありがとうございました」
「ウッシャッシャッシャッシャッシャ……」
イルファは立ち上がって、駆け出した。



「行っちまった、ネェ……」
ネェちゃんが駆け出した後を見て思う。
「マ、ほっとけなかったんだけど、ナ」
彼女には言わなかった理由が在った。
大事な人の為に我が身省みず危険に飛び込むあの無謀。
あの無茶苦茶っぷりが彼の知っている少年に被って見えた。
「さてっと、ナスティガールは行っちまったし……うちのナスティボーイを迎えに行きマスか」
あんな人もいることにどこか心地よさを憶えながら、彼女の向かった先に背を向けて歩き出した。




イルファ
【時間:午後二時ごろ】
【場所:C-05(スタート地点はS-01)】
【持ち物:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬15発、デイパック】
【状態:C-05から右回りに廻って瑠璃・珊瑚・貴明・宗一・皐月・ゆかり・夕菜・リサを探す。やや冷静】

エディ
【時間:午後二時ごろ】
【場所:C-05(スタート地点はS-10)】
【持ち物:瓶詰めの毒1リットル、デイパック】
【状態:C-05から左回りに廻って宗一・リサ・ゆかり・皐月・夕菜・珊瑚・瑠璃・貴明を探す。冷静】
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