沖木島で僕と握手!




ガィィィン!と重い音がこだまして、柏木千鶴(020)は目を疑った。
鬼の力によって疾風と化した一撃。能力を制限され本来には遠く及ばぬとは言え、
常人には反応する間もないはずの必殺の爪を、突然割り込んできた何者かに
止められたからである。それも、素手で。
千鶴の爪を受け止めた皮膚はずたずたになっていたが、その人物は表情も変えず、
傷からは血の代わりに半透明の液体が流れ落ちた。
「あなた、人間じゃないわね……その耳、もしかしてメイドロボ?」
相手の正体を見て取った千鶴は、飛びすさって距離を取る。
「そういえばカタログで見たことあるわ。来栖川の……セリオ、だったかしら?」
セリオ(060)はいつもの無表情のまま、千鶴に相対する。
「はい。正確にはその試作型、HMX-13セリオです。あなたは、柏木千鶴さん……ですね」
「あら、私のこと知ってるの?」
「先ほど支給品に含まれていた名簿を確認して、記憶いたしました」
「さすが、評判どおり優秀ね……」
一人でいた少女に奇襲をかけたはずが、思わぬ援軍に千鶴は内心舌打ちしていた。
鬼の力は想像以上に弱体化しているようだ。先ほどの一撃を受け止められるようでは、
苦戦は免れない。このメイドロボの行動目的も、持っている武器もわからない以上、
あまり時間を掛けるのは得策ではない。
「ちっ!」
足元の砂地を蹴り上げ、目くらましを掛けると、そのまま逃走に移る。
(まだ時間はある。いずれチャンスは巡ってくるはずだわ)

センサーを光学から赤外線に切り替えたセリオには、木々の間を飛ぶように高速で離脱していく千鶴が捉えられていた。
>身体能力:人間の限界を超過
>柏木千鶴を未知の脅威と断定、警戒レベルA+へ
>左腕損傷チェック........積層シリコン断裂、アクチュエータ損傷18%、フレームに歪発生
深追いはリスクが大きすぎると判断し、セリオが向き直った時。
「動かないで!」
千鶴が襲撃しようとしていた少女は、銃口をセリオに突きつけていた。

セリオは記憶した名簿と照合し、その少女が柚木詩子(114)であると判定した。
「あなた、突然出てきて何なのよ? さっきの人も……」
「驚かせて申し訳ありません。あなたが危険だと判断し、行動しました」
「う、そりゃ、守ってくれたみたいだし、それは感謝するけど。でもあなただって
実は私を襲いに来たのかもしれないじゃない!」
詩子は一瞬下げかけた銃をまたセリオに向ける。
「あなた、ロボットなんでしょ? よく映画とかであるじゃない、人間を殺そうとする
ロボットが出てくるやつ」
「私は、メイドロボですので、戦闘を専門に行うようには作られておりません」
「でも、あの悪い奴に改造とかされてるかも」
「自己診断の結果、ボディ、AIともに改変の形跡は認められませんでした」
「そんなこと言われたってあたしに本当かわかるわけないじゃない……」
詩子はうー、とうなるような声を上げた。
「ね、一つ聞いていい?」
「はい、なんでしょうか?」
「さっきの人、普通の人間じゃなかったよね?」
「はい。おそらくは、そう思われます」
「そんな人が相手だったのに、どうして助けてくれたの?」
「そうすることが正しいと、判断しました」
「それってやっぱり、メイドロボだから人の役に立つのが嬉しいとか、そういうこと?」
「……少し、違います」
セリオはわずかに首をひねって答えた。
「私には『誰かの役に立つのが嬉しい』『人を傷つけてはいけない』などと
プログラムはされておりません」
詩子がびくりとして、銃を構えなおす。

「ですが、」
セリオは続けた。
「私を作ってくださった方々や、私の友達になって下さった皆さんに、
そう教えられました。私は『誰かの役に立つのが嬉しい』ですし、可能な限り
『人を傷つけてはいけない』と考えています」
「ふうん……いい人たちに育ててもらったんだね」
「はい。とても……いい人たちです」
長瀬主任、藤田浩之、来栖川綾香、それにマルチ。
彼らの顔がメモリーの奥から浮かんできて、セリオの口元が少しだけほころんだ。
「わかった。あなたを信じる」
詩子は銃を下げると、にっとセリオに笑いかけた。
「……よろしいのですか? 私は、あなたに嘘をついているかもしれません」
「んー、それならそれで仕方ないかなって。でも、嘘ついてる感じには見えなかったな。
それに、あなた、私の親友にちょっと似てるんだ。だから、あなたを信じる」
銃をしまうと、セリオに手を差し出す。
「えっと、セリオ、だったよね。私、詩子さん。柚木詩子だよ」
「柚木さん、ですね。よろしくお願いいたします」
「んー、堅苦しいなあ。詩子でいいよ」
「かしこまりました。それでは、詩子さん、と呼ばせていただきます」
「まだちょっと固いけど、ま、いっか。よろしくね、セリオ!」
詩子は満面の笑顔でセリオの手を取り、しっかりと包むように握手をした。

「ところでさ、さっきの女の人の爪受け止めたの、すごかったね。格闘技とかもできるの?」
「いえ、あれは……」
「ん、どうしたの、言い淀んじゃって」
「……『仮面セイバー』を見て、習得しました」
「……それって、TVのヒーロー番組の?」
「……はい」
「ひ、ヒーロー番組が好きなロボットって、あ、あはははっ! あー、おかしっ!」
「……複雑、です」




020 柏木千鶴
【時間:1日目13:30頃】
【場所:F-04】
【持ち物:支給品不明、水・食料一日分】
【状況:健康 ゲームに積極的】

060 セリオ
【時間:1日目13:30頃】
【場所:F-04】
【持ち物:支給品不明、水・食料一日分】
【状況:左腕損傷(軽微) 専守防衛】

114 柚木詩子
【時間:1日目13:30頃】
【場所:F-04】
【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)&予備弾丸2セット(10発)、水・食料一日分】
【状況:健康】
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