エルクゥズ・ハイ!




ぴくり。

「……今、貧乳って聞こえなかった?」

ぶぉん。

「あぶっ……! 危ないから! 鬼の爪は危ないからむやみに振りまわさないで姉さん!」
「え? 爪がどうかした?」
「……ちょっ! 姉さん私の頭蓋骨が今まさに切開されようとしていたよ!?」
「いやあねえこの子ったら、さっきから何をぶつぶつ言ってるのかしら……。
 私の教育が悪かったのかしら……いえ、きっとおつむに回るはずの栄養素がどこかに
 偏ってしまってるのね……不憫な子……」
「姉さんは私の何が気に入らないの!? 胸? やっぱりこの胸なの?
 こんなものでよかったら後でたんとあげるから、おとなしくしてて!」


薙ぎ倒される木々の陰で、一人の少女が震えていた。
今にも悲鳴を上げんとする己が口を、両手で必死に押さえている。

(見なかった! 私は何にも見なかった!)


それは、あまりに奇怪な光景だった。
常識などというものをとうに超越したこの島においても、現実離れしすぎている。
悪魔じみて黒く変色した腕、禍々しく伸びた赤い爪。
そこまでは、いい。
それはまだ、この狂気の島であってみれば、歪んだ常識の地続きだ。
何しろ自分のバッグにも、どうやら実弾が装填されていると思しき
大きな猟銃が入っているくらいだ。
あの腕も、頭のおかしなファッションか、想像するのも困難な企画過程を経て
商品化された、気違いじみた手袋なのかもしれない。
だがそれが、妙齢の美女が着こなす上品な白いブラウスの袖から覗いており、
ましてそれが振るわれただけで周囲の木々が次々と倒されていくとなれば、
これは、異形だ。

そして少女、柚木詩子はあくまでも現実の側に立つ人間だった。
この島で命のやり取りをする、そんな実感はまるでなかったが、それでも
死ぬのは嫌だし殺されるのは御免だ。
だから、いつかは支給された銃を使うことにもなるのかもしれない。
そんな風に考えてはいた。
考えてはいたがしかし、

(化け物がいるとか、聞いてないからっ!)

だからこうして、ただ震えている。
「ああいうモノ」はやり過ごすのが一番だ。
昔から、そういう風に決まっている。
隠れて、隠れて、気づかれなければ、夜が明ければ、それはめでたしめでたしで
終わる御伽噺になる。なかったことにできる。日常に戻れる。
だが―――、

「はいそこのお嬢さん、そろそろ出てきてみようかーっ」

気づかれてしまったら、それは怪談になるのだ。




114 柚木詩子
 【時間:1日目14時過ぎ】
 【場所:G-9付近】
 【持ち物:ベレッタ AL391ウリカ(銃弾装填済み)、予備弾丸×3、水・食料一日分】
 【状況:混乱】

20 柏木千鶴
 【時間:1日目14時過ぎ】
 【場所:G-9付近】
 【持ち物:支給品不明、水・食料一日分】
 【状況:興奮】

17 柏木梓
 【時間:1日目14時過ぎ】
 【場所:G-9付近】
 【持ち物:支給品不明、水・食料一日分】
 【状況:興奮】
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