人の気配、そして小さな足音。 鹿沼葉子(023)はそっと息を殺し、木の幹に全身を預け、支給されたモノを握る手に力を込める。 大きく反り返る鉈が血が欲しいと懇願しているように見えた。 (やれる、大丈夫です) 目が覚めてから不可視の力をほとんど感じ取れないのはわかっていた。 それでもこのゲームに乗ろうと考えたのは何故か。 ……彼女自身にもよくわかっていなかった。 気配がさらに濃くなっていく。 いきなり飛び出せば今の力を制御されている私でもなんとかなるだろう。 後5歩…… 後4歩…… 後3歩…… 後2……? 不意に気配はそこで立ち止まる。 (!?) 恐ろしいほどの殺気が辺りを満たし、草木がざわめいた。 背筋が凍りつきそうになる。 力が無いというだけで私はこんなにも弱かったのかと葉子はうなだれた。 「誰かいるんでしょ?」 静かで、だがけして友好的ではないその声に葉子は驚愕した。 忘れるわけがない。 彼女が唯一心を開いた女性、天沢郁未(04)のものだった。 ぎゅっと鉈を握る手に力がこもる。 彼女を殺せるなら、もしくは彼女に殺されるなら。 そう考えた時、葉子の不安は消えていた。 意を決して木の幹を"垂直"に走り、そして跳躍。 鉈を大きく振りかぶるとそのまま郁未の頭上に叩き付けた。 振り下ろされた鉈は空を切り、生え茂った草木を無残に撒き散らしながら地面へと突き刺さる。 (かわされた?) 葉子がそう認識した時、すでに彼女の首には鋭利な刃物が突きつけられていた。 郁未の背丈よりも長い薙刀を両手で構え、今にも突き刺そうとするその顔はもはや野獣のようだった。 思わず飲み込んだ唾の音が無性に大きく聞こえ、葉子は死を覚悟した。 「葉子さん、ゲームに乗ったのね」 郁未は表情を変えるわけでもなく冷たく言った。 返事をしようにもうまく口が動かず声が出ない。 郁未の瞳をじっと見つめ、無言での肯定を示した。 「そう……」 無機質な瞳。 彼女はこんな目が出来る女性だったのか。 短期間の付き合いではあったけれども、彼女と過ごした施設での生活が走馬灯のように蘇る。 彼女と出会って私は変わった。 本当に楽しかったのだ。 だが実際は変わったつもりで何も変わっていたのかもしれない。 そんな私だからこのゲームになんか乗ってしまい、そして今まさに大好きだった人に殺されようとしている。 それでもしょうがないと思えた。 「私もなの」 郁未のその言葉に覚悟を決め、目をゆっくりと閉じた。 「あなたに殺されるなら本望です」 そう葉子が言ったと同時に、辺りを覆っていた殺気が消えた。 喉先に突きつけられた刃の感触がすっと消える。 事態を理解できずに目を開けると、そこには昔のままの彼女の笑顔があった。 「何故……?」 郁未は小さく笑いながら薙刀を地面に刺し、デイバックから水を取り出しゆっくりと飲む。 その姿をわけもわからず葉子は黙って見つめていた。 ひとしきり飲み干すと袖で口をぬぐい、そして、また先ほどの殺気。 「葉子さんこそ何故?」 郁未の考えていることがさっぱりわからず、葉子は途方にくれてしまう。 「ゲームに乗ったんだよね?武器も手放したし今私を殺すには絶好の機会だったんじゃないの?」 言われてみればそうだった。 「そんなので人を本当に殺せるの?ただ現実に流されてそう考えたんじゃなくて?」 「それは……」 郁未の言葉が胸に痛い。 彼女の言うとおりだとすればなんて自分は醜いのだろうか、汚いのだろうか。 情けなすぎて涙がこぼれそうになった。 だが次の郁未の言葉が今まで以上に彼女を心を震わせた。 「私は殺すわ、帰るため。自分で決めた。それが答え」 郁未の瞳に映る炎はとても眩しく、強い強い確固たる決意。 あぁ私はこんな彼女だからこそ好きになったのだ。 葉子の心に炎が灯る。 それも一つの決意。 鉈に手をかけると地面から刺さったそれを勢いよく引き抜いた。 「やっぱり私、あなたのそう言う顔、大好きよ」 言いながら郁未も同じように薙刀を引き抜き構えた。 「私もやっぱりあなたが大好きです、……だから」 息をつくと屈託の無い笑顔で郁未に笑いかけた。 「あなたについていきます」 「は?」 「あなたが生き残るために人を殺すなら、私もそれを手伝います。 そして私とあなたが生き残ったら、最後に二人で決着をつけましょう。 ……これが私が出した答えです」 葉子の言葉に唖然とし、そして急激に笑いがこみ上げてきた。 「ぷっ、あは、あはははは……」 つられて葉子も笑う。 島に野獣がまた二匹解き放たれた。 生き残るため、守るため。 二匹を再び縛る鎖は……今はまだない。 天沢郁未 【時間:11:45】 【場所:G-7(S7スタート)】 【持ち物:支給武器:薙刀 他支給品 水半分】 【状況:生き残るためにゲームに乗る、葉子と行動中】 鹿沼葉子 【時間:11:45】 【場所:G-7(S7スタート)】 【持ち物:支給武器:鉈 他支給品】 【状況:郁未を守るためにゲームに乗る、郁未と行動中】 - BACK