驕りと過信




ガサリ―――
音がした方向を綾香とセリオが同時に見る。
そこには白い巨体があった。

「ふふ、ツイてるわね。このスーツの説明に虎でも縊り殺せるって付け加えてもらいましょうか!」
ムティカパを見つめ、綾香は新しいおもちゃでも与えられたか子供のように嬉しそうに叫んだ。
だが……

サテライトシステム起動。
照会結果------該当無し。
危険危険危ケ

僅か数秒のことである。
セリオが目の前のモノに回答を出すとほぼ同時にムティカパはセリオに飛び掛っていた。
砂煙が立ち上り、それが晴れたころにはセリオの上半身と下半身は真っ二つに引き千切られていた。
ムティカパは既にそれには興味を示さず、その眼光は綾香を注視していた。

「何、ちょっとこんなの聞いてないわよ!!!!」
綾香はスーツの腕部に仕込まれているガトリングでムティカパに向けて一斉に弾丸を放つ。
本来ならこの攻撃で生きていられる生物は現存しない筈だった。
しかし、その弾丸の悉くはムティカパの体毛に弾かれてムティカパを傷付けることが出来ないでいた。
次の瞬間、ムティカパの突進を受け、木に叩き付けられる。
木は圧し折れ、綾香の口の中に血の味が広がった。
意識が朦朧とする最中、綾香が最期に見たものは自分に振り下ろされるムティカパの前足だった……

それから半刻ほど経ったであろうか。
それまで森に響き続けていた何かを打ち据える音が止んだ。
ムティカパは餌にありつこうとその爪を持ってスーツを切り裂こうとしていたが、遂にそれがなしえる事はなかった。
怪力で叩きつけられ続けた綾香だったものは既に原形を留めておらずミンチ肉となってムティカパの鼻孔をくすぐり続けるのみだった。
結局、ムティカパはそれを得ることを断念せざるを得なかった。

ムティカパは新たな餌を求めて森へと消えていった。
おいしそうな匂いを放つ餌に後ろ髪を引かれながら。

結局のところ、KPS−U1の性能について3点の証明がなされた事になる。
一つはどんなに攻撃を加えられてもほとんど傷つけられることのない耐久性。
一つは中の人間の衝撃に対する脆弱さ。
そしてもう一つはボディーバッグとしての利便性。

東京のモニター前、また首相官邸に設置されたプロジェクター前では
たった今起きたばかりの惨状が一つも漏らさず映し出されていた。
久瀬を始めとしたその場にいた全員が言葉を失っていた。
だが、後の祭りである。




37 来栖川綾香 死亡
60 セリオ 死亡

【時間:一日目14:00頃】
【場所:E-2付近】
カラシニコフはその辺に放置されています。
パワードスーツKPS−U1はほとんど無傷。(但し中にはミンチ肉の塊が詰まっている)
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