羅生門




薄暗い森を歩く女―――伊吹公子(007番)は一人、ぼんやりと歩きながら考え事をしていた。それが何であるかは言うまでも無い。
『この殺し合いに、参加するか否か』
彼女にとって、最優先する事項は妹―――伊吹風子と、
最愛の人―――芳野祐介の安全の確保であった。
この島で、このゲームに乗ったものと思われる者による発砲音は、すでに公子の耳にも届いていた。
こんなにも早く堕ちてしまった人間がいる。その事実は、公子に決断を迫らせるには十分であった。
公子は考える。
二人を「確実に」生き延びさせるためには、人を殺さざるを得ない―――のだが、それが分かっていても、彼女にはいまだに殺すだけの覚悟ができていなかった。
支給武器は二連式デリンジャー。至近距離ならば、確実に殺れる代物。そんなものが手元にあっても、いまだに踏み切れていない。
殺さなければ、生き延びられない。
そうとは分かっていても、それでも彼女にとっては、「しなければ」のままだった。
つまり、彼女には積極的に人を殺すだけの勇気と、理由が無かったのである。
公子は、『羅生門』で盗人になるか飢え死にとどちらを選ぶかで迷っていた下人の気持ちが少しだけ分かるような気がした。

そんな堂々巡りを繰り返しながら歩いていると、不意に右から物音が聞こえた。
「…誰ですか?」


返事は無い。この薄暗さの所為でおおよその方向は確認できたが、誰なのかは判らなかった。が、いきなり攻撃してこないことを見ると、少なくとも今はやる気にはなっていないということは理解できた。
「大丈夫よ。私にやる気は無いから」
今、は。
そう言うと、木の陰からおずおずと少女が出てきた。知り合いではなかった。背丈は、私より少し低いくらいだろうか。
少女は緒方里奈と言った。藤井冬弥、という人を探しているらしいのだが、無論、私は彼女が最初の遭遇者であったため、知っているはずもなかった。そのまま二人でしばらく歩く。その際、一応の情報は交換し合った。
「ところで、緒方さん」
何分か経って、私はずっと考えていたことを聞いてみた。
「もしも、の話だけど、もし、あなたの大切なひとが襲われて、命の危険に遭っていたら―――」
私は話をそこで一旦切って、私のこれからを委ねるように訊いた。
「あなたはそのひとを守るために、殺さず倒す?それとも―――殺します?」
緒方さんは少し慄くような顔をしたがすぐに元の顔に戻って言った。
「…たぶん、殺す、と思います」
「どうして、です?」
「だって…もしまた襲ってきて、それで殺されてしまったら、終わりじゃないですか」
「そう―――」
決まった。
「きっと、そうね」


公子は確かめるように頷いた。里奈が少し苦笑いする。
「それじゃ、さよなら」
「え」
パァン!
公子のデリンジャーが里奈の眉間を綺麗に貫いた。とぼけたような間抜けな表情のまま、里奈が崩れ落ちる。即死だった。
――それは、最後に下人が選んだ選択と同じ。
彼女は、勇気と理由を手に入れた。
公子が、誰にともなく呟く。
「それじゃ、私もあなたを殺していい筈よね?そうしないと、ふうちゃんも祐くんも死んじゃうんだから――」
公子は進む。深い、深い深淵の闇を。




『伊吹公子(007)』
【時間:1日目午後1時頃】
【場所:E−05】
【所持品:二連式デリンジャー・支給品一式】
【状態:マーダー化。芳野・風子と合流するかは不明】

『緒方理奈(015)』
【時間:1日目午後1時頃】
【場所:E−05】
【所持品:不明、持ち物は任せます】
【状態:死亡】
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