諸行無常




「落ち着きましたか?」
「う、うん。ありがとう。でもこの水……」
「構わないさ。水がないと君も困るだろう? それはあげるよ」

 照れくさそうに水の容器を持った月宮あゆ(068)に、氷上シュン(082)は気にするなとばかりに頷いた。
 その傍らでは、草壁優季(033)があゆの背をゆっくりと擦っている。

 シュンは立て続けに遭遇した参加者二人が、共にゲームに乗りそうにないことは即座に分かった。
 始めは神社からの出発であったが、地図を見る限り二つある。
 彼がいた神社は西と東に舗装された道があったことと、なによりも山道であったことから、鷹野神社で間違えはなかった。
 そこから道沿いに西へと向かう道中、草壁優季に遭遇した。
 彼女はシュンを見たとき明らかに怯えていたが、それでも話を聞けるほど冷静であったということもあり和解も早かった。
 ゲームに乗っていないこと、出来れば河野貴明(42)を探したいという彼女の願いにシュンは協力を申し出た。
 シュンにはゲームからの脱出という目的しかなかったため、あまりにも真摯に語る優季の様子に情が移されたのだろう。

 そして、二人で歩いて間もなく、木陰の隅で震えている月宮あゆを発見したという次第だ。
 優季とは違って酷く恐怖に震えており、落ち着かせるのに苦労した。

「さて。いつまでもここにいては、君も危ないよ。隠れていたつもりだろうけど、こちらからは丸見えだったからね」
「うぐぅ……」
「あ、あはは。もう大丈夫ですか、あゆさん?」
「うん。ありがとう優季さん」

 優季は擦っていた手を止め、シュンへと向き直る。
 彼女の言わんとすることに、頷いてみせるシュン。

「今更だけど、僕たちはゲームには乗っていない。信頼できる有志を募って脱出を図るつもりだ」
「ええぇ! だ、脱出できるの?」
「いや。手段については皆目見当もつかない。だけど、最大のネックはこれだ」

 シュンは自分の首輪をトンと叩く。反射的にあゆも自分の首輪に触れる。

「これをどうにかしない限り脱出は難しいだろう。そのために、島にいる参加者達との情報交換が必要だ」
「……情報交換?」
「そう、情報交換だ。各々しか知りえぬ情報が数日経てば分かってくるだろう。そういった情報と照らし合わせる。
 自分達が全てを考える必要はないし、一人が島中を走り回る必要もない。各自が、伝わった情報と自身の情報とで検討し、導き出した断片を次へと渡す。
 情報が人から人へと伝い、あやふやであった策がいずれは形を持って最後には解決の策となるはずだ。
 最後に、その解決策へと便乗すればいい。……僕たちに出きることといえば、これぐらいだからね」
「す、すごいよ! 氷上君頭いいんだね!」
「ん、いや。これぐらいは誰もがいずれ考えることだし、自然とそういう会話も成されるはずだ。
 とにかく、今のところの方針としては、ゲームに乗ってない人物と接触して情報を残す。後は草壁さんの想い人の捜索かな」
「え、えぇぇ!? ちょ、氷上さん……そ、そんなつもりじゃ」
「ん、違ったのかい。とまあ、僕たちはこういった方針だけど、ここで提案だ」

 真っ赤になって否定する優季を笑顔で流す。
 まるで相手にされてない優季は、頬を染めて恨めしそうにシュンを睨みつけるが、その反応で脈アリだとバレバレである。
 その様子に苦笑しながらシュンは改めて、あゆへと向き直った。

「君をこんなところで放置するには忍びない。だから、僕たちと行かないかい?」
「え……いいの? ボク役立たずだし……きっと、氷上君と優季さんの足引っ張っちゃうよ」
「あゆさん。困ったときはお互い様ですよ。それをいったら私だって氷上さんの足を引っ張ってますし……」

 氷上からの申し出だったとはいえ、優季は彼を巻き込んだことに申し訳なく思っていた。 
 彼は生き残る力を持っているし、あえて特定の人物の捜索という、いらぬ世話までさせているのだ。
 だが、それでも氷上は笑って首を横に振る。

「そうは思っていないよ草壁さん。元々僕にはゲームからの脱出という安易な考えしかないからね。
 草壁さんのように、この危険な状況で人を探そうとするほど強くはない」
「ですが、結局は氷上さんに頼ってますし……」
「人は頼るべきなんだよ草壁さん。必ず見つけだす……その想いこそが、なによりも重要なんだ。
 月宮さんはどうだい? 探したい人……いるんだよね?」
「う、うん! ボクは祐一君や秋子さん達を見つけたい!」
「なら一緒に行動しよう。君も決して足手まといなんかじゃない。皆で河野君や祐一君、秋子さん達を探そうか」

 優季とあゆは嬉しそうに頷いた。あゆに至っては涙目である。
 そんな二人をシュンは眩しそうに見つめた。
 彼にも、この島で参加者として殺し合いを強制させられている知り合いはいる。
 だが敢えて探そうとは思わなかった。 

(浩平君……君は今も逞しく生きているのかな。でも、僕はこんな異常な環境の中で君達とは会いたくないよ)

 少しばかり感傷に浸っていた思考を払う意味で軽く頭を振る。

「まずは、目下の問題から解決しようか」
「なにかあるの氷上君?」

 シュンは、主にあゆに注目しながら言葉を切った。
 溜まった涙を拭いて無邪気に質問するあゆに、シュンも優季も苦笑する。

「月宮さん……荷物は?」
「え……あっ。お、置いてきちゃった……」
「どこか覚えてる?」
「う、うん。この先の大きな木の傍に……。始めはそこで隠れてたんだけど、そ、そこ見通しが良すぎたから今のところに……」
「慌てて移動した際に、忘れてきちゃったんだね。……分かった。そんなに遠くでもないみたいだから僕が取ってくるよ」
「だ、ダメだよ! 危ないよ!?」
「ひ、氷上さん……独りでは危険では……」

 二人が慌てて静止するが、シュンはやんわりと断りを入れる。
 今いる場所が本気で安全だと思っていたあゆの言うことが正しければ、その元いた場所は相当に見通しがよさそうだ。
 そんなところを全員で移動するわけにも行かないし、少女二人を向かわせるわけにもいかない。
 逆に、ここに一人残すことも安心できなかったので、シュンが行くしかないのだ。
 シュンは二人を安心させるように微笑んだ。

「大丈夫。危険だと分かったら直ぐに引き返すさ。それより心配なのは二人のことなんだけどね。
 とりあえず、ここから動かないこと。近くで何か動きがあったとしても、無闇に飛び出さないこと。
 ―――後は、敵なら即座に逃げること。僕は待たなくていい。いいね?」

 二人は渋々頷いた。
 その反応を確認したシュンはすぐさま荷物を抱え走り去る。
 シュンの後姿を消えるまで眺めていた二人。
 二人の間に沈黙が降りる。
 そんな不安な沈黙を紛わすようにあゆが口を開いた。

「き、きっと皆で協力すれば脱出できるよね!?」
「そうですね。私達も最初に会った人が氷上さんでよかったです。
 ところであゆさん。祐一さんという人のことは、好きなんですよね?」
「ええぇ!? と、唐突だよ!」

 慌てふためくあゆの様子を、可笑しそうにして茶化す優季。
 シュンにやられたお返しを、そっくりあゆに振って会話を楽しんだ。
 自分の街のこと、家族、友達。そんな些細な話で二人は友情を深めていく。
 こんなゲームに負けないように、皆で必ず帰ると強い決意を言葉にして。

「絶対に……絶対に帰りましょうあゆさん」
「うん! 皆で協力したら、祐一君達も見つかるし、あの変な兎も倒せるよ!」
「その通りです! 私達が希望を捨てない限り―――え」

 ―――優季の正面。あゆの後方。
 背筋が凍る。
 あゆは気付いていない。一瞬の硬直の後―――

「―――ダメっ!!」

 優季があゆを強引に手で押した時、凄まじい轟音が優季の顔面に着弾する。
 首を仰け反らして、大きく身体が宙に浮く。
 流れる視界で、唖然としたあゆの顔を確認できた。
 
(―――よかっ、た。ぶ、じで)

 吹き飛んだ身体がぼろくずのように地面を転がる。
 身体が止まり、地に伏したとき、頭から血の池が溢れ出す。
 僅かに残った意識で、優季は自分がもう助からないと理解した。

(ご、め……なさい、ひか、さん―――た……かあき、さん)

 草壁優季は絶命した。唖然とするあゆと、果てぬ未練を残して。
 そして、我に返ったあゆが絶叫して駆け寄る。

「―――草壁さん!!!」 

 辺りの警戒も、シュンの言葉も何もかもが吹き飛んだ。
 優季に駆け寄ったあゆは彼女が生きていると信じて縋りつこうとするが、その凄惨さに手を止めた。
 変わりに喉の奥から込み上げるなにかを出さぬよう口許を抑えた。

「うぐっ、うぅ。そ、そんなくさかべさん。だ、だってだってさっきまで一緒にだしゅ、だしゅつしようって―――」
「―――倒すとか脱出とかさ。夢を見るのもやめろよ」

 涙と鼻水で塗れたあゆの後頭部にゴリッと鉄の塊が押し付けられる。
 その無慈悲な声も、鉄の感触も感じないまま、あゆの頭部は吹き飛んだ。



 重なり合う二つの凄惨な死体に、巳間良祐(106)は沈痛そうな面持ちで眺める。
 殺したことの後悔ではない。その表情には二人に対する哀れみの視線が注がれていた。

「まるで正気じゃないな。脱出なんて夢物語を考えてる時点でな。
 そんなこと出来たら苦労はしないさ。
 何故ゲームに勝ち残ろうと努力をしない。だからこういうことになるんだよ」

 物言わぬ二人の亡骸に言葉を連ねながら、近くに落ちていた優季の荷物を背負う。
 凶悪な鉄の凶器を肩に乗せ、彼は振り返ることもなく歩き出した。

「―――ルールに従う俺は正常だろ? 死んだら全てが終わりだもんな」

 誰にともなく呟く良祐の言葉は、誰も肯定はしないし否定はしない。
 その一言が島中に響いた気がして、彼は満足気に鼻を鳴らす。


 良祐が離れてしばらく、銃声を聞きつけ急いで引き返してきたシュン。
 眼前に広がる光景に絶句した。

「―――そ、んな……」

 よろめきながら二人に近づいた。
 この異常なゲームでも、強い意志を胸に秘めていた少女

 ―――私は、それでも貴明さんに会いに行きます。

 この環境に弱気になりながらも、希望を捨てなかった少女 

 ―――ボクは祐一君や秋子さん達を見つけたい!

 そんな自分より強い二人が、重なり合うように静かに伏せていた。
 予想していない、予想しないようにしていた喪失感にシュンは膝を落とす。
 仲睦ましげに寄り添う二人の様子を思い浮かべ、やるせなさにあゆと優季の遺体に上着を被せた。  
 彼女達に報いる方法はなにか、それを考えるとゆっくりと立ち上がった。
 唇を噛み、血が出るほど拳を握り締め、そして涙を堪える。  
  
 ―――生きている。僕はまだ死んじゃいない。

 ならば、何か出来るはずだ。彼女達が何を望んでいたか。
 自身の安否か? 違う。他者の脱落か? まったく違う。
 なによりも、他者を気に掛けていたはずだ。
 彼女達の最後は知らない。だが、誇れるものであったと信じよう。
 そんな二人に無粋にも水を注した奴は決して捨て置けない。
 捨て置けないが、後回しだ。
 シュンは彼女達が望んだことを優先させる。
 バックから名簿を抜き、目を走らせた。

「―――相沢祐一、河野貴明、水瀬秋子。この三人で間違いないだろう」

 まずは、彼等との合流だ。
 そして、伝えよう。彼女達が在った姿を。生き様を。そして最後を。
 それこそが自分が果たすべき優先目的だ。  
 二人に頭を下げて、彼もまた歩きだす。
 手の届かぬ位置で照りつける太陽が、彼の目的意識を燻らせた。

(……結局は。永遠なんて存在しないんだね。君はどうかな浩平君……)

 まだ見ぬ知人に、そう問い掛けた。




 『氷上シュン(082)』
 【時間:1日目午後2時頃】
 【場所:H−04】
 【所持品:不明・支給品一式】
 【状態:普通。祐一、貴明、秋子の捜索】

 『巳間良祐(106)』
 【時間:1日目午後2時頃】
 【場所:H−04(既に移動)】
 【所持品:ショットガン(ベネリ M3)銃弾数5/7・支給品一式・優季の荷物】
 【状態:普通。ゲームに乗る】
 
 【備考:あゆの荷物はG−04付近に】

  033 草壁優季 【死亡】
  068 月宮あゆ 【死亡】
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