偶然 ‐幸運と不運‐




神尾観鈴(025番)は逃げていた。背後から迫る自身の命を奪おうとする存在から―――

――醍醐(061番)。
観鈴が島に来て最初に出会ったのは、自分の母親でも人形を操る青年でもなく、見知らぬ男――それもこれまで数多くの戦場を潜り抜けてきた一流の傭兵だった。

「観念しろ小娘! どうせいずれは死ぬ身だ。今ここで俺に殺されて死んだほうが後が楽というものだろう!?」

醍醐は徐々に観鈴との距離を縮めていく。
いずれ追い付かれるのは時間の問題だった。
醍醐の支給品はサバイバルナイフ。傭兵である醍醐にとってみれば馴染みの武器――すなわち『当たり』だった。

「鬼ごっこはこれまでだ小娘!」
「が…がお!?」
ついに醍醐の延ばした左手が観鈴の左腕をがっしりと掴んだ。そして観鈴はそのまま勢い良く投げられ、地面に叩きつけられた。
「っ!」
「手間を欠かせやがって。だが、これで終わりだ小娘。安心しろ、痛みも感じないほど一瞬であの世に逝かせてやる!」
醍醐が右手にナイフを構える。狙うは観鈴の眉間だ。

ナイフの鋭い刃が日の光を反射して不気味に光るのが観鈴の目に映った。
そして、今まさにその刃に貫かれようとしているのは観鈴自身なのだ。

「い…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
無意識に観鈴は悲鳴をあげる。
それと同時に醍醐のナイフを持った腕が振り下ろされた。
観鈴は思わず目を閉じる。(お母さん、往人さん、ごめんなさい―――)


―――――――銃声が聞こえた気がした。

………観鈴の顔に数滴の雫が落ちた。
(……………あれ?)
まだ自分は生きている。何があったのだろうと思い、観鈴はゆっくりと目を開いた。

「ぐ…ぐおぉぉぉぉぉ……!」
なぜか醍醐が自分の右腕を押さえて苦しんでいた。
彼が押さえていた右腕からは大量の血が流れていた。いや。それだけではなかった。彼の右腕の先、つまりナイフを持っていた右手がなくなっていた。
観鈴は気付いた。今自分の顔に滴れた雫は醍醐の血だということに。
「き…貴様……」
醍醐が目を向けた先には、左手に銃を持った芳野祐介(118番)がいた。


「こういうヒーローまがいなことはあまり俺がやるべきことじゃないんだがな………」
芳野は自分の支給品であるDesart Eagle 50AEを撃った反動で痺れた右腕をブンブンと振りながら苦笑いをした。
(まあ、たまにはいいか…)
「き…貴様……」
醍醐が血走った目で芳野を睨む。
「よくも俺の手をぉぉぉ!」
片手がなくなったことで逆上した醍醐は目標を観鈴から芳野に代え、まっすぐ彼に突っ込んでいった。
2人の距離差はほんの数メートル。
「ちっ!」
芳野はまだ痺れがとれない右手に銃を持ちかえると、もう1発醍醐にむかって発砲した。
しかし、今度は醍醐の左頬を掠めるだけに終わった。
「うお!?」
醍醐の渾身の左ストレートが芳野を掠めた。
醍醐の拳は素人から見たらまさに鈍器だ。芳野がそれを1発でも食らえば、死ぬというまでにはいかないだろうが、それでも驚異である。
2回、3回……次々と繰り出される醍醐の拳をギリギリかわすことに精一杯な芳野は醍醐に止めの一撃を加えるチャンスが得られずにいた。
(やばいな…このままじゃらちがあかねえ……ん!?)
芳野の息が上がりはじめたその時。もう1人の男がその場に現れた。


相沢祐一(001番)。先程の観鈴の悲鳴を聞いてこの場に駆けつけたのだ。
「助けにきたぞ! ………って、これはどういう状況なんた?」
観鈴に駆け寄った祐一は、目の前で繰り広げられる男たちの戦いに呆気にとられた。
「あのお兄さんを助けてあげて!」
観鈴が祐一に叫んだ。
「え? あの筋肉質な男のパンチをかわしてまくっている奴か?」
「そう。早く!」
「わかった! おい、そこのあんた。今援護する。こっちの弾に当たるなよ!」
祐一が自分の銃を構えた。
そっちこそはずして俺に当てるなよ、と芳野は思ったが、正直援軍が来てくれたことはありがたかった。
「くらえぇぇぇ!」
祐一の銃が火を吹く。それも2回だ。


1発は醍醐の横っ腹に、そしてもう1発は―――醍醐の頭部に命中した。

醍醐の動きが止まる。
「……………」
そのため、場はシーンと静まり返った。
やがて、醍醐はその場に崩れ落ちた。
「やったな。誰かは知らないが助かった」
「相沢祐一だ。どういたしまして」
「そうか……俺は芳野祐介だ」
芳野と祐一は互いにニッと笑った。
その後ろで観鈴が
「か、神尾観鈴だよ!」
と言っていた。
「あ? お前まだいたのか?」
「が、がお。ひどいよ!」
「ははは。冗談だ」


「…さて。俺は行くかな」
少し休むんだ後、芳野は立ち上がった。
「えっ? 行っちゃうの?」
「ああ。皆で行動したほうが安全だと思うぜ」
「いや。お前たちには悪いが、俺は1人で探したい奴がいるんだ。だからここで失礼する」
そう言うと祐介は歩きだした。

「祐介さん」
「ん?」
ふいに観鈴に呼ばれたので芳野は振り向いた。
「助けてもらったお礼まだ言ってなかったよね?
ありがとう」
「…………はいよ。せいぜい1秒でも長く生き残れるように頑張れよ」
芳野は右手を上げるとその場を後にした。

芳野が観鈴を見つけたのも助けたのもすべては偶然である。
しかし、少しの偶然が時に幸運(奇跡とも言う)や不運を呼ぶのである。
今回の場合、観鈴たちが前者。そして醍醐は後者だった。ただそれだけの話である。




061 醍醐 死亡

 【時間:1日目午後2時過ぎ】
 【場所:F−09】

 神尾観鈴
 【所持品:支給品一式(支給アイテムは後の書き手さんに任せます)】
 【状態:少し疲労。祐一と行動する】

 相沢祐一
 【所持品:S&W M19(残り4発)、他支給品一式】
 【状態:普通。観鈴と行動する】

 芳野祐介
 【所持品:Desart Eagle 50AE(残り5発)、サバイバルナイフ、他支給品一式】
 【状態:少し疲労。公子を探す。移動中】

 【その他】
・醍醐のサバイバルナイフは醍醐の死後回収。芳野の手に渡る。
・醍醐の水と食料は3人が休憩の際に約半分消費。残りは祐一と観鈴に渡る。
・この話は015の続きです。
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