小さな身体には不釣合いなほどの大きさのデイバックを肩に下げ、春原芽衣(057)はがむしゃらに林を走っていた。
何度も転んだのだろうか、両膝からは血が薄くにじんでいる。
自身の腰はあろうかとまで乱雑に生え茂った雑草の群れがチクチクと足に刺さり、その痛みが彼女の気力を奪っていく。

「お兄ちゃん・・・」

瞳からゆっくりこぼれる涙と共に思い出すのは、自分を守ってくれた兄陽平の姿。
口では冷たいことを言いながらも、いつも困った時には助けてくれた。
都会の高校に行ってしまい、挫折、誰からも相手にされない不良になった。
風の噂でそう聞いた。
信じられなかった。
彼女の中で、兄はヒーローだった。
(お兄ちゃんなら何とかしてくれる)
目に見えない不安に襲われながらもそれだけを考え、施設を飛び出していた。

足は重く、膝の痛みが麻痺していた心を超えて襲ってくる。
息も荒く呼吸が出来ない。
それでも背中に迫る恐怖に潰されるものか、と芽衣は走り続けた。

不意に視界が広がり、眩いばかりの日光が芽衣の身体を刺した。
軽く眩暈を起こしながらその光を手で隠すと、辺りをゆっくりと見渡した。
目の前には大きな池が降り注ぐ光を浴びて輝いていた。


「み、みず・・・」

支給された水筒のことも忘れ、ふらふらと吸い寄せられるように池に近づいていく。
池の水をゆっくりと両手ですくい、迷わず口に入れた。
喉の奥から全身に水が流れ込んでいくような感覚。
そのうち手ですくうのも億劫になり、直接水面に口をつけてがぶがぶと飲みだした。

「はぁ、はぁ・・・」

ひとしきり飲み干すと、疲れがどっと押し寄せてくる。
何をするわけでもなく、池に移った自分の顔を見ながら、ただ呆然としていた。

「お兄ちゃんっ・・・」

再び兄の姿を思い出し、泣いた。

コツッ

芽衣の全身がびくりと震える。
頭に硬い何かが押し付けられていた。
振り返ることすら出来ず、恐怖で微動だに動けなかった。
水面をゆっくり見つめる。
移る自分の姿の後ろには、真っ黒な拳銃を突きつけた男の姿。

兄だと思った。
私を助けに来てくれた。
やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんのままだった。
が、そこで思考は止まる。

じゃあなんで今私の頭に拳銃が突きつけられているのか。
自分の大好きな兄がこんなことをするのか?


「・・・悪く思わないでくれよ」

違う、お兄ちゃんじゃない!
陽平とは似ても似つかぬその見知らぬ声に、全身がガタガタと震えだした。
後ろの男・・・七瀬彰(078)は表情をピクリとも変えず、感情を感じられない顔で呟いた。

カチャリ

その音にビクッと跳ねた。
安全装置の外れる音だろうと、簡単に想像がついた。
そして、今からこの男に殺されるんだろうなということも。
ただこれでもう兄と会うことは無いんだろうなと思うと無性に悲しかった。

ドンッ

無機質な音が響き渡る。

「うっ」

痛みは無かった。
ただ兄の安否のみを願って、ゆっくりと芽衣の意識は闇に落ちていった。


彰は持っていた拳銃を落とし、右腕を押さえて膝をついた。
それから弾は発射されることは無かった。
別の方向、林の奥から彰に向けて綺麗に命中していた。

「だれだっ!」

弾の飛んできた方向をキッと睨むと、声を荒げて叫ぶ。
視線の先、林の中から眼鏡をかけたスーツ姿の男性がひょうひょうと出てきた。

「何を考えてたかは知らないけど、君正気じゃないよ?」

言いながら、緒方英二(014)はとぼけた顔で彰に近づく。
勿論たった今彰を撃った銃は、標準を彼から離してはいない。

「とりあえず後ろを向きたまえ、そして彼女からもっと離れるんだ」

ゆっくりと芽衣に近づきながらも、彰の監視は緩めない。
のろのろと立ち上がり後ろに振り返る彰。

が、その瞬間落とした拳銃の方へと飛び跳ねる。
だが予想していたかのように英二はその銃を打ち抜き、銃は大きく跳ねて池の中へと沈んでいった。
やれやれといったように大きく溜め息をつく。

「もう一度言おう、後ろを向いて彼女から離れたまえ」

彰の顔が苦渋にゆがみながらも、英二の言うとおりに後ろに向かれた。
その刹那、林の中へと猛ダッシュして行く。

「!?」

英二は思わずその後姿を撃とうとするがそこで考え直し、銃をそっとおろした。

「まぁ去ってくれるなら今はそのほうがいいかな」

何があるかわからないので極力無駄球弾の使用は避けておきたかった。
今優先されるべきは少女の安全確保であって彼を殺すことではない。
なにより、英二自身このゲームに乗ったわけではないのだから。

英二は倒れた芽衣から視線を移すし近寄ると、そっと抱きかかえる。
小さな胸が規則正しく動いていた。
極度の疲労と緊張、そして恐怖で気を失ってしまったんだろう。
安堵感で英二は胸をなでおろした。
芽衣を地面に横たえると、持っていたハンカチを濡らし額に載せた。

「お兄ちゃん・・・か」

芽衣の前髪をそっとなで、ゆっくりと息をつくと太陽を見上げ、探し人の顔を反芻し呟いた。

「理奈、由綺、弥生くん、あとはそうだな、ついでに少年もか・・・」




春原芽衣
【時間:一日目13:00】
【場所:D-04高原池】 
【持ち物:支給品】
【状況:気絶中】
緒方英二
【時間:一日目13:00】
【場所:D-04高原池】 
【持ち物:拳銃・他支給品】
【状況:彰から芽衣を助け、高原池で彼女が起きるのを待つ】
七瀬彰
【時間:一日目13:00】
【場所:D-04高原池から逃走、方向不明】 
【持ち物:武器以外の支給品】
【状況:右腕を負傷、支給武器は紛失】
3人ともスタート地点はS-8ホテル跡
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