長瀬祐介は、スタート地点6の琴ヶ崎灯台(I-10)からひとしきり走った後、息を整えがてら道なりに西北へと歩いていた。 彼に支給された武器。それは――のこぎり・トンカチ・キリの3点セット。武器としては、心もとないものばかりだ。 トンカチ:威力は高いが、リーチが短く不利 キリ:トンカチと同様。それに、致命傷を与えられるとは考えづらい。 鋸:一見一番武器になりそうな鋸だが、支給されたこれは薄手の代物でペラペラしたタイプのもの。 斬りかかるような芸当は難しい。 「……結局、たいした武器は一つもないじゃないか」 祐介は落胆した末、しょうがなしに(一番まともそうに見える)鋸を装備し、他の二つはリュックにしまい込むことにした。 もしかしたら、後々役に立つかも知れない。 「それにしても……電波がつかえないなんて」 一番の不安はそこだ。歩きながら、ため息をつく。 自分は、月島さんとは違い、スポーツが得意ではない。 自分から電波をとったら、ただの人。 はっきりいって、この過酷なゲームでは生き残れそうにない。 参加者名簿を見たら、瑞穂ちゃん、太田さん、沙織ちゃん、瑠璃子さん、月島さんの名前があった。 あと知っているのは……七瀬彰、長瀬源蔵、十波(長瀬)由真。 一応、遠戚にあたる3人だ。この中で一番親しいのが七瀬彰だが、それでも親戚の集まりで何回か話したことがあるだけで、他の二人にいたっては、よく知らない。 時刻はもうすぐ正午。日差しが容赦なく照りつける。 祐介が三叉路(H-08)に差し掛かったその時、そう遠くない所――西の方角――で悲鳴が聞こえた。知らない少女の声だ。声の遠さから推察するに、恐らくは焼場のあたりだろう。 「もう、始まっているのか……?」 祐介は声のする方角に視線をやり、誰ともなしに呟いた。 スタートからはまだ20分しか経っていない。自分のスタートからは、精々10分。 こんな短時間に、人は人を襲うものなのか? それも知らない(であろう)人間を。 ――でも、何人かゲームに乗った連中がいるのは不思議じゃないのかもしれないな。 はたと思い至るところがあり、祐介は自嘲した。 人は人を傷つけたがる生き物だ。 実際に僕はあの日――夜の生徒会室で――月島さんを壊そうとした。それは、『殺す』とほぼ同義である。 つまり――僕は、一瞬でも人を殺そうとしたことがある。 なら、殺人未遂を犯した僕はこのゲームに乗るのか? 愚問だ。 僕はもう、あの頃の僕とは違う。 逃げていただけの僕とは違うし、熱っぽい妄想に囚われることもない。 殺人など、到底考えられない。 少女の悲鳴はあれから聞こえない。……死んだ、……のだろうか? 気になる。 たしかに気になる……が、僕はそれを無視して歩き続ける。 歩く先に当てはない。 だが、歩く方向は無意識に、声のした方角とは反対側になる。 そんな僕を、心の声が呵責する。 僕を、非難する。 ――この声の持ち主が瑠璃子さんだったら? 瑞穂ちゃんだったら? 沙織ちゃんだったら?僕は見過ごせるか? もちろん、見過ごせない。 でも、それは知り合いだから。 だから、今は関係ない。 ――それは『逃げ』だ。 再び僕が僕を責め立てる。 ――それはエゴだ。 『知っているから、知らないから、など逃げ口上だ』。 ――それじゃぁ、『お前は何も変わっていない』。 ――本当は『怖いんじゃないか?』 僕は足を速める――なにかが起こったかもしれない場所を離れんと。 今は、危険から離れるべきだ。それは間違った選択ではないはずだ。 「なにも、自ら危険に飛び込むことはないんだ……それに、なにかの罠かもしれないし……」 呟くその声は言い訳がましい。そんな自分が腹立たしい。 「知らない人を助ける義理なんてないじゃないか……知り合いだけ助かれば、それでいいんだ」 本当にそれでいいのか? 加速する歩調、なお呵責する心。 言葉とは裏腹に、気持ちは苛む一方だ。 もし、すでに悲鳴の主が息絶えていたら? いやそれよりも、処置をすれば助かるのなら? ……僕は一つの人命を見捨てたことになる。 そうしたら、自分は一生後悔することだろう。 僕は変わったんじゃないのか? (あの日、瑠璃子さんは僕を助けてくれた。その日まで、特に親しくなかった彼女が、だ) (僕は……瑠璃子さんだから助けたのか? 瑠璃子さんじゃなきゃ助けなかったのか?) (……違うだろ?) (瑠璃子さんに教えてもらったのは電波だけか?) (……違う) 歩く――逃げる――足取りが、だんだんと重くなる。 良心の呵責 瑠璃子さんへの背信行為に対する罪の意識 変わったはずの自分 が足を引きずる。 (僕はもう――あの頃の逃げてばかりの僕じゃないはずだろ?) 祐介は立ち止まり、キッと目を見開く。 (僕がやるべきことはなんだ?) ――それは自分を変えてくれた彼女への報い 変わった自分を示すこと。 (だったら、最初からやることは決まってるじゃないか) 踵を返し、向かう先は――西。 上空に広がる青空に、あの夜、彼女の微笑の奥に見た満月を思い浮かべながら、祐介は地面を蹴った――。 長瀬祐介 【時間:11:45頃】 【場所:H-08からH-07の悲鳴の元(040『不器用な答え』と同一)へと向かう途中】 【持ち物:工具(鋸・トンカチ・錐)、他基本セット。武器のうち鋸を装備】 【状況:健康】 ※悲鳴の主はさらに次の方におまかせ(祐介の知り合いではない) - BACK