橘敬介(064)が建物から出されて最初に考えたことは、どこかに隠れることだった。 周囲は空き地のようになっており、いつどこから狙われてもおかしくない。 殺し合いだなんてまったく現実感の無い話だが、 あのウサギは「人間と思えないような連中」も混じっていると言っていた。 中には殺人なんて事も平気でできるような奴もいるかもしれない。 作戦を立てるにせよ、荷物を確かめるにせよ、まずは安全な隠れ場所を見つけてからだ。 そう考えた敬介は、やや離れた木立の中へと走り込んで行った。 が、すぐにその判断が誤りであった事に気がついた。 首筋にちくりと痛みを感じ、次の瞬間に意識が遠のき始めたからだ。 隠れられそうな場所、はすなわち、待ち伏せに最適な場所、でもあるのだ。 倉田佐祐理(036)は、自分の行為がもたらした結果をじっと見つめていた。 と言うよりも、目を逸らす事が出来なかった。 木立の向こうで、男が膝から崩れ落ちるように倒れる。男の首筋に突き立った細い針が、 鈍い銀色にきらめく。地面に倒れこんだ男は、びくん、と身体を痙攣させ、動かなくなった。 そこまでを見届けて、佐祐理はようやく口に当てたままだった筒を下ろす。 膝は震え、手にはぐっしょりと汗をかいていた。 (舞、祐一さん……佐祐理は頭の悪い子ですから、こうするしか思いつかないんです。 許してくださいね) ただ一人しか生還できない殺人ゲーム。自分の大切な人までもがその渦中にある。 ならば、自分がすべきことは決まっている。大切な人が生き残る確率を、少しでも上げるのだ。 例えそれが人として許されない行為だとしても。 どうせ、この手は既に汚れているのだから。 彼女に支給された武器は、笛のような細い管と、平たいケースが1つ。 でかでかとした『取扱注意!』の文字にドクロマークまで描かれたケースの中には、 矢が1ダース並んでいた。 「これって、吹き矢でしょうか?」 矢には一本一本厳重にキャップがはめられ、何色かのラベルが貼ってあった。 赤が3本、青が6本、黄色が3本。ケースの警告からして恐らくは毒矢、そしてそれぞれ 種類が違うと言うことなのだろうが、どの色がどういう効能なのか説明はどこにも無かった。 目の前の男に撃ったのは青い矢だ。 いくら覚悟をしたつもりでも、そうそうすぐに殺人への忌避感が拭えるはずも無い。 青=青信号、安全の色、だから比較的効果も弱いのではないか、と頼りない理由でそれを選んだ。 男は死んだのだろうか? 近付いて確かめたいところだが、もし男が息を吹き返しでもして 襲われたら、と考えると足が動かなかった。自分の心臓がどくどくと早鐘のように打つ音が 頭に響く。極度の緊張のあまり、周囲への警戒が薄れていることに佐祐理は気づかなかった。 「いやぁぁぁぁーっ!!」 誰かの悲鳴。 倒れた男の身体の向こう側で、自分と同じくらいの少女が腰を抜かしていた。 佐祐理は、弾かれたように荷物を引っつかむと、きびすを返して駆け出した。 あの男が生きているにせよ死んでいるにせよ、自分の姿を見られるのだけは 避けなければならない。そう判断するだけの理性は、まだ残っていた。 064 橘敬介 【時間:1日目11:40頃】 【場所:スタート地点07・焼き場付近の木立(H-07)】 【持ち物:配布武器は不明、基本セット(食料その他)】 【状況:麻酔による昏倒、安全な場所を探す】 036 倉田佐祐理 【時間:1日目11:40頃】 【場所:スタート地点07・焼き場付近の木立(H-07)】 【持ち物:吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)、基本セット(食料その他)】 【状況:舞と祐一を生き残らせるため手を汚す事を覚悟、矢の効果は把握していない、逃走】 ※悲鳴の主は続きの書き手さんにお任せ - BACK