「何これ、こいつでぶったたけって言うのかしら」 藤林杏はげんなりした声でそう愚痴る。 彼女の支給品として出てきたのはノートパソコンである。 商店街の福引の景品ならばおおいに喜びたいところだが、あいにくとここは殺し合いの場だ。あまり役立ちそうではない。 ため息をついて、今度は残りの支給品を見る。その中で、杏は説明を聞いたときから違和感を感じているものがあった。 それは参加者用名簿。 他の支給品――食べ物やら懐中電灯やら――は文字通りサバイバルにひつようなものだ。だが参加者用名簿とは何だ。それがこのゲームになぜ必要なのだろうか。 だがその疑問は、名簿の中身を見たとたんに氷解した。 「悪趣味もいいとこじゃない。これって」 ぎりっと唇がつりあがる。そこには双子の妹をはじめとして知り合いの名前が何人かあった。 おそらく自分だけということはあるまい。見れば知らない人物の中にも結構、苗字が同じ人間が見て取れる。兄弟か親子か。そんな連中と殺しあえというのか。 ひょっとしたらこの名簿を見たときの反応を主催者はどこかで見ているのかもしれない。いたずらが成功したときの子供のように。 正直に言えば、杏はこのゲームに消極的にだが、乗ろうとしていた。 逃げ回って逃げ回って、最後に二人になったときに相手を殺す。それが自分の理想だった。だが、それは自分以外の119人がみな自分とは見知らぬ人間、という仮定の上にあった話だった。 若い身空で死にたくないが、友人たちの屍を量産して生き延びるほど厚顔でもない。 だとすれば自分はどうすべきか。決まっている。そんなレールに乗せられるのはまっぴらごめんだ。レールが気に入らなければレールをぶっ壊す。それが藤林杏の流儀だ。 杏はそこで改めて、パソコンに目を向けた。とすると、このパソコンというやつはなかなかあたりかもしれない。インターネットで外部と連絡が取れれば、助けが呼べるかもしれない。 こんなキチガイじみた企画が公然と行われているわけが無い。外部との通信は確実に主催者に不利益を被らせるはずだ。 まぁ、だからこそそこらに対しては彼らも何らかの措置をとってるはずで、そううまくいくとは思えなかったが。しかし、無線のモデムはついている。通信機能はあるらしい。 自分のスタート地点は鎌石村役場という町のど真ん中だった。とにかくパソコンだけではこころもとない。 何か武器がほしかったし、パソコンのことも落ち着いて調べたかったので、杏は適当な民家に入った(鍵はかかっていなかった)。 まずは、電源をつないでパソコンを起動させる。やや時間がたち…… 「何これ」 予想したとおり外部と連絡が取れそうなソフトは何もはいってないインターネットのブラウザもメールソフトもなしだ。申し訳程度にワードとエクセルがはいってるくらい。 だが問題はそこではない。 それはデスクトップにある『参加者の方へ』と銘打たれたフォルダだった。フォルダをあけるとchannel.exeというソフトがひとつだけおかれている。 「起動したとたん、ボン、てわけじゃないでしょうね」 そういいながら、起動させる。すぐに、パッと画面の上に現れたのは、 「……channnelってひょっとして2ちゃん○るのことだったの?」 杏は滅多に利用することは無いが、それでもその有名な掲示板の存在とその実態がどんなものかは知っている。 目の前にある画面はそこでみたことのある作りだった。というかパクリなのだろう。まったく構造が一緒で。強いて言うなら広告が一つもないことが違う。 今のところ、立っているスレッドは一つだけ。「管理人より」という題をクリックしてみる。 『こんにちは、みなさん! 私はこの掲示板の管理人の『びろゆぎ』と申します』 めまいがするほどオリジナリティの無いハンドルネームだった。 『ここは『ロワちゃんねる』。参加者の方々の情報交換を目的として作られた掲示板です。 支給品を含め、島内の全てのパソコンにはこのソフトがインストールされ、アクセスできるようになっています。 アクセス方法や伝えられる情報が限定されているだけになかなか使いづらいとは思いますが、多くのご利用をお待ちしております。 なお、基本的な使い方はもちろんアノ某掲示板と一緒。 わからない方は使い方を下に詳しく書いたので読んでください。 なお私『びろゆき』は主催者側でも参加者側でもない完全な第三者としてこの掲示板の運営を行っています。 下に書いたルール(これも某掲示板と一緒)に抵触したとき以外に皆さんの発言の改ざんや消去などは絶対に行わないことを誓います。ご安心してご利用ください。 ただし、守秘義務により主催者の情報に関しては一切お答えすることができません。その点はご了承くださいませ』 あとはつらつらと掲示板の使い方が書いてあるだけだった。 「どうしよう。これ……」 確かに上手く使えば便利かもしれない。例えば、ここに自分の居場所や今後の行き先を書けば、自ずと知り合いが着てくれるだろう。向こうだって信頼できる仲間がほしいはずだ。 だがここに書き込めば、それは誰もがこの情報に触れることになってしまう。もし、人を殺して生き残ろうとする連中に嗅ぎつけられてしまえば厄介なことになるだろう。 加えて、ここに書き込んだのを仲間が見つけるとは限らないし、その情報を信用してもらえるかもわからない。 受け手には自分が書いたという確証が何一つつかめないのだから。仲間内で決められた符丁でもあれば別だったが、友人間はおろか、双子の姉妹の間にすらそんなものはない。 「まあ、とりあえず最低限の情報でも入れとくか」 藤林杏はスレッドを一つ立ち上げてからパソコンの電源を落とした。そして、何か役立ちそうなものは無いか、民家の中を物色する。民家の中には食料品の類がそのまま残っていた。 バターロールを失敬し、そのまま口に放り込む。それから台所から包丁、二階のおそらく子供の部屋と思しき場所から辞書を三冊、持ち出す。 重さといい、重心といい、なかなかいい辞書だ。……関心するポイントが違う気がするが。まあ、いい。 「閉じこもっててもいいけどそんなのは性分にあわないしね」 そう言いながら玄関のドアを警戒しつつあける。大丈夫、誰もいない。杏は駆け出した。まずは知り合いを、仲間を見つける。 (椋、朋也、渚、ことみ、みんな無事でいるのよ) 果たして、彼女の願いは届くのだろうか。 自分の安否を報告するスレッド 1:藤林杏:一日目 12:34:08 ID:ajeogih23 自分が今、どういう状態にあるか、報告するスレッドです。 報告して知り合いを安心させてあげてください。 私は、今は無事です。さしあたっては当面の危機もありません。 それから、私は積極的に人を殺そうとは思っていません。攻撃された場合は別ですが。もし、あたしを見つけても撃たないでね。 みんな、希望を捨てちゃ駄目よ。生き延びて、みんなでまたもとの町へ帰りましょう! 藤林杏 【時間:13時ごろ(民家を出た時間)】 【場所:C-03】 【持ち物:ノートパソコン(充電済み)、包丁、辞書×3(英和、和英、国語)】 【状態:元気。満腹。】 どちらに向かったかは次の方任せで - BACK